幸せは一瞬の幻
「かーみじ。起きなさいよ」
「ん? ああ、もう授業が終わったのか?」
高校の制服をきて、授業中に居眠りをしてしまった俺は堤に起こされた。
「ったく。だからお前はテストで俺たちに勝てないんだぞ」
天然パーマの石間に馬鹿にされ、俺は少しムッとなった。
「余計なお世話だよ。それに眠くなる授業をする先生に問題がある」
俺は笑みを浮かべながら、他者に責任を押し付けた。
「さあ、もう放課後だから同好会に行くぞ!」
「同好会?」
「おい、寝ぼけてるのか? ペットボトルを飛ばすんだよ。近いうちに大会があるからそれに備えて河川敷で飛ばす約束だろ!」
そうだった。俺は二人といっしょに同好会に入ったのだ。先輩たちは名前だけで実質活動をしているのは俺たち三人だけ。それで、インターネットや参考書を利用して俺たちなりのペットボトルロケットを作ったんだっけな。どうして、そんなことを忘れていたのだろうか? 俺は」
「じゃあ、河川敷に行くぞ!」
俺は偉そうに言ったが、堤にそれを否定された。
「その前にロケットや他の道具を部室から持っていかなきゃならないでしょ。まったく、かーみじは天然なんだから」
「こいつの頭ほどじゃねーよ」
俺は石間の頭を指差した。
「余計なお世話だ。DNAがそうなっちまってるんだからしょうがねーだろ」
俺たち三人は教室を後にし、部室へと向かった。その途中で堤があることを言い出した。
「そういえば、もうすぐ期末テストだけどまた五千円ゲームやる?」
その言葉に俺はびくついた。
「もちろんさ。神路におごらせねーとな」
「こっちはポケットの中がジリ貧なんだよ!」
このくだらない会話が俺にはとても新鮮で楽しいものであった。いつもの出来事のはずなのに妙に懐かしさを感じる。
「それは、かーみじがちゃんと勉強しないからよ」
堤から叱られ、俺は妙に心がときめいた。
好きな女子から相手にされている。この幸福はまさに青春だ。そして友でもある。俺は今幸せである。こんなに楽しい時間が永遠に続けばいいと思ってしまう傲慢な自分がいる。俺たち三人にとって、この時間は特別でとても大切な時なのだ。
「ペットボトルの材料費だってほとんど俺と堤持ちだったんだ。次からはがんばってくれよ」
「なら、テストで赤点取ってくれ。そうすれば、俺だって少しは金がたまるさ」
「何それ。最低。赤点取ると、再テストしなくちゃならないし、最悪留年よ」
「なら、それで」
俺はふざけて言った。
「貴様の性根はどこまで腐っているのだ。神路。神の道の名を得ているくせにお前というやつは」
「神の言うことは絶対だ。ははは」
馬鹿会話である。しかし、この年頃には許される会話でもある。友人同士の会話とはそういうものであり、これは若さでもある。
「何が神様よ。あなたは神の道に反れたまさに外道よ」
堤からの強い突っ込みは見事であった。
「外道だと。この俺が!」
「この俺言うな」
石間から注意を受けた。
部室に着くと、そこには何台かのペットボトルロケットとペットボトルを作る時に生まれた破片の数々、インターネットで調べたペットボトルの資料などが散乱していた。
「う、汚ねぇ!」
俺は本音を大きな声で言った。
「かーみじ、イッシー、昨日私用事あるから掃除よろしくって言ったわよね?」
堤からの怒りが伝わってくる。しかし、そういうところがまたかわいい。
「いや、俺はちゃんと掃除しようと思ったんだぜ。けど、神路が話しかけてきて邪魔したんだよ」
石間はすべて俺のせいにして難を逃れようという考えだ。そうはさせない。
「違うんだよ。堤。俺は片付けられない病気にかかっているんだ。それを石間は理解してくれないんだよ」
「二人とも、何馬鹿なこと言っていんのよ。さっさと掃除しなさい。河川敷でロケットを飛ばすのはそれからよ!」
「は~い」
俺と石間は普通に観念して、ロッカーから箒とちりとりを取り出した。
「神路が昨日掃除を妨げたからこうなったんだからな!」
