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7/14

移動島へ

 百人にも満たない行列の中で俺は歩き続けていた。

 果てしなき、荒野の中をただただ、無言で進んでいく。

 話す相手を失った今、喪失感だけが俺の心に残ってしまった。それは他の人々も同じであった。皆グループを作って互いを支えあってきた。しかし、仲間たちはドロップアウトしてしまい、グループ内は崩壊した。

 周囲はモチベーションの低さが漂っている。しかし、一人だけ妙なテンションの高さを保っているやつがいる。

「しかし、本当にだらしねーな。ここでギブアップなんてな。へたれだぜ」

 マイケル・コスナーが空気の読めないことを自ら証明しているのだ。

 しかし、誰も叱責をしない。どうでもいいのか、それとも呆れてしまっているのか。俺はその両方であるが。

「残ったのはたったこれだけかよ。かっこ悪い!」

 まるで、自分の天下であるかのように上から目線で話している。一体何様のつもりなのだろうか?

 俺はだんだん腹が立ってきた。

「まあ、俺が生き残ればそれでいいか」

 マイケルは歪んだ笑みで言った。

 俺はその時、マイケル・コスナーがわざと憎まれ口をたたいているのではないかと思った。ただの直感ではあるが。

 皆の気を引きたい。ただの餓鬼なのかもしれないな。

 子役上がりのハリウッド俳優は昔から注目の的で皆から話しかけられる。しかし、ここでは年齢や国籍が多種多様で彼の存在を知る人はそれほどいない。先進国ではなく、映画など見ることの出来ない発展途上国の人々も大勢いるのだ。そうした中で、注目されないマイケル・コスナーが気を引きたいと思うのはある意味当然なのかもしれない。

 それとも、わがままに育てられ、性格が純粋に悪いだけかもしれない。アメリカ人のセレブと聴くとそんなことを思ってしまう。

 けれど、正直うざったい。

俺は前をかきわけ、マイケルの元へ向かった。

「マイケル」

「ああ、何だよ?」

「少し静かにしてくれないか?」

 俺は丁寧に言った。マイケルはきっと、すぐに頭に血が上るタイプだと思ったからだ。

「はあ、うっせいよ。黙ってろ。日本人!」

 一体どこの不良少年だ。こいつは・・・・

「静かにしてくれればそれでいいんだよ」

 俺は冷静になりながら、言った。

「このハリウッド俳優に命令するなって言ってんだよ!」

 マイケル・コスナーは中指を上にあげ、俺を馬鹿にした。

「もういいよ」

 俺は幼稚すぎるマイケルに嫌気が差し、そのまま歩き続けた。

 こんなやつ、旅を続ける資格はない。皆の邪魔だ。

「おい、何だよ。そのしけた面は! 気にいらねーな」

 マイケルは俺の態度が気に食わなかったのか、俺の制服の胸倉をつかみかかった。

「おい、止めろ。お前とけんかをするつもりはない!」

「気にいらねえんだよ。お前。さっきから調子に乗りやがって。日本人の分際で」

「国籍は関係ないだろ!」

「世界はアメリカ中心で動いているんだよ。お前たちはアメリカ人の俺に従ってればいいんだ!」

 腸が煮えくり返るような怒りを覚えた。こいつ、頭がおかしいんじゃないか?

「お前、正気か? 気でも狂ってるんじゃないのか?」

 傲慢だ。この男は傲慢すぎる。

「黙れ、黄色やろう。日本はアメリカの奴隷にでもなってればいいんだよ。小国の分際で生意気なんだよ」

 今の言葉をもし、英語にするならどのような単語が出てくるのだろうか? 俺はそんなどうでもいい考えが頭に浮かんだ。

 今にして思えば英語という授業がなつかしい。決して得意ではなかったが、いつか旅をするのに英語は必要だと考えていた。世界へ行けば日本語は通用しない。英語ならある程度の国に通用する。だから、英語だけはどの教科よりもがんばろうとしたが、肝心の担任の先生の教え方があまりにも酷く、何度眠気と戦ったものか。

 ただの言い訳ではあり、間抜けな思い出ではあるが、嫌いじゃない。

「そうやって、白人主義を押し通すのか?」

 俺はひるまなかった。

「何?」

「顔の色などどうだっていいだろうが! ましてやこんな世界に来て人種も国籍も関係ないだろう。おまけに言葉の壁もない。アメリカ人の一部の差別者たちはどうしてそんなつまらないことで争いを引き起こそうとするんだ!」

 俺たちのけんかは大勢の人々のたびの進行を妨げた。

「そこの二人。静かにしないか!」

 展望台で会った黒人系の天使に怒鳴られた。すると、プライド高きマイケルはそれに反撃した。

「黙れ! 黒人やろう。奴隷の分際で何羽なんかつけて天使を気取ってるんだよ。汚ねーんだよ。変態やろう!」

「何という侮辱。貴様!」

 黒人系の天使はマイケル・コスナーの胸倉をつかみ、上に持ち上げた。

「放せ! 奴隷が」

 マイケルが恐怖している。そして、黒人系天使の形相はまるで鬼のようだ。

「よせ!」

 白人の天使が天使を止めた。それは妙に滑稽であった。

「放せ! この男だけは許せない!」

 黒き天使は怒りをあらわにしている。

「落ち着け、私たちの使命は彼らを導くことだ。使命を忘れるな!」

 すると、その天使はマイケルを放した。マイケルは落下し、しりもちをついた。

「このやろう! よくもやりやがったな」

 プライドの高いマイケル・コスナーも頭に血が上っているようであった。そして、マイケルが黒人系天使に向かって殴りかかろうとしたので俺が後ろから押さえ込んだ。

「この日本人が! 放しやがれ!」

「もう止めろ。これ以上敵を作るんじゃない!」

 俺は大声でマイケルを止めようとした。

「偉そうなことを言うな。俺はハリウッドで成功した男だぞ」

「それはもう過去の話だ。お前はもう死んだんだよ。そんな肩書き、この世界じゃ関係ない!」

 すると、暴れていたマイケルの動きが止まった。

「本当にもう死んでるのか・・・・・・」

 いつものマイケルならこの世界はドッキリだとかCGだとか言うはずだが、ようやく信じ始めたようであった。

 俺はマイケルから両手を放した。

 すると、マイケルはひざをつき、顔を下に向けて絶望している。

「先へ進みますよ」

 そして、天使や残りの人々は前へと進んでいった。

「マイケル、行くぞ!」

 俺はマイケルを促した。

「俺に命令するな!」

 マイケルは立ち上がり、前に進んでいく。

 態度は気に入らなかったが、いつものマイケルに戻ってくれてよかったと心のどこかで思っている自分がいる。

「俺も行かなくちゃな」

 そして、俺も前へと進んでいく。

 しばらく、荒野が続いていた道も、次第に坂になり、俺たちは登山をしている状態になった。もちろん、階段などないので歩きにくくてしょうがなかった。そして、その坂はまだまだ続く。こんなとき、小島たちがいれば話をしながら楽しく歩くことができるのに。

 そんなことを考えている間も坂は続いていく。

 小島やメアリーは大丈夫だろうか?

