旅の終わりと天国の始まり
俺の目に映っていたのは多くの天使たちだけであった。
「まさか、この試練をクリアするとは思わなかった!」
「本当に久しぶりだ!」
天使たちは驚きを隠せないようであった。
「あの~ すいません。他の皆はどうなったんですか?」
小島や他の人の姿が見えない。
「あそこだよ」
天使たちは指を俺の後方に向けたので俺は後ろを振り返った。そこにはプレイハブのような建物があり、ガラス窓が設けてある。その中を覗くと大勢の人たちが立っていた。しかし、意識は夢の世界に行っており、ただ立っているだけだ。
「皆、目覚めろ!」
俺はガラス窓を大きく叩いたが割れることはなく、しかも音が響かない。仕方がないので俺は扉に手をやったが、開かない。
「無駄です。その扉は内側からしか開けることができません」
「そんな、皆、小島!」
俺はドアを何度も開こうとしたがびくともしない。俺は再びガラス窓に目を向けると、立っていた人々が透明化し始めたのだ。
「この空間は魂を疲労させます。願望という名の夢から覚めなければ、魂は消滅します。それが最後の試練。願望の館なのです」
「願望・・・・」
俺は小島を見ている。小島はとても楽しそうな笑みを浮かべている。とても幸せな夢を見ているのだろう。
次々と夢に溺れ、消えていく魂の中で、小島はまだ透明化が進行しているだけだ。しかし、このままでは共に天国へはいけない。
俺は天使たちに懇願した。
「救える方法はないんですか?」
「外からの干渉は不可能です」
天使は冷たく言い放った。
これでは小島の魂が消えてしまう・・・・・
すると、俺の目に茶色の望遠鏡が映った。
「あれは何ですか?」
「あの望遠鏡は他者の心を覗くことができます。彼らの夢や願望を見ることができるでしょう」
俺はすがるようにその望遠鏡に向かい、手に取った。そして、目を望遠鏡の中に入れた。
そして、俺は小島に向かって、彼の心の中を覗きこんだ。
すると、その場所は地球という設定で小島が歩いている。そこはどこかの海岸だろうか?
そして、小島といっしょに歩いているのは俺とメアリーの二人である。
これは・・・・どういうことだ。
その後も、彼の夢の世界を見ていたが、ただ旅が続くだけの物語。そして、俺はようやく理解したのである。
小島はこの半死世界の旅こそが願望であったのだと。俺とメアリーの二人でただひたすら旅を続ける。これが彼の願望・・・・・
すぐにでも叶いそうな夢が小島の願望だった。しかし、そのバランスをメアリーが壊したのだ。あの時、メアリーが天使になる道を選ばなかったら、小島はこの夢から脱却できたかもしれない。しかし、メアリーがいなくなったことで、この旅の楽しみが半減した。その心の隙間を埋めたのが、この『願望の館』なのだ。彼の心からの望みは俺とメアリーとの旅。しかし、もうそれは叶わない。叶う方法は虚構の世界しかないのだ。
俺は望遠鏡から目を離した。
小島、これがお前の選択なら俺はそれを受け入れる!
しばらくして、小島は完全に消滅した。
「天国への旅はこれで終了となります」
俺は悲しみを再び背負いながら、天使たちに囲まれている。
すると、俺の正面から虹色に光る四角形の立体映像のようなものがでてきた。
「この光の中が天国です」
そんなことを言われても、いまいち実感が起きない。
「あなたたちはその世界に入れないんですか?」
すると、黒人の天使が四角形の光に触れようとすると、光がそれを拒絶するように天使を吹き飛ばした。
「見ての通り、我々では駄目なのです。この旅を乗り越えた『人間』のみが許された扉なのです」
この光の中に入れば、すべての答えを得られる。天国とは何なのか? その答えがついに分かる時がきたのだ。
メアリーや小島、上野や長宮さんたちがなし得なかったことを俺はついにやり遂げた。しかし、その代わりに多くの悲しみを背負わされる結果となった。だからこそ、その悲しみを背負い、無駄にしてはいけないのだ。
そして、俺はその光の中へ入っていった・・・・・
気がつくと、そこは草原であった。もちろん、草原だけではない。大木や田んぼ、畑など田舎にきたような風景であった。そして、俺の前を数人の子供たちが走りながら、追いかけっこをしている。
「何だ? この世界は」
どこを見ても、ここは地球だ。俺はまさか生まれ変わってしまったのか?
俺は自分の腕や足を確認した。確かに見覚えのある手足だ。
しかし、それだけでは確信が持てなかった俺は自分の顔が見たくなったので鏡がないかを確認したが、なさそうであったので、水辺の辺りまで走っていった。
近くにあった田んぼに自分の顔をのぞかせると、確かに俺の顔が底にあった。
何が何だか分からないが、少なくとも俺は俺のままだ。生まれ変わってはいない。
けれど、この世界が何を意味しているのかがまったく理解できない。
「戸惑っているようだね。神路君」
見知らぬ四十代くらいの長髪、欧米系の男性が俺に話しかけてきた。
「あなたは?」
「私は新人を導くことを使命にしている者です」
「新人?」
「このセカンドーアースに来たばかりの人間のことだよ」
「セカンドアース?」
一体何を言っているんだ。この人は?
