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ひと時の休息と・・・・・

 家族旅行がほとんどなかった俺にとって旅行といえるものは小学校と中学校の修学旅行くらのものだ。

 小学六年生の時に初めて船に乗った。あの時は石間と他の友人たちといっしょに行動し、水の上を楽しんだ。他の友人たちはその後、別の中学校に入ってしまったので自然と疎遠になったが、石間とは腐れ縁でずっといっしょであった。

 しかし、いざ思い出話を小島にしようとした時、この話を思いつかなかったのはなぜだろうか? まあ、自分の胸の中にとどめておきたいという気持ちが自然と働いたのかもしれない。

 あの時の修学旅行でへまを一つしたとするなら・・・・・船酔いしてしまったことだ。今まで車やバスに酔ったことがなかった俺は、船のゆれにさんざんいじめられた。あんなに気持ち悪い経験はうまれて初めてであった。そのため、外で石間たちと話をしながら、海を眺めていたが、船酔いによってテンションが低めであった。それを石間たちに馬鹿にされ、ののしられたのを覚えている。

 結局、海の上で吐くことはなかったが、少しだけ悔しさが残ったのだ。それは石間たちにののしられたことではなく、海の上を不完全に楽しんでしまったことである。

 しかし、今この船というべき島に乗っているが、ゆれは感じるが船酔いはしていない。きっと、そのような概念がないのだろう。しかし、メアリーからのボディパンチには痛みがあった。矛盾だらけのこの世界は。

 一体何の目的で作られたのだろうか?

 もし、純粋に天国へ導きたいのなら、こんな巨大な世界は必要ないはず。わざわざ悪魔を用意して世界を維持させる必要性とは何だ? 死んだらダイレクトに天国へいければいいだけの話だ。こんなむちゃくちゃな世界を創造する必要はない。もしかすると、天国とは俺たちが想像しているものとは別の次元の存在なのかもしれない。

 やはり、天国がどのような場所なのか考えてしまう。魂が新たな肉体へ転生する所か、それとも究極の楽園なのか?

 天使たちは天の使いでありながら天国のことを知らない。もしかすると、知っていて黙っている可能性もある。俺たちが苦労してまで行く価値のある場所なのだろうか?

 しかし、死後の世界が本当にあったことに俺は驚いている。

 幼い頃は、人は永遠に生きるものだと思っていた。それが年齢を重ねるごとに人間には寿命という絶対的なものが存在し、必ず死ぬことを知った時は恐怖で眠れないことがあった。死ぬことは俺にとって非常に怖いことであり、一瞬で人生が終わってしまう。

 そして、死んだら人はどうなるのだろうかという問いは生きている時の特別課題であった。天国を信じる人やそうでない人、魂が転生し、別人として新たに生を受ける。仮説はいろいろあるが科学的に実証することはできなかった。

 そのため、俺はどの仮説が正しいのか分からなかった。

 日本では三途の川という考え方がある。死者がその川を渡るとされているが、もしかしたら今この海が三途という名前で、航海をしているのか?

 そんなわけはないか・・・・・

 では、臨死体験をしたという人がよく聞くが、その人たちはこのファンタジックで残酷な世界に足を踏み入れたのだろうか?

 謎が謎を呼ぶとはまさにこのことだ。

 しかし、船酔いしない航海は正直楽しい。波のしぶきが美しい。心に安らぎを与えてくれる。これだったら、生きている間にもっと船やフェリーなどに乗っておくべきだった。

・・・・・船酔いさえなければの話であるが。

 空を眺めると、確かに星が輝いている。では、この世界はどこかの惑星なのだろうか?

 しかも、光を失っているにも関わらず、夜行性の動物のように視界がはっきりしている。もし、生きているなら街灯のないこの世界では何も見えなかったであろう。

 悪魔たちが暗くなった時に活動する。そのための移動島だ。悪魔は海には入れない。泳げないだけなのか、それとも人間同様に疲労するからか? 理由は分からないし、特別しろうとも思わない。結局、あの天使たちに聞く羽目になるからだ。

 そういえば、小島とメアリーはどうしているだろうか? 

 小島とはいえ、島に変わりはないのでいろいろなものがあるだろう。もしかすると、望遠鏡があるかもしれないし、悪魔の罠も設置しているかもしれない。

 正直、この世界のパターンには飽き飽きしているが、この島を探検したいという好奇心に駆られていた。移動島など乗る機会が一度もなかったからだ。

 当然ではあるが、航海が終わるまでにはこの島の構造を知っておきたい。けれど、体の透明化は感知していない。鉛のような重さもまだ残っている。

 まあいいか。あんなにきれいな星を見るのは生まれてはじめてた。

 日本で数多くの星が見れるのは街灯や建物の少ない田舎とか山奥だろう。堤や石間と三人で見たかったな。あの空を・・・・・

 一生見ることができないことを考えると無性に悲しくなってくる。

 移動島は海の風を運んできてくれるため、とても心地よかった。船の上とはたいていそんなものだけれど、ここの風は地球の風とは違う。心が落ち着くのだ。魔法の風とは言わないが、根本的に世界の構造が違うので詳しくは分からない。

 すると、星が一つ流れ星となり、閃光の彼方へと消えていった。

 流れ星に願いをかなえると、その願いが現実になると日本では言われているが、他の国ではどうなのだろうか?

 しかし、流れ星を見た瞬間にはもう星は消えているので願いを言う暇もない。

 けれど、俺にとっては生まれて初めて見る流れ星であった。生きていた頃には一度も見たことがなかったからである。まさか、死んで初めて見るとは夢にも思わなかった。悲しい皮肉だ。

 流れ星は次第に増え、流星群へと化していた。

 星が何十のラインを引いているかのような輝きを忘れることはないだろう。しかも、大の字になって空を眺めているのだから、大スクリーンの映画を独り占めで見ているような壮大さがある。

 しかし、そんな俺の感動をぶち壊す出来事が起きた。

 一人の少年がこちらに向かっていることを俺は気がついていなかった。

「悪魔の手先!」

 俺はその声の主が誰であるかすぐに分かった。

 黒人系の少年が殺意に満ちた目で俺を見ている。

 これは非常にまずい。少年からは人殺しのにおいがするのだ。しかし、相手は少年だ。どうとでもなりそうだ。

「どうしたんだい? 少年」

 俺はやさしいお兄さん的雰囲気を出しながら言った。

「アメリカ人を助けたな。お前はアメリカ人の手先だ。神の敵だ!」

 少年の殺意に一点の曇りもない。これは非常にまずい状況だ。

 俺は体を起こしたが、まだ疲労が残っている。

「お前を殺してやる!」

「待て、俺は悪魔なんかじゃないし、それに・・・・もう死んでいる」

 この少年は一体何者なのだろうか? 少なくと日本人ではない。紛争地域で育った子供なのかもしれない。

「悪魔は殺す。神のために!」

 俺の言葉など聞いてもない。自分の殻にこもってしまった哀れな少年だ。

「アメリカ人はどこだ! 答えろ!」

 少年はどんどん俺に近づいてくる。

「マイケルのことか? 俺は知らない」

「嘘を言うな! 隠しても無駄だぞ!」

「あんなやつ、隠してどうなるんだよ!」

「仲間だろ。教えろ!」

「少しは俺の話を聴け!」

 すると、少年は俺に向かって突進してきた。俺はとっさに交わしたが、体の重さを感じた。

 このまま争いが続けば、俺は消えてしまうかもしれない。

 この島は意外と広く、しかも俺の近くに人気を感じない。この少年だけだ。

 殺意に駆られた少年は再び俺に襲い掛かる。右ストレートのパンチが飛んできたので、俺は後方に下がり、また交わした。相手が子供だから、交わせただけである。同い年くらいの男子なら避けられなかっただろう。俺はリアルなけんかをしたことがないからだ。

