簒奪者の変容
大雪の日、BSの電波が入らなかった……。
オーバーロードが、デスマが……。
無念。
場所は変わって、北部の森。
そこでも一方的な戦いが繰り広げられていた。
「だ、ダメだ! 引くぞ!」
「え? ですが……」
「なら残れ! 俺はもう知らん!」
「あっ!?」
撤退に反対する部下を見捨て、マサン・タキシムは逃げ出した。
王家に忠義立てする父や兄を売り、グラーダについたタキシム家の次男。
それが彼だった。
親族が結界維持要員として酷使される中、彼は貴族の当主として栄耀栄華を極めていた。
グラーダの取り巻きである彼に逆らう者など国内には存在しなかった。
ドォン!!
「グゲァ……」
「ぐはっ!」
ズン!
「た、助け……」
グチャ!
だが、ここでは家柄も権威も役に立たなかった。
背後から聞こえてくる轟音、そして部下や合成獣たちの断末魔。
マサンは決して振り返らず走り続ける。
タキシム家の能力で体の一部を狼に変化させ、馬より早く走り抜ける。
このまま逃げ帰ったらグラーダの怒りに触れる事は確実だ。
だが、この場に残り奴らに殺されるよりマシだった。
生き残る可能性が高い方に賭けるのは当然だった。
なにしろ相手は巨人族。
それは、北大陸最強最古の種族。
聖域を守る不可侵の存在。
「ちくしょう……。何でこんな事に……」
グラーダの魔獣狩りは今回が初めてではない。
何度も行われ、そのたびに犠牲者を増やしていた。
だが、今までは取り巻きに危険が及ぶ事は無かったし、無茶を言われることも無かった。
だが、今回は違ったのだ。
巨人の心臓と世界樹の一部を手に入れろ
そうグラーダが口にした時、誰もが冗談だと思った。
巨人にちょっかいを出し、滅ぼされたという話は教訓として広く知られている。
貴族や王族であっても、その恐ろしさは幼少の頃から教え込まれているのだ。
だが、残念ながらグラーダは本気だったのだ。
マサンだってそんな無謀な事はしたくなかった。
だが、反対する兵を『材料』にしてしまったグラーダに逆らう事などできなかった。
そして、その時ようやくグラーダの様子がおかしい事に気付いたのだ。
「……アレは本当にグラーダ閣下なのか?」
グラーダは欠点が多い。
だが、味方になった者は丁重に扱うし、しっかりと利益をもたらした。
だからこそ彼のシンパは多くなり、国外でも影響力を持つことができたのだ。
少なくともこんな無茶を言うような男ではなかった。
合成獣の作成というこの作戦に同行したのは皆彼の腹心だ。
有用ではあるが非人道的であるため、こういった暗部は知る者が少ないほど良い。
この場にいる者達は、そういった暗部も知る数少ない人物たちなのだ。
その彼らを材料にする。
今までのグラーダからは考えられない行動だ。
巨人に手を出すというハイリスクな行動も同様だ。
こんな危険な賭けをする必要があるとは思えない。
慎重なグラーダが何故こんな事をさせるのだろうか。
乱れる思考とは裏腹に、足は正確に拠点を目指す。
もう、戦闘音は聞こえてこない。
自分と共に選ばれた貴族も兵も、合成獣たちも全滅したのだろう。
当たり前だ。
相手は一体ではないのだ。
合成獣を百体、二百体と、数を揃えたならともかく、数十では全く足りない。
そして、合成獣の再生力も一撃でミンチにされてしまっては意味が無いのだ。
巨人は合成獣にとって相性最悪の敵だった。
「ハァ、ハァ、殺され損じゃないか……」
本来なら合成獣を増やすためにここに来たはず。
なのに、作成した合成獣を巨人にけしかけて殺されている。
巨人を材料にすれば確かに強力な合成獣が作れるだろう。
だが、それは損失に見合うのだろうか。
そもそも巨人を倒せるのか分からないのだ。
確実に言える事は1つ。
このままでは死者が出た分だけマイナスだということだ。
「マサン様!?」
「お一人だぞ!? 部隊はどうしたんだ?」
「閣下に連絡を……」
「ソノ必要はナイ」
声は同じ。
だが、決定的に何かが違う。
いつの間にか現れたグラーダは、穏やかな表情でマサンに歩み寄る。
だが、その目はどこか無機質で、どこか狂気に満ちている。
「か、閣下……」
「ドウしたンダイ? マサン。報告シテくれ」