「もう一つの地球のことだよ。いや、正確には地球を越えた第二の地球と言ったほうがいいだろう」
「超えているとはどういう意味ですか?」
「人間だよ」
「人間?」
「君は何のために数多くの試練を乗り越えてきたと考えている?」
「それは・・・・分かりません。すべてが疑問だらけだったんで」
「人間の選別のためだよ。神路君」
「選別?」
「そうさ。より完璧に近い世界を作るための選別の旅だったのだよ。それが、君が求めていた『答え』さ」
「俺たちがしてきた旅が人を選ぶためのものだった・・・・・」
それではあの旅はただのゲームだったのか?
「悩むのは無理もない。私もこの世界に着いたときはそうだった。どうして私だけが天国へ行けたのかと。君も同じ感情を持っているはずだ。自分よりすばらしい人間はいくらでもいたはずだ。けど、何で自分だけが天国、いやセカンドアースに来られたのかと」
この人に心を見透かされているようであった。
「あなたの言うとおりです。俺なんかよりもっと優秀ですばらしい人間はいたはずです」
すると、その男性はやさしい笑みを浮かべた。
「では、神路君の言う優秀ですばらしい人間とは何かね?」
「それは・・・勉強ができるとか、要領がいいとか、アイデアマンとか・・・・何か才能がある人のことです」
「それは君のいた地球の日本という国での話だ」
「でも・・・」
「この世界はそういった価値観を変えなければならない。いや、変えられるからこそこの世界に来られたといってもいいのかもしれない。まあ、それはいい。価値観の話に戻そう。では、仮に勉強ができる人間を例にしよう。とある男性は勉強ができ、要領がいい。仕事の才能がある。それは確かにすばらしいことだ。けれど、それはその男性のごく一面にしかすぎないんだよ」
「どういうことですか?」
「私は、そういう人間の話を多く知っている。それは古き地球にいた頃より、この第二の地球に着てからよく理解したよ。この世界には古き地球を傍観できる望遠鏡がある。旅をしたならそのことは理解できるはずだ」
「あの望遠鏡のことですか。この世界にもあるんですね」
「ああ、そのおかげで私の知らない人間の本性を理解した。さっきの話に戻るが、その男性の一面しか見ていないと私は言ったね。その男性はその後、どういう生活を送ると思う?」
「それは、まあ高収入で結婚していて、大きな家に住んでいるというイメージですかね」
「そこは正しい。けれど、イメージはそこまでだよね。重要なのはそのイメージ以上のことを知ることなんだよ。その男性は確かに周りから優秀と歌われていた。しかし、それはあくまで表向きの話だ。彼は優秀なあまり、仕事ができない人間、勉強ができない人間をまったく理解できなかったんだ。仕事で失敗した部下を執拗以上にののしり、学歴で人を判断する人間だったんだよ。仕事が出来たために、家庭をないがしろにしてしまい、息子さんには勉強をさせ、過剰なプレッシャーをかける。その息子がどうなるかは君ならある程度察しがつくはずだ」
「しかし、それは一例にすぎない」
「一例だけならね。しかし、そういう人間を私は多く見てきた。人は自身で作った社会の中の価値観でしか物事を見ることしかできない。今の世界を見れば分かる。世界は一つになれず、感情と自己利益のために戦争を起こす。その一方では戦争を反対する人々がいる。しかし、彼らはなぜ戦争が起きてしまうのかを理解せずにただ戦争を否定するだけ。もちろん、戦争理由を知っている人も大勢いるが、結局何もできずに自身の生活を送るだけ。不完全すぎる世界の中で世界は変化し続けるが、一度でも完全な世界ができたことはない。だから、この世界では古き地球を超越する地球を作っている」
「この世界は地球を否定した地球なんですか?」
俺は荒い口調で言った。
「見方を変えるなら、この世界は、地球をリセットした状態であると言える」
「どういう意味ですか?」
「今の地球が不完全なのは、始まりが悪かったからだ。混沌とした状態で不完全な秩序が世界各地で作られ、不完全な世界が作られた。それを壊す方法として人類は『戦争』という秩序を破壊する手段を思いついた。そう考えれば、ある意味で戦争という行動、考え方は正しかったのかもしれない。しかし、戦争は新たな戦争を引き起こし、そして多くの悲しみが生まれる。そのために人類は戦争を否定し、民主主義という新たな価値観を生み出した。日本人の君なら理解できるだろう。しかし、民主主義も限界の時が来ている。選挙のことしか考えない政治家しかいない中での民主主義はもはや民主主義ではない。そのような人間たちはある意味で不要の産物だ。その手段として『戦争』がある。しかし、争いを否定する世界へと変貌した日本ではそれは行われない。結局、不完全で理不尽な社会を変える術を知らず、生きている。もちろん、これもまた一例に過ぎない。戦争を肯定するつもりもない。私が言いたいのは、地球を変えることではなく、人間を変えることこそが必要なのだということだ。独裁主義は歴史を見ても滅びを産み、民主主義は正しき変化を停滞させてきた。それはすべて『人間』が悪いからだ。一度作られた秩序を元に戻すことは今の地球人類にはできない。また、互いの秩序を肯定することもできない。これでは不完全な世界のままだ。重要なのは始まりなのだ。そのために、この第二の地球が生まれ、完璧な世界を作っている。秩序を乱す人間は死後の旅で選別され、この世界を安定した状態で保てる人間を選んできた。それがこの世界の存在理由だ」