 しかし、少年の怒りは収まらない。

「悪魔の手先は敵だ。神の敵だ。存在してはならない。この命に代えても神を守る」

 小学生くらいの少年がそんな意味の分からないことを言っている。洗脳でもされたのだろうか? 過去に俺の想像もできないようなことがあったに違いない。そう考えると、この少年を憎めない。むしろ、悲しくなる。

「止めるんだ。俺は悪魔なんかじゃない。君と争うつもりはない」

「アメリカ人を助けた悪魔の手先!」

「俺はもう皆を悪魔にしたくなかっただけだ!」

「アメリカ人は罪人だ。悪魔そのものだ!」

 少年の歪んだ意志は揺るがない。

 すると、体が再び重みを増してきた。

 まずいな。相手は少年だとしても油断できない。体が疲労さえしていなければ。

 俺は一瞬油断してしまい、気がついたときには少年のパンチがみぞおちに命中し、俺はよろめいてしまった。

 疲労感自体は感じないくせに痛みはしっかりと感じる。どこまでもめちゃくちゃな世界だ。

 今度は少年からのキックが腹に命中し、疲労もあったために俺は仰向けで倒れてしまった。そして、少年は馬乗りになって俺の首を絞め始めた。

「死ね、悪魔の手先は死ね」

 少年の狂気はくびを絞めている両手から伝わってくる。俺はその腕を解こうと力をこめる。

「止めろ! そんなことをしたって意味がないんだ。誰も報われないぞ!」

「死ね、悪魔。神のために!」

 同じことを何度も言う。俺の話など聞く耳持たないか! しかし、この少年をどうしても憎めない。子供だからか? いや、違う。何かがこの少年を壊したのだ。

「ごめんね・・・・」

 俺は自然とこの少年に謝っていた。

「ごめんな。俺は悪魔の手先じゃないんだ。だから、例え俺を殺しても何も得ないし、罪を背負うだけだよ」

 俺は優しく言ってやった。

「黙れ! 俺の家族を殺した悪魔の手先が!」

 やはり、そういう悲しい過去が・・・・報われないよな。上野にしてもこの少年にしても。俺はいつもそんな辛い現実から目を背けていた。

 この少年に対する罪悪感が体中に流れていく。もちろん、俺のせいではない。俺の勝手な気持ちだ。

「こんなことをしたって家族は帰ってこないよ。もう止めよう。俺は君の家族を殺してもいないし、その手助けもしていない。関係なんだ」

 少年の両手から若干ではあるが力が抜けてきている。

 それでいい。少年一人を相手に暴力などしたくはない。

 すると、意外な助っ人が俺たちの前に現れた。

「少年、もうその辺でいいだろ」

 同じ日本人の長宮さんが少年を俺から引き離した。

「離せ!」

「もちろん、離すよ」

 長宮さんは俺から少年をそれなりの距離まで移動しながら手放した。

「彼は悪人じゃないよ。私は彼に助けられたんだから」

「お前も悪魔の手先だな!」

「悪魔は悪魔を助けたりはしないよ。少年」

 長宮さんの高齢ゆえのやさしさを感じる。この人はいい人だと実感が出来る。

 少年はその場をすぐに去っていった。きっと、マイケルを探そうとしているのだろう。

「ありがとうございました。長宮さん」

 俺は立ち上がり、頭を下げた。

「いいんだよ。助けてくれたお礼だよ」

「あの~ 失礼ですが、いつ俺が長宮さんを助けましたか?」

「ああ、気がついてなかったんだね。私はつり橋に取り残されてね。遅れてきたメンバーの一人だよ。アメリカ人の女の子が助けてくれてね。それで、生き残った人々といっしょに旅をしていたら、日本人の少年が展望台で待っていてくれて、皆で望遠鏡を使って地球を眺めてしまっていたよ。旅のことなんかすっかり忘れてしまって。もし、君が来なければ、皆悪魔になっていた。本当にありがとう」

「いいんですよ。別に」

「しかし、君は体が透明化しているけどなぜだい?」

「ああ、そのことですか」

 俺は天使に言われたことをそのまま長宮さんに伝えた。

「そうだったのか。いや、本当にすまないことをしたね」

「謝らないでくださいよ。自分で勝手にしたことです。それに俺も知らなかったんですよ。もし、知っていたらあなたたちを助けなかったかもしれません」

 長宮さんと話していると、日本人同士の会話であることが実感させられる。

「この先、何が待っているか私は正直怖い。けれど、君のような人がいると勇気づけられるよ」

 地球にいた頃から、ほとんどほめられたことがなかったので非常にうれしかった。

「この島を少し探検でもするかな。君はここで休んでいればいい」

「そうします」

 そして、長宮さんはその場を去っていった。

 その後、しばらくは大の字になって空だけを見つめていた。何時間経ったのか分からないが、体の重さが徐々に抜けていく。この航海で天国にいければいいのだが、そうもいかないのがこの世界だ。

 しかし、船酔いしない航海は楽しい。景色は最高で、島の移動に発生する風もここちよい。空の流れ星は相変わらず動いている。

 この世界でまた一つ分かったことは、この世界に睡眠がいらないと言う事だ。疲労していても、眠気をまったく感じない。どこまでも変わった世界だ。

 気がつけば、体は完全に回復し、透明化はなくなっていた。体中に感じていた鉛のような重みも感じない。回復したのだ。

 俺は立ち上がり、水しぶきが起こっている移動島の端まで移動した。周りは暗いが確かに地球の海と見た目は同じだ。

 手すりに捕まりながら、海の渦巻く景色をただ眺めていた。というよりたそがれているといったほうが正確であろう。

 心地よい風は無限に吹きつけ、俺の髪の毛をなびかせる。その感覚はまさに『旅』をしていることを実感させられる。

 眠りのない世界だからこそ、味わうことが出来るこの爽快感。あの少年も怒りに身を宿すのではなく、この航海を楽しめば良いのに。そうすれば、今まで起きた悲惨な出来事を一瞬でも忘れることができるから。

 結局、この航海を利用して現実から目をそらしているのだ。俺は・・・・

 もし、悪魔など存在しないただの旅であったらな、違った結果が待っていたはずだ。少なくとも、俺は純粋な気持ちで旅を楽しめたはずだ。

 しかし、そういったトラブルから人間関係は形成されていくこともある。現に、小島やメアリー、上野たちとはそのトラブルから仲間になったことは事実だ。

 ポジティブな考え方ではあるが、所詮は結果論だ。

 生き返らないだろうか?