石間からまだ言い訳が聞こえる。
「人のせいにするなんて。石間君。君は最低だな。数少ない友人として失望したよ」
ふざけて言ったが、事実俺が話かけたので掃除をするのが面倒になったのが本当の所だ。それに事実上、俺たち三人だけの同好会で、しかもこの部室は他の生徒には使われない。そういう油断と甘えが今の現状を作ってしまったのだ。
「『数少ない』と『失望した』言うな!」
石間は箒で俺を叩いてくる。
「これ以上、この俺を失望させるな。石間君。えっへん!」
「神路。俺を馬鹿にしやがって。今度分からない問題があっても教えてやんねーからな」
石間から痛い一言を言われた。
「それは酷いぞ。俺が成績でもジリ貧なことを知っておきながらこの仕打ち。石間の鬼畜、鬼、悪魔、人でなし、ハイエナ、不細工、天パー」
「おい、余計な言葉は多数入っていたぞ!」
こんなことをしているのだから、掃除が進むはずがない。見かねた堤から攻撃を受けるはめになった。
「何やってんのよ。早く掃除しなさいよ!」
長箒を持った堤が俺と石間の尻を叩いてきたのだ。
「おい、堤。俺たちはそういう趣味はないぞ」
俺はついSMネタを口にしてしまった。
「もう、いいかげんにしてよ!」
堤の口が膨らんでいる。その姿に俺はまたかわいいと思ってしまった。
その後はまじめに掃除をした。ペットボトルの切れくずが大量に机と床に散らばっているのを俺と堤が集め、小島がちりとりで回収し、ゴミ箱へ入れている。
「三人で掃除すると早く終わるな。ははは」
俺は空気の読めないことを言った。
「かーみじが一人暮らししたらきっとゴミ屋敷よ」
堤の突っ込みに石間が対応した。
「いや、ゴミ屋敷の住民すら恐れるゴミ屋敷ができあがるぜ!」
「お前ら。俺を馬鹿にするな」
「だって、かーみじの部屋ってかなり汚いじゃん」
「あれは酷い。ゴミ屋敷の素質があるぜ!」
二人からいじられているが、事実俺は片づけが苦手だ。決して病気とかそういうのではなく、面倒なのだ。だから、余計に駄目人間なのだ。
「そんな素質があってもちっともうれしくないぜ!」
十五分かけて、掃除を何とか済ませた。
「ああ、疲れた。学校で二度の掃除は堪えるわね」
「まったく、誰のせいだか?」
俺はまだふざけている。この二人といると、本当に楽しいのだ。
「お前だよ!」
二人から同時に言われた。
「すいません・・・」
その後、俺たちは掃除用具を片付け、自分たちで作ったロケット計3つを用意した。
本来は大会用にペットボトルロケットを一つ作るが、俺たちは生まれて初めて作ると言うことで個人別でペットボトルロケットを作ることにしたのだ。
一番出来の良かったのは石間だ。インターネットや本を誰よりも情報を集め、大量のペットボトルをかき集めてきた。そして、四つの羽の作りや取り付けも事細かに作り、誰よりも時間をかけていた。
石間は全体透明に青い羽を突け、青のポリエチレントップが装着された若干一メートルのペットボトルロケットはまさに完成度ナンバーワンだ。しかし、実際に飛ばしてみなければ分からないのが科学というやつだ。
堤の作ったペットボトルロケットは石間ほどではないがある程度の完成度を保っている。色は全体ピンク色で一番派手だ。また羽が石間のより二周り大きい。羽というよりはスカートと言った感じだ。
そして、俺の作ったペットボトルは石間たちの二分の一のミニサイズだ。赤いテープを強引に巻きつけ、ポリエチレントップも赤。しかし、明らかに水の容量が少なく、一番飛距離がないものになっている。羽も赤テープでバランス悪く撒きつけている。
今回の俺のテーマは『個性』を出すことであった。それで、大型なものではなく、少しひねくれて小型で時間もかからないものを作ったのだ。最大限に楽をしたかったので羽も二つだけにしてある。
しかし、石間が多くの材料を集めてくれたおかげで三体とも同じ白いノズルキャップを取り付けており、発射台も市販のものを一台購入した。空気入れも用意しており、発射台に取り付けられたスイッチでロケットが飛ぶ。
河川敷で飛ばすのでバケツさえあれば水不足の心配はないが、川に落ちてしまう可能性はあったが、平地と川の距離がそれなりにあるので問題はないはずだ。
ペットボトルロケットを本来は学校内の校庭で行うべきなのだろうが、あいにく数多くの部活動が使用している上に、俺たちは同好会でもあり、使用するべきではないと判断したのだ。
それに、河川敷はあまりに広く、草と橋以外には何もないので非常に人気がない。俺たち三人は趣味が合っていたのか、そういう所が好きでよく三人で河川敷の芝生に根っこがり、空を眺めるのが楽しくてしょうがなかった。
俺たちは自然が好きなのだ。夏休みは三人でどこか旅行をしたいと思っている。宿題を早く済ませ、フェリーに乗って自然の多い北海道なんかに行って見たいとよく話している。
男二人に女一人の旅ではあるが、それだけ信頼感があるのだ。しかし、ペットボトルロケットの大会にも出たいのでどうなるかは分からない。
「神路、自分のロケット持てよ」
石間に促され、俺は自分の赤きロケットを手に取った。
う~ん、とても小さい。しかし、このシンプルさはとても気に入っているので、壊さずに取っておきたい。いい青春を送ったという思い出として。
「バケツと発射台は持ったし、忘れ物はないわね」
堤の言葉に俺と石間は部室を眺め、問題ないことを確認すると、部室のドアを閉めた。
廊下を進み、下駄箱で靴に履き替え、荷物を自転車小屋のある各自転車のかごに入れる。それに入らなければ、片腕でハンドルをコントロールし、学校を後にする。
校庭では数多くの部活動が必死に練習をしている。やりたいことを時間の許す限り行い、青春を謳歌する。この時間は高校三年間でしか得られない特別な時間だ。だから、俺も高校でできることをするつもりだ。
しかし、三人で自転車をこぎながら、おしゃべりをし、進んでいく。これだけでも幸福で楽しい時間だ。何かものを楽しむにはやはり、誰といっしょにそれを楽しむかが重要なのだろう。人間関係。これが人生のキーだ。
そんなことを考えながら、俺はこの楽しい時間を過ごしている。そして、目的地である河川敷へとたどり着いた。
「さあ、準備するわよ。かーみじ、バケツで水くんできて」
「りょーかーい」
俺は文句一つ言わず、水を汲みに川へと向かった。その間、二人はロケットの発射準備をしている。
川にたどり着くと、水があまりに透き通っているので驚いてしまった。普段は遠くから川の流れを見ているので気がつかなかったのだ。
「きれいな水だなぁ・・・・」
俺はその水の中にバケツをいれ、水を確保した。そして、こぼさないようにゆっくりと運んでくる。
「かーみじ、遅いわよ」
「早く持って来い!」
二人からの嫌がらせの言葉が飛んでくる。
「だったら、手伝え!」
しかし、誰も手伝ってはくれず、結局一人で運ばされたのであった。
「さあ、準備も出来たし、最初に誰のロケットを飛ばす?」
堤の言葉に石間が手をあげた。
「俺、最初がいい」
「じゃあ、次私ね」
「結局、俺が最後か・・・・」
まあ、いいか。
周りに人が誰もいなくなったのを確認し、石間のロケットに水が投入される。そして、容量の半分ほどの水が入った所で、今度は空気入れを用意し、ロケットに投入している。
「ファイト、石間」
力をこめて空気入れを行っている石間を俺は茶化した。
「神路め、ロケットが小型だから楽しようとたくらんでいるな」
「よく分かっているじゃないか。さあ、がんばって空気入れに励みなさい」
「見てろよ! 俺のロケットの華麗なる飛翔を」
やっと、生のペットボトルロケットの発射が見られる。
俺たち三人は噴射時に発生される水しぶきを避けるために発射台から離れた。石間は発射台に取り付けられている発射ボタンを手に取り、いつでも押せるようにしている。
「何か緊張するな」
俺は緊張と興奮が入り混じった感情に満ちていた。それは堤と石間も同じであった。特に、石間は緊張している。
「いくぞ!」
俺は息を呑んだ。
そして、石間はトリガーを引いた。その瞬間、大量の水がペットボトルロケットのノズルから噴出し、地面に飛び散った水が俺たち目掛けて襲ってきた。俺たちはそれに驚き、後ろに体をそらしたが、眼はロケットに夢中であった。石間のペットボトルロケットは上空に打ち上げられ、舞い上がっていった。理想とした軌道上を描き、虹を渡るような角度で安定した状態で飛んでいく。俺が予想した以上に飛んでいった。
しかし、メジャーを持ってくるのを忘れたために正確な距離を測ることができなかったが、五十メートル以上は確実に飛んだであろう。初めてにしては非常に上出来だと思う。
俺たち三人は墜落したペットボトルに向かって進んでいった。
「かなり飛んだな。俺結構がんばったしな」
「運が良かったのだよ。石間君」
俺はふざけて否定した。
「お前のロケットよりは確実に飛ぶさ」
「確かに・・・・」
「でも、初めての発射でここまで成功するなんて最高ね。『天国』まで飛んでいくんじゃないかと思ったわ」
天国・・・・・・何だ? 何か大事なことを忘れている・・・・・思い出せない? それとも思い出したくない? 一体何だ。このもやもやとした感じは?
そんな漠然とした疑問と不安を抱えながら、俺は二人とともに墜落したペットボトルロケットに向かい、たどり着いた。
「結構飛んだな。大会用のロケットもこれでいいんじゃないか?」
石間が調子に乗っている。
「まだ、一機のこってますけど?」
堤が突っ込みを入れた。
「おい、一機って何だよ。二機だろニ機!」
俺のロケットは完全に無視されている。
「ああ、あのおもちゃの。忘れてた」
堤に馬鹿にされている。
「お前・・・」
石間のロケットを回収した後、堤のロケットの発射準備が行われた。
「次は私の番だわ。何だか楽しみ」
「そううまくいくかな?」
俺は好意ゆえの幼稚で意地悪な言葉を言ってみた。
「わあ、冷たい。あなたの器量を反映されたロケットよりは飛びます」
「器量って何だよ。まるで俺が小さい人間とでも言いたげだな」
「よく分かっているじゃない」
「神路もようやく自分の愚かさに気がついたようだな」
石間からも馬鹿にされている。
「俺のロケットをなめるな!」
といっては見たものの、俺のロケットはまさに俺の心を表していた。
「かーみじのロケットなんてどうでもいいわよ。今から発射するわよ」
それを知った俺と石間は急いで堤のペットボトルロケットから離れようとしたが、時すでに遅く、堤は発射台のトリガーを引いた。そのため、発射時の水しぶきを俺と石間は勢いよく浴びてしまった。
「堤! やりやがったな!」
しかし、堤の顔は上空に飛んでいるロケットに向けている。
「角度が悪かったな。堤」
角度が高すぎたためか、堤のペットボトルロケットは高く舞い上がってはいたが、水平距離が出ていなかった。
背伸びをしただけかと俺は油断していると、突然予想外なことが起こった。堤のペットボトルロケットが真っ二つに割れたのである。
俺は驚いてしまった。
すると、ペットボトルの片方からパラシュートのようなものが出てきて、ゆっくりと落下してきている。
「やったー。うまくいったわ!」
「本当だ。すげぇ!」
二人は喜んでいる。
「おい、俺は聞いていないぞ。あんな隠し玉があったなんて・・・・」
「イッシーに教えてもらったの。だから、イッシーはあくまで飛距離だけを狙ったロケット、私はパラシュートがでるロケットを作ったのよ」
「全体がピンク色に染まっていたから内部構造がほとんど分からなかった。なぜ、俺には話さなかった?」
「後で驚かしたほうがおもしろいでしょ。それに、かーみじは何やってもいいかげんなんんだもん」
「そうそう!」
はぶられたとはまさにこのことだ。しかし、どこか爽快で興奮している自分がいる。
パラシュートのロケットが落下した場所へ俺たちは向かった。
「かーみじは割れたもう一つのペットボトルを回収してきて!」
「おい、俺はパシリじゃないぞ!」
と言われつつも、好きな女の子には逆らえないのが男というものだ。俺は言うことを聞いて、ペットボトルを回収した。
「さあ、見せてもらいましょうか。かーみじのロケットの実力を」
堤が意地悪に言う。
「さあ、神路。俺の記録を超えてみろ!」
石間からの挑発に燃える俺。しかし、分かっていた。奇跡など起きない。物理的に不可能なのだ。今重要なのは『楽しむ』ことなのだ。あらゆる意味において。今しかできないことなのだから。
俺は小型のロケットをセットし、水と空気を入れる。容量の関係で空気入れは誰よりも短く終わり、後は発射するだけであった。
「さあ、見せてもらいましょう」
「神路、君の実力を見せてくれ!」
「見せてやろうじゃないか。俺のロケットの性能を。いざ、発進せよ!」
そして、俺はトリガーを引いた。
すると、ロケットは上空どころか低空をらせん状に不安定な状態で飛んだ。というよりロケットランチャーのミサイルを発射したような感じであった。しかも、すぐに芝生に落ち、勢いだけで草との摩擦を発生させながら進んでいる。
「おい、あれじゃあ話にならないぞ」
「かーみじの成績のようにすぐに落ち込んだわね」
誰も同情してはくれない。
「うるさーい。たまたまだ。もう一度やらせろ!」
その後も何回発射しても結果は同じであった。俺のロケットは飛ばない。それが物理の答えであった。石間や堤のロケットも数回飛ばし、ペットボトルロケットの発射会は終了した。
俺たちは道具を片付け、河川敷の坂になっている所で仰向けで倒れこんだ。
「いや、楽しかったな。次はもっと遠くに飛ばしたいぜ」
石間は満足らしい。
「大会用のロケットを作らなくちゃね。皆で」
堤が大会への意気込みはすさまじい。
「これで思い残すことはないや」
俺は二人には理解できないことを言った。
「神路、何を言っているんだ?」
「ここでお別れだよ。君たちとは」
「かーみじ。意味が分からないんですけど?」
分かるはずはないさ。この世界は俺の願望でできた虚構の世界。ある意味で天国だ。俺はきっと、プレハブにいるのだ。ここは地球じゃない。最後の試練の世界だ。
俺は立ち上がり、沈む夕日を見た。
もっと、この世界にいたい。二人や家族といっしょにいたいがそれはできない。俺はもう死んでいる。前に進むしかないのだ。
「二人とも今までありがとう。これで思い残すことはないよ」
「何言っているのか分からないわよ!」
「そうだぜ、ちゃんと説明しろ!」
二人は涙目になっている。
「もう幻影は終わりだ。さあ、俺を元いた世界に戻してくれ!」
俺は空に向かって叫びだした。すると、周りの景色がガラスの割れるような感じで崩れていく。
やはり、これは最後の試練。俺たちに心の願望、すなわち幸せを見せてためしていたのだ。しかし、この試練だけは本当に幸せになれた。例え、虚構の世界であろうと。
世界の崩壊は同時に俺の悲しみを増大させた。そして、その崩壊は石間と堤にまで及んでいった。すると、堤が言葉を発した。
「まだ、間に合うわ。あなたが拒めばこの世界は元に戻ってまた青春をやり直すことができる」
その言葉はまるで悪魔のささやきのようであった。
「俺はもう死んでいる。もう終わりだ。だから、前に進みたいんだ!」
そして、二人の幻影が完全に崩壊すると、辺りは真っ白な光に包まれていた。そして、俺の目の前には茶色の扉がある。あの扉を開けば、この試練をクリアすることになる。
天使たちが言っていた『一番難しい』という意味が良く理解できた。
この空間は人の願望を映し出す。その願望に逆らうことは人間にとってもっとも難しいことだ。だが、俺にはそれができた。メアリーの前に進むという言葉に心引かれたからだ。
そして、俺はその扉を開いた。




