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暗黒の穴の中へ

「神路君。小川君をいじめたでしょ!」

 小学生の俺が集団の女子生徒たちに完全包囲されている。

「一体何の話だよ!」

「嘘ついても無駄だからね。小川君から全部聞いてるんだから」

「最低!」

「人でなし!」

 女子からの集団攻撃を受けて俺は精神的にまいってしまった。

「濡れ衣だ。小川をいじめてなんかいねーよ」

「人でなし! 人でなし! 人でなし!」

「やめろ! やめてくれ!」

 何だこのビジョンは。俺の嫌な過去を頭の中に無理やりよみがえらせている。

 そうか。これが記憶の洞窟。いや、記憶の悪夢と言ったほうが正確だ。

 小川事件の時の記憶が鮮明に蘇る。その時の怒りや苦しみが押し寄せてくる。この洞窟はそうやって俺たち死者を記憶で心を折ろうとしているのか。

 一瞬周りを見ると、メアリーや小島をはじめ、多くの人々が頭を抱えながら自信のトラウマと戦っている。

 心が痛い。実にくだらないことではあるが、あの時の孤立感や疎外感は並大抵のものではなかった。

「人でなし! 人でなし! 人でなし!」

 その言葉がひたすらに俺の頭の中で叫び続ける。

 すると、今度は俺の家のビジョンが頭に映し出されていく。

 五千円ゲームをするために珍しく勉強している最中、弟と妹が俺の部屋でちょっかいを出してくる。俺はそれを注意するが、それは止まらず、俺は怒鳴ると幼い弟たちは泣いてしまい、母親に泣きついていく。そして、母親が俺を怒りつける。

「俺のせいじゃない。こいつらが悪いのだ」

「お兄ちゃんでしょ。ちゃんと面倒を見なさい」

 いつもそうだった。俺に厳しく、弟たちには甘い。理不尽なことを俺は毎日されて、二人を本気で殴りつけようと思ったことが何度もあった。そのため、家に帰るのが正直憂鬱であった。テレビを見ていてもゲームをしていても弟たちが俺の生活の邪魔をする。そんな生活が毎日続いた。

 まるで弟たちに俺がいじめられているかのように。

 石間と堤が来た時だって、二人は死んだ俺の仏壇を見ることなく、友人たちをゲームに誘った。弟たちにとって、俺はなんだったのか? おもちゃだったのか。

 俺の心が次第に蝕まれていく。

 正直、今でも俺は弟たちが大嫌いだ。だからこそ、能天気に生きている二人が許せない。

 怒りと憎しみと悔しさと悲しみが俺の中でさらに増幅されていく。気が狂いそうだ。

 こんなつまらないことで感情がおかしくなるなら、他の皆はもっと苦しんでいるはずだ。

 こんなことで俺が苦しむのは『あほ』だ。

 しかし、嫌な記憶はさらに映像化されていく。

 石間と二人でなれているとおりの道を並列に歩き、信号機の前に差し掛かった。

 この映像は・・・・俺が死んだ時の記憶だ。

「やめてくれ! この映像はやめてくれ!」

 俺は望遠鏡の前で声を上げてしまった。しかし、他の死者たちも悲鳴を上げている。それは小島やメアリーも同じであった。小島は俺なんかより辛い人生を送ってきたのだ。俺以上に苦しいはずだ。

 しかし、俺は道路で車に引かれる瞬間の恐怖と絶望に襲われ始めた。それはフラッシュバックのように連続してビジョンとして写しだされる。そして、連続して俺の心をドリルでえぐっている。

 そして、俺は悪魔的発想をしてしまった。もし、歩いている場所が違えば俺ではなく、石間が事故に遭っていたのだ。俺じゃなく石間が事故に遭っていれば、俺は生きていられたし、堤とも付き合っていたかもしれない。

 何て最低なことを俺は思ってしまっているんだ。今までそういう考えは浮かんでこなかった。それがこの洞窟の力なのだ。

 石間が死ねばよかった。そういう考えに囚われてしまっている俺は後悔の念がさらに強くなってきている。これは以上だ。

 心がえぐられ、穴が開いてしまっているようであった。

 耐えられるのか。この洞窟を。

 過去への後悔などの苦しみを映像を通して体現する洞窟。実に悪趣味で不愉快極まりない。しかし、まだ耐えられる。なぜなら、俺は辛いことから逃げてきたからだ。死んだこと以外に重い過去を背負ったこともなく、地獄のような生活を知らないからだ。もし、ここに上野がいたら、耐えられないだろう。

 過去ごときで俺は屈服するつもりはない!

