93.祭りの準備――どころではなくなった2
「レーネ、それから――げっ……グレアムじゃないの」
近寄ってきた者たちのうち、色とりどりの華やかなワンピースを身にまとった娘が露骨に嫌そうな顔を浮かべた。キャシーである。
彼女の左右には同じ職場のエリサとリーザもいる。
「相変わらず、あなたたち仲いいわね。見るといつも一緒にいるし」
どこか不満げに言うエリサに続き、リーザもニコッと笑って口を開いた。
「ですが、ラフィちゃんも相変わらず可愛いですね。私がお母さんになってあげたいぐらいですよ」
ニコニコ笑っている彼女は、グレアムたちに近寄ってきて、そのまま抱っこされているラフィの手を握った。
そんな彼女の言動に、キャシーとエリサが汚物を見るような目をして、
「やっぱりお金……? お金なの?」
「ここまで露骨だと、さすがに引くわぁ……」
嫌悪感剥き出しにブツクサ呟く二人。マルレーネまで溜息を吐くが、彼らがなぜそんな態度を取っているのか理解できないグレアムは、
「ところで、もう身体は大丈夫なのか? キャシー」
そう声をかけていた。
体調を心配してもらったキャシーは、どこか頬を赤らめながらも、ためらったように口を開く。
「まだ本調子じゃないけど、少しは平気かな。せっかくのお祭りだし、家の中で伏せっているのは勿体ないしね」
軽く肩をすくめてみせる彼女は、言葉通り、まだまだ全快とは言いがたいような顔色をしていた。普段見ていた顔が化粧をしている顔だったからかもしれないが、いつもより色白で、微かにだが頬もこけているような気がする。
ただ、そんな見た目ではあるものの、覇気だけは戻ってきているようだった。
「本当はあまり出歩いて欲しくないのだがな」
どこか気性の荒い愛娘の言動に、彼女の背後にいた父親である錬金屋が渋い顔をする。
「だがまぁ、あまり閉じ込め過ぎて逆効果になったらしゃれにならんけどな」
そう付け加えたのは、その隣にいた万屋の親父だった。
グレアムはそんな彼らを眺めながら、今年の祭りも問題なく進みそうだなと、一人笑った。
「じゃぁ、そろそろ私たちはおいとましますね。グレアムさん、あとはお願いします」
マルレーネはそう言ってお辞儀すると、クリスを伴い役場の方へと歩いていった。
「私たちも行こっか。屋台の準備あるしね」
「そうね」
「行きましょうか」
キャシーたちもどこかへ歩いていった。
「んじゃ、またあとでな、グレアム――あ、そうそう。スキルマテリアル、また作ってもらいたいものがいくつかあるんだが頼めるか?」
「あぁ。祭り期間が終わったら、店の方に顔を出すよ」
「頼んだ」
そう言って、万屋と錬金屋の親父たちもまた、キャシーたちのあとに続いた。
その場に残されたグレアムとラフィ。
「さて、どうしたものか」
そう呟いて、グレアムがラフィを見つめたときだった。
「グワッ……」
どこかから、鳥の鳴き声のようなものが聞こえてきた。遙か上空、南東の空から。
「鳥か……」
グレアムがそう思っていると、
「あ……チョコちゃんなのです! チョコちゃんがぐ~たんをよんでるのです!」
そう言って、ラフィが空を指さした。
「俺を呼んでる?」
訝しみながらそちらを見ると、物凄い速さで急降下してくる黒い点があった。それは徐々に大きさを増し、「グワッグワッグワッ」と、けたたましい鳴き声を上げて、地面に着地した。
「……本当にチョコだな」
見覚えのあるチョコレート色のカルガモ。
「チョコちゃんなのです! おかえりなさいなのです!」
久しぶりに見るどこか薄汚れたカルガモを見て、ラフィは喜びの笑顔を浮かべた。しかし、対するチョコは酷く焦ったように、翼を大きく広げながらバタつかせていた。鳴き声も鳴きやむどころか、一層酷くなる。
「なんだ? どうしたんだ、チョコ」
さすがに様子がおかしいことに気が付いたグレアムが話しかけるが、当然、チョコがなぜそんな態度を取っているのかわからない。
そうこうするうちに、自分の意志が伝わらないことに苛立ったのか、怒ったようにグレアムの足を突き始めた。
「いてててっ、ちょ、おい、チョコ! お前なんで怒ってるんだっ……」
片足立ちになって逃げるようにぴょんぴょん飛び跳ねていると、表情を曇らせたラフィが声をかけてきた。
「ぐ~たん。チョコちゃんがたすけていってるのです」
「え? 助けて?」
「うん……よくわかりませんが、マロちゃんがあぶない、きけん、けがっていってるのです」
切羽詰まったように羽ばたいているチョコの言葉に、不吉なものを感じ取ったのだろう。ラフィは沈んだような顔をしていた。
グレアムはラフィとチョコが伝えてくれた事実を前に、酷く心がざわついていくような気がした。




