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国を追われた元最強聖騎士、世界の果てで天使と出会う ~辺境に舞い降りた天使や女神たちと営む農村暮らし  作者: 鳴神衣織
【第六話】豊穣の祝祭

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95.豊穣の祝祭の幕開け

 グレアムたちが村へ戻った頃には既に昼を過ぎていた。


 馬を返すついでに事の顛末を報告したら、マルレーネはほっとしたような顔色を浮かべた。


 結局、なんだかんだでマロやチョコだけでなく、助けた白猫まで連れ帰ることになってしまったが。


 というのも、マロとラフィが瞳をうるうるさせながら懇願してきたからだ。


「このことも、おともだちになりたいのです! つれてっちゃダメ? ですか?」

「ニャ~!」

 と。


 そんな愛娘と愛猫の訴えかけるような眼差しを一心に向けられたら、断れるはずがない。


「わかったよ。ネコちゃんが嫌がってないなら連れてってもいいよ」


 そう笑顔で了承するしかなかったのである。


 許可が出たことで一人と一匹は大喜びし、新しく家族の一員となった白猫ちゃんの方も、お礼でも言うかのように小さく鳴きながらお辞儀した。そのあとで、マロと頭をスリスリした。


 どうやら、この白猫は女の子らしい。

 雄のマロがどうして助けたがっていたのか、今更ながらに理解した。


(きっと、チョコたち親子の姿を毎日見ていて、羨ましく思っていたんだろうな。自分も嫁さんが欲しいと)


 グレアムは一人、そう納得して、保護した白猫も受け入れることにしたのである。

 とまぁ、そんなわけで、グレアム一家は更に賑やかになった。

 そのうち、マロにも子供ができて大家族になるに違いない。





 そんなこんなで一件落着となり、再び平和な日々が戻ってきた二日後の朝九時頃。


 無事祭りの準備が滞りなく行われ、豊穣の祝祭が開催された。


 初日の午前は、静粛な雰囲気の中、教会内で神事が執り行われることになっている。


 これは、教会に祀られているご神体に麦を納めて、感謝の祈りを捧げるという主旨のもの。


 グラーツ公国は別段、何かしらの宗教を国教として定めているわけではない。各地域によって信仰している神も異なっている。


 世界六大宗教に数えられるグラーツ公国特有の地域信仰で、いわゆる多神教として有名なアルンウェル教が国土全土に広まっていた。


 神々にはそれぞれ役割があると考えられており、豊穣の神、大地の神、火の神、水の神、天候の神、音楽の神など、数多くの神々が存在していると信じられている。そして、それら神々に感謝の祈りを捧げる儀式が、今から行われようとしていた。


 既に村の主立った者たちが狭い教会内に集まっており、片膝ついた状態で頭を垂れている。


 教会堂の一番奥には一段高くなった主祭壇が設けられ、そこに数百の神々の頂点に君臨する主神と、その使いとして知られる牡鹿(おじか)二頭を模した巨大な白い彫刻が祀られている。


 教会堂左右の壁上方には数多の神々を模した石像が彫られ、中央の主神像の上方にはステンドグラスがはめられていた。


 この国の教会は大体このような様式となっているが、地域によって主に信仰されている神々が異なるため、主神像の左右には地域によって異なる神々の像が祀られている。


 この村の場合だと、豊穣を司る全知全能の神を信仰しており、また主神でもあるゼーレスの他、大地神フューリーと水の神アルヴィスライツも祀られていた。


「大いなる恵みと幸福の知恵を授けし大主神ゼーレス。大地を潤し、我ら神々の下僕に日々の糧を与えたもうた大地神フューリーとその妻水の神アルヴィスライツの御慈悲により、本年も無事豊作を迎えるに至りました。これに、神々への感謝の印を奉納いたします」


 主祭壇の前で、ご神体である主神像へと男性司祭が祈りを捧げ続けている。


 他にも、司祭の補佐役を務めているスノーリアとオルレアの双子姉妹(シスターズ)が奉納品である麦や野菜類、魚や鳥肉、豚肉、羊肉などを主神像の前の祭壇へと運んでいた。


 頭を垂れている村長を始めとした他の村人たちも皆、粛々と押し黙り、神事が滞りなく進行していくのを見守った。


 教会内に入れなかった村人たちも、教会前で片膝ついて、大勢祈りを捧げている。


 そうしてすべての工程が無事終了したときには、昼頃となっていた。

 奉納の神事が終わったあとは、村人たちはいったん解散となる。


 その後、広場で開かれる屋台の係になっている者たちはその準備。村長や教会の司祭たち、村のお偉いさんや祭り執行部らは、近隣の村々から招待された各村の代表者たちと懇親会を行うことになっている。


 村役場に勤めている村人や協会『農業及び生産業推進協会』の職員、それからレンジャーギルド関係者は毎年執行役員となっている。


 その関係で、彼らも役場前に設けられた特設会場にて祭りを楽しみながら、各村の村長らと今後の村経営に関する連携について協議を図ることになっている。


 グレアムも一応はこの村の村人として受け入れてもらっているが、村の行事などで執行役を任されることはほとんどなかった。


 存在自体を敬遠されているというわけではないが、どこか遠慮されているというか、気を遣われている節がある。


 この村の者たちはグレアムの能力を高く評価しているから、何か問題が起こるたびに、ついつい頼りがちになってしまう。


 おそらくそのことを気にして、それ以外の厄介事をお願いするのは申し訳ないと思っているのかもしれない。


 ある意味、食客や用心棒みたいな待遇(もの)だった。

 ともあれ、そんなだから、午後は結構暇である。


(まぁ、今年はラフィもいるし、二人で一緒に楽しんでこいってことかな)


