6(294).漢の想い
鍾乳洞を進む一行は、既に一部隊しかなくなった。
最低限の補給線を保ちつつ、魔窟の最奥を目指す。
僕達は、魔窟に入り、15日以上は過ぎた。
周りの顔触れも知り合いばかりになっていた。
僕は後頭部に柔らかいものを感じつつ、腰に回された腕に辟易している。
そこに優男の声が飛ぶ。
「ファルちゃん・・・なんでルシアなんだよぉ。」
「そいつには、女がいるんだぜ?」
「うるさいわね・・・ってかファルちゃんて何?」
「なれなれしい・・・とりあえず黙ってて」
「私は今・・・フフッ、至福の時間を味わっているんだから。」
「スゥーーーー・・・ねぇ、ルシア。」
ファルネーゼは、事ある毎に吸う。
最初のうちは止める様に伝えるも、その度に吸われた。
次に藻や呀慶に助けを求めるも、動物好きのファルネーゼには火に油。
彼女の毒牙は二人にも向けられ、二人は僕から距離を置く。
そして、現在に至る。
無様な状況だが、戦闘に支障はない。
彼女の剣技は冴えわたり、追随を許さない程。
そんな中、場の空気はピリつき始めた。
少し開けた場所には、見た事の無い魔人の姿。
明らかに魔力は大きい。
静かに佇むそれは、一見彫刻の様にも思えた。
ファルネーゼは、首だけ後方に向け声を飛ばす。
「リーファ、あれ何?」
呼ばれたリーファは、眉を顰めまじまじとそれを眺める。
そして、首を傾げ顎に指を置く。
「新種のガーゴイル?」
「ねぇ、ゴリアスさん、ガーゴイルってあんなだよね。」
「起動条件って知ってたりする?」
「儂には、わかりかねますな・・・」
「あの時は、すでに動いていので・・・リーファ殿すまんな。」
リーファは、視線をゴリアスから眼鏡をかける大男にへと動かす。
「ねぇ、ルーファスは?」
隣に控えたルうーファスは、眉を顰める。
そして膝を折り目を細め、リーファに視線を合わせた。
「何で俺が知ってんだよ・・・」
「肉団子が知らなきゃ、俺は尚知らんわ。」
「奥さんから聞いてないんだ・・・」
「夫婦仲、大丈夫?」
「うるせえよ。」
「はいはい、ごめんごめん。」
「で、どうすんの?」
リーファは周囲に視線を送る。
それに答えたのは驍宗だ。
「動かんなら、そんまま切り捨つっ!」
「それなぁ・・・ ちゃっちゃと、やっちゃって。」
驍宗は、リーファの返答に口元を歪めゆっくりと彫刻に近づく。
そして、掛け声を張り上げた。
「チェスト!」
彫像は静かに半身を地面へと落とした。
しかし、魔力は依然そこにある。
不思議そうな驍宗に声をぶつけたのは藻だ。
「驍宗様、逃げておくんなんし!」
「おっ・・」
藻は唇を噛み、辺りを見回す驍宗に向け式を飛ばす。
それは驍宗にぶつかり、鬼をもの後方へと入れ替える。
驍宗と入れ替わった式人形は、魔力に包まれ形を変えた。
それは、人の形をとるも立体的な影にしか見えない。
その姿にリーファは呟く。
「ドッペルゲンガー・・・」
「まずいわ・・・デカい奴らは、さっさと下がって。」
「藻っち、ワンちゃん結界をお願い!」
「チンチクリンも下がって!」
一斉に後方へ下がり、二人の東方術者は魔人を結界に閉じ込めた。
しかし、進む先は魔人の背後。
リーファは、眉を顰め唇を噛む。
その姿に、不安に満ちた表情のエリクは問いかける。
「リーファ様、俺達は?」
「はぁ、小物も下がってなさいよ。」
「・・・いい案があるなら聞くけどさ。」
気圧されるエリクは