9(297).命を狩り取る容
洞窟内に差し込む月明かりに照らし出された巨大な魔物。
その異形の姿に部隊の兵士達は眉を顰める。
蛇特有の威嚇音が兵士達に恐怖を与えた。
それでも、士気を維持する為にゴリアスは叫ぶ。
「ただデカいだけの蛇、何をおそれるか!」
「蛇なんぞ、目はたいして良くはない。」
「今一度、頭を岩漿で綴んでしまえば何も出来ん。」
「我々には、力も魔力もある!!」
「蛇如きに遅れを取るな!」
彼の叫びに呼応する様に、後方から岩漿が蛇頭を狙う。
それは、数の増えた幾つかの頭を捉えるも、全てがそうではない。
ヒュドラも馬鹿ではないのだ。
後ずさりし距離をとるヒュドラ。
幾つかの口からは毒の息が漏れ溢れる。
それは霧となり、ヒュドラン自身を隠す。
兵士達は、勢いを失いその場に釘付けとなった。
魔力が底をついた術士たちは唇を噛む。
そこには、レマリオの姿も。
リーファも同じ様に唇を噛み眉を顰めた。
その時、リーファには、ヒュドラの後方に広がる花畑に魔力の揺らぎが感じられた。
次の瞬間、洞窟内に響き渡る荒々しい樋鳴り。
目の前のヒュドラの首は、一つ残らず宙に舞う。
大木の様なそれらは、大きな音を立て地面へと沈む。
しかし、樋鳴りの主は見つからない。
雲に隠れていた月が真上に昇り、洞窟の床を照らしだす。
それは、今まで感じていた足元の違和感を映しだした。
視線の先を尽くす蠢きは、大地に沈んだ巨蛇に群がる。
その姿に、眉を顰め口を覆うリーファとファルネーゼ。
「「うわぁぁぁ・・・・キショ!」」
「何よアレ・・・キショ。」
「私・・・無理、無理、無理。」
「ってか、ファルネーゼ足元・・・うわ、キショ。」
「嫌ぁ・・踏んだかも・・・ってか踏んでるしー・・・」
同じ女性でも、叫ぶ事の無い二人。
虎柄のケットシーであるドゥルーガは、藻に視線を送る。
「アンタは大丈夫なのな。」
「てっきり、お嬢様かと思ってたわ・・・・って、おい。」
藻は彼女の話が終わる前に袖を振る。
それは、無意識とも言えるほど早かった。
虚空からは炎の魔人、そして過剰な数の式。
彼女の指示が無いままに、式は炎の鳥に変り大地を焦がす。
魔人は炎の渦を起こし、残った虫の躯を灰塵に。
その姿に、ドゥルーガは苦笑いしか浮かばない。
「・・・アンタ、空が見えてなかったらどうしてたの?」
「空は見えていんすよ・・・フフフッ。」
口元を隠し微笑む藻に、レマリオ達は後ずさる。
だた、彼女を知る数名は、其々の感情を表情で見せた。
当の藻は咳払いし、その空気を凛とした声で正す。
「来んすえ!」
藻の視線の先に皆の視線も重なる。
音も無く、薄っすらと揺らぐ魔力はその姿を現した。
そこには、巨大な虫の姿。
月明かりが映す姿は、血に染まっている。
静かに巨体が迫り、次の瞬間、その虫の上体は消えたかに思えた。
次の瞬間、洞窟内に響く悲鳴。
数を減らす兵士達。
その中で声を上げるルーファス。
「たかが、虫一匹!」
「訳が分からん蛇に比べりゃ可愛いもんだ!」
「陣形を整えろ!!」
我に返る兵士達。
走り出す巨漢と盾の群れ。
それは、音速の斬撃から兵士達を守る。
その先陣のゴリアスは、ルーファスに声をぶつけた。
「ルーファス、お主の剣で道を開け!」
その声を越える様に、ゴリアスの頭上に突風が過ぎ声だけが残る。
「屈んどけ!」
フルスイングで空気を切り裂く刃。
しかし、ピタリと蟷螂の鎌が絡め取る。
巨大昆虫は、首を傾げルーファス達を煽る様に見つめる。
その姿に苛立ちを隠せないルーファスだが、そこは一軍の将。
彼は、即座に指示を飛ばし、巨大昆虫から距離を取る。
「次撃が来るぞ!」
「距離を取れ!!」
それは、一瞬のそよ風だった。
反応の遅れた兵士達の幾人かの首は空中で踊る。
しかし、その数は地上の肉塊と数が合わない。
残るいくつかの首は、兵士達の戦意を削ぐかの様に存在した。
それは血に塗れ、巨虫の鎌からコチラに視線を送る。
並みの金属では、防ぐことすらできない状態にゴリアスは声を上げた。
「魔鉄以下は下がれ!!」
「守りは、儂の部隊で引き受ける。」
巨大昆虫の足元には、ゴリアを筆頭に彼の部隊が陣を敷く。
周囲を囲まれた巨大昆虫は、頭を左右に傾ける。
そこには、まったく感情が感じられない。
場を包む異様な空気。
距離を置き、陣を敷くルーファスとその部下たち。
その空気を振り払う様に駆け出す名のある冒険者一行。
彼らは、一見隙だらけ巨虫の背中に飛び掛かる。
戦闘で剣を振り上げ飛び掛かる男は空中で消えた。
彼に保護の魔法の加護を与えようと手を翳す魔上使いは眉を顰める。
保護対象を見失った魔術師は、残る仲間に視線を向けた。
そこには、上半身を失うも盾を構える仲間の姿。
言葉を失う魔法使いは、無意識に後ずさる。
「・・・おいおいおいおい・・・嘘だろ?」
銀等級として名を馳せる彼は、無意識に表情が緩んでいる。
しかし、感情は真逆だ。
対人としてみた場合は安全圏。
目の前の魔物との距離感も、大きさからみれば問題ない。
彼は、そう考えていた。
しかし、巨虫の前腕は、彼の想定を超える。
巨虫は向きを変え、もう一振りの鎌を振り上げた。
状況を観察する事しかできない兵士達は、生唾を飲み込む。
地面には、3つに転がる魔術師だった男の肉塊。
そこに、他の二人と同様に、手の平をはみ出る程の蟲が集り血肉を啜る。
兵士達の士気は、繰り返される悪夢に失われつつあった。




