42.平和な親子1
グレアムとラフィは、仕事のために村へ戻っていったマルレーネたちを玄関先で見送ってから、庭を見渡した。
「さて、俺たちもそろそろ、出かける準備でもするか」
今日は以前頼まれていたいくつかのマテリアルを店に納品しに行く約束となっていた。その帰りに、適当に村をぶらついて食材やら消耗品やらを補充したり、孤児院の手伝いをしているというクリスの仕事ぶりを見に行ったりするつもりでいた。
そんなわけで、玄関前の庭先に立って周囲をキョロキョロしていたラフィに声をかけたのだが、彼女は何かを思い出したかのように勢いよく振り返って、保護者を仰ぎ見た。
「チョコちゃんにごはんあげてないのです!」
「ん? ぁあ、チョコか」
「はいなのです!」
真剣な表情で訴えかけてくるラフィは、そう元気よく返事をすると、てくてくと庭の裏手へと全力疾走していった。
「あ……こらっ……走ると危ないぞ……!」
仕方なくグレアムもちびっ子のあとを追いかけた。
そうして、間もなく辿り着いた先は、敷地南東の角地。北側にグレアムたちが暮らす家が建ち、その南側に、広い庭と大きな池が作られている。
チョコ率いるカルガモ親子たちはそんな水場で呑気に暮らしていた。
「ラフィ、あんまり近づいて池の中に落ちないでくれよ?」
「わかりましたなのです!」
池の縁にしゃがみ込んで、眉をキリッとさせる幼子。その顔はどこか得意げだ。
池の中にいるカルガモは全部で五羽ほど。
いつもグレアムが探索に連れていく雌のチョコの他に、彼女の旦那のグイノミと、他には子供が三羽。
チョコ以外は至って普通の鳥で、マテリアル生成に使われる羊皮紙に魔力を付与するために使用される高濃度魔力を帯びた植物、メルクリウスグラスという魔力草を嗅ぎ分けて採ってくる能力は持っていない。
白猫のマロもそうだが、チョコに関しても特にグレアムが積極的に訓練したわけではなく、本当にたまたま、彼らが勝手に採ってきただけ。
グレアムがマロやチョコと初めて出会った頃、この二匹は村の周囲でときどき姿を見かける、ただの野生動物に過ぎなかった。
しかし、いつの頃からか、しょっちゅうグレアムの家の庭先に現れるようになり、気が付いたときには懐いてしまっていたのである。
しかも、それから幾日も経ったある日のこと。
マロやチョコがグレアムの前に、なぜかマテリアルの材料となるものを持ってきたのだ。
当然、それを見たグレアムは、「お前らでかした!」と大喜びして褒めたのだが、何を思ったのか、以降、彼らは献上品としてそれらを持ってくるようになったのである。
そんなことがあり、以来、グレアムはマロとチョコを可愛がって育てている。ひょっとしたら、チョコの真似をして、今後、子供たちまで採ってきてくれるようになるかもしれないと、密かに期待していた。
「にしても餌か。一応チョコたちは勝手にその辺の草や、近くの川に行って魚や貝を食ってるから、こっちがあげる必要はないんだけどな」
池の外周にも、チョコたちが好む水草などを植えてあるから、食い尽くされない限りはほっといても問題ない。
しかし、ラフィはどうもマロと同じように、カルガモにも餌をあげなければいけないと思っているようだ。
「チョコちゃん、いっぱいたべて、おおきくなるんですよ?」
「グワっ」
知らない間にラフィの前に集まってきていたチョコたちに、彼女は一生懸命話しかけながら、近くに生えていた草をむしっては差し出していた。
チョコたちはそれをうまそうに突っついている。
普段、彼らは水の上に出ている草はあまり食べないのだが、なぜか、ラフィが差し出すと喜んで食ってしまう。そのせいか、ラフィの情操教育にいいかもしれないと思って作り始めたばかりの花壇の草まで食べてしまう有様だった。
現在、そこには野菜の種を植えているだけなので、今はまだ若葉は顔を覗かせてはいないものの、ラフィが雑草をむしっているときに近寄ってきては、地面に放り投げたそれらまで食ってしまうのだ。
(まぁ、処理に困るから別にいいんだが……)
グレアムはそこまで考えて、そういえばと思い出した。
「そういや、ラフィって動物たちと話ができるんだったか?」
今まで本人にはっきりと聞いたわけではなかったので、事実として知っていたわけではなく、あくまでも「そうなのかな?」程度の認識だったのだが。
ふと、何気なくそう独り言のように呟くと、餌をあげるのに夢中になっていたラフィが背後のグレアムを振り返った。
「うん~~! ラフィ、チョコちゃんたちとおはなしできるのです!」
「なるほど……やっぱりそういうことか。どんな原理か知らないが、それで異常なまでに動物たちに好かれているんだな」
呟きつつ、グレアムは思った。
(幻獣たちに守られながら森で暮らしていたぐらいだしな。まぁ、フェフェは人語を普通にしゃべっていたから会話云々は関係ないとしても、他の幻獣たちとはどうだったんだろうな?)
そのうち、ラフィの力についても調べた方がいいのかもしれないなと、グレアムは思った。その上で、
「ラフィ、餌やりはそのぐらいでいいよ。そろそろ出かけないと遅くなっちゃうし」
「わかりましたなのです!」
彼女はにょきっと立ち上がると、ぷっくりとした両手を軽く叩いてからグレアムににかっと笑いかけた。そして、すぐさま元気よく、玄関の方へと走っていってしまう。
ちっこいワンピース姿の女の子は、本当に楽しそうにはしゃいでいた。
日を追うごとに、ますますわんぱくになっていっているような気がする。それだけ、グレアムにもこの村にも、そして今の暮らしにも慣れてくれたということなのだろう。
グレアムは、幸せいっぱい胸いっぱいといった感じの愛らしい姿を見せてくれる幼子に、自然と口元が綻んできてしまう自分に苦笑しながらも、すぐさまあとを追いかけた。




