10(298).戦姫
月明かりに照らされ白銀の鎧が煌めく。
複数の樋鳴り、その中に風を孕み雑音の塊が一つあった。
樋鳴りとは言えない突風は、その目標を薙ぎ払う。
衝撃に弾き飛ばされた兵士は壁に激突。
追撃する野生の刃は壁に巨大な傷跡を残し、兵を肉塊へと変えた。
その姿を遠目に唇を噛むリーファは、刃を振るうファルネーゼに声を飛ばす。
「ファルネーゼ、下がって!!」
魔力の塊は、岩となり炎を纏う。
空間を歪め巨虫へ向け宙を駆ける。
巨大な鎌は、無意識にそれを容易に捉えた。
しかし、岩漿は鎌を包みそのまま後方の岩壁へ。
片腕を拘束された巨虫は、残る刃を無造作に振り回す。
それは、不規則な軌跡を描き防ぐ者に無駄な注意を与えた。
守り手の長ゴリアスは、眉を顰め声を上げる。
「皆の者、下がれ!!」
「距離を取り待機だ!」
「リーファ殿、残る片椀も抑えてくれ!」
「判ってるわよ・・・」
「いっけぇーー!!」
彼女から放たれた魔力は、地上を這う様に走る。
その軌道を読み上空へ羽根を広げる巨虫。
しかし、リーファはそれも予想していた。
熱をまき散らし宙を走る岩漿は、目標の手前で急上昇。
それは、巨虫に残された鎌の根元を捉えた。
二の腕ごと包まれた鎌は、先ほどまでの動きは出来ない。
振り回す腕を失う巨虫。
対して、口元を緩めるリーファは、二人に行動を促す。
「ゴリゴリ、抑え込めぇ!」
「ファルネーゼ、いっちゃって!」
「おおさー!」
「儂に続け、兵士達よ!!」
「「うおーーー!」」
リーファの声に反応するゴリアスとその部下たち。
人の波は、一つの生命の様に動く。
腕を失った巨虫は、それでも足掻く事を止める無い。
上半身のバネだけで胸から上を消す。
次の瞬間、それはゴリアスの盾を襲う。
魔鉄の盾は、火花を散らし衝撃を受け止める。
押し込まれるゴリアスは、叫びと共に鎧の金具を弾け飛ばす。
鎧のインナーは膨れあがる筋肉によりボロボロだ。
二つの獣が作る衝撃波は、兵士達へと牙を剥く。
しかし、そこは彼に鍛えられた兵士達。
怯むことなく巨虫の脚を押さ込んでいく。
大盾で囲い込まれ、押し込まれた巨虫は、その敏捷性を発揮することができない。
膠着した空間を駆ける一筋の魔力の風。
「任せな、リーファ!」
「ゴリアスさん、背中借りるよ!」
ファルネーゼは、魔剣に魔力を込める。
そして空中で風の足場を作り体制を沈めた。
「いーくーわーよー!!」
「ハァーーーー!!」
空中を駆け、全身の力を一点に集中し、斬撃を放つ。
それは、巨虫の首を狙う。
次の瞬間、衝撃波が岩壁を抉る。
しかし、巨虫の巨大な顎に止められた。
だが、攻撃の手が緩むことは無い。
後方からは、リーファの声。
「ファルネーゼ、しっかり持ってなさいよ!」
「もう一発、行ってきなさーーい!!」
魔力を帯びた岩は、ファルネーゼの刃を目掛け飛ぶ。
それは一瞬光を帯び、さらに加速。
そして、ファルネーゼの剣に衝撃を与え、送り出す。
刃は、巨顎を切り裂き巨虫の頭部を分断。
「っと・・・最高だよ、リーファ!」
「・・・やったね、ファルネーゼ!」
リーファは一瞬、魔法の威力に違和感を感じた。
しかし、勝利には違いない。
胸を撫で降ろし、ファルネーゼと抱き合う。
その姿を遠目にレマリオは風の精に声を掛ける
「イ ヴィオーテ ヨウ アル アイレ」
「また頼むよ。」
巨大な魔虫からは、青黒い血液の様な液体が岩壁を染める。
それを背景に、二人の戦姫は抱き合い喜び合う。
周囲を囲む兵士達は、ひと時の勝利に歓喜した。
その報告は集団の最後尾を警戒する僕達にも届く。
同階層の調査を終える頃、月明かりの満ち溢れた地底湖には拠点が築かれていた。
中間拠点から駆け付けた後衛部隊は、朝食の用意をしている。
そこには、小さな修道女の姿。
まだ空が白け始めたばかりというのに、走りまわる彼女に向けられる笑顔は多い。
彼女は、他の修道士達と共に朝の祈りと戦士達への讃美歌を始めた。
そこに向けられる兵士達の祈りと、どこか憧れめいた視線達。
日も昇り、辺りを優しい香りが包む。
久々の温かい食事に僕の表情も柔らかくなっていた。
いつもの鍛錬を終え、汗を拭き地面に腰を下ろす。
その隣にチョコンと座る小さな修道女。
「おはよー、ルシアさん。」
「うん、おはよ、ナナイちゃん。」
「朝、早いね。」
ナナイは、笑顔で手に持つ器を差し出す。
「いいのかい?」
「君の分は大丈夫?」
彼女は万遍の笑みで修道服のポケットから少し大きめのパンを取り出す。
「うん、さっき食べて来よ。」
「美味しかったー♪・・・そんでね、これも貰ったんだよ。」
「ハムハムハム・・・」
彼女は、少し大きなパンにかぶり付く。
そして、少し間を置きむせ始めた。
僕は笑顔で、腰に下げた水袋を彼女に差し出した。
「ほら、水だよ。」
「あんまり急ぐと危ないよ。」
「・・うん、ありがと!」
ナナイは、パンを片手に水袋を受け取る。
そして口をつけるも、水袋からは上手く水を飲むことができない。
口を"へ"の字に眉を顰めるナナイ。
僕は優しく手を差し伸べる。
「僕が持ってるよ。」
「フフッ、食べたりはしないよ。」
「うん、ありがと、ルシアさん。」
彼女は、少し大きいパンを僕に手渡す。
笑顔に戻ったナナイは、水袋の口とお尻を持ち上手に水を煽る。
そして、満足そうに水袋を僕に返した。
「ありがと、ルシアさん。」
「お水、美味しかった。」
「よかったね。」
「はい、君のパン。」
僕は、彼女の何気ない行動に家族を想い出す。
そっと太陽を見つめ、はるか遠い地に想いを馳せた。