 俺は立ち上がり、過去の映像を退いていた。そして、正気に戻ると、大勢の人間が過去の苦しみにもがいていた。

「先輩、大丈夫ですか?」

 俺と同じ正気に戻っていた。

「俺は大丈夫だけど、お前はどうんだよ?」

「僕は入院生活の嫌な記憶ばかり頭をかけめぐりましたけれど、逆に言えばそれしかないんです。耐えられます」

 なるほどな・・・・

「・・・メアリー!」

 俺はメアリーに近づいたが、彼女は完全に過去に囚われており、俺の声が届いていないようであった。

「おい、しっかりしろ! 正気に戻れ!」

 俺はメアリーの肩に触れた瞬間、頭の中にまったく別のビジョンが流れ込んできた。そして、まるで吸い込まれるように俺の意識が飛んでいく。

 俺はまったく見知らぬ地にきていた。正確には意識が記憶の世界に入ったと言ったほうがいいだろう。そこは日本のような狭くるしさのない、まさにアメリカの一軒家が立ち並ぶ場所である。

 これがメアリーの記憶。彼女は一体何に苦しんでいるのだろうか?

 人の中を土足で踏み込むのにためらいがあったが、知る必要があると俺はおもった。望遠鏡ですら気を使い、メアリーに関する情報を見ることはしなかった。しかし、メアリーが過去の苦しみに囚われている以上知る必要がある。

 大きな白い一軒家を俺は立ちながら見ていると、茶色いドアが開き、一人の女の子が出てきた。そして、その姿は俺の想像を張るかに超えるものであった。

 出てきた少女は確かにメアリーであったが、彼女には『両足』がなかったのだ。

 車椅子を押しながら、両親に介抱される彼女の姿は俺の知っているメアリーではなかった。

「両足がない。そんな、確かにメアリーには足がある」

 すると、この半死世界の仕組みを思い出した。病弱である小島は何の不自由もなく旅を続けた。この世界には肉体はない。魂だけだ。なら、メアリーは障害者として生活を余儀なくされていたということか?

 すると、ビジョンは変わり、風景が学校になった、すると、外で遊んでいる同級生たちを車椅子に座りながらメアリーは眺めている。自由に遊べないメアリーの悲しみが俺にも伝わってくる。

「上半身女だ!」

 数人の意地悪な男子生徒がメアリーをからかっている。そして、車椅子を持ち、メアリーをどこかに連れて行く。

「何するのよ」

「足なしは黙ってろよ!」

 校庭を離れ、彼らは人気のない校舎の裏にやってきた。そして、車椅子に乗っているメアリーを地面に無理やり落した。

「何するのよ」

「腕があれば大丈夫だろ!」

「ははは!」

 悪意に満ちた少年たちはその場を去った。残されたメアリーは両腕を使って必死に車椅子によじ登ろうとしている。

 これが・・・・メアリーの過去。そして、その苦しみ・・・・・

「そうよ。これが私の真実よ」

 すると、ビジョンの中に両足のあるメアリーが立っていた。

「メアリー・・・」

「神路が本当にうらやましかった。あなたは両腕両足があって小島のように持病もない。健康体で何不自由なく生活してきた。それが私には悔しかった。現実世界では家族以外に私を理解してくれる人が誰もいなかった。足がないってだけで・・・」

 メアリーは下を向いて俺に言っている。

「でもね、私はそれでも神様を信じていたの。障害を持っていても希望を捨てずに生活している人はいっぱいいる。私もその一人になりたかった。神様は私に試練を与えてくれた。そして、その試練を乗り越えて幸せを手に入れる。そう信じていた・・・」

 すると、ビジョンが変化し、校庭から教室の図書館へと変わっていく。

「ここで私はすべてが終わったの」

 図書館内には車椅子のメアリーが本を読んでいる。すると、ドアから銃を持った少年が一人、狂気に満ちた目でやってきた。錯乱しているらしく、手にしている銃で館内で銃を連射し、無差別に人々が血に染まっていく。車椅子での移動のメアリーは必死でその場を去ろうとするが、外に出る出口は少年にふさがれている。そして、一発の銃弾がメアリーの心臓に命中し、車椅子から落下した。

「メアリー、お前は殺されたのか・・・・・」

「殺されたなんて話せないでしょ・・・・・」

「そうだな・・・・・」

 こんな理不尽なことがあるのか。小島、上野、そしてメアリー。皆理不尽すぎる人生を送ってきたのだ。その中で理不尽とは無縁の俺だけはのん気な生活を送ってきたというのだ。無知な自分に腹が立ってきた。