 そんなご都合主義で身勝手なことをふと考えていた。

 理不尽な死に方をした人からすれば、俺のような能天気な学生は憎まれるのだろう。大きな悩みやトラブルに巻き込まれたこともなく、すくすくと成長してきた俺は社会の闇を知らずに育ってきた。しかし、あっけない死に方でこの世界へやってきて史上最悪のトラブル旅行をしている。

 辛いことに逃げていたことへの付けが回ってきたのだろうか?

 そう考えると、自分で自分を笑ってしまう。

 しかし、この無謀ともいえる旅を、いずれは誰しもが体験しなければならない。あの地球に人として生を受けたのならば、これは宿命以外の何物でもない。

 そんなことを考えながら、ただ流れ行く景色を見ている。海には島ひとつない。水だけだ。途中で悪魔たちに襲われても、もう驚かないが、異常なまでの嫌悪感に襲われるだけだ。

 どうか、悪魔が現れませんように・・・・・・

 まだ、空に光が戻っていない時、メアリーと小島が戻ってきた。

「神路、体は治ったの?」

 メアリーが心配そうなことを言っているが、妙にうれしそうな顔をしている。

 この違和感はなんだ?

「先輩、大丈夫そうですね」

 小島も妙ににやけている。この不愉快な感覚は一体なんだ?

「ねぇ、神路。いっしょに来てほしい所があるんだけど・・・・」

 メアリーのわざとらしい甘ったるい声がこの俺に悪寒を感じさせる。

 気持ち悪いと言いたかったが、メアリーからの暴行を恐れて言えなかった。

「どこに行けばいいんだよ」

 俺は半ばやけくそになって聴いた。

「先輩、僕たちを信じてください」

 小島の笑みに関しても、妙な悪意を感じる。しかし、何もしないわけにはいかない。

「分かったよ。行きましょうか」

 嫌な予感を感じさせる。お前たちを命を懸けて助けたのだからそんなことはないと思うが、正直この二人になめられている。少し、親しくなりすぎたか・・・・

 しかし、この島を冒険すること自体に興味はある。せっかくの移動島だ。内部を調べるくらいしなければ元が取れない。

 俺たちは海岸沿いから離れ、内部へと進んでいった。地面は土の草に覆われ、丸太で重ねた階段を登っていく。ゆっくりと・・・・

 もし、早足で進めば、俺は再び疲労してしまうことを二人が考慮していることが分かる。

 周りはどんどん木々で埋め尽くされていく。登山を再びしてるみたいで少し嫌ではあったが、悪魔に襲われる心配はなさそうであった。

「どこまで行くんだよ?」

 俺は先頭を行く二人に尋ねた。

「どこまでも!」

 メアリーがテンションで答えた。正確には答えになってはいないが。

 しかし、階段は続き、途中で左右に分かれている道に遭遇した。

 道を間違えると、悪魔になってしまうとかそういうのはないよな? と俺はかんぐってしまったが、二人の表情は明るいままであった。

 時間が経つにつれ、俺たちはとても高い所まで来ていた。どんどん、海が広がっていく。俺の視界が広大となり、空と星に近づいていく。星は流れ続け、願い事がいくらあっても足りないくらいの数が流れ星として生きている。

 この世界には電化製品が存在しない。ゆえに地球の科学文明をほとんど使用しないで生活をしていることに俺は驚いた。

 どこ行こうにも、そういうものは存在した。しかし、この世界にはテレビなどの娯楽が一切存在しない。もし、俺が地球で生きていて、夜を過ごしているなら、テレビを見たり、ゲームをしたりしていただろう。しかし、そういったものに一種の『依存』を俺はしていたのだ。この世界に来て思い知らされた。

 今、俺はそのような世界観から逸脱した世界にいる。それがとても新鮮ですばらしいことであることに気づかされた瞬間であった。それが、ある意味で『大人』になったのかもしれない。

 しかし、それは死んでから悟ったことであり、意味を成しえない。目先の娯楽に囚われ、地球の大自然に目もくれず、いつか旅がしたいと漠然と思っていたあの頃を俺は後悔と反省をせざるをえなかった。

 しばらく、登り階段が続いているが、またしても左右への道に分かれていた。しかし、二人は躊躇することなく右へ向かった。

「道は大丈夫だよな?」

 俺は二人に確認した。

「大丈夫ですよ。先輩。僕たちを信じてください」

 小島の自信に満ちた言葉が返ってきた。

「なら、いいんだが・・・・」

 不安な気持ちが無くなってきたわけではない。しかし、二人を信じるしかなかった。この移動時まで迷子は簡便だからな。

「神路、びびりすぎ!」

 メアリーから挑発的に言われたので俺は少しムッと来た。

「うるさい!」

 俺は少しだけ大声を上げてしまったが、二人はまったく気にしてはいなかった。

 すると、またしても道が分かれていた。しかし、先ほどの道とは違い、看板がついていた。右矢印には『島の先頭』と刻まれ、左矢印には『望遠鏡』と書かれている。

「で、どっちに行くんだい?」

 すると、その言葉を待っていたかのように小島が答えた。

「望遠鏡に決まっているじゃないですか。先輩」

 そして、俺たち三人は左の道へと足を運んでいった。

 一体、二人は何をたくらんでいるのだろうか?

 さらに上り坂が続き、飽き飽きしていた矢先に、頂上らしき場所を目にすることができた。俺は最後の気力を振りしぼって両足を酷使した。そして、頂上へと足を踏み入れた。

「先輩、到着しましたよ」

 広い平地が俺の視界を広げ、そして黄金と輝く望遠鏡が何台も設置してあった。また、俺たち以外にも大勢の人々が望遠鏡を使用している。

 俺は平地の中を歩いていく。木々に囲まれていた階段とは違い、空がはっきりと見え、そして海を高々と一面することが出来る。

「いい景色だな!」

 俺は望遠鏡のことを一瞬忘れてしまった。

「景色ももちろんですが、こっちの景色も最高ですよ」

 小島は悪意に満ちた目で黄金の望遠鏡を指差した。

「俺に何を見せようとしているんだよ?」

 急に不安になっていく。とてつもない悪意が俺の全身を覆っている。

 小島は多くの望遠鏡の中から一つを選び出し、それに触れた。

「この望遠鏡の中を先輩に見てほしいんです」

 小島の笑みは消えない。

「なんか怪しいな? 一体何をたくらんでいる?」

 俺は小島に問いただしたが、小島はにやついてばかりで何も言わない。

「神路、いいから、いいから」

 メアリーに背中を押され、俺は仕方がないのでその望遠鏡を覗き込んだ。

 円形の視界は次第に広がっていき、地球に向かって伸びていく。そして、どこか見たことのある道に二人の男女が俺と同じ制服を着ながら歩いていた。

「あいつら・・・・」

 その二人は俺の親友である石間と堤が並んで歩いていたのだ。

「小島、メアリーに教えたな!」

「いいじゃないですか? 先輩」

 小島は無邪気に笑っている。

 しかし、これだけなら別に問題はない。良いものとはこのことだったのか?

