21 ナダルの過去
フランチェスコ───否、フレデリクが私の前に現れる。
情報として知る彼とは、容姿が少し違うが、立ち振る舞い一つで彼がフランチェスコだったのだ、と本能的に理解できた。
内側に封じられている魔力も、私には感知できる。とてつもない大きさだ。
私の代わりに受けてきたであろう教育が、彼の指先一つまで洗練させている。
ああ……変な気分だ。
対峙したら憎悪を抱くかと思ったのに。
僕の代わりに第三皇子として育ちやがって、と、罵りたくなるかと思ったのに。
なんだ、この人も被害者なのだ、と、彼の魔力を封印した力を感じて同情してしまった。
「はじめまして」
私はフレデリクよりも先に手を差し出す。
護衛たちが警戒心を高めたが、フレデリクは私に触れようとはせずに頭を下げた。
「罪人の私が御身に触れることはできません。どうかお納めください」
正しい断り方を見せつけてくる。
フレデリクの教育は完璧だったのだろう。彼の振る舞いは皇族のそれだ。
私とは、違う。
「そこまで畏まらないで。アリアや学友たちとは普通の友人として接しているんだ、貴方とも気さくに話したい」
先ほどの、アリアの傷ついた表情が過って胸がちくりと痛む。
確かに、きっかけはフランチェスコを探すための足がかりだった。
イシュールの話から、すでにフランチェスコが国内にいたことは知っていたし、イシュールが家族を罪人に関わった共犯者として裁かれる前に、絶対に家に戻らないような手酷い方法で追い出したことも、そしてその時に平民の女の子が彼を匿ったのだということも知っていた。
だから私は平民の女の子であるアリア・ネーロに近づいた。
最初からアリア・ブランシュではなく、アリア・ネーロに。名前が同じだということを利用して無理やり連れて来させた。
彼女を調べると、なんのことはない普通の女子生徒で、学園では孤立気味だというから、友人になってしまえば簡単に情報共有もしてくれるだろうと思ったから。
なにせ、今の私はマジェトーレ一族の皇族だし、隠し事をする方があり得ない。
そう思っていたけれど、その程度じゃアリアの心は開ききれなかった。
アリアはきっと、フレデリクのことを……。
そう考えたら、胸にもやがかかるような気持ちになる。
先ほどの彼女の表情を再び思い出して、このもやが晴れることはもうないのかもしれない、と覚悟も決めた。
きっと、そんな思いもあって、目の前のフレデリクに対して負い目を感じてしまうのかもしれない。
それが、彼を恨みきれない要因にもなっている。
「では、ナダル様、俺の知っている情報を改めて伝えてもいいですか?」
「アリアから聞いた内容と重複しないところであれば」
私たちの確執は深いはずだ。けれどもこの場は、ビジネス的に淡々と進んでいく。
フレデリクはかつて印章を隠していた学園の場所を十ヶ所ほど伝えた。すでにその場所を探し印章を見つけ出すことは叶わなかったが、まだ探し足りていない可能性があるから、と。
そしてかつて私たちを入れ替えて、フレデリクを脅した者たちの情報共有もした。
既に当時の事件の結果、フレデリクと一緒に処罰された者たちだが、フレデリクが予測した関係者の名前の中には、まだ検挙されていない名前も多く挙がった。
「あくまで、疑惑なので心に留めていただければ」
と前置いたが、十分調べる価値のある情報だった。
「今名前を挙げた者たちの共通点がわからないな……」
「俺の判断なので話半分に聞いてください。当時俺の世話をしていた侍女や執事の中で、その家の者たちの動きが少し怪しいなと思っただけですから」
「今も屋敷にいる可能性がある。さっそく調べておくよ」
「ありがとうございます」
フレデリクは、今どんな気持ちで私に頭を下げているのだろう。
かつて自分が座っていた席に、突然現れた私を。
いやまあ、私が本物だったのだけれど。
顔を上げたフレデリクが、私と視線を合わせて気まずそうにフッと逸らした。
振る舞いが洗練されているとはいえ、そういった心の機微までは隠せないようだ。
それがなんだかおかしくて、私は思わず「ふふ」と口元を緩めた。
「あの、何か失礼を……」
「ううん。今の状況がおかしくて」
「……」
かつての第三皇子と今の第三皇子。
大人の策略に巻き込まれて、赤の他人だったはずが、生まれた時から因縁づけられた私たち。
「……ナダル様、失礼を承知で尋ねても良いでしょうか」
「なんだい?」
フレデリクがおずおずと私に問う。
「これまで、ナダル様はどのような生活を……?」
彼の瞳は恐縮して怯えているような動きを見せる。
私たちは賢く、客観的に考えられる年齢になった。だから、私たちの生い立ちに、お互い責任がないことは重々承知している。
それでも、追い込んでしまった側に加担したフレデリクは感情的に割り切ることができないのだろう。
そこを突ついてやろう、といたずら心が浮かんでしまったのも、感情的に割り切れない私がいるせいかもしれない。
「ある貴族の愛玩物として育てられたよ」
目の前のフレデリクは息を呑む。
少し離れて建物の影にうずくまっているアリアも、肩をびくりと震わせた。
「君の正体が明らかになって、共謀者たちが検挙された際に僕を育てた人も捕まったよ。変な趣味の人だったけれど、気位が高い人だったおかげか、僕にも一通りの教養を身につけてくれてね」
物心ついた時からそういう環境だったから初めは自分の環境を疑うことはなかったけれど、変なプライドのおかげで身につけさせた教養が、その環境の気持ち悪さを自覚させたんだから、当時は、こんなものいらなかったのにとえずいたものだ。
「一生飼い殺すはずの少年に気品を身につけさせるなんて、おかしな話だよね。でも、おかげで皇族に戻っても困ることがなかったのは幸いだったかな」
「…………すまなかった」
絞り出すようなフレデリクの声の方を向けば、彼の顔はすっかり青ざめていて、その表情は僕が救出された時に多くのまともな大人が向けてきたものと同じだった。
同情と、僕にされたであろう数々の行為を想像しての嫌悪と、所在のない悔恨。
「君が謝ることは一つもないのに。僕たちは同じ被害者だよ。それにもう済んだこと」
「……」
「17年間とびきり不幸だったから、今は毎日が楽しくて仕方ないよ。フレデリク、君もこれからそうなればいい」
先ほどは拒否されたけれど、私の方からフレデリクの震える手に触れてみる。
「私たちは協力して良い友人にもなれる。違うかな」
君は、汚れた私の手を振り解きたいと思うだろうか。
フレデリクの返事を待っていると、私たちの手にもう一つ温もりが重なった。
いつの間にか、アリアが私たちの間に立って、私とフレデリクの手を強固に結びつけるように両手で包み込んでいた。
「なればいいんです、これから」
アリアが私にまっすぐ視線を向ける。
「始まりが悲しい出来事だったとしても、これから先親友になれるかもしれないなら、望んだっていいですよね」
アリアは、まだ怒っている。
けれど、私との関係を諦めたくないのだという強い願いもそこにある。
私が受けてきた境遇に反して、私自身が平然としているのを多くの人は気味悪がった。
私の実の兄弟すらも。
けれども私は、過去よりも今を、そしてその未来を歩む一人の人間として、ただのナダルとして、誰かと並び立ちたかったのだ。
同じ苦労を強いられたフランチェスコなら、と希望すら抱いていた。
けれど、もうすでにここにいたんだと、温もりが証明してくれている。
僕の視界が、歪んでいく。
「アリア、ごめんね。僕はまず、それを君に言うべきだった」
二人は、繋いだ手を離さず見守ってくれていた。