「望遠鏡でね。その事件について調べてたんだけど、銃を乱射した少年は薬物中毒で錯乱していたらしいわ。しかも・・・・・生きている」

『生きている』という言葉には多くの感情がこめられていた。

「メアリー、それでも神様を信じるのはなぜだい?」

 俺は慰めの言葉が思いつかず、空気の読めないぎもんをぶつけてみた。

「だって、死んでも魂は生きているから・・・・死んだらそれで終わりじゃなかった。まだ続いている。肉体が無くなっちゃったけどね」

 重い・・・・重過ぎる。メアリーの記憶に殺されそうだ。

「でも、私はこの記憶に耐えられそうにないわ。過去に心が囚われているから。悲しみと悔しさが苦しみになって心が痛い・・・・もう無理そうだわ」

「メアリー、負けるな! 神がお前のために与えた試練なんだろ! だったら、戦え。いっしょに天国に行くんだ」

「やめて、私の記憶、やめて」

 メアリーのビジョンが渦を巻くように数多くの光景が映し出されている。その記憶一つ一つがメアリーに精神的ダメージを与えている。

「メアリー。この試練は乗り越えられる。俺と小島はそれを乗り越えた。お前ができないはずがない。最初にいっしょに旅していた女の子は理不尽ないじめで生を捨てた。でも、お前は違う。人よりもハンディを背負っていながら生きようとしていたじゃないか。しかも、つり橋の時だって多くの人を救おうとした。そんなことは普通の人間にはできない。健康体である俺にだってできなかったことがお前にはできるんだ。過去の記憶は辛いけど、受け入れるしかないんだ。大丈夫。お前ならできる!」

 とは言ってみたが、メアリーは苦しんでいる。

 すると、先ほどの錯乱少年がしつこく銃を発砲する映像が流れている。メアリーの心をさらに蝕んでいく。

 その地獄のような映像が膨大化し、俺の意識を吹き飛ばした。

 そして、俺は船の上に意識を取り戻した。しかし、目の前にいるメアリーの体は透明化していた。

 精神的に追い詰め、魂を消滅させる。それがこの洞窟の目的だ。

 悪趣味にもほどがある。この世界は歪んでいる。俺たちを弄んで楽しんでいるのか。この世界は。

「メアリー、負けるな!」

 しかし、メアリーは俺の言葉が聞こえていないようであった。

「どうしたらいいんだ・・・・」

 すると、小島がやってきて、俺が予想にもしなかったことをした。

 小島はメアリーをきつく抱いたのだ。

「メアリー、大丈夫。僕がいるから」

 その言葉は俺の言葉の何倍強く優しかったであろうか。次第にメアリーの透明化が止まり、回復していく。

 何だ、この光景は。ハグでメアリーを救えるとは思ってもみなかった。小島はメアリーに好意を抱いている。それが行動に移っただけかもしれない。いや、同じ境遇同士にしか分からないことがあるのかもしれない。

 これが『愛』なのか・・・・・小島からは純粋な思いを感じる。俺なんかよりよっぽど大人だ。

 そして、メアリーはこの世界に戻ってきた。小島に抱かれながら。

「何くっついてるのよ。変態!」

 メアリーは小島を思いっきり押しのけた。小島はしりもちをついた。

「メアリー、大丈夫か?」

「はあ、何がよ?」

 メアリーは妙に強がっている。きっと、恥ずかしいのだろう。本人が無事ならそれでよい。

 しかし、メアリーのような現象は他の人々にも起こっていた。そして、透明化の果てに完全に消えてしまった人や錯乱して、島から落下していった人までいる。正気を取り戻した俺たちは多くの人々に問いかけ、正気に戻そうとしたが、所詮は赤の他人の問いかけである。俺が近寄って話しかけても耳を傾けず、魂が消滅してしまった。

 こんな理不尽なことがあってたまるか! 全員助けなければ。

望遠鏡の広場はメアリーと小島に任せ、俺は他のエリアの人々を救いに、階段を下っていった。しかし、階段を下りながらも大勢の人の断末魔の声がどこからともなく鳴り響いている。

 島はまだ洞窟を抜け切ってはいない。これからも、多くの人々を『殺す』であろう。ここは悪魔にはならないが、魂を消滅させるエリアなのだ。

 ふざけている。この旅は。

 俺はこの世界を作ったやつを憎んだ。憎まざるをえなかった。

 左右に分かれている道を無造作に曲がり、下り続けた。

 すると、限りなく海沿いの場所へと俺は降り立っていった。しかし、そこで待ち受けていたものは透明人間と、錯乱した人間、そして苦しみに耐え切れずに海に飛び込み、自殺する人々であった。

「皆さん、正気に戻ってください!」

 俺のようなたいした才能のない人間が正気に戻れたのだ。他の人々ができないはずがない。しかし、海に飛び込む人間が後を絶たない。

 すると、その中にはあの黒人系の少年もいた。まだ、小学生くらいの少年が苦しむ過去とは一体何なのだろうか?