 次の瞬間、俺はその意味を知ることとなる。

 石間と堤がふっと寄り添い、手をつないだのだ。

「何ぃ!」

 俺は望遠鏡から顔を離し、しりもちをついてしまった。

 まさか・・・二人が恋仲に・・・・ありえない、絶対にありえない・・・・

「ほらね。先輩、驚いたでしょ。メアリー」

「本当だわ。まさか、こけるなんて!」

 二人は大笑いをしている。くそ、やられた。

「お前たち、俺を馬鹿にしたな!」

「これは見せなきゃいけないと思ったのよ。まあ、考えたのは私だけど、情報源は小島よ」

 俺は小島を見ると、小島は顔を背けた。

「小島ぁ!」

「僕はメアリーに教えただけですよ。さすがにアメリカンジョークはきついと思ったんですが、メアリーがどうしてもやりたいって言うんで・・・・」

「小島、そのわりには笑顔じゃねーか?」

 小島の顔には反省の文字はなかった。完全に楽しんでいるようであった。

「失恋なんて気にしない、気にしない。アメリカでは若い男女の色沙汰なんて当たり前なんだから」

「俺は日本人だ! 軽いアメリカ人といっしょにするな!」

「ちょっと、軽いって何よ。どういう意味よ」

「まあまあ、二人とも。けんかはやめましょう」

「全部、小島のせいだろう!」

 俺とメアリーは同時に同じことを述べた。

「・・・・ごめんなさい」

 小島は反省したようであった。

「しかし、あのくるくるパーマが堤と・・・・そんな馬鹿な・・・・」

 俺は生まれてはじめての失恋の苦しさを味わうことになった。しかも、死んでからこんな思いをするなんて夢にも思ってもみなかった。

 俺は再び望遠鏡で二人をのぞきこんだ。

 二人の手は硬く握られており、互いに支えあっている感じだ。

「あの二人がくっつくなんて予想できなかった。俺の失態だ!」

「男女の仲って予測不可能なのよね」

 メアリーはまるで恋愛経験豊富な感じでいる。

「あなたたちって仲良しだったんでしょ。でも、男女の友情って恋愛に変わることがあるからいずれは壊れるのよね。ましてや、神路が死んでしまったんだもん。悲しみを拭い去るためにも男女の愛は必要よ」

「俺が死んだことが原因だというのか?」

「可能性の話をしているのよ」

 メアリーは淡々としゃべる。小島は黙っている。そして、俺は落胆し、腰をおろしてしまった。

「でも、しょうがないわよ。恋愛は生きている人間の特権よ。神路は二人の幸せを願うしかないわ」

「そうだな・・・・」

 と言ったが、ショックから立ち直るのに時間がかかりそうであった。

「僕は病院生活が長いんでよく分からないんですよね。恋愛については」

「小島はしょうがないわよ」

 メアリーは小島をかばうが俺をなぐさめようとはしない。年下になぐさめられたくはないが、どうも精神年齢的にはメアリーが上であるような気がする。

「見届けるしかない・・・・・か」

 俺はあぐらを書きながら細々と言った。

 しかし、生きているって本当にいいよな。何で俺は死んじまったんだろう。誰かを救うための死ならかっこよくて、しかも英雄という称号を得られる。男子である俺にとっては一種の憧れではあるけれど、車に引かれただけの間抜けな俺にはそのような栄光はない。

 死んだら負けと世間では言うが、今になってその言葉が実感できるようになっている自分が非常に悲しい。

 生き返れないだろうか?

 別人として生き返るのではなく、元の自分へと・・・・・無理に決まっている。

 この世界は人の期待を裏切るように作られているんだ。

 馬鹿な夢を諦め、俺は再び現実を直視するために、望遠鏡へと手を触れた。

 望遠鏡のレンズにはまぎれもなく、恋人同士の二人が仲良くしゃべりながら歩いている。本来ならば、喜ばなければならないのに俺はそれができない。生への執着と嫉妬が俺を狂わせている。

 もし、俺が生きていればあの輪に入っていっしょに歩いていたのだろうか?

 時間軸が違うのかどうかは分からないが、地球ではまだ夕方近くであった。二人は地元の高校に入学したので電車通学の必要はない。

 入学して日が浅いので二人はまだ部活には入ってはいないようであった。

 そういえば、二人とも、どの部活に入ろうとしているのだろうか? 俺自身は帰宅部で構わなかったが、二人はそれを拒んでいた。

 中学時代、石間は陸上部の短距離で、堤は美術部で絵画をしていた。陸上部にはどうにも近寄り難かった俺はよく美術部で堤の絵画をのぞいていたことを思い出した。堤は俺に見られるのが嫌で、よく怒られていた。俺が調子に乗っていた時は、本気で怒って美術室や廊下で追いかけられたこともある。とても怖かったが、同時に楽しくもあった。すでに恋愛感情を抱いていた俺は堤に相手にされているというだけで幸せを感じていたのだ。今考えれば、幼稚でくだらないのであろうが、中学生の恋愛などそんなものでいいのだ。それに石間と堤との友情を壊したくもなかった。俺たち三人がいれば怖いものなどなく、見えない未来は明るく照らし出されていた。

 そう考えれば、俺の人生は意外と恵まれていたのではないだろうか? 上野のようにいじめられていたこともなく、小島のように大きな病気にもなったこともない。

 まあ、部活で活躍したり、勉強で好成績をとることはなかったので、学校の上位者になることはなかった。

 しかし、俺はそんなものは望んでなかったのだ。学校は勉強する所と同時に人間関係を築く場所でもある。勉強はともかく、人間関係に関しては俺は恵まれていたであろう。もし、俺が生きていれば、大人になっても二人とつるんでいたと思う。

 それが俺の一種の『夢』だったのかもしれない。

 これといった夢や目標があったわけじゃないし、ずば抜けた才能が俺にあったわけでもない。ただ、あの楽しい日々を永遠に遅れるのではないだろうかと願っていたのだ。

 しかし、その夢は決して永遠には続かなかった。

 永遠なものなど存在しない。少なくとも、地球の社会はそういうシステムだ。

 俺が生きていたとしても、友情は続かなかった可能性だってある。堤が他の友達を作って疎遠になることや、俺と石間がけんかをしてしまって仲たがいしてし合う可能性だってあったのだ。仮に、友情が保たれていたとしても、いずれは将来という名の分かれ道が訪れ、会う機会が減ってしまうことだってある。