 俺はふと、後方を見ると、展望台が小さく写っているため、小島がどこにいるか分からない。メアリーについては論外だ。

 俺が望んでいた旅はこんな残酷なものではなかった。

ただ、歩きいろいろな景色を見ながら、自らの世界観を広げていく。しかし、今の旅はただのゲームだ。滑稽でくだらない。俺の望む旅に天使や悪魔などは存在しない。ましてや、天国などもってのほかだ。

 しばらく、退屈で殺風景な登り坂を進んでいくと、頂上らしき場所にどんどん近づいていく。

 やはり、登山は好きにはなれない。この世界は疲労という概念がないから問題はないのだが、歩きにくい。旅をしたいといっているやつがこの程度で根をあげるのだから、もし生きていたとしても旅をすることはできなかったのかもしれない。

地球の登山では頂上がゴールではない。必ず、下りが待っていた。俺はそれが嫌いだった。本当の目的地は頂上ではなく、スタート地点なのだから。しかし、頂上まで来たという達成感と頂上の景色はすばらしいものがある。

 下り坂の嫌悪感と頂上に到達した感動の両方を登山は併せ持つ。

 一人、そしてまた一人と上り坂を終えていく。

 あそこが頂上ならうれしいものだな。

 期待を胸に抱きながら俺は上りきった。しかし、待っていたのは頂上でもなければ、その先に続く登り坂でもなかった。

「何だ・・・・これは・・・」

 この景色は予想もしていなかったが、この世界ではある意味当たり前なのかもしれない。

 あたり一面、黒いマグマが至る所で溜まっているのだ。山ではなく、火山にでもきてしまったような・・・・

「皆さん。全員登り終えましたね」

 天使たちはどこか落ち着いた様子でいる。

「皆さんに見えるのは一見地球のマグマですが、実際は違います。悪魔にしてしまう液体とでも説明しましょう」

 その説明に一同は口を開いたままだ。

「この黒いマグマに触れると、全身が黒く染まり、悪魔になってしまいます。そして、黒いマグマに引きずり込まれます」

 底なし沼よりも恐ろしいところだ。

「しかし、安心してください。まだ、時間に余裕があり、黒いマグマは噴火しません。見てください。黒いマグマを。何の動きもないでしょう。今、この地を通過すれば問題あいりません。いつもなら、マグマが地に流れ込んでくるのですが、今日に限って活動は穏やかです。皆さん、運がいい」

 運がいい。どこがだ。こんなわけの分からない世界で運も何もあるものか!

「マグマの噴出口に入らなければ無事に通過できます。皆さん、それでは前に進みましょう」

 天使たちの案内の下、俺たちは歩き始めた。前方や左右に噴出口なる穴があり、その中に黒きマグマが浮いている。天使たちは穴を避けるために、右に誘導し、俺たちもそれに従い、行動する。

 確かに、もし今噴火なんてされたら、黒いマグマを浴びてしまい、全員悪魔になってしまう。運がいいという言葉を理解してはいるが、どこか許せない言葉でもある。

 数多くの噴出口に足を取られないように気をつけながら、全員は歩き続ける。しかし、歩き場がほとんどないわけではなく、噴出口を避けながら歩くだけなら決して問題はなかった。足の踏み場が普通に確保されているので今までの難関に比べ、一番簡単であった。   

 しかし、噴出口から悪魔が這い上がるとかなら話は別であるが、天使はそれを否定しているのだから問題ない。

 俺は安堵感に酔いしれながら噴出口を避け続けた。右、左と不規則な歩き方をしながら、安心して進んでいく。それは、とてもすばらしいことだ。

 本当にこのまま何もなければいいが・・・・・

「こんな場所、余裕だぜ!」

 マイケルが相変わらずの状態だ。強がり、周囲から自分の存在を示す。それがやつだ。

 しかし、噴火がなければ本当に余裕な場所だ。

 すると、予期せぬ自体が起こったのだ。

「止めろ! この餓鬼!」

 マイケルが急に叫びだしたので人をかきわけて向かうと、マイケルと例の黒人系少年が争っていたのだ。

「地獄に堕ちろ! アメリカ人」

 黒人系の少年は噴出口にマイケルを突き落とそうとしていたことは予想がついた。

 二人は互いにいがみ合い、憎しみに狩られている。

 しかし、周囲の誰も何も言わない。なぜだろうか? 試練に満ちた旅で心が疲弊してしまったからか? それとも、この光景を楽しんでいるのか?

 すると、俺が予想していなかったことが起きた。

 数人の黒人系の男性たちがマイケル・コスナーに襲い掛かり、殴りつけ、地面に叩き抑えたのである。

「お前ら、何の真似だ!」

 マイケルはもがいているが、複数の多国籍の男性たちに押さえつけられては何もできなかった。

「さっきから、お前は生意気な口をききやがって。黒人の何が悪いんだよ! 愚かな白人め。だから、アメリカ人は嫌いだ!」

「こんなやつ、あの黒いマグマに落としてやれ!」

「そうだそうだ!」

 周りにいた、黒人や黄色人種たちは一同に騒ぎ出した。近くにいた残りの白人は恐怖に駆られ、何も言えず、行動できなかった。

「残りの白人たちも道ずれだ!」

 すると、何の罪も無いだろう白人たちも周囲にいた多くの人々に捕らえられ、マイケルの元に集められた。

「おい、天使。こいつらを黒マグマに突き落としても、問題ないよな!?」

 すると、黒人系の天使がやってきて一言だけ言った。

「特に問題はない。我々はただの案内役であり、死者がどのような行動をとっても自由だ。好きにしたまえ!」

 この天使の目は明らかに白人を嫌っている目だ。

 すると、他の天使たちは動揺していたが、死者の自由行動が認められていることは事実らしく、何もできないでいる。

 これが天使のすることなのか?