 俺は、俺を殺そうとした少年に近づき、その肩に触れた。そして、意識が少年の過去へと吸い込まれた。

「アフマド、早く起きなさい。お父さんのお店を手伝うんでしょ!」

 少年の母親らしき人物は幼い少年をやさしく起こそうとする。少年アフマドは眠そうな顔をしながら、汚らしい布団から目を覚ます。

「起きるよ」

 アフマドは日本とは違うとても衛生とはいえない台所の椅子に座る。

 この場所はどこかの中東かアフリカ大陸なのか?

 日本付近の国ではないことはよく分かる。

 すると、突然大きな銃声が鳴り響いた。拳銃ではなく、連射式のライフルのような音だ。その銃撃は外から起きている。そして、白人の兵士がライフルを構え、家に押し入り、母親の命を奪った。

 一方的な殺し方であり、何が起きたのか俺もアフマドも分かっていなかった。アフマドは呆然と母親の魂が抜けた肉体に寄り添い、母親をゆすっている。

「起きてよ。お母さん。起きてよ!」

 しかし、母親の体から大量の血が流れるばかりで動かない。俺が見た所、即死だと思う。頭部や心臓から血を流していることから推測しただけであるが。

 しかし、生まれて初めて生々しい死体を見るので目を背けたくなった。

 そして、ビジョンは変わり、昼間になった。アフマドは店を開いていた父親の元へ向かっていた。しかし、涙は流していない。母親が死んでしまったことをまだ理解してないようであった。そして、父親が開いていたであろう店は完全に荒され、父親も大量の血を流しながら倒れていたのだ。そこで、初めてアフマド少年は『死』というものを知ったのだろう。目から涙が零れ落ち、叫び声をあげている。しかも、周りには多くの遺体が転がっており、各家では火事なども起きている。

 これが異国の理不尽な現実なのだと俺は初めて悟った。

 そして、ビジョンはまた変化し、数時間後になっていた。

 少年は父親の骸にただ絶望し、いるだけであった。そんな所に軍隊とは名ばかりなテロリストらしき集団が武器を持ちながら、やってきてアフマド少年を連行した。

 さらにビジョンは変化し、別の場所へと移動していた。トラックで運ばれているアフマド以外にも大勢の子供たちがうつむきながら何も言わず、乗っている。きっと、同じ強雨遇の子度たちなのだろう。

 そして、テロリストたちのアジトらしき場所に到着し、子供たちはそこで下ろされ、小汚い茶色のテントハウスに連れられていく。子供たちは言葉一つ発することなく、テント内へと入っていく。きっと、戦争孤児の集まりで家族を奪われたショックで何も話せないのだろう。

 実に生々しい光景に俺は目を背きたくなったが、同時にアフマドの過去をより知りたいという矛盾した願望が大きくなる。

 そのテント内にはテロリストの親玉らしき貫禄のある男と二人の伏兵がいた。すると、親玉の男が口を開いた。

「君たちの家族は悪魔の手先であるアメリカ兵に殺された。我々は神の意思により、悪しきアメリカ兵をこの世から抹殺するよう勅命を受けた。君たちは今日から神の選ばれし戦士として我々と戦ってほしい!」

 これは・・・・ただの洗脳ではないか!

