94.相棒たちを探しに爆走するグレアム
「マルレーネ! 馬を借りるぞっ」
「えぇ。早く行ってあげてください」
チョコを抱っこしたラフィを更に抱っこして役場に駆け込んだグレアムは、書類仕事していたマルレーネに事情を説明し、併設している厩舎から馬を拝借した。
その後、いったん家に戻ってからスキルマテリアルや長剣などを持ち出すと、チョコに装備させて複合スキルを発動させた。
筋力、速力、跳躍力が強化され、力強く鳴いたチョコが空に向かって羽ばたいていく。
グレアムは更に、借りてきた馬の鞍にもスキルカートリッジを装備させ、こちらは速力と筋力だけをブーストした。
その上で、鞍に跨がり馬を走らせる。
「ラフィっ、しっかり掴まってろよっ」
「はいなのです!」
本来であればグレアムの前に座らせたラフィは正面を向いて跨がるべきなのだが、ただでさえ足の速い馬の速力を倍に早めてある。グレアムは慣れているから問題ないが、おそらく三歳児のラフィの場合、息ができなくなるだろう。
そう思って、後ろ向きでグレアムに抱き付かせるような格好で、彼女を座らせていた。念のため、ヒモで自身と結び、防護魔法もかけてある。
「たくっ。いったい何が起こったんだ……」
下手にしゃべると舌を噛みそうなほど、馬車馬の走る速度は桁違いに速かった。このままの速度でずっと走らせたら、馬の身体それ自体が持たないんじゃないかと思えるほどの力強さだった。
雲一つない青空を滑空するチョコも半端なく速い。
チョコレート色のカルガモは、ひたすら南東の方角へと飛び続けていた。そして、あっという間にアヴァローナの森が広がる手前の草原辺りへと辿り着いたとき、空飛ぶチョコが地面の草むらに着地した。
「そこか!?」
グレアムは慌てて急制動をかけ、馬の速度を緩やかにさせてから、チョコが下りたと思われる茂みの手前で停止させた。
「ラフィ、大丈夫か?」
必死になってしがみついていた幼子は、少し青ざめた表情をしていたが、
「うん~……だいじょぶなのです……」
そう返事した。
さすがにあの速度での爆走は幼いラフィには酷だったようだ。
(まぁ、大人でもたぶん、恐怖感じるような速度だしな)
しかし、異常としか思えない、見たことのないチョコの反応が気になって加減することはできなかった。
グレアムはラフィの健康のことが気になったが、軽く治癒魔法をかけるだけにし、一緒に馬から飛び降りた。
そしてそのまま、チョコがいるであろう場所へと近寄っていく。
「チョコ! マロ! 無事か? どこにいる!」
そう声をかけると、
「グワッ」
「ニャ~」
チョコとマロの元気な声が聞こえてきた。
「そこかっ」
茂みをかき分け、下草が潰れている場所を覗き込んだグレアムは、目に飛び込んできた光景に言葉をなくしてしまった。
「マロちゃん……?」
ラフィも心配そうに覗き込もうとしたが、
「ダメだ。見るんじゃない」
すぐさま抱っこしていた彼女の顔を自分の方に向けさせた。
――血塗れ。
グレアムの視線の先にいたマロは、真っ白なふわっとした毛をそこら中真っ赤な血で濡らしていたのである。
「これは……酷いな」
しかし、一目見て、その鮮血が愛猫から流れ出たものではないと理解していた。
なぜなら、伏せの状態になっているマロのすぐ目の前には、マロにそっくりな白猫が横向きに倒れていたからだ。しかも、その子の身体には鋭利な爪で引っかかれたような大きな傷が穿たれ、そこを中心に真っ白な被毛が赤黒く変色していたのである。
「このまま放置したら確実に命はないな。今、助けてやる」
しきりにか細く鳴いている手負いの白猫を心配そうに見守りながら、一生懸命その子の毛を舐めているマロ。そんな二匹をすぐ側で見守っているチョコ。
なんでこんな状態になっているのかいろいろ聞きたいところだったが、とにかく早くしないと命に関わる。そう判断し、グレアムはすぐに治癒魔法を施した。
幸い小動物だからか、致命傷レベルの傷だったのに瞬く間に白猫の傷が塞がっていく。流れ出た血は元通りには戻らないから、おそらく貧血状態になっているはずだ。それでも、魔法のお陰で多少は活性化されるはずだから、休んでいればすぐに動けるようになるだろう。
ただ、毛についた血痕は取れないから相変わらず見た目は痛々しい。
「マロとチョコ。いったい何があった」
彼らが守っていた白猫の傷が癒えたことを理解したのか、マロはお座り状態になると、ニャーニャー説明し始めた。
グレアムは、「なるほど」と頷く。
「……うん、わかってた。何言ってるのかさっぱりわからないな」
軽くお手上げ状態となり俯くが、胸の中にいたラフィがマロたちを見たそうにうずうずしながらも、通訳してくれた。
「マロちゃんたち、ごしゅじんさま? におみやげもってかえろうとしてたら、『メチャ~~コワイヤツ』にいじめられてるひと、みつけたから、たすけた、いってるのです」
グレアムは、拙いながらも一生懸命説明してくれたラフィの台詞をぽかんとしながら聞きつつも、「あ~……なるほど、そういうことか」と、納得した。
「てことはつまり、魔獣か何かにその白猫が襲われていたから助けてここまで逃げてきたってことか。だが、助けたはいいが虫の息だから俺を呼びに来たと」
「グワッグワッ」
「ニャ~」
グレアムが呟いた言葉を理解しているのか、「そのとおりだグワっ」、「ご主人様ありがとにゃ」とでも言いたげに鳴き出した。
「しかし、となると、その魔獣とやらは……」
グレアムは呟きながら、遙か前方を見つめた。丁度ここからずっと先に行った草地に何かがいた。
グレアムから見て右手がアヴァローナの森。左手はひたすら青々と続く広大な草原。
「ぐ~たん。よくわかりませんが、コワイヤツというのがいるところに、おみやげをおとしてしまったいってるです」
「おみやげ? そういえば、さっきそんなことを言っていたな」
マロたちがお土産と称して持ってくるものといって考えられるのは、クリスタルサボテンと魔力草メルクリウスグラスだろう。
「まぁ……このまま放置しておくのも危険だしな。命がけで取ってきてくれた素材を諦めるというのもマロたちに申し訳ないし、さくっと片付けて回収するか」
しかし、問題はラフィである。
マロたちの元において魔獣狩りしに行くと、血塗れの白猫の姿を見てしまう可能性がある。情操教育に悪いから、断じてそんなものは見せられない。かといってラフィ連れて魔獣狩りしに行くのも。
(う~む。どっちが俺的に心穏やかでいられるだろうか……?)