「じゃあ、こいつら白人たちをマグマに突き落とすぞ!」

「おっー」

 多くの人々の感性が上がった。

「おい、何で俺たちが悪魔にならなきゃいけないんだよ。ふざけんな!」

「お前、マイケルって名前だったな。さっきから聴いてれば何様のつもりだ。ハリウッド俳優がそんなに偉いのか? アメリカ人はそんなに優秀か? ふざけるんじゃない! お前のせいでつり橋の人たちがどれだけ犠牲になったか分かっているのか!」

「他人のことなんか知るか! 俺さえ良ければそれでいいんだよ!」

 つり橋の件を認めてしまったようだ。

「湖に触れたのもお前だそうだな! ああ?」

「ああ、そうだよ。この俺だよ。それがどうした。しくじっただけじゃねーか」

「反省する気はなさそうだな」

「何でこの俺が反省しなきゃいけなんだよ」

「俺たちや俺たちの祖先は前ら白人に散々虐げられてきた。特にアメリカ人にな。今ここで償ってもらう。悪魔になって一生の苦しみを味わえ!」

 すると、三人がかりで取り押さえられているマイケルは立たされ、近くにある噴出口の前に連れてこられた。

「お前ら、止めろ!」

「お前は多くの人々を悪魔に変えてしまった。その罪を多きい。しかも、お前自信は反省していない。白人はいつもそうだ。自分ばかりが正しいとか言いやがって。俺たち黒人を今でも差別して虐げているくせに。他の国のやつが言っていたぞ。白人たちのせいで国がめちゃくちゃになったってな。お前たちは身勝手なやつらだ。神が裁きを下さないなら俺たちがやる。これで本当の悪魔になれるぞ!」

 彼らは怒りと憎しみに満ちた目をしている。

「俺には関係ないだろ。くそったれ!」

 マイケルの悪態は尽きない。それが命取りだ。

「お前は本当にどうしようもないくずだな。どうして、子役のハリウッド俳優はそう偉そうなんだ。俳優がそんなに偉いのか! くだらない馬鹿映画に出て何がすごいんだ!」

「貧乏人が! 俺の成功を妬む貧困層の分際で!」

「お前、こんな状況でまだ言うか!」

「ああ、何度でもいってやるぜ。人生の成功者に嫉妬した哀れな凡人が!」

「殺してやる!」

 マイケルは抵抗していたが、少しずつ噴出口へと近づいていく。

「放せ! 負け組みめ!」

「その態度は地獄で改めなおせ、白豚やろう」

 他の白人たちも同じように連行されていく。

「俺たちは何もしていない。悪いのはあの少年だけだ。そうだろ!」

「うるさい。白人共め。いっしょに地獄へ堕ちろ!」

 皆が狂い始めてきた。恐怖と絶望と過去から持ってきた憎しみが彼らを狂わせているのだ。どうすればいい俺は。

 もし、マイケルたちをかばえば、俺も同じ目に遭うかもしれない。それだけはごめんだ。

『逃げてる』

 ふと、メアリーの言葉が頭を過ぎった。

 きっと、メアリーならマイケルをかばうだろう。しかし、メアリーはここにはいないし、ましてや彼女も白人だから同じ目に遭うだろう。この場所にいなくてよかったと今にしてみれば思う。しかし、小島もここにはいない。頼もしい仲間がいない中、俺はどう行動したらいいか、決断に迷っている。

 すると、口を閉じないマイケルが天使に向かってあることを聴いた。

「おい、天使。もし、俺たちがマグマの中に入ったら、噴火でもしちゃんじゃないか?」

 その言葉に一同は固まった。

 この世界はまともじゃない。マイケルの言っていることが本当なら、俺たちは全滅してしまう可能性がある。

 すると、天使の一人が言った。

「そのような性質はありません。この場所は一定の時間になると噴火が始まるだけです。このまま何もせずに待っていれば噴火は起こりますが、噴出口にあなた方を投げ込んでも、その人がマグマに取り込まれますが、それ以外は何も起こりません」

 それを聴いて、マイケルたちは絶望の淵に立たされた。

「そういうことだ。じゃあな」

「止めろ! 放せ」

「放してください」

 白人たちも抵抗しているが、多くの黒人系やアジア系の人々が取り押さえられている中、どうすることもできなかった。

 皆、おかしくなっていることは分かっている。こんな世界で精神を安定するほうが難しい。負の感情を彼ら白人にぶつけているだけなのだ。

 どうする俺? どうしたらいい。こんなとき、小島やメアリーがいてくれれば・・・・

 黙ってみているのが一番いいのかもしれない。

 そうだよ。悩む必要などない。俺は何も悪いことをしたわけじゃないし、罪悪感を抱く必要もない。マイケルの自業自得だ。確かに、他の白人たちには申し訳ないが今彼らを止めれば、何をされるか分からない。

 いいじゃないか・・・・どうせ、皆もう死んでいるんだから。それに悪魔はこの世界では必要悪であり、この世界を維持するための存在だ。そのための旅でもある。

 マイケルたちは少しずつ噴出口に近づいていく。もう3メートルもないだろう。時間の問題だ。

「天使さん。噴火時間はどうなんですか?」

 別の黒人系の人が尋ねた。

「通常より、早いペースで旅が進行していますので時間に余裕はあります。問題ないです」

 おい、ここは嘘でもいいから否定しろよ!