 この悲しきそしてむごたらしい過去がアフマドの歴史。彼の目が殺意に満ちている理由がこれで納得がいった。

 そして、ビジョンは加速し、アフマドや他の子供たちが何やら発声練習をしている。

「アメリカ兵は悪魔。この地球から抹殺しなければならない!」

 子供たちが指揮官らしき男に無理やり言わされている。すると、その指揮官が強烈な罵声を浴びせた。

「声が小さい。それでは神の戦士にはなれない! 貴様ら、アメリカ人の手先か!」

 すると、少年たちは一瞬ひるんだ。それだけの迫力の威圧感をこの指揮官は発していたのだ。

「違うはずだ。お前たちは戦士だ。さあ、もう一致言え! アメリカ人は悪魔の手先。この世から抹殺しなければならない!」

「アメリカ人は悪魔の手先。この地球から抹殺しなければならない!」

 先ほどよりも大きな声で子供たちは唱えている。

「よし、さすが我が戦士たちだ。お前たちは神に選ばれし戦士。戦士に年齢など関係ない。正義の心を持つものはすべて神の戦士だ!」

 そして、ビジョンは再び加速し、今度は子供たちに銃の使い方を教えている。

「さあ、戦士たちよ。あの悪魔の旗を目掛けて攻撃しろ!」

 的になっているのはアメリカ国旗であった。そして、アフマドたちは激しいライフルの音を発し、アメリカ国旗に攻撃した。しかし、所詮は子供である。銃の反動に負け、国旗に命中しなかった。すると、あの威圧的な指導官がまた怒鳴りつけている。

「貴様ら、なぜ悪魔の旗に命中させなかった! 悪魔の手先に成り下がったか!」

 すると、子供たちはライフルを再び構え、アメリカ国旗に命中させるまでライフルを撃ち続けた。

 そして、彼らの運命を決定付ける過去が映像として映し出された。

 アフマドら子供たちは成長し、銃を担ぎながら指揮官の男の前に整列している。

「今日はお前たちをテストする。ついてこい!」

 完全に洗脳された子供たちはなれたように後へとついていく。そして到着した場所は先ほどの荒野の射的場であった。しかし、今回違うのは的が国旗ではなく『人』だということだ。そこにいるのは若い白人やアフマドと同じ民族らしき大人たちであった。丸太にロープで縛られ、身動きがとれずにいる。しかも、暴行されたのか額や至る場所から血を流している。しかし、全員まだ生きている。しかし、その扱いは人間でも奴隷でも囚人でもない。『的』だ。

「あそこにいるやつらはアメリカ兵とアメリカ人に加担した人間だ。やつらは魂を悪魔に売り渡した神の敵だ。今、お前たちが持っている聖なる武器でやつらを殺せ!」

 すると、子供たちは沈黙した。人を殺すのは初めてだったのだろう。しかも、彼らはまだ子供でそんなことできるわけがない。すると、あの指揮官が怒鳴り散らした。

「何をしている。この神の命令が聞けないのか!」

 しかし、アフマドたちは殺人に対する恐怖心でいっぱいである。誰一人動かない。

「いいだろう。私が神の裁きを見せてやる。こうやるんだ!」

 すると、アフマドが所有していたライフルを無理やり奪い、アメリカ白人の一人を目掛けて構えた。

「これが神の使命だ。全員目を開けて見ておけ!」

 そして、連射するライフルの音が鳴り響き、白人男性の鼓動が消え去った。大量の血が流れ落ちている。その光景に一同は目をそらすことができなかったであろう。

「こんな簡単なことがお前たちにはできないのか! さあ、やって見せろ。そして、神に永遠の忠清を誓うのだ!」

 すると、アフマドが一人ライフルを持ち、一人の同民族の男性に銃口を構えた。

「そうだ、アフマド。選ばれしお前ならできる。あの売国奴を地獄へ誘うのだ!」

 アフマドは緊張しながら男性に狙いを定めている。

「や、やめろ。やめてくれ!」

 的になっている男性たちすべてが叫び始めた。

「やつらに情けをかけるな。あの声は悪魔の誘惑だ。従うことは万死に値する。悪魔の手先になることと同じだ。さあ、殺せ。アフマド。それがお前の神への忠清だ!」

「やめろ! やめてくれ!」

「助けてくれ!」

 的になっている人々の断末魔の叫びは続いていく。命乞いを叫ぶ彼らにアフマドはあくまで銃口を向け続ける。

「さあ、引き金を押せ!」

「やめてくれぇーーーー」

 そして・・・・・アフマドは二度と戻ることのない一線を越えてしまった。

「よくやった。アフマド。これでお前は正式な神の僕となったのだ! さあ、他の者たちもアフマドに続け!」

 すると、連鎖反応のように子供たちはライフルを構え始め、引き金を引いた。的になっている人々は抵抗することができず、飛んでくる玉の的になるしかなかった。数多くの苦痛がすぐに死へと誘っていく。的の肉片は剥がれ落ち、辺りは赤き大地へと変貌していく。そして、的の叫び声は聞こえなくなり、銃声だけが大地を響かせていた。