 神事が行われていたとき、ラフィと一緒に教会外の最後尾で祈りを捧げていたグレアムは、先程までとは打って変わって村全体が活気づいているのを感じた。


 皆が喜びに満ちた笑顔を浮かべている。


 祭り初日午後の部が始まる前から、既に酒を飲み始めて陽気に歌っている者たちも結構いる。


 屋台担当者たちはそれぞれ食べ物や飲み物、出し物屋などの準備に追われつつも、悲壮感はいっさいない。


「いつものことだが、やはり祭りはいいものだな」


 広場のそこかしこに村人や周辺の村々から来た旅人などが溢れかえっているため、はぐれないようにと、隣でキョロキョロしていたラフィの手を握っていたグレアムは、高揚感に胸がざわついた。


「ぐ~たん、いまからなにがはじまるですか?」

「うん? そうだね。十二の鐘が鳴ったら、広場の真ん中にあるでかい木の塊に火がつけられて、燃え上がるんだ。そしたら、それが合図となって、周りのお店でいろんなものが食べられるようになるんだよ」

「ふ~ん? たのしいこといっぱいおこるですか?」

「あぁ。ラフィが今までに見たことのないようなものが、いっぱい見れるよ」

「ホントですか!?」

「あぁ」


 金色の瞳をキラキラ輝かせて無邪気に笑う幼子に、グレアムもなんだか楽しくなってきた。


 今年はやはり例年とは違う。


 いつもは、どこか遠くから村人たちの楽しそうにしている笑顔を見守っているだけだった。


 今年も平和だったなと自分に言い聞かせながら、彼らが浮かべる笑顔を己が喜びに変え、一人祭りを楽しむ。グレアムにとっての豊穣の祝祭とはその程度のものでしかなかったのだ。


 しかし、今年はラフィがいる。実際に血の繋がった娘ではないし、本当につい最近、自分の養女として引き取ったばかりでまだ日も浅いが、不思議と既に何年も一緒に暮らしてきた本当の娘のように感じられた。


 彼女が心に負った傷はまだ完全に癒えているわけではないけれど、だからこそ、この子には誰よりも多くの喜びを知ってもらい、幸せになってもらいたい。

 そればかりを願っている。


(本当の父親もおそらく、こんな気持ちになるんだろうな)


 グレアムは自分自身でも気付かないうちに微笑みを浮かべていた。

 周辺に人が増えてきたのでラフィを肩車する。


「ラフィ、暑くないか?」

「ん~……あついですが、ちょとがんばるのです」


 ラフィは今日も暑さ除けに、ひさしの大きな麦わら帽子を被っている。しかし、季節は夏本番に向けて、日増しに暑さを増している。その上、あと少しで火櫓に炎が点火されるため、中央広場は更に灼熱と化す。

 それを見た村人たちの熱狂も増し、あっという間に真夏の陽気の完成である。


「そうだな……よし。ラフィ、しっかりと頭に掴まってろ」

「はいなのです」


 グレアムは養女の膝を支えていた手を放すと、右手で風魔法、左手で氷魔法を発動させた。

 たちまちのうちに冷風が巻き起こり、二人の周囲が初春の気温まで低下した。


「ぐ~たん! すごいのです! すずしくてきもち~のです!」

「そうだろう!? いやぁ、やっぱり夏はこれに限るよな。まぁ、魔力減って疲れるから長時間は無理だが」


 グレアムとラフィは二人して、「にしし」と笑い合うのだった。しかし、そんなところへ、


「お前らいったい何やってんだ……」


 呆れたような声を出して、ギールがやってきた。


「なんだギールか。まさかとは思うが、冷気のお裾分けを頂戴しに来たのか?」

「違うわっ。誰がそんなこと考えるか。お前らのあまりに脳天気な親子っぷりに突っ込み入れたくなっただけだ」


 苦々しげに言うベテラン狩人に、グレアムとラフィが顔を見合わせた。


「余計なお世話だよな?」

「うん~! よけいなのです!」


 ひたすらニヤニヤしている二人に、「お前、ちびっ子に変な言葉教えるなよ」と、大男が肩をすくめたとき、()()()()を告げる鐘が鳴った。


「お。そろそろか」


 ギールが呟いて、役場近くに設置されている鐘を見た。

 グレアムも、火櫓越しにそちらを眺める。

 そして、鐘が十二回鳴ったとき、


「神々への感謝と! 日頃の働きへの(ねぎら)いを!」


 役場前の特設会場にいた村長の号令とともに、火櫓に火がつけられた。

 油がたっぷり染み込んだ木材や藁材で組まれたそれらが一気に天へと燃え上がる。


 人の一・五倍ほどの背丈に積まれた火櫓が轟々と火花を散らしている。

 その勇ましい姿を目にした群衆たちは口々に雄叫びを上げた。


 こうして、神事のあとに始まる祭り第二部が幕を開け、開店した屋台に村人たちが群がっていくのであった。

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