 何が天使だ。本当に使えないガイドだ。年をとったおばさんバスガイドの方が何倍もマシだ・・・・・・全世界のおばさんごめんなさい・・・・・

 逃げる選択は一番いいに違いない。俺は悪魔になどなりたくはない。ああ、そうさ。俺はそういう男だ。人を救えるときは救うが、それが出来ないときは平気で見捨てる。逃げるが勝ちという言葉の名のとおりに行動する。

 ・・・・・・けれど、何か引っかかる・・・・・なんだ、罪悪感とは少し違うこの不愉快な感じは・・・・・

 上野・・・・・そうか、上野の過去を聴いたせいで俺は選択できないでいるのだ。

 彼女はいじめを苦にして自殺し、結局いじめが解決しなかった学校に戻ってしまった哀れな女の子だ。

 いじめ・・・・・今、マイケルたちにしていることは限りなくいじめに近い。いや、もういじめと断定してもいいのかもしれない。

 いじめには二種類ある。直接的にいじめを行う方法。無視や器物破損、暴力などがそれだ。そして、もう一つある。それは見てみぬふりのことだ。いじめられたくない理由から傍観者を選択し、見捨てる行為。それもいじめのうちに入るかどうかは定かではないが、上野はそれをされたのだ。誰も助ける人もいなく、一人孤独に戦い、それに敗れた。

 そして、今同じことを俺はしようとしている。上野がされたことを俺がしようとしている。いや、現にもうしているのだ。

 確かにマイケル・コスナーは大嫌いだ。マグマに落とされても罪悪感は残らないだろう。しかし、他の白人たち、そして暴力に手を染めている人々全員が不幸になってしまう。

 地球をさまよっているであろう上野に感謝しなくてはならない。俺は危うく道を間違えるところだった。

「皆さん。もう止めましょう!」

 俺は大声を上げた。

「誰だ!」

「日本人の神路と言います。もうその辺でいいじゃないですか」

「何言ってやがる。お前、白人の味方をするのか?」

 冷静になるんだ。俺。逃げるな。前に進め。上野の過去から学んだことを無駄にしてはいけない。

「俺はどちらの味方です。だからこそ、止めたいんです。あなた方を」

「意味が分からないな!」

 数多くの人々からの野次が飛んできた。

「聴いてください。確かにマイケル・コスナーは多くの人々を犠牲にしてきました。それは俺も許せません。だからといって、マイケルを無理やり地獄に落とすのは間違ってます。それはマイケル・コスナーよりも悪質な行為です」

「何だと! 俺たちがこんなゴミより悪質だというのか!」

「そうです。なぜなら、マイケル・コスナーは自分の失敗で人々を犠牲にしてしまったんです。いわば、事故なんですよ」

「弁護士みたいなことを言ってるんじゃない!」

 確かに・・・・へ理屈なのかもしれない。けれど、それでいい。この不毛な争いが止まるならそれでいいのだ。

「事故だったんですよ。俺は彼の行動を見ていました。一回目の湖を渡るときは、急ぐあまり足を滑らせたんです。二度目の橋は恐怖のあまり、錯乱した。この二つに共通することは・・・・故意に人々を悪魔にしたんじゃないってことなんです」

 すると、多くの人々の同様を招いてしまった。

 俺はそのざわめきを気にせず話を続けた。

「しかし、あなた方が『故意』に彼らを悪魔にしようとしている。もし、悪魔にしてしまうことが罪なら、あなた方は悪人です」

「俺たちは悪人じゃない。正しき裁きを下そうとしているんだ!」

「その裁きが間違っているんですよ。マイケル・コスナーよりも悪質な方法をやろうとしている。あなた方多国籍の方たちはそれほど器は小さくないはずです。悔しいとは思います。けれど、マイケル・コスナーなんかのために手を汚すことはしないでほしい。それに他の白人の方々には過去に何をしたかは分かりませんが、この世界で罪は犯していません。皆で協力していっしょに天国へ行きましょう。ここで争えば、また別の場所で同じ争いが起きてしまいます」

 決して頭のいいほうではない俺が最大限に考えた言葉だ。どうか皆に通じてほしい。例え、世界や価値観が違えども、言葉の壁がない今、少しでも分かり合えるはずだ。

 すると、マイケルや他の白人たちを取り押さえていた人々が次々と手を放していった。

「そうだ。俺たちはそんな野蛮人じゃない」

 思いが通じたようであった。逃げなくて良かった。

 マイケル・コスナーはその場に倒れこんだが、プライドの高さは健在で無理して立ち上がった。

「この俺を助けたと思うなよ!」

 口の悪さは変わらない。やはり、こいつのことは好きになれないな。

「マイケル。お前は何を聴いてたんだ。俺はお前を助けたんじゃない。罪を犯そうとしていた人々と、お前のせいでとばっちりを受けた白人の人々を救っただけだ。お前を救った覚えはない」

 正直な話、マイケル・コスナーだけはマグマに落ちてもいいと思っていた。ただ、周りに一切迷惑をかけずに一人マグマに落ちるのであれば止めなかったかもしれない。しかし、もし止めずにそうなっていたとしたら、俺が罪悪感に苦しんだかもしれない。

そうなんだよ、上野。誰にも迷惑をかけない自殺なんか存在しなんだよ。死とは絶対的なものだ。周りの人間に影響を当てる力を持っている。お前は罪を犯した。しかも、死してなお地球にしがみつこうとする矛盾的行動。やはり、あの時の地球行きを俺は止めるべきだったのかしれない。

「皆さん。旅を続けますがいいでしょうか」

「いいですよ」

 誰かが言った。

 そして、旅人たちは再び、このまがまがしい火山を歩き続けるのであった。

 噴出口が減ったところで俺は顔を上に上げた。

 空の輝きを忘れていたからだ。

 上野やメアリー、小島と仲間たちが俺の前から去っていく。もちろん、メアリーと小島は無事だと俺は信じているが、同時に不安感がぬぐえない。

 空の色は変わらないが、旅のメンバーはどんどん減っていく。

 しばらく、噴出口を避けきると、普通の道へと戻っていった。

「ここで噴出口は終わりです。後は海へ行くまで歩き続けましょう」

 海? どうせまた悪魔がいる黒い海じゃないだろうな。

 この世界のパターンを理解してきた。

 悪魔への生贄を増やし、この世界を維持する人員を増やす。そして、この世界の試練を乗り越えられない人たちは地球へ追放され、残りのメンバーが天国へと向かう。

 天国がどのようなところなのか、もう想像することもできない。

 少なくとも、この世界にいて天国へのイメージが変わったことは事実だ。

 きっと、俺の予想を見事に裏切る結果になるのではないだろうか?