 俺はこの狂気に満ちた光景に恐怖し、絶望を覚えた。

 今まで俺が知っていたテロリストは映画の中の単なる悪役でしかなかったが、本物のテロリストとその育成の現場を死してから知ることになるとは夢にも思わなかった。

「よくやった。お前たち。これで全員、真の戦士へとなったのだ!」

 アフマドや他の子供たちはもう、子供ではなかった。完全なテロリストへと変化してしまったのである。悪魔の手先をアメリカ人と思い込ませ、存在するかも分からない神をでっち上げ、洗脳する。これが異国の現実なのだ。

 俺は改めて自分の無知を恥じた。何も知らない俺はその現実を受け入れられずにいる。しかし、ここは過去の世界。信じるも信じないもないのである。ここにあるのは『事実』だけだ。

「悪魔の手先を倒した! 俺たちは悪魔の手先を倒したんだ!」

 アフマドが突然叫びだし、それに続くように大勢の子供たちも叫びだした。これで完全なるテロリストの出来上がりだ。

 そして、ここからの過去の記憶は早回しのように進んでいった。もちろん、俺にはそれを知覚することは可能で頭の中に情報がスムーズに入っていく。

 子供たちや大人のテロリストたちといっしょにアメリカ人車両をライフルやロケットランチャー、手榴弾なので攻撃し、両者共に大勢の犠牲者を出す光景であった。その映像は無限にあるのではないかと思わせるような莫大な記憶であった。ただ、共通して言えることはこの映像がすべて『殺害』をテーマにしていることだ。

 特に残酷なことはアフマドたち子供テロリストたちが同じ国籍である子供たちを殺している映像が流れたことだ。理由はその子供や家族たちがアメリカ人に食料などを売ったからである。そんなことのためだけにアフマドたちテロリストは同族ですら容赦なく殺していく。これが本物のテロリストの恐怖と現実。俺の前には数多くの人々を殺していった少年が目の前にいる。俺はどう接したらいいのだろうか? 少なくともこの事実は誰にも言えない。言えば、この哀れな少年を軽蔑し、迫害する。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。彼の歴史はまだ終わっていないのだから。

 そして、生き残った子供たちや新しく洗脳した子供兵士たちをあの指揮官が集めた。まともではないことを言い出す雰囲気であった。

「次の勅命は君たちの命を捧げてもらう。言っている意味は分かるか?」

 一体何を言っているのか俺には分からなかった。戦いとは常に命を捧げていることと同じだと先ほどの映像で学んだからだ。

「はい、分かります」

 アフマドではなく、別の少年が言葉を発した。

「神への生贄ですね」

 いけにえ・・・・?

「その通りだ。我々は数ではアメリカ人に劣っている。この世界から完全にアメリカ人を排除するには犠牲になってもらわなければならないことがある。これは死ではない。神への生贄だ。命を捧げることでこの地上からはいなくなっても神は我々を導いてくれる」

「天国に行けるんですね!」

「その通りだ。神の命に従ったものは天国へ行くことができ、神にそむいたもの。つまり、悪魔の手先であるアメリカ人や売国奴は死すれば地獄に堕ちるしかない。苦痛以外の何物もない闇へ。そして、今日神への生贄が決まったのだ」

 指揮官は真剣な顔をしながらもどこか邪悪に満ちている。俺はこの男に対して激しい憤りを感じる。それはまさに『殺意』に近い感情だ。

「アフマド、君だ。君は神に選ばれたのだ」

 すると、子供たちから多大なる拍手が鳴り響いた。

「明日、アフマドは所定の場所で爆弾を抱えながら、多くの売国奴たちを道ずれにこの世を去る。そして、彼だけが天へと召されるのだ。これほどの名誉はない」

 自爆テロをしろと言うのか。しかも、子供に・・・・狂っている。この男は狂っている。

 憎しみは増幅されていても、所詮俺には何もできない。すべては過去に起きた出来事だ。どうすることもできないのだ。

 そして、その日がやってきた。アフマドは体中に爆弾を背負い、それをフードで隠す。そして、テロ組織のアジトから去る。一人、砂漠を渡りながら、町へと向かっていく。その顔は恐怖ではなく、緊張している。この自爆テロが成功するかどうかという緊張感。死への恐怖や罪悪感などは、まったく感じられない。洗脳された結果なのだろう。

 アフマドはすぐに町に入り、所定の位置に立っていた。しかし、爆弾の起爆スイッチはまだ押さない。ここにはアメリカ人が大勢やってくるという情報があり、彼らが多くやってきた所を自爆するという内容だ。