 もちろん、石間は陸上で賞をとるほどの実力はなかったし、堤だって芸術の才能がすこぶる良かったわけでもない。皆、自分たちがしたいことをしていただけだ。部活とは無縁の職業や大学に進んでいくだろう。

 二人は恋仲となり、幸せの絶頂なのかもしれない。しかし、うまくいかなくなることだってあるし、そうなれば、後は気まずい関係を続けるしかない。友情など戻ってこない。それが男女の友情の宿命だ。

 正直、悔しいが二人にはこのまま恋人として幸せになってほしい。疎遠にだけはなってほしくはない。そうなれば、俺と言う存在が本当にただの思い出の断片でしかなくなってしまうからだ。

 俺はストーカーのように二人を見続けた。

「いつまで見てるつもり?」

 メアリーに注意された。

「いいだろ。別に」

「その望遠鏡で女性の裸とかのぞかないでよね!」

「のぞかねーよ」

 そういう発想が浮かばなかったし、興味もなかった。生への執着に比べたら、煩悩などたかが知れている。しかし、ここにいる死者の中にはそういったスケベ心に支配された男たちがきっといるだろう。本来、男とはそういうものなのだから。

「彼女の部屋をのぞいちゃ駄目よ。犯罪だから」

 メアリーがしつこい。

「お前は俺の親か? 違うだろ。それにそんな外道なことはしないよ」

 と一応言ってみたが、実は少し興味があった。この望遠鏡は望んだ景色を見ることができる。なら、俺の知らない友人たちの一面を見ることができるというわけだ。

 友人といっても、踏み込んではいけない境界線は存在する。普段、友人たちが何をしているのかを俺は知らない。断片的なことは理解していても、二十四時間いっしょにいるわけではないので、人同士が完璧なまでに分かり合えることはできない。

「先輩、のぞきは遺憾ですよ」

 小島がいやらしい目で俺を見ている。

「おい、俺がのぞくのを前提で言うんじゃない。まるで、元々そういう人間みたいな言い方じゃないか!」

 小島には踊らされ、メアリーからは馬鹿にされる。まったく、この世界に着てからろくなことがない。

 俺は一旦二人の映像をやめ、自分が通うはずだった高校に望遠鏡を向けた。

 普通科で偏差値が五十前後の高校は建物全体がとても白く、きれいであった。在籍生徒数は三百六十人で数多くの部活が存在する。校庭もとても広く、野球部、サッカー部、ハンドボール部、陸上部、ソフトボール部、弓道部など数多くの外の部活が存在する。

 俺は外の部活を傍観することにした。

 まずは野球部。この高校は去年甲子園に出場したことがあり、その時期だけにチアリーダーと呼ばれる女子だけの応援部が存在した。甲子園の夏が始まる少し前に、三学年で高校見学に行ったことがある。その時のこの高校の活気は尋常ではなかった。すべての生徒たちが明るく、部活動も輝いていた。俺たちを引き付けるには十分であった。

 体育館での高校説明会も明るい未来を示していた。甲子園出場がその理由のすべてではない。各部活動紹介でも、生徒たちはポジティブに部活をアピールしていた。行事が嫌いで集まりでは必ずといって良いほど睡魔に襲われる俺が最後まで見ていたほどであった。

 特に印象に残っているのは放送部だ。某有名CMをパロディ化した映像を流し、俺も含めた大勢の人々を大いに笑わせたことを覚えている。

 偏差値は決して高くはないが、あの高校の生徒は誰一人腐ってはいなかった。目標を持った生徒ばかり集まっていたのだ。

 そして、俺たち三人はあの高校を受験することに決めたのだ。幸い、互いの学力はほぼ互角で中学時代の中間・期末テストでは低レベルな争いをしては賭けをよくしたものであった。テストの合計点で一番点数が悪かったやつが、五千円で二人に何かをおごるという学生には非常にきつい勝負をしたものだ。通称『五千円ゲーム』と俺たちは呼んでいた。テストを完全にゲーム感覚で行っていたことを小島に知られればきっと、しかられるだろうからこの話はしない。俺の心の中に閉まっておくことにするつもりだ。

 五千円ゲームのおかげで多少のテスト勉強はそれほど苦ではなかった。しかし、ほとんどのテストで俺は見事に敗北したことは一生の深くでもあり、思い出でもある。

期末テストでは五教科の他に、技術家庭科、保健体育、音楽、美術の実技四科目が追加される。俺にとって、その四科目はまさに悪魔のテスト科目でもあった。

 テスト期間が終わり、テスト返しが始まると、緊張と興奮が高まり、楽しみが倍増する。五教科で二人に勝ったことが一度だけあった。その時は、罰ゲームには絶対ならないと絶対的自信を持っていた俺をあの四教科がぶち壊したのだ。

 五教科だけでの点数ではトップだった俺であったが、音楽のテストが返された時からすでに罰ゲームが始まっていたのだろう。五十点満点中、九点しか取れなかった時は正直絶望した。一桁台の点数でしかも、二人は高得点。その瞬間に俺のトップはなくなったのだ。

 俺は音楽の授業がとても苦手であった。かなりの音痴で楽器も苦手であった。鍵盤ハーモニカやリコーダーは俺の肉体と精神をすり減らした。音符は読めない上に記号も覚えるのも出来ず、挙句の果てに曲名と作曲者が一致しないあいまいな記憶。あの時は二人に大笑いされた。しかし、まだ逆転のチャンスはある。あの時の浅はかな俺はまだそんな奇跡を越えた奇跡を願っていたのだ。

 次に返却された美術のテストは何と六点。もちろん、五十点満点中ではあったが俺の絶望は頂点に達した。芸術関係に才能がないのがよく分かる。絵画の手法や画家の名前が覚えられなかった俺はもう希望など存在しなかった。技術家庭科、保健体育も同様であり、結果として罰ゲームを受けるはめになったのだ。

 五教科で勝り、九教科で敗北した。あの時の惨めさと、どこか笑えるコントのような思い出は消えることはないだろう。映画代やファミリーレストラン、缶ジュースなどで俺の五千円はすぐにでも消えてしまった。

 望遠鏡で高校を眺めながら、その高校でも五千円ゲームをやりたかったと俺は思っていた。もちろん、大学受験があるのでそのような余裕はなかったかもしれない。しかし、いつか三人で約束していたのだ。もっと、参加人数を増やして、一万円ゲームにすると。

 しかし、もうそのゲームに俺は参加することはできない。

 まだ、あのゲームは行われているだろうか? 友人を増やして楽しい高校生活をしてくれれば幸いだ。

 高校内を見ると、放課後ということもあって部活に精を出す生徒が多い。ランダムに部活動が見たいと望遠鏡に念じたら、望遠鏡はとある教室を映し出した。

 囲碁・将棋部だ。俺はその二つのルールを知っているが、正直弱い。しかも、この部は全国大会に出るほどの実力を持っていると、高校説明会で部活動の部長が言っていた。ただ、ゲームを楽しみたいだけの俺にはこの部は向いていないと思った。真剣さに欠ける俺には耐えられない。