 まあ、天国へ行ってみなければ分からないことではあるが。

 火山道が終わり、次第に草道が増えてきた。そして、下るための階段が用意され、その両端には均等の高さで緑色の雑草が生い茂っている。

 火山道が終了したことをようやく実感した。

 俺たちは安堵感を抱きながら、その道を下っていった。この火山は今までの試練の中で一番簡単であった。噴火しなければどうということはないからだ。まあ、対人関係のトラブルは起きてしまったが・・・・・

 もしかしたら、対人関係を破壊するよう仕組まれていたとしたらどうだ? 火山が噴火するというのは嘘で精神的に限界がきている旅人たちを狂わせ、争いを引き起こし、その何人かはマグマに落下し、残りのメンバーで旅を続ける。実はそういう場所だった・・・

 そんなことはないか。

 天使たちの話では通常より、旅の進行が早いと言っていた。つまり、俺たち以外の死者たちは火山の噴火を体験せざるをえないのか・・・・

 そのように考えると俺たちは運がいい。

 待てよ。ってことは遅れてやってくる小島たちはその分不利になる。そもそも、進行が早まったのはつり橋で多くの人を置いてきぼりにしたからだ。その原因を最初に作ったのは他でもない。マイケル・コスナーだ。

 つまり、今俺たちがこうして安全に旅ができているのは彼のおかげになる。それは非常に不愉快だ。しかも、そんな彼を俺は結果的に助けてしまった。

 複雑な感情が俺の心を蝕んでいく。

下り坂にも特別何か仕掛けがあるわけではなさそうであった。ただ、くだりが続いていく。上り坂にはなかった階段が下り坂にはあるというなんとも言えないこの状態。

 すると、風が吹き、両サイドにある長く伸びている草たちがなびいている。それを見て、俺は心が少しなごんできた。

 どのような世界であっても、自然はきれいだ。例え、周りがただの雑草しかなくとも数が多ければ、それは芸術になる。

 すると、雑草だらけだと思っていた場所にいくつかの大木があることに気がついた。先ほどまで火山だったのが嘘かのような光景に改めて、この世界の違和感を抱いた。

 地球に生きていた頃の価値観など、この世界では通用しない。まるで、どこかの子供が想像したファンタジー世界のようであった。

 そのファンタジーに満ちたこの下り坂も、もうすぐ終わろうとしていた。

「そろそろ、海へ到着します」

 先頭にいる白人の天使が言うと、次第に透き通った海が見えてきた。

 俺が予想した黒い海など存在しない。沖縄の海のような全体が透き通っているが、底が深いために底まで見ることはできなかった。

 どこまでもおかしな世界だ。

 そして、地球にある海同様、浜辺も存在した。黄金色をした砂は地球と同じものだ。海水浴がしたくなる。

 俺は階段を下り終え、海岸を見ると、海に浮かんでいる小島というべきものと、それと海岸をつなぐ板橋、そして、浜辺には巨大な砂時計が設置してある。

 草木の塊である小島があるということはあそこを渡るのか? しかし、渡ったとしてもその後、どう移動したらいいかわからない。あれが天国ならありがたいが、そんな感じはしない。

「全員そろいましたね。では、ここで少し説明させてもらいます。あそこに見える小島でこの海を渡り、移動します」

 すると、全員が驚いていた。

「あそこの小島が動くのか?」

 マイケル・コスナーたちを襲った黒人系の男性が質問した。

「そのとおりです」

 死者たちがざわつき始めた。

「あの大きな砂時計を見てください。中にある砂が完全に下に落ちきったときに島は移動を始めます。幸い、早く移動することができたので砂はまだ溜まっています。ですので、その間皆さんは自由です。この浜辺にいてもいいですし、早めに島に乗っていても構いません。時間になりましたらお知らせしますので」

 俺は今までの緊張が解け、全身から力が抜けるようであった。それは他の人々も同じであり、腰を下ろす人まで出てきた。

「しかし、一つだけ注意してほしいことがあります」

・・・・え?

俺はとても嫌な予感がした。

「海の水についてです。この海は皆さんの知っている地球の海とは少し違います」

「まさか、また悪魔とか出てくるんじゃないだろうな!」

 先ほどの黒人系男性が質問した。

「それはありません」

 天使は冷静に答えた。

「しかし、魂が疲労し、消滅します」

「何だって!」

 ざわめきが一層強くなった。

「水に触れる程度なら問題ありません。しかし、体ごと海へ入ってしまうと、魂は一気に疲労し、消滅します。地球に追放された方々と同じように。ですから、遊泳などはしないでください。しかし、ここで旅を脱落したければその選択も可能です」

 これではこの海は単なる『死海』ということになる。水につかればそのまま消滅する。そんな危険な場所だったとは・・・・・・悪魔になってしまうこととは別の恐怖を感じる。

「そして、もう一つ重要なことを説明しなくてはなりません。この砂時計の砂が完全に落ちたとき、小島は動き出します。それと同時にこの世界から徐々に光が失われます。今は輝いていますが、次第に暗くなるのです。その時、今まで底にしかいなかった悪魔が地上に這い上がってきます。これはこの世界の『光』が悪魔を抑えているからです。しかし、その光がなくなれば、悪魔は出現し、襲ってきますので気をつけてください。もし、小島に乗り損ねれば、悪魔になるか、海に入って消滅するかのどちらかしかありません。これで私たちからの説明は終わりです」

 こんな重要で恐ろしいことを淡々と放せる天使たちに俺は憤りを覚えずにはいられなかった。やつらもまた、悪魔なのかもしれないと思ってしまう。

 しかし、今もっとも重大なことは砂時計の砂がすべて落ちるとき、唯一の移動手段である小島は失われ、悪魔たちがゾンビのように襲い掛かってくる。これは小島とメアリーのある意味での『死』を意味している。

 俺が小島を見ると、マイケル・コスナーや他の白人の人々たちが次々と小島と繋がっている板橋を我先にと渡っている。先ほどの火山の一見で立場が変わり、浜辺で落ち着くことなく、逃げるように小島へと非難しているようであった。

 しかし、マイケルたちなどどうでもいい。俺は小島とメアリーのことが心配でならなかった。

 この時間制限を彼らは知らない。俺たちの後を急いで追いかけるようならいいが、小島とのん気に展望台の望遠鏡でも眺めていたとしたら。いや、それだけならまだいい。メアリーがまだつり橋で人を助けようとしているのなら最悪だ。この世界の時間の流れは正直よく分からない。浜辺にある砂時計だけだ。