 あの指揮官はこの卑劣な作戦を子供にやらせた。自分たち大人ではなく子供にだ。これは子供たちを単なる『消耗品』としか考えていないという証拠だ。

 そして、アメリカ兵の軍隊が車を使用しながらやってきた。迷彩服にライフル。黒人と白人の彼らは少年には気がついてはいない。

 軍隊の動きを知ったアフマドは彼らの前に立ちはだかった。

「少年、そこをどけ!」

 アメリカ軍隊の一人が叫んでいる。しかし、アフマドはどかない。すると、アフマドは走りながら軍隊へ近づき始めた。その行動はアメリカ兵の不信を買うには十分すぎる行動であった。

「敵だ! 撃て!」

 それと同時にアフマドは爆弾の起爆スイッチを手に取る。しかし、銃声が先に鳴り響いた。アフマドの全身に取り付けていた爆弾には弾は命中せず、彼の頭部に当たった。そして、彼の人生はここで絶えた・・・・・

「僕は神の使命を行えなかった。だから、天国には行けなかったんだ」

 アフマドが俺に語りかける。

「だから、この世界に来た時、アメリカ人を殺せば天国にいけると思った。それが神からのお告げだと!」

 俺はまだ小島の頭の中に入る。意識を取り戻してはいない

「それは違うよ。アフマド君。君が自爆したって天国にはいけなかったはずだ」

「違う。アメリカ人の手先が! 悪魔の言う言葉に耳はかさない」

「俺は悪魔の手先なんかじゃない。君と同じ人間だ。確かに君の両親はアメリカ兵に殺されたのかもしれない。その憎しみを否定はしないよ。嫌いなものがあってこその人間だ。けれど、君が過去にしてきたことは・・・・・・悲しいよ。君がかわいそうだ」

 彼がしてきたことを肯定するつもりはない。しかし、俺が同じ立場ならきっと、そこに立っていたのは俺だったかもしれないのだ。

「悪魔の手先が! お前を、殺してやる!」

 そして、俺はアフマドの記憶からはじき出された。移動島で意識を取り戻した俺に待っていたのは殺意むき出しの少年であった。

「殺してやる! 悪魔の手先。殺してやる」

彼は自分が死んでいることを自覚していないのかもしれない。しかし、過去の記憶は蘇っているはずだ。その証拠に・・・・アフマドの体は透明化している。

 彼を苦しませているのはなんだろうか? 過去に行った残虐行為か。両親を殺されたことか? それとも、使命を果たせなかったテロリストとしてのアフマドか?

 俺にはそれが見極める術がなかった。彼の過去を知ったところで彼のすべてを知ることなど人間にはできないのだ。

 透明化しながらも、アフマドは俺に殴りかかってきた。体が重いはずなのに身軽なように攻撃してくる。これは明らかにテロリストとしてのアフマドが『使命』を果たそうとする力だ。俺はその攻撃を交わすしかない。彼を攻撃する気など毛頭なかった。

 しかし、アフマドの殺意に満ちた目は俺を獲物のように睨み付けている。この世界では小島やメアリーのように完全な肉体の復元ができるが、精神を元に戻すことができないようだ。彼の洗脳された知識もまた彼のアイデンティティの一つだ。それを変えることはできないのだ。

「やめろ。そんなことをしたって天国へは行けない!」

「悪魔の手先は殺せ。悪魔の手先は殺せ!」

 少年の耳には俺の声など届いていないのだ。なら、どうしたらいいというのだ?