どうでもいいことをしばらく考えていたが、
「うん。やっぱりこれしかないよな」
グレアムは一人呟き、立ち上がった。
「ラフィ、しばらく目を瞑っていてくれるか?」
「わかりましたなのです!」
大分元気を取り戻してくれたようで、彼女は眉をキリッとさせながらどや顔で返事をした。
それを受け、グレアムはラフィを抱っこしたまま抜剣し、一直線に駆け出した。
その気配に気付いたのだろう。遠くにいた黒い影も俊敏な動きで大地を駆け、跳んできた。
その姿が視認できるような距離まで接近したとき、グレアムは一気に魔力を練り上げ、それを剣刃に宿らせてから長剣を放り投げていた。
空高く跳躍した黒い影――巨大な狼型の魔獣へと空気を切り裂きながら剣が飛んでいく。
そして、グレアムのそれを避けきれず、狼の身体と剣の切っ先が接触した刹那、バキンッという甲高い派手な音が鳴り響き、巨狼の身体が一気に凍り付いてしまった。
疑似魔剣『エクス=デラ・ルミエーレ』の一つ。
氷結魔法を剣に乗せて敵を叩き斬る『氷結連月』だ。
斬り付けられた敵は瞬く間に凍り付き、活動を停止させる死の剣撃。
巨大豚を倒したときに使用した『炎獄魔斬』の類似剣術だ。
疑似魔剣には他にもいくつか属性魔法剣が存在するが、そのすべての剣技を知っているのは行方不明となっている両親のみとされている。
エクリール流剣術には疑似魔剣以外にも、『空間切断』や『超絶技巧』、『神速剣』なども存在するが、こちらも、グレアムは極一部の技を知っているだけで、そのすべてを極めているわけではない。
一説によると、かなり古い時代に失われてしまった技術とも言われているので、もしかしたら両親も本当のところ、知らないのかもしれないが。
ともあれ、そんな氷の剣術によって巨大な氷の塊となってしまった魔獣は動きを止めると、空からド~ンと、一気に地面へと落下した。
グレアムはそれを確認してから近寄っていく。
草むらの中に落ちていた愛剣を拾い上げ、鞘に戻しながら足下を見る。
地面に激突したときの衝撃で魔獣の全身を覆い尽くしていた氷はバラバラに砕け散ってしまったが、その中心にいた黒い狼は既に事切れ動かなくなっていた。
氷結冷凍された時点で即死したのだろう。
「ぐ~たん、もうめをあけてもいいですか?」
「ん? あ~……まだダメかな」
ニコニコしながら呟くと、ラフィが不満げに頬をぷく~と膨らませた。
「ラフィ、まわりがどうなってるのかみたいのです!」
「うん。そうだよねぇ。だけどもうちょっと我慢してな。今、怖~い人が近くにいるし、気持ち悪いのもいっぱいあるから」
「こわいひとですか!? ラフィ、こわいひとみたくないのです!」
「だろう? だったらもう少し我慢してような?」
「うん~……ラフィ、がまんする……」
とっても残念そうに応じるちびっ子だった。
グレアムは笑いながら、狼が最初にいた場所へと赴き、手早くマテリアルの材料を回収してから、待っていたマロたちの元へと向かった。
その後、起き上がれるようになっていた白猫とマロの身体を魔法で軽く洗ってやってから、
「もういいよ」
そうラフィに合図を送った。
草むらの中にしゃがんで、両手で目を覆っていた彼女は恐る恐る振り返って目を開けた。
「ぅわぁ……! すごいのです! マロちゃんがふたりにふえているのです!」
マロと瓜二つの白猫の姿を見て、喜色満面キャッキャする幼子に、グレアムはニヤッと笑い、三匹の小動物たちはそれぞれ短く鳴いた。