 室内の部活には柔道部や剣道部の武道館で行われるものや、バレーボール、バトミントン、バスケットボールなど体育館で行われるものまであるが、軽く見る程度で次の映像へと映った。体育会系ではない俺は上下関係の厳しい運動部は正直入部したくはなかった。その気持ちは今も続いている。

 一風変わった部活はないだろうかと思ったが、望遠鏡はそれ以上写してくれなかったので、部活動から同好会へと変えた。すると、二箇所ほどの同好会が映し出された。一つはダンス同好会である。部活動とは違い、同好会には部費が出ない。顧問もつかない。ゆえにすべて生徒たちが管理運営しなければならない。ただ、人数増加や功績があれば部活に昇進することがあると聞いたことがある。

 しかし、ダンス同好会が部活動への昇進はしばらくはないだろう。ラジカセで音楽を流しながらダンスの練習をしているのは若干六人の女子たちだけで、しかも体育館裏の外で練習を行っている。三百六十人の学校ゆえに体育館や武道館は広く設計されて入るが、中は多数の部活に占領されている。ましてや、部活ではないダンス同好会は外での練習を余儀なくされるしかないのだろう。しかし、彼女らの目はそんなことに屈してはいない。むしろ輝いている。高校説明会でダンス同好会の部長の話では功績を残せてはいないらしい。ダンスの知識ゼロの俺にとってはどのような大会があるのかは知らない。しかし、目標に向かってひたすらに練習する姿は好感が持てた。

 まあ、仮に俺が生きていたとしてもダンス同好会には入らないが・・・・

 そして、もう一つの部活は科学同好会である。しかし、決して難しいことをしているわけではない。この同好会は純粋に遊びを楽しんでいる同好会だ。なぜなら、楽しそうにペットボトルロケットを作っているのだ。しかも、一人一つのロケットを用意した材料で仲間と共に作成しているのだ。

 実を言えば、俺はペットボトルロケットやヘリコプターのラジコンに興味があった。同好会の説明時にも一番好感を持てたからだ。大会もあるらしいが、気楽に参加しているようであったし、もとより部活に昇格する気が毛頭なかった。

 俺はそういう縛りのない自由な場所が大好きだ。まあ、その話を小島とメアリーに言えばヒンシュクを買うことは間違いないだろう。だから、この話もしない。

 もし、生きていたら俺はこの同好会に入って部員たちといっしょにすきなデザインのロケットを飛ばしていたかもしれない。しかし、そんなの所詮ただの夢。もう俺には何もできないのだから。

「神路、何見ているのよ!」

 メアリーはもう一台ある望遠鏡で俺ののぞいている光景を見た。

「前から気になっていたんだけど、どうして日本の学生は服装が統一されているの?」

 その質問はアメリカ人ならではの言葉であった。

「そうか、アメリカじゃあ私服だもんな」

「好きな服が着れなくて嫌じゃない?」

「そう言われればそうだな。小学時代は私服だったけれど、集団登校で低学年は黄色の帽子をかぶっていたし」

「集団行動って?」

「ああ、登下校時は集団でするんだよ。小学生は」

「スクールバスは無いの?」

「スクールバス? そんなものないよ。歩行登校だよ。全員」

「うっそー、最悪じゃんそれ」

「そうか、アメリカではスクールバスってのが生徒を学校へつれていくのか?」

 恥ずかしい話ではあるが、生まれて初めて知った。

「歩くなんて、かっこわるい」

「余計なお世話だよ。小学生の分際でバスなんかで登校するんじゃない。歩け!」

「神路こそ余計なお世話よ!」

「まあまあ二人とも。文化の違いですよ」

小島が間に入ってくれた。

「小島はどう思うのよ。学生服と私服、どっちがいいのよ」

「メアリー、突っ込む場所はそこかよ!」

 メアリーはバスのことよりも制服の方が気に入らなかったらしい。

「僕は・・・・・制服が好きなんで」

 小島が妙ににやついてる。

「生徒の自由を奪ってるじゃない。あの悪魔のような鎧は!」

 制服を鎧と証した。これも文化の違いか。それとも、単にメアリーという女性の性格的特長なのか?

「僕は・・・・セーラー服が好きなんですよ」

 そのイタイ発言に俺とメアリーはドン引きしてしまった。

「小島はそういう目で女子学生を見ていたのか?」

「先輩はずるいですよ。毎日制服女子を見られて。僕は病院で老けた看護師のおばさんばかり見てきたんです。制服が見られなかった苦しみを先輩は理解していない」

「いや・・・理解してないといわれてもな・・・・当たり前の光景過ぎて、正直どうでも良かった・・・・」

「ねえ、神路。学生服ってそんなに良いものなの?」

 メアリーの『良いもの』という意味が理解できなかったが、適当に答えた。

「俺みたいな面倒くさがりは私服を選ぶのが面倒だから、制服のようなものは案外便利だったよ」

「個性を潰している気がするんだけど?」

 メアリーの意見は間違ってはいない。日本は平等を子供たちに押し付けていることはれっきとした事実だ。

「まあ、制服を着ていれば、盗みをしてもどこの学校のやつか分かるし、それなりに便利な所はあるさ。まあ、ファッションにこだわる人には苦痛かもしれないけどね」

「なんか・・・変なの」

 メアリーは納得していないようであったが仕方がない。文化の違いというやつだ。

「今のうちに制服女子を見ておかないと次いつ見られるか分かりませんからね」

 盛りの時期とはいえ、かなりの危ない発言だ。

 俺は一瞬引いてしまった。

「しかし、神路の好きな女の子はともかく、付き合っているパーマの人、見た目は駄目ね」

 メアリーははっきりと石間を否定した。

「俺もそう思う」

 友人をかばう気にはなれなかったし、メアリーは確かに事実を述べている。石間は決してモテる男子生徒ではないし、顔も不細工だ。

「彼女の気持ちが私には理解できないわ。やっぱり男は欧米系でしょ」

「アジア男子をなめるんじゃない!」

 少しであるがムッと来た。

「いいじゃない。私の好みだし!」

「僕は外人さんもいいですけどね」

 小島の守備範囲は広いらしい。

「まあ、人の趣味をどうこう言ってもしかたがないか」

 俺は話を止め、再び高校を眺め続けていた。

 屋上を観察していると、だらしのない服装をした男子生徒たちが屋上の扉から数人やってきた。もちろん、特別何をするということはなく、ただしゃべっている。その光景に俺は一瞬うらやましと思ってしまった。

 中学時代、屋上は立ち入り禁止にされ、扉には鍵がかかっていた。生徒の自殺防止が目的であったのだ。そのため、三人で屋上に登ることはできなかった。生きていた頃に一度でいいから学校の屋上で夕日を見てみたかったのだ。

 生意気でダサくて、たそがれている学生のくだらない夢であることは自覚していたが、卒業するまでそのことは打ち明けられずに卒業してしまった。

 もし、生きていたならばそれができたかもしれないと思うと、やりきれない思いがこみ上げてくる。

 悔しい。何で死んでしまったんだ俺は。

 つまらない交通事故で俺は死んだ。誰かを救おうとしたわけでもなく、ただ引かれた。くだらなく、無意味な死に一体何の意味があるのだろうか?