「それなら、なおさらおかしいですよ。俺の友人二人は少なくともまともだった」
「メアリーと小島君のことかね?」
「そこまで知っているんですか?」
「それが私の使命なのだ。失礼なことをしているとは自覚している」
この男性からは悪意を感じない。しかし、考え方がどこか危険なにおいがする。
「あの旅の試練が理解できていないようだね。私もそうだった。選別するための試練なんて鬼畜だ。それは私も認めるよ。しかし、そうしなければこの世界は崩壊する。セカンドアースはファーストアースになってはいけないのだ。仮に秩序が乱れればやはり、『戦争』という手段を使うかもしれない。そうなれば、ファーストアースの似のまえだ。それだけはさけなければならない」
「しかし、それとメアリーや小島のリタイヤは関係ありません」
「本当にそうかな? 例えばメアリー。彼女は自ら天使になる道を選んだ。それは多く人を天国へ導きたいという理由からだ。しかし、残念だけれど天使にそこまでの力は備わってはいない。彼女は天使になって試練から多くの人を救い出そうと考えたのだ。けれど、天使にはそれができないんだ」
「では、彼女が選んだ選択は間違っていたんですか?」
「結果的にはね。しかし、仮に天使になっていなかったとしても、願望の館で魂が消滅していただろう。彼女は自分勝手な正義感が強すぎるんだ。その欲望は周りを不幸にする。君だってつり橋の一件で身にしみたはずだ」
「確かに・・・・・」
「身勝手な人間は同時に自己欲望が強いのだ。そんな人間は願望の館を抜けられない。それが善人であってもね」
理解できるようなそうでないような・・・・・・俺は非常に混乱している。
「では、善人はこの世界にきてはいけないんですか?」
「この世界には数多くの善人だけがいる。しかし、この世界の善人と君の言っている古き価値観での善人は違う。では、メアリーは本当に善人だったのかな? 君を危険にさらした彼女は反省の色一つ見せなかったはずだ。ある意味でエゴの強い悪人だよ」
「悪人が旅をクリアしてしまうことだってあるんじゃないですか?」
「マイケル・コスナーのことを言っているんじゃないかい?」
「そのとおりです」
すべてお見通しというわけか・・・・
「彼は移動島の悪魔の海で転落した。もし、彼が仮にあの場所をクリアしていても結局願望の館には勝てない。それを乗り越えられる人間は『正しき信念』を持った人間だけだ。その点で、善人だと思われている小島君はそれにかけていた。彼は悪人ではない。それは分かる。しかし、悪人ではないから善人という考えは決して正しくはない。彼が旅をこなせたのは単純に君とメアリーとの旅を楽しんでいたからさ。本来の趣旨は天国へ向かうことだ。しかし、彼は地球での生活からわずかながらの『心の歪み』ができてしまった。だから、願望に負けたのだ。心の歪みはこの世界には必要ない。ましてや、本当の意味で善人ではない。神路君が最後の試練を乗り越えられたのは『受け入れる広い心』があったからだ」
「どういう意味ですか?」
地球に住んでいた頃の俺はたいした趣味も持たない駄目人であった。そんな俺が広い心の持ち主? その理屈はおかしい。
「メアリーの狂った行動に対して君は危険を冒して助けに行った。それに小島君の願望を素直に受け入れた。それは地球の人間たちにはできないことだ」
「けれど、俺はどうしてもマイケル・コスナーだけは好きにはなれなかった」
「当然だよ。彼まで受け入れられるようならそれは本当の意味で心の広さではない。すべてにおいて大切なのはバランスなのだよ。君はそのバランスをもった心の持ち主だ」
「まだ、納得できません。俺は地球にいた頃、駄目人間でした!」
大きな声で自分を駄目人間と言ってしまい、恥ずかしくなった。
「それはあの地球での社会の中で好きなものが少なかっただけだ。あの世界の社会システムに適応できないから駄目な人間というのは間違っているよ。それにこの世界ではそういった人々も大勢いる。神路君はただ、あの社会で目標を見つけられなかっただけだよ。それだけのことさ。自分を責める必要はない」
「そんなことを言われたって・・・・・」
「時間はいくらでもある。私だって受け入れるのに時間がかかった。しかし、君なら私よりも早く、この世界を理解できるはずだ」
そして、俺はこの男性にこの世界を案内されることとなった。
こうして、俺の天国への旅は終わったのだ。旅の試練の目的を知り、戸惑い、多くの仲間や過去との悲しみを背負い続けながら、俺は新たな世界で前に進む。それが俺にとっての新たな旅の始まりなのだから・・・・・