 彼らを連れてくる必要がある。

 俺は彼らを救いたい気持ちと、時間制限とも恐怖の両方を抱きながら、下ってきた階段を登ることを決意した。

 幸い、砂時計に溜まっている上の砂はそれなりに残っている。それで時間に余裕がると判断した。いや、そう信じなくては恐怖ですぐにでも体が硬直してしまう。

 リスクの非常に高い決断ではある。しかし、せっかく旅でであった友人たちを見殺しにしてしまってはこの先の旅は精神的にやっていけないだろう。まさに、生きる屍になるだろう。まあ、死んでいるのである意味生きる屍ではあるが・・・・

 せっかく下った階段をもう一度登るというのは正直不愉快な行動だ。しかも、この階段は先が長い。体が疲労しないだけマシだが、精神が磨り減っていく。

 あの時、無理やりでもメアリーを連れてくるべきだった。

 階段を登りながら、俺はその考えが頭をめぐる。

 しかし、それでもメアリーは納得しなかったであろう。頑固で自分の意見を譲らないアメリカ人ならではの態度でもある。もちろん、その考えは俺の偏見ではあるが、ありがち間違いでもないだろう。

 後悔先に立たずという言葉の使い方をはじめて理解した気がする。

 階段を登りきり、今度は黒マグマの噴出口にたどり着いた。すると、ある異変に気がついた。

 黒マグマがぶくぶくと泡を吹き出しているのだ。

 噴火が始まっている。

 それを知った俺は一瞬彼らを助けようかどうかためらってしまったが、そのまま前進することを決めた。

 噴火が始まろうとしている噴出口を右左と避けるには少し苦労していた。噴火が始まっている恐怖心と走りながら移動していたからである。

 まだ、完全に噴火が始まりませんように。

 俺はそう移動しながら、火山をクリアした。

 この世界に時計が存在しなのでどのくらい時間を浪費するかが分からない。そのため、何分浪費したかどうかを理解することができない。

 噴出口を超えると、今度は階段のない下り坂である。戻るという行為がますます不愉快になってくる。

 坂を下る前に展望台の辺りを確認すると、小さく人々の塊を見ることができた。

 俺は大声を上げ、大きく両腕を振ったが、気がついている様子がなかった。

 しかたがない。降りるしかないか・・・・

 戻る嫌悪感と噴火に対する恐怖感を抱きながら、俺は下っていった。

 その下りもまた長く感じた。確かにそれなりの距離はあるが、嫌悪感が俺のやる気を奪っていく。階段がないので、何度かこけそうになったが、もう死んでいるのでそんなことは気にしない。今は彼らをすぐに呼ぶことが先決だ。

 ずり落ちるように下り坂をおりきった俺は、急いで退屈で壮大に広がっている荒野を走り出した。

 何でこんなことをしているのだろうか? 俺は。

 そんな言葉が頭をめぐりながら、俺は走り続けた。

 展望台まで何分かかったであろう。十分、二十分? もう分からない。しかし、何とか到着した。

「先輩、どうしたんですか?」

 小島がすぐに俺のところにやってきた。

 俺は慌てずにことの詳細を小島に説明した。

「そんな・・・・」

「だから、早く皆を移動させる必要があるんだ」

 俺は必死に小島を訴えた。

「そういえば、メアリーは?」

「多くの人を連れてきて、今は展望台の望遠鏡を使って、地球を眺めているところです」

「急いで皆をここから連れ出すんだ!」

 小島は急いで螺旋階段を走りだした。俺もその後に続こうとしたが、体の異変に気がついた。

「こ、これは・・・・・」

 俺の体がわずかではあったが、透明化してきだのである。そのため、恐怖のあまり動くことができなかった。

 どういうことだ。意味が分からない。

 しばらくして、多くの人々が螺旋階段からぞくぞくと降りてきた。その中にはメアリーの姿も。

「神路、戻ってきてくれたんだね」

 メアリーは急に俺に抱きついてきたので俺は少し驚いた。その姿を冷たい目で見る小島を俺は見てしまったので俺は無理やりメアリーの体を引き離した。

 そして、俺はことの重大さを簡潔かつ分かりやすく大勢の多国籍の人々に説明した。

「そんな・・・」

「あんまりだ」

「残酷だ」

 ネガティブな言葉が飛び交う。まるで大量のハエが飛んでいるような不愉快さであった。

「神路、本当なの?」

「ああ、本当だ。だから、皆さん。急いでここから離れて、海にある小島へ急ぐのです」

 すると、数人が死神の扉を開こうとしている。

「この扉でこの世界から離れるんだ!」

 しかし、扉は一向に開かない。きっと、天使たちにしか開けられない仕組みになっているのだろう。俺の根拠の無い直感がそう感じるのだ。

「皆、急ぎましょう」

 俺は先頭になって走り出した。その後にメアリーと小島、そして他の人々が全速力で走り始めた。

「神路、扉のまだ人が・・・」

 メアリーは扉でもがいている人々を指差した。

「もう本当に時間がないんだ、メアリー。火山は噴火を始めている。ここからはもう自己責任だよ」

 もう他人を構っている余裕はない。それが現実だ。

 さすがのメアリーも納得してくれたのか、俺に文句一つつけずに走り続けている。

 荒野を走り続け、次に待っていたのは上り坂だ。

 疲れのない俺たちの魂の体は全速力のまま、坂を上り続ける。すると、俺の体に更なる異変が起こった。

 より透明化し、しかも体が重く感じ始めたのである。

 一体どういうことなのか? この現象は。

 次第に走るスピードが遅くなっていくこと実感できる。しかし、今止まるわけにはいかないのだ。

 何とか先頭を保ち、噴出口まで登りきった俺は予想通りの光景を目の当たりにしていた。

 噴出口からマグマが噴出す寸前であったのだ。

 ぶくぶくと沸騰している黒きマグマは今にも噴出しそうになっていた。

 後ろからきた小島とメアリーもこの光景を目の当たりにし、恐怖していた。

「絶対に黒いマグマに触れるな! 悪魔にされるからな!」

 全員に聞こえるように大声を上げた俺は透明化し、重くなっている体を気にしながらも、噴出口にはまらないように走った。

 じぐざぐに歩くことは簡単ではあるが、走るとなると話は別だ。早歩きになってしまい、おもうように前に進めない。それは小島たちも同じであった。

「くそ、最初に来たときはこんな状態ではなかった!」

 天使たちが協力的ならこんなことにならずに済んだのだ。あいつらは翼を持っているから、いざとなれば空を飛んで移動すればいい。けれど、空を知らない俺たちには地べたで進むしかない。天使たちがより憎たらしくなってくる。

