1 アリア
名が体を表すというのなら、どうして私はあの子と違うの?
「ネーロさん、適正魔法検査の希望書類提出した?」
「あ、いえ、まだ……」
「今日までって先生おっしゃってたから、書き終わったら直接届けに行ってね」
「ええ、ありがとう」
帝国魔法学園に通う私、アリア・ネーロは、平凡ないち女学生でしかない。
黒い癖っ毛の髪の毛を腰まで下ろし、顔のバランスが少しでも良く見えるように前髪を重めに切り揃えて、平均的な背丈とスタイルに合わせて制服の長さをアレンジしている、そんな普通の魔法師見習いである。
最近、前髪が伸びて暗い印象に拍車がかかっているような気もするから、はやく調整しないと。
手洗い場で鏡と向き合うたびに、人の視線を考えていた。
手洗い場を出て、今回の適正魔法検査はどの属性を選ぶべきだろうかと再び思い悩んでいると
「アリア!」
と自分の名前を呼ぶ声がして思わず振り返った。
さっき提出を促してくれたクラスメイトの子だ。
「えっと……」
「書類提出だけで疲れちゃったよ〜出さない人多すぎて!」
しかし彼女は私の横をさっと通り過ぎて、私の後ろにいる人の元で脱力し切った声色で嘆いたのだった。
そこで、あ、そうか、と、この学園に来てから何度味わったか思い出せないほどの落胆を覚えた。
「お疲れ様。それならご褒美に、帰りにジェラート屋さんの新フレーバー試しに行きましょうよ」
「賛成〜〜!」
「アリアたちも行くの? 一緒に行ってもいい?」
「ええ勿論」
この学園で「アリア」と言ったら、私ではなく、今たくさんの友人に囲まれている彼女のことを指すのが通例である。
アリア・ブランシュ。
子爵家の長女で、私と同い年の女学生。
彼女は4年前、我が国の第三皇子が別人と入れ替わっていることを、持ち前の魔力で見事看破した実績がある。
国中を驚かせたその事件の功績者として入学前から有名人だった。
そして、その素晴らしさは入学しても霞むことはなかった。
明るい茶髪で、私と同じような癖っ毛のはずなのにいつも整えられた美しいウェーブを肩甲骨あたりまで伸ばしている。前髪を分けておでこを見せているおかげなのか、彼女の表情はいつも明るく見える。
特別身長が高いわけではないのに遠くに居ても目立つのは、スタイルの良さが起因するのだろうか。
姿勢が良くて堂々としているブランシュさんは、物腰柔らかで謙虚なのにとても優等生で誰も敵わない。
だから、あの人の隣に立ちたいと望む人は後をたたないのだろう。そしてそれを、カリスマ性、とでも言うのだろうか。
華々しい見た目と確かな実力で、彼女は学園内でもその名声を確かなものにした。
私だって、ブランシュさんに憧れてしまう。
けれど、どうしても、ブランシュさんの近くに行く勇気が出なかった。
私がいる場で、アリアという名前がブランシュさんだけのものになってしまうことが想像に容易で、それだけで息がつまる思いがした。
この学園には、クラスという区切りが事務連絡のために形式上存在するが、授業は自分の自由に組める上に膨大にあるので、ブランシュさんと授業が被ったことはない。
けれど、どこにいってもブランシュさんは存在感があった。
近くにいなくても、意識せざるを得なくて、一人で勝手に息苦しくなっていた。
今日も、アリアと呼ばれる彼女を尻目に、トボトボとその場を後にする。
教室に入ろうとしたらドン、とぶつかられた。
「あっごめんなさいネーロさん」
「気にしないで」
所詮、私はブランシュ「じゃない方」のアリアでしかない。
よろけた先で教室の掲示板に張り出されている「定期魔法適性検査のお知らせ」が目に入った。
確か、ブランシュさんは氷魔法検査をするって聞いた。だったら同じのものはやめよう。お父さんが仕事で使ってる土魔法に興味があるから、今回は土魔法検査にしよう。
この国では、魔法が生活に密接している。魔力量には個人差があるが、魔法の使い方を学び活かし方を知れば魔力量に関わらず高度な技術を扱うことも可能である。それを学び、「行使するための資格」を得るための帝国魔法学園である。
縦に長い国土を持つこの国は、ちょうど中心部に学術的施設が多くあり、成人を迎えるまでは中心部に住んで義務的な教育を受ける慣わしである。魔法を学ばずとも生活している人は勿論いるが、大抵家業を継ぐことが決まっている人か、資産持ちで将来必ず人を雇う側になると決まっている人くらいなものだ。
学園のカリキュラムとしては、自分が将来なりたい職業に応じて、様々な属性の魔法を単位として履修することができる。
しかし当然、人には向き不向きがある。
だからこそ、この適正魔法検査は進路決めのためにも重要なので定期的に開催される。
なりたい職業があっても、適性が低い場合は将来のためにも進路変更を視野に入れなければ、生徒自身も苦労をするからだ。逆に、適性検査で良い評価が出ればさらに上の分野の学びを受けることができる。そのため、昇格試験のように捉えている生徒がほとんどだ。
卒業してやっと、日常で魔法を使うことができる証として、自分に似合った宝石を利き手首に埋め込まれる。
この宝石は、万が一魔力で悪さを犯そうものなら国民の魔法管理をしている部署にすぐさま通知が行く仕組みだ。使う魔法によって色が変わるらしく、幼い頃から好きな色を使いたいという憧れで適正魔法を決める人も少なくないとか。