 俺は自分が死んだであろう場所に望遠鏡を向けた。そこには花束が添えられているだけの実にさびしい道になっている。

 花束など置かれても少しもうれしくはない。

 俺を引いたやつがゆるせなくなるが、本当に一番許せないのは自分自身であった。もっと、周囲に気を配っていれば違う道もあったかもしれない。

 後悔先に立たず。

 その言葉が頭の中を駆け巡る。

 そして、俺は一番見なければならない場所に望遠鏡を向けた。

 今まで怖くて俺が目をそらしていた場所。俺の家族だ。

 俺には両親と弟と妹がいる。両親は普通の人で健康だけが取柄の人だ。弟と妹は特にうるさく、存在が目障りなことがしょっちゅうで、けんかが絶えなかったが決して嫌いではなった。

 俺は自分の住んでいた家の中には学校から帰ってきた兄妹と母親がいた。兄妹はまだ小学生なので部活動には入っていない。二人仲良くテレビゲームをしていた。一方の母親は夕食の準備を台所でしている。特に変わった所はないようではあるが、家の内部をよく見ると、見事に俺の仏壇が置いてあった。しかも、中学時代に撮った写真付で。

 ああ、俺は死んだんのだなと実感させられる。

 こんなもの作る必要なんかないんだぞと言ってやりたかった。

 この世界に来てよく分かったころがある。仏や神に祈っても何も解決しないということだ。墓など作っても何の意味もない。成仏などしない。意味不明な世界につれてこられるのが運命だ。

 次第に自分の仏壇を見ているのが非常に憎たらしくなってきた。しかも、墓や仏壇などを商売にしているやつらが許せなくなる。実に無意味で高額なものを売買しているのだから。仏など消えてしまえ。何が極楽浄土だ。悲惨な目にあっている中でそのような愚かな宗教を唱えた大昔の日本人を俺は絶対許さない。

 しばらく、自分たちの家族を見ながら、悶々としていた。移動島はただ海を渡り続け、メアリーと小島も望遠鏡で好きなものを見ている。

 俺もそのまま望遠鏡を使って自分の家を見続けた。すると、家にインターフォンの音が鳴り響いた。母親が調理を止め、ドアへ向かい、扉を開けると、そこには石間と堤が二人並んで立っていた。

 俺は驚いてしまい、その光景に釘付けになった。

「あら、お二人さん。いらっしゃい」

「こんにちは、おばさん」

 石間が明るく挨拶した。

「こんにちは」

 堤は低い声で挨拶した。対照的な二人だ。

「さあ、上がって。息子も喜ぶわ」

 もちろん、息子とは俺のことだろう。

 二人はかつての俺の家に入り、俺の仏壇の前で線香を上げた。

「どう、二人は高校生活になれた?」

 母さんが二人に飲み物とお菓子を出した。

「少しは慣れました。違う中学の人とも話せるようになりましたし、勉強も今のところはついてこられてますから」

 石間が元気欲言う。

「それは良かったわ。天国で息子も喜んでいるに違いないわ」

 まだ、天国には言ってないぞと言ってやりたかった。

 すると、母親は急に涙目になり、その部屋から出て行った。

 俺の仏壇が置いてある部屋に石間と堤の二人だけになった。

「神路、何で早く先に逝っちまったんだよ。辛すぎるぜ」

「本当よ。かーみじがいなくて学校が退屈になった」

 堤は俺のことをかーみじと呼び、石間のことはイッシーと呼ぶ。

「今日はお前に報告がある。俺たち付き合うことになったんだ。そのことをお前に知らせたくてな」

 もう知っているぞ。馬鹿やろう!

「もし、お前が生きていたらきっと付き合ったりはしてなかったと思う。友情が壊れるからな。でも、最初に壊したのはこの世からいなくなったお前だからな!」

 死んだ俺に説教するというのか?

「お前が生きてた頃は本当に楽しかった。お前とは小学校からの腐れ縁だからな。どんな時もいっしょだったし。中学に入ってから堤と出会ってからますます楽しくなった。だから、高校に入ってもずっとおもしろい生活が待っていると思ったのによ。馬鹿やろうだぜ。お前は・・・・」

 石間が涙を堪えようと必死だ。俺の死はそれなりに影響を及ぼすのか・・・・

「かーみじの馬鹿。死ぬなんて。馬鹿よ。馬鹿。昔から馬鹿だったけど、ここまで馬鹿なんて思わなかった」

 そんなに馬鹿言うな!

 次第にむかついてきた。化けて出てきてやろうかと思うくらいだ。

 もし、霊となっている上野に連絡が取れるなら呪ってやれと命令するのだが・・・

「高校に入ったら、今度は仲間を増やして一万円ゲームをしようって言ったじゃない。けど、だいたい負けるのはいつもかーみじ。でもかーみじは普段ほとんどお金を使わないからお金が溜まってた。だから、このゲームが続けられたんじゃない」

 俺はお前たちの金づるか!

「あ~あ、お前がいないとできないぞ。一万円ゲーム。どうしてくれんだよ。負け逃げなんて最悪だぜ。丸投げ主義の神路は」

 これが死んだものに対する言葉か・・・・しかし、そういうことが言える仲ではあったし、友情の裏返しなのかもしれない。

「お~い、神路あの世で聞いてるか! お前がいなくなってこっちはいい迷惑しているんだ。帰ってきてくれよ!」

 ああ、聞いてるよ。ただし、半死世界の動く島でな!

 二人や家族の元へ帰りたい。しかし、それは二度と叶わない。いや、上野のように魂だけの存在になって帰るという方法があった。しかし、そのチャンスを俺は捨てた。その考えが間違いだと信じているからだ。

 帰りたいが、肉体のない魂だけでは人は駄目なのだ。心と肉体があってこその人間なのだから。

 すると、俺の仏壇の前に二人の兄妹がやってきた。

「二人ともこんにちは」

 堤がやさしく挨拶した。

「こんにちは。お兄さん、お姉さん」

 妹が挨拶をした。

「ねえ、いっしょにゲームやろう。お兄ちゃんだけだと飽きちゃって。四人対戦でテレビゲームしようよ」

 妹は末っ子で甘えん坊だ。しかも、石間と堤と仲がいい。兄である俺以上に。

 そして、彼らは弟の部屋へと向かい、ゲームを始めたのであった。

 これ以上見るのが辛くなった俺は望遠鏡から目を離し、距離を置いた。

 望遠鏡の近くに木材で出来ている椅子があったので俺はそこに座った。

 とてもじゃないが、これ以上自分の家族を見ることが今の俺にはできなかった。辛すぎるのだ。自分がいかに『幸せ』であったかを。

 家族や友人に恵まれていた俺は死して初めてその意味を知ったのだ。

 非常に愚かであり、馬鹿である。

 俺は椅子にもたれかかり、再び空を眺め始めた。

 星はいい。いつ見ても飽きないし、心が落ち着く。

 星はまだ流れている。これだけ流れていると、星に願いを抱く気持ちなどなくなってしまう。このまま永遠に流れてくれ。

 しかし、またしても一つの疑問が抱いてしまった。

 星があるということはこの世界は一つの惑星なのだろうか?

