変化
柊は、体育祭の余韻が冷めやらぬうちに、受験モードへ完全にシフトした。
これまでやりこんでいたゲームのアイコンはホーム画面から非表示にし、通知もオフ。
夜中にコントローラーを握りたくなる衝動を抑えるために、机の上に参考書を山積みにして「触れない」ようにした。
勉強時間は毎日最低8時間、休日は12時間以上。
数学の偏差値はまだ60前後で足を引っ張るけど、総合偏差値は68くらいまで上がった。
塾の模試でA判定が出る回数も増えたけど、それでも毎回胸の奥に「これで本当に受かるのか…?」という重い不安が居座っている。
そんな中、息抜きは最初「バレー観戦」になるはずだった。SVリーグのスケジュールを確認して、録画を設定したり、リアルタイムでメモを取ったり。
でも、気づけばそれすら「瑶季と共有したい」ための手段に変わっていた。LINEの時間は、勉強の合間に訪れる唯一の「ご褒美」になった。
夜10時頃、瑶季から「今日の勉強終わった〜!柊くんは?」って来ると、疲れた体が一気に軽くなる。
バレーの話はもちろん、
「今日の数学、関数で詰まって死にそうだった…」
「私も! あのグラフの増減表、頭こんがらがるよね」
みたいな愚痴の共有から、
「瑶季のフルート、また聴きたいな」
「え~、じゃあ動画とか送ろうか?」
まで。
寝落ち寸前まで続く会話が、柊にとって一番の充電時間になっていた。
ある日から柊の行動が変わった。
塾で配られる「各中学の定期テスト過去問」や「塾長おすすめ参考書リスト」、授業中に黒板に書かれる「このパターンはこう覚えろ」というメモ。
門外不出と釘を刺されていたそれらを、誰にも見られないようにスマホでこっそり撮影するようになった。
角度を工夫して、隣の生徒にバレない位置でパシャリ。
家に帰ってから、画像をトリミングして、瑶季に送る。
柊
『これ、瑶季の学校の定期テスト範囲に近い過去問っぽいよ。傾向似てるかも。
あと、この参考書、塾でめっちゃ推されてた。関数とか苦手な人向けに解き方がシンプルで分かりやすいって』
瑶季
『え、マジで!? ありがとう柊くん!!
これ見たら絶対解けそう…神すぎる…泣』
瑶季
『柊くん、塾でこんなに頑張ってるんだね。すごいよ。本当に』
柊
『いや、俺なんか…ただ撮っただけだし。瑶季が役に立つならいいかなって』
瑶季
『また「俺なんか」って言ってる〜! でも、ホントに嬉しい。
私、柊くんのおかげで数学ちょっとだけ自信ついてきたかも。
ありがとうね、いつも』
そんなやり取りが続くたび、柊の胸に温かいものが溜まっていく。
まだ「好き」という言葉にはならない。
でも、瑶季の「ありがとう」が来るのを待つ自分がいる。
瑶季が困ってる話を聞くと、無意識に「何かしてあげたい」と思う自分がいる。
瑶季の笑顔のスタンプが届くと、勉強の疲れが少し溶ける自分がいる。
(瑶季は…俺にとって、特別なんだな)
それは、友達以上の何か。
でも、まだ恋とは呼べない何か。
ただ、瑶季がいる世界が、柊にとって少しだけ優しくなった。
「俺なんか…」の呪文が、瑶季の前では少しずつ弱まっていく。
そんなある夜、瑶季から珍しく早い時間にLINEが来た。
瑶季
『柊くん、明日学校終わったら少し時間ある?
近くのカフェで、数学の過去問一緒に解かない?
…柊くんに直接教えてもらいたいなって思って』
柊はスマホを握ったまま、息を止めた。
心臓が、いつもより大きく鳴っている。
柊
『…うん。しよう。待ってるよ』
送信してから、顔を両手で覆った。
これは、まだ「勉強友達」として。
でも、柊の中で、何かが確実に変わり始めていた。