けれど、私はまだ将来なりたい職業も決まっていないし、得意な分野も見つけられずにいる。好きな色すら特にない。
この学園に来て2年目となるが、半数以上の生徒はすでに明確な将来設計があるのか、自分に必要のない分野の授業との折り合いがついているようだ。すべての時間を使って授業に出席しているのは、よっぽど優秀な……たとえばブランシュさんのような人か、私みたいにフラフラと優柔不断な生徒だけだ。
ブランシュさんがいるからその検査を受けず、適当な検査を受ける、なんて決め方をしているのも、私くらいなものだと思う。
改めて、自分のこういうところが、暗くて、惨めで、嫌な気持ちになってしまう。
けれど、このままではいけない、とも思っていた。
地味で根暗な自分でも、態度を取り繕うことくらいできる。そして振る舞いから変えていけば、きっと周りの視線も変わってくるだろう。
同じ名前の彼女のように、自分だって明るく過ごしたい。
「失礼します!」
教師に適正魔法検査の審査用書類を提出するため、いつもよりも姿勢正しく顔を上げて声を張り入室した。特別変わったことは起きずとも、無事提出も済ませて、一つ大きな目標を達成したような充実感で帰路に着くことができた。
まずは、明るく、積極的に。自分一人の時から。
次の日の授業でも、わかった計算式の答えは積極的に手を上げてみたり、実験のテストプレイには前に出たり……したかったのだけれど、そう簡単にうまくいかず。
まず、答えに中々辿りつかないし、実験も成功しなかった。これはもはや私自身の学力と魔力の欠如が原因だ。
「この区画に魔力注いだの誰だ?」
「あっ、わ、私です!」
「名前は」
「アッ、アリア……ネーロです……」
自分の爪痕を残したいがあまり、ネーロの部分が小さくなる。先生も「アリア君ね」とため息混じりに返す。
「このままだとねえ他の人の根にも影響が出る。注ぐ魔力の量が多すぎる。一度引っこ抜いて魔力量を助手に確認してもらってから植え直して」
「……はい……」
またうまくいかなかった。肩が丸く縮こまる。このままで土魔法検査なんてうまくいくのかな。
さすがに二度目は注意深く行ったので失敗はなかった。助手さんも穏やかな笑顔で合格をくれたので、もう一度根に土を被せる。
この植物はうまく育てばドラゴンの餌になる。ドラゴンは様々な種類が存在するが、この植物の実を好むドラゴンは比較的友好的かつ小型で、鞍をつけて移動手段として飼育されることが多い。飛行魔法を得意とする人たちにとって相棒になる。
次は飛行魔法にも挑戦してみようかなあ。と、やっぱり優柔不断に考えが流れていく。
こんな感じだから、私はうまくいかないのかな。
午後の火魔法基礎の授業では、魔法の出力方向を間違えて隣の席に座っていた子に軽い火傷を負わせてしまった。
案の定、先生の剣幕はものすごく、私も当然深く反省した。
故意ではないことと、私の反省度合いからそれ以上の大ごとになることはなかったけれど、結局私は萎縮してしまった。
「アリアさんは減点ですわね」
角度のきついメガネをかちゃりと優雅に掛け直した先生が、よく通る声でそう言い放つと教卓の前に戻って行った。
やがてゴォンと重々しい鐘が鳴り、教室の生徒たちが次々と席を立つ。
私の気分は当然ながら最悪だった。ブランシュさんのように変わりたくても、先行きが長そう……そればかりか、そもそも授業そのものについていけていないのでは、と、落ちこぼれのレッテルを自分に貼り付けたい気分だった。
当然共に帰路に着く人はおらず、夕暮れの中私は一人足取り重く歩く。
私の家は、学園から半刻ほど歩いて市場の先を抜けた路地裏に建つ、古い石造りの集合住宅の一室にある。
市場付近の広場ではそろそろ遊び疲れた子供が母親の手を取って帰る風景が見える。物心ついた頃に母を病で失った私には眩しい風景、けれども同時に、癒される風景でもあった。子供が健やかに育ちますように、と心の中で祈り、寄り道せず自分の家の方へ足取りを進める。
市場の先は私の家のような集合住宅となっている建物がひしめくので、夕方になれば薄暗い。少し治安も悪い。私も先ほどよりスピードを早めて歩くが、今日はその道中でガシャン!と大きな音が聞こえたので思わず足が止まった。
音は、二股になっている道の、我が家に向かう方向じゃない方から聞こえた、気がする。
いざとなったら走って家に入ればいいかな……と思って、私は恐る恐る帰路とは反対の、左の道の方へ歩みを進めた。
「二度と坊ちゃんの家の敷地をまたぐんじゃねえぞ!!」
「魔力なしの愚図野郎が!」
口汚いがなり声に驚き、慌てて近くの建物の入り口のへこみに身を隠した。
建物と建物の間にある袋小路から、三人の男が出て、私のいる方とは反対に進んでいく。鉢合わせる心配がなくほっとしつつも、彼らが完全にいなくなるまで息を殺した。
あの柄の悪い人たちが言ってた内容から察するに、袋小路にはまだ人がいるのかもしれない。しかも私が彼らがいなくなるのを待つ間出てこなかった、ということは……もしかしたら気絶とか、しているんじゃないかな。
嫌な予感に全身が震え、私は急いで袋小路に入った。目の前に飛び込んできたのは、傷だらけでぐったりしている男性だった。
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