 すると、アフマドは弱り、バランスが取れない状態でいる。そして、地面から海へと転落した。俺はそれを察知してアフマドに近寄り間一髪左手を捕まえることができた。

「離せ! 悪魔の手先」

 アフマドの手には力がなく、透明化は深刻であった。この状態を維持するには限界があったので俺は彼を引き上げようとした。しかし、アフマドの右手が俺の腕を叩く。

「汚らわしき手で俺に触れるな!」

「お前を助けるんだ。そして、いっしょに天国へ行こう!」

 しかし、時すでに遅かった。彼はまるで粒子に分解されるような光を発しながら、消えてしまった。俺の手にはもう彼の感触はない。

「そんな・・・・・」

 こんな理不尽なことが・・・・・俺は少年を助けられなかった。

 俺は海から離れ、安定した陸へと立ち上がった。しかし、そこにはもはや誰の姿も存在しなかった。さっきまでは確かにいたのだ。しかし、皆もうここにはいない。俺一人だ。

 そして、残酷なことに記憶のトンネルから一筋の光が入ってきたのだ。それは記憶のトンネルを通過したという証であった。

 あと少し移動島のスピードが速ければ多くの人が救えたはずだ。

 しかも、空には輝きが戻っている。夜が終わったのだ。非常に短い夜に俺は違和感を覚えた。そして、上空には白き翼を羽ばたかせている天使たちが急降下してくる。

 そして、その天使の一人が俺を目掛けて落下してきた。

「もう少しで中間地点に差し掛かります」

 何が中間地点だ! ふざけたことばかり言いやがって。

 俺は天使を無視し、その場を去った。丸太で出来ている階段を上りながら、小島やメアリーを探すことにしたのだ。

「小島! メアリーいるか?」

 アフマドのことを忘れようと二人を懸命に探したが、なかなか見つからない。もしかしたら、再び過去に囚われ、消えてしまったのではないだろうかと思った。

 望遠鏡のあった場所へ移動してみたが、二人の姿はなかった。数人の生き残った多国籍の人々がいるだけだ。

 俺は再び探し続け、また足を踏み入れたことのない場所に行くことにした土と丸太の階段を別方向に曲がり、進んでいくとそこにも今まで使用した黒い望遠鏡が設置されている場所を見つけた。しかも、そこは移動島の真ん前に位置しており、二人を見つけることができた。

「神路、無事だったのね」

 メアリーが先に俺に気づいてくれた。

「い、一応な」

 精神的にはショックなことが多すぎた。

「先輩、見てください。この望遠鏡を」

 小島が俺を引っ張り出し、望遠鏡の前まで連れてきた。

「これを見ればいいんだろ」

 そんな気分ではなかったが仕方があるまい。

 俺は望遠鏡を手に取り、中をのぞくと、大きな島が浮かんでいた。しかも、その島だけ光に包まれている。どこか温かで癒されるような光。あれは一体・・・・

「そうか、あれが中間地点か」

「先輩も天使から聞いたんですね?」

「ああ、しかし、あの場所には一体何があるか不安だ。この旅は『狂っている』」

 その言葉に二人は何も言えなかった。反論する理由が何もなかったからだ。

「でも、あの光を見ているととても癒されるんですよね」

「私も」

 二人が言うのだから間違いない。あの光は信用できるのかもしれない。それに天使たちは中間地点としか言ってはなかったのだから、くだらない試練はないかもしれない。

 俺は望遠鏡を見続けた。この望遠鏡は地球を見るものではないらしく、この世界のみを映し出す、ある意味普通の望遠鏡である。しかし、こういう時だからこそ、地球の家族や友人たちの姿が見たい。

 移動島はスピードを変えずにその中間地点の光る島まで移動していった。俺たち三人は地べたに座り、空の光をただ見ていた。

「後、どのくらいで天国へいけるのかしら?」

 メアリーが誰しもが思っている疑問を口にした。

「一番難しい質問だな」

 しかし、一番知りたい質問でもある。けれど、俺たちの近くに天使はいない。天空に舞っている天使やどこかの入り江でたたずんでいる。

 しかし、俺たちはこの移動島に従うしかない。例え、どのような困難が立ちはだかっていてもそれから逃げることはできないのだ。もし、逃げるとしたら、海へ飛び込み、魂の消滅しかない。それはまさに自殺と同じだ。その選択は悪魔にならないための最後の手段として考えておかなければならない。先ほどの洞窟では悪魔は現れなかったが、この先いつ現れてももう驚くことはできないだろう。

 きれいで透き通った海は俺の心を癒す色のはずなのに、同時に憎しみも覚えてくる。水に浸かれば魂が消滅する。死海の海を美しいと思ってしまう自分に嫌悪してしまう。

 すると、空気を読もうともしない天使たちは空を飛んでいる。俺には人を弄んで楽しんでいる白いカラスのように思えてきた。

 もし、俺が生き返ったとしたら、この世界の実態と天使たちがいかに冷たい存在であるかを示してやる。そして、天使や悪魔の概念を変えてやりたい。

「のん気に飛んでいる天使たちが俺は憎くてしょうがないよ」

 俺は二人に言った。

「僕もそうです。地球にいた時とはイメージがかなり異なりましたから」

 小島は俺と同意見であった。

「気持ちは分かるけど、私は天使は好きよ。羽がきれいだし」

 そんなことで好きになるな! と言いたかったが、どうせけんかになるので言わなかった。


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