久々に作業場から出てきたグラーダ。
しかし、その違和感は一般兵にも感じられるほどになっていた。
マサンも真っ青な顔になる。
「(これが、閣下? まるで別人じゃないか……)」
「オヤ、聞えナカッタのかな? 君以外はドウシタンダ?」
「あ、いえ。報告いたします……」
嫌な予感を抱きながら、マサンは報告を続ける。
特に巨人の圧倒的な力を強調して。
遠回しに再考を促す。
もしグラーダが以前のままなら、損得を計算し考え直したかもしれない。
だが、融合の果てに『自分』が曖昧になってしまった彼は、己の欲求を優先する。
そこに被害やリスクなど存在しない。
そして、使えないモノに執着もしない。
「解った、解ッタ」
「おお、では……」
グラーダは反抗されることをひどく嫌う。
理にかなった忠言だとしても激昂される可能性は高かった。
だが、予想に反しあっさりと受け入れてもらえた事にマサンは安堵した。
しかし
「次ハ合成獣を1000体用意しよウ」
「……は?」
続いて発された言葉はマサンが期待したものではなかった。
周りの兵たちも言葉を失っている。
1000体など、これまでグラーダが作った合成獣の総数にも等しい。
そんな数をホイホイ用意できるはずがない。
「オイ、王都に伝令ダ。連れてクル材料の数を10倍にシロ」
「え? は、はっ!」
「さて、忙しくナルな」
伝令が走り去ると、グラーダは作業場に向かって歩き始めた。
マサンも兵も呆気に取られてそれを見送る。
いよいよグラーダの正気を疑い始めたのだ。
「閣下……」
「ナンだ? マダ用事か?」
「いえ、その……」
マサンが作業場に入ると、グラーダは今まで集めた『材料』を整理していた。
それだけ見れば几帳面な研究者といったところだろう。
腑分け場のようなこの場所でなければ。
「その、合成獣の作成はとても負担がかかると、以前閣下が仰っていた事を思い出しまして……」
「アア、言ったナ」
「ですので、1000体も揃えるのは、その、時間が……」
「時間がカカルと何か問題ガ?」
「いえ、あまり長期間王都を留守にするのは……」
「ふム……」
頭をフル回転させ、何とか別の方向からアプローチするマサン。
もしかすると今、彼は人生で一番思考力を働かせているのかもしれない。
貴族に産まれたマサンは生まれながらの勝者。
これまでの人生で深く考える必要性が乏しかったのだから。
そんなマサンをグラーダがジッと見つめる。
感情の見えない、まるで昆虫のような眼。
次の瞬間、牙を剥いて襲い掛かってくるような気さえしてくる。
だが、恐怖に負けずマサンは見つめ返した。
どうせ巨人に挑んで殺されるのだ。
なら、いっそのこと合成獣にされた方が良いのかもしれない。
少なくとも恐怖も絶望も感じないだろう。
そんなものは削除されているのだから。
「心配するナ」
「え?」
突然、視線が和らいだ。
拍子抜けしたマサンにグラーダが笑いかける。
その表情はマサンが良く知るもの。
盟主であり友人であるグラーダのものだ。
「実は最近、調子が良くてな。消耗が驚くほど少ないんだ」
「は、はあ……」
「巨人の心臓と世界樹、これは絶対に必要なんだ。どれだけの犠牲と引き換えにしても」
「ですが……」
「頼む、マサン」
部下ではなく友人に接する態度で頼むグラーダ。
その真摯な態度にマサンは断り切れず了承してしまう。
だが、心は晴れない。
心ここにあらずといった様子で、ぼんやりと拠点を歩き回る。
「(また巨人と戦う事になるのか……)」
憂鬱な気分で空を見上げるマサン。
すると、そこには思いがけない光景が広がっていた。
「あれは、オーロラといったか? 何故、王都の方角に?」
この北の果てではオーロラが発生する。
だが、グラーダはここからは北の方角にしか見えないと言っていた。
事実、王都方面にオーロラが発生したことなど一度もない。
異常事態に混乱するマサンは気付かなかった。
作業場から聞こえてきた呟き声に。
「ククク、記憶を元に再現してミタが、中々上手ク行ったな。サア、こいつもモウ少しで完成ダ。楽しまセテくれヨ道化師君」
いよいよヤバいグラーダ君。
もう邪神の干渉に抵抗できなくなってます。