 すると、後方にいる一人が足をすべらせ、噴出口に落下してしまったのである。

「誰か、助けてくれ」

 その男性は下半身だけ黒いマグマに浸かってしまっている。そして陸に這い上がろうとすると、黒いマグマがまるで生きている粘性の生き物のようにその男性の体を覆い尽くそうとしている。

「や、やめろ!」

 その絶叫を最後にその男はマグマに引きずり込まれるように噴出口へと沈んでいった。

「そんな・・・・」

 俺たちはその光景に恐怖と悲しみを抱いていた。

 あんな風になりたくはない!

「急ぐんだ。でないと取り返しのつかないことになる」

 このマグマだけではない。小島の出航時間が迫っているのだ。もし、乗り遅れたら空の光は消え、悪魔たちの巣窟へと化してしまう。

 そうなれば、海に入って魂を消滅させる以外に選択肢はなくなる。簡単に言えば『自殺』だ。しかし、そんなことはしたくはない。何としても、この試練を乗り切るのだ。

 小島やメアリーは順調に進んでいる。先ほどの男性以外の人々も恐怖に満ちた顔をしながらも前進している。

 そして、浜辺までの下り階段までたどり着いたときに、それは起こった。

 火山の噴火である。

 今までに聴いたことのない怒音が鳴り響き、黒き粘性物は噴出した。そして、大勢の人々にそのマグマが降りかかり、悪魔へと変貌していく。その姿はつり橋のときに見た悪魔と同じ姿だった。

 俺はその黒きマグマから逃げるために、急いで階段を下り始めた。

 黒きマグマは表面上に流れ出し、多くの人々の足元に広がり、人の体に寄生するかのように、人々を黒き姿へと変貌させる。

 マグマを浴びればすべてが終わる。そんなことはさせない。

 体がさらに重くなり、一層透明化してくことを気にすることもなく、俺は下っていく。足はそれほど早くはないが、鬼ごっこなどの『逃げる』ものに関しては通常以上のスピードを出すのが俺だ。昔もそうであった。

 あの頃に戻りたい!

 そんな不可能な夢物語を心に抱きながら、無数の階段ブロックを踏んでいく。

 俺がここで遅くなれば後方の人々に迷惑がかかってしまう。止まるわけにはいかない。

 すると、階段にもマグマが流れ込んできた。そのため、後方にいる人々も黒き悪魔の餌食になっていく。

 皆、すいません。助けられなくて!

 俺は心の中で謝罪した。この旅をしていると、罪悪感に見舞われる。それは不幸以外のないものでもない。

 浜辺に到着し、少し安堵したのもつかの間で、設置してある砂時計の砂はほとんど下に落ちていた。

 もうすぐで小島が出発してしまう。

「皆、時間がない。あの板橋を渡って小島の乗るんだ!」

「分かりました」

「分かったわ」

 俺はどんどん重くなる体を必死に動かしていった。しかし、体が硬直するかのような感覚は増し、スピードはますます遅くなる。

「神路、その体どうしたの?」

 メアリーに言われ、俺は自分の体を確認すると、さらに透明化していることに気がついた。もう地面が透けて見えるくらいの状態であった。

「分からないが、今はそんなことどうでもいい」

 しかし、体はより重くなっていく。

 俺たちは踏み板に足を乗せ、前進し続けた。

 もう少しだ。もう少しで助かる。

 マグマの波は浜辺までやってきている。そして、多くの人々はそれに飲み込まれている。もうどうしようもないのだ。

 そして、踏み板を超え、小島の地へと足を踏み入ることができた。土と草の木で覆われたこの島が動くのも時間の問題だ。すると、俺はその地に倒れこんでしまった。

「先輩!」

「神路!」

 俺の体は硬直し、透明化しすぎていて、今にも消えそうである。すると、俺たちのところへ天使たちがやってきた。

「君は無茶をする。言ったはずだよ。魂は疲労すると。それは肉体のあった時の疲労感とは別のものだ。もし、このまま動き続けていたら、君の魂は消滅していたでしょう」

「それを早く言え!」

 俺は天使たちのその傍観者的態度に腹が立っていたが、大声を出す体力は残っていなかった。

「この島が出航し、次の陸につくまでには時間がある。その間に体力は自然と回復するから心配することはないでしょう」

 それだけ言って、天使たちはその場を去ってしまった。

 俺は仰向けに倒れながら、空を眺めると、空から光が失われる光景を目の当たりにした。

「時間だ!」

「え?」

 すると、小島に大きな振動を感じた。この島の出航がついに始まったのだ。しかし、まだ、島に乗っていない多くの人々がいるにもかかわらずだ。

 島と踏み板は徐々に離れていき、陸へ飛び乗ってくる人が増え、そして距離が完全に離れてしまった。

「待ってくれ!」

 取り残された人々は海に入って泳いで渡ろうとしている。

「駄目だ! 海へ入っては・・・・体力の消耗で死んでしまう」

 俺は上体だけ起こした。

 小島とメアリーはぎりぎり陸につかまっている人々を救い上げた。その姿は俺と同じように透明化し、今にも消えそうであった。

 俺は錘のような体で海へと近づいていく。すると、浜辺では黒きマグマが流れ込み、そのマグマから身を守るために海に入る人々や木に登って非難する人々もいた。砂時計の砂は完全に下に落ちきっている。

 泳いで俺たちに追いつこうとしている人々が次々と透明化し、消えていく姿を俺たちは見てしまった。

 あれがこの世界での『死』だ。完全な無だ。

 しかし、その選択もいいのかもしれない。永遠の苦しみを味わうくらいなら・・・・

 今なら上野の気持ちがはっきりと理解できる。地獄で生きるより死して無になる。

 マグマの噴火は次第に沈静化してきたが、次なる試練が陸に取り残された人々に襲い掛かっていた。

 空からの光を失い、暗くなってきている中で悪魔たちが火山からやってきたのだ。

「悪魔が歩いている」

 景色が夕日が沈んだ暗さになっていたが、俺たちの視界ははっきりとしていた。もし、地球人のままであったなら、真っ暗で何も見えなかっただろう。しかし、そのような常識はこの世界では一切通用しないのだ。