 しかし、この世界には太陽が存在しない。ということは、地球のある銀河系ではないことになる。宇宙の知識があまりないので思考はそこまでであるが、もしこの世界もどこかの銀河系の一つなら、大発見とでもいえる・・・・そんなことはないか。

両腕で頭を支えながら、流星群鑑賞を楽しんでいた。

 巨大な船に乗りながら、流れ星を見上げる。まさに俺の理想とする旅であった。

 生きている間にもっとフェリーなどに乗っておけばよかったと後悔の念にかられる。しかし、現実はそう簡単ではない。船酔いという悪条件が俺の旅を阻む。そんなものである。

「どうしたんですか? 先輩」

 小島が望遠鏡鑑賞を止め、俺の隣に座った。

「星を眺めてたんだよ」

「ああ、流れ星ですか。本当にきれいですね」

 二人で顔を空へと向ける。

 体の疲労は完全に取れ、透明化していた体は元の肉体に戻っていた。俺は安心して空を眺め続ける。

 もし、天国と呼ばれる場所に行ったら、この星空を見ることはできるのだろうか?

「なあ、小島。この世界にって何だと思う?」

 俺は漠然とした質問をぶつけていた。

「そうですね。すごく難しい質問ですけれども、ただ一つだけ思うんですよ」

「何だ?」

「この世界、まるで人間が作ったような感じがするんですよね」

「そうだな」

 そう言われれば、この世界には地球で見たことのある光景ばかりである。悪魔以外のすべてに地球の概念でしか生まれないはずのものばかりである。湖やつり橋、海、島、そして望遠鏡。この物体の概念を有している生物は人間だけである。

 この世界を創造したのは神なのではなく、人間なのかもしれない。

「何話しているの?」

 メアリーが会話に干渉してきた。

「無神論の話をしていたんだよ。この世界を作ったのは神じゃなくて人間かってな」

「そうそう」

 すると、メアリーの顔つきが変わってきた。

「神がいない? そんな馬鹿な話しないでよ。神は存在する。キリスト様が私たちの原罪を問ういているのよ。この旅は」

「お前はキリスト教信者か?」

 そうか、アメリカ人のメアリーが信者であってもまったくおかしくない話だ。

「あなたたちだって何かの宗教を信じているでしょ。仏様とか」

「まあ、言われて見ればお寺とか神社とかにお参りはするけど、そこまで意識したことはないよ。大半の日本人は宗教に染まっていないんじゃないかな」

 これは俺の勝手な想像である。

「小島もそうなの?」

「僕も特定の宗教には属していません。それに病院生活が長かったので神様をむしろ恨んでいました」

 小島の言い方には強みがあった。

「キリスト様を信じないどころか宗教すら信じてないのね」

 メアリーの顔が次第に変わっていく。これは非常にまずい。

「メアリー、それは文化の違いだよ。だから、俺たちはメアリーの考えを否定しないよ」

 さあ、収まるかどうかだな。

「私は神を信じないあなたたちを許せないわ。地球や宇宙は神が作った。そのことを感謝しないで今まで生きてたなんて私は許せないわ」

 メアリーをまた怒らせてしまった。カルチャーショックだな。

「怒らないでくれよ。そういう生き方しかできなかったんだからさ」

 俺は弁解したがそんなことが通用するような女ではない。

「神なんかに感謝してたまるか!」

 小島が柄にもない強い口調になった。

 俺とメアリーは言葉を失った。

「神なんかいません。仮にいたとしても感謝するつもりは僕にはない。僕はずっと、病院生活を強いられてきた。何のために。何のために僕は生まれてきたんだ! もし、ここに神がいるなら僕が殺してやる!」

 小島がそこまで怒りを露わにするとは夢にも思っていなかった。

「まあ、いいじゃないか。価値観の違いでしょ」

 俺はその場をなだめようとすると、突然天使が羽を羽ばたかせながら降下してきた。

「皆さん。もうすぐ『記憶の洞窟』にさしかかります」

「記憶の洞窟?」

 俺はまた不快な気分に襲われた。

「皆さんの記憶が頭の中に蘇ってくる場所です。そこでは悪魔は出現しませんが、皆さんは精神的に苦しむことになるでしょう」

 一体どういうことだ?

「洞窟に差し掛かったら我々は飛行して別行動になりますから」

 そう言うと、天使たちは美しき翼を広げ、夜空へと飛んでいった。

「何なの? 記憶の洞窟って?」

 メアリーは憤慨している。

「記憶で苦しむ? ってことか」

「でも、悪魔が現れないのでいいんじゃないですか?」

 小島は少し楽観的である。けれど、悪魔に悩まされてきた旅で悪魔が出ない試練はどこか落ち着く。

「二人とも、あれじゃない」

 メアリーが指を刺した場所に巨大な洞窟があった。それと同時に数多くの天使たちが洞窟の上空を飛び、洞窟を回避して先に進んでいった。

「あの天使どもめ、飛んで行っちまったぜ!」

 俺は再び天使に対する憎悪が出てきた。

 この島は刻々と暗い洞窟へと近づいていく。正直緊張していた。記憶で苦しむということがどういうものなのか理解に苦しんでいたからだ。

「大丈夫ですよ。記憶で苦しむことはないですから」

 小島は楽観視し続けているが、どこか顔がこわばっている。緊張を隠しきれないでいる。しかし、一番印象的だったのはメアリーである。体全体が震えていたのだ。

「メアリー、大丈夫かい?」

 先ほどの神様の話で若干の気まずさはあったが、あまりにも様子がおかしかったのだ。

「大丈夫よ!」

 メアリーは強がっているが、体は逆の反応を示している。

 島は移動スピードを変えずに洞窟へと近づいていく。せっかく安心していたのにこうなるとは・・・・・

「楽しい旅はひとまず終わりだな。皆、覚悟はいいかい?」

 俺は先輩面したような言い方で言った。

「神路こそ大丈夫なの? 一番の不安要素なんですけど」

「何! 俺がか」

 メアリーのきつい一言に俺は強烈なパンチを受けたような感覚に襲われた。

「先輩、メンタリティ弱そうですしね」

小島からも馬鹿にされている。

「お前ら・・・・」

 しかし、そこで何も言い返せないのが俺なのだ。

 けれど、もうそんなことはどうだって良かった。洞窟が目の前に現れ、島が暗き穴に入っていく。そして、その暗闇は俺たちを覆っていった・・・・


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