―第1️⃣0️⃣1️⃣話― 【カナダ短期留学⑤】息子、帰還——問われるのは、お土産。
カナダ・バンクーバーへ、短期ホームステイに行っていた息子。
無事に成田空港へ降り立ち、本日、九時頃には、地元の空港へ帰ってくる予定となりました。
本当に、いろいろありました。出発できずに、どうなることかとヤキモキした時間。その後、熊本で起きた、大きな地震。旅立った息子にメッセージを送っても、一向に返事のない日々。
その息子が、やっと、帰ってきます。
■ 女性陣の、予測
ところが。息子の不在をいいことに、妻と娘が、好き勝手に、彼を品定めしています。
「ねえ、お兄ちゃん、お土産、買ってくると思う?」
「あの子のことだからね。自分のものしか、買わないかもね」
……実は、息子には、前科があるのです。
■ 前科――長崎のカステラ
小学校の修学旅行。行き先は、長崎でした。
お小遣いを渡すとき、私は、社交辞令として、こう伝えました。
「修学旅行を、楽しんでおいで。お土産のことなんか、気にしなくていいから。自分の気に入ったものを、買ってきな」
親としての、配慮です。せっかく学友と楽しむ修学旅行。帰りを待つ家族のことで、あれこれ注文をつけるのは、野暮というもの。
でも……でも、ですよ。
お土産心というのは、日本人の魂です。
ふと立ち寄った、カステラ屋さん。道すがら見かける、土産物屋さん。
そこで、美味しそうなもの、可愛いものを見かけたら——「あ、これは妹に」「これは母さんが喜ぶかな」と、つい買ってくる。
そういうもの、でしょう。
息子は、見事に、裏切ってきました。
いえ、お土産は、買って帰ったんです。ただ——全部、自分の好物で、固めて。
唯一、みんなで楽しめそうなのが、カステラでした。が、それも、娘の嫌いなチョコレート味と、抹茶味。そう、初めから、自分だけで食べる気で、買ってきたものだったのです。
■ 実績――娘の場合
これが、娘だと、話が違うのです。
いえ、兄を反面教師にした、というわけではありません。息子の修学旅行より、ずっと前。小学校三年生の時のこと。当時通っていたスイミングスクールが主催した、地元の観光地への日帰りバス旅行に、娘は一人で参加しました。
そして、帰ってきた時。渡したお小遣いで、これでもかと、お土産を買ってきたのです。
自分のもの。家族一人ひとりへのもの。家族みんなで楽しめるもの。少ないお小遣いを、工夫に工夫を重ねて。それは見事な、お土産っぷりでした。
その実績が、ありながらの——兄の、あのお土産です。
この、輝かしい実績と、明白な前科。二つの証拠が、女性陣の頭から、どうにも離れないようなのです。
■ 起訴は、続く
このところ、「息子はどうしているかな」「便りがないのは元気な証拠だね」と話す、その締めくくりは、決まって、お土産の話になります。
「絶対、買ってこないよね」
「ちっちゃいメイプルビスケットだけ買って、『ほら、忘れてない』とか言って。あとは、自分のものを、ジャラジャラ買ってくるんじゃない」
もう、聞いている私が、息子を擁護したくなるほどの、口撃っぷりです。
そんな女性陣を横目に、私は、一抹の不安を抱えて、息子にメッセージを送り続けました。
「元気にしているか」
「困っていることはないか」
「楽しんでいるなら、いいけど」
そして。
「お土産、ちゃんと考えておけよ」
……返事は、ありません。
■ 帰国前日の、三連LINE
もう、諦めていました。
ホストファミリーと過ごす、最後の日。ふと、LINEの画面を見ると——息子から、メッセージが来ている。急いで、開きます。
「むっちゃ楽しい」
「ごめん、色々あってメッセージ送れてなかった」
「今日は山登りしてきた」
……いやいやいや。
元気なのは、分かった。楽しんでいるのも、よく分かった。しかし——肝心要のことは、果たして、理解できているのか。父は、そこが、心配なのです。
案の定、その三連メッセージを最後に、また返事は途絶え。そして今日、息子は、帰ってきます。
先ほども、娘が、言っていました。
「一人で散々楽しんできて、それでお土産まで買ってこなかったら。兄ちゃん、家に、入れないから」
……息子よ。大丈夫か。父は、本当に、心配だよ。
■ 父の、保険
カナダからの、お土産。
いっそ、近くの高級スーパーの、輸入食品コーナーへでも行って。メイプルシロップの一つでも、こっそり買って、用意しておいたほうが、いいのでしょうか。
そこまで考えて——はた、と気づきました。
こっそり息子の失点を埋めてやるために奮闘する私。
それは果たして、息子のためになるのかどうか。
もしかしたら、平穏な日々を私自身が求めているからこその、自分の保身ではないのか。
メイプルシロップの甘さは、息子のためでなく、私のためかもしれません。