 悪魔たちはゾンビのように浜にいる人々に襲い掛かってきた。木に登っていた人々はずり下ろされ、悪魔たちにつかまり、いずこへと連れて行かれる。その光景の繰り返しだ。しかし、悪魔たちは決して海には入らなかった。きっと、海の性質を知っていたからだろう。しかし、海に避難すれば魂は消滅する。どちらにしても悲しい結末しか残っていない。

 俺は少しであったが、体力がわずかに回復し、立ち上がることができた。

「大丈夫?」

 メアリーが俺を心配してくれた。

「大丈夫だよ。問題ない」

 俺は浜辺で起こっている光景を目にしなければならないと思っていた。その義務感はどこからわいて出てきたのかは分からなかったが、そうしなければいけないと悟っている。

 すると、一人の白人女性が悪魔たちから逃れ、海に入っていく。両手を神にでも祈るかのように目をつぶっていくその女性は死を受け入れたかのような顔をしている。

 諦めの境地というべきか? その女性の身体は、底が高くなっていく海へと沈んでいき、そして、ついには顔が見えなくなっていた。 

 俺たちにとってその女性が陸で見た最後の人間であった。そして、ついに陸との距離が離れ、見えなくなってしまった。

 悲しみだけが漂う風を俺たちは感じ取っていた。

 そんな俺たちの気持ちなど一切考えてはくれないこの島は進んでいく。巨大な船に乗っているようで、波によるゆれを感じる。

 俺は大の字になって地面に仰向けになった。右手を見ると、まだ透明化している。しかし、次第に回復すると天使たちは言っていたので若干の安心感を持っていた。

 空は黒光りし、きれいな星がいくつも流れていた。

「この世界にも星はあるんだな」

 俺は小島とメアリーに言った。悲しみと絶望感を拭い去るためである。

「そうですね」

 いつもの高いテンションの小島は小さな声で言った。

「私のせいよ」

 体育すわりをしながら、海を眺めているメアリーが言った。

「私があの時、展望台の望遠鏡の見に行こうって皆に言わなければこんなことにはならなかったのよ」

 メアリーは自分を責めている。

「メアリーは悪くない」

 俺は元気よく言ってみたが、効果はなかったようだ。

「私は罪人よ。死ぬべきだわ」

「もう死んでいるじゃないか。気にするなよ!」

 しかし、俺の言葉はメアリーには届いていないようであった。そして、メアリーはどんどん俺たちから離れ、海沿いに近づいていく。

「私は罪を償わないといけないわ」

 そう言うと、メアリーは小島の丸太とロープでできた格子をまたいだのだった。

「メアリー止めるんだ!」

 俺はメアリーが自殺しようとしていることに気がついた。もちろん、小島も同様である。

「来ないで! 私は皆を見殺しにしたのよ。神路にまで危険な目に遭った。私は天国に行く権利なんてないわ」

「メアリー、君に責任があるなら僕にだってある。望遠鏡の存在を教えたのは僕だ。君が死ぬって言うなら僕も死ぬ」

 そういうと、小島も格子まで移動した。

「何考えてるのよ!」

「君が死ぬなら僕だって死んでやる」

「それ、脅しているの?」

「そうだよ」

「馬鹿じゃないの!」

 体が重い。疲労が残っており、大声を出せない。

「あなたは何も悪くないわ。全部私の責任よ!」

「自分ばかり責めないでよ。メアリーはよくやったよ。だから、神路先輩が戻って教えてきてくれたんじゃないですか。魂が消えるのを覚悟で。その行為を無駄にすることです。メアリーがやろうとしていることは」

 小島よ。よく言った。

 しかし、声が出ない。そして、俺はまた倒れこんでしまった。

「神路」

「先輩」

 まったく、情けない。二人を助けようとした結果、逆に助けられてしまうとは・・・・

 二人は俺に寄り添ってきた。

「ごめんなさい、神路」

「先輩」

「まったく、俺に無理をさせるなよ。努力するのは嫌いなんだからさ」

「私たちのために戻ってきてくれるなんて・・・・・神路もいいところあるんだから」

 メアリーは涙目になりながら、言った。

「泣くなよ。柄じゃないだろう。気色悪い」

 すると、メアリーが俺の左わき腹にパンチを食らわせた。

「私の涙を返しなさいよ」

「流したものは返せないよーだ」

 良かった。いつものメアリーに戻ってくれている。

「しかし、先輩が戻ってくるなんて本当に驚きました。見直しましたよ先輩」

 小島も通常のテンションに戻っていくようであった。

「そりゃ、時間制限がなければ無視したよ。お前たちを」

 俺はいやらしい笑みを浮かべて言った。

「うわ、やっぱり最低」

「そういう人なんですか、見損ないました」

 冗談交じりで二人から叱責を食らった。

 しかし、無視した可能性はゼロではない。俺は冗談交じりな言い方で言ったが、純粋な真実を述べたに過ぎない。

「俺は死にかけているんだ。少しは労われ!」

 俺は偉そうに言った。

「先輩、そんなこと言うとあの話をしますよ」

「あの話って?」

 小島はにやつきながら言った。

 まさか・・・・堤や石間の話か・・・・

「待て、小島。早まってはいけない」

「ねぇ、教えてよ。小島!」

 メアリーはすっかり笑みを取り戻している。

「先輩はここでゆっくりしていてください。僕たちはこの動く島を探検しながら、先輩のあんな話やこんな話をしちゃいますから」

 すると、小島とメアリーは仲良くいずこへと消えていった。

 何が島の探検だ。メアリーと二人っきりになりたいくせに。そういうのはデートって言うんだよ。と言ってやりたかった。しかし、体の回復なくしては何も行動できない。

 俺は上体を少し起こし、浜辺があったであろう場所をひたすら眺めていた。島が進むために海の水が波打っている。その光景は小学校時代に見た遊覧船に乗ったときと同じ景色だ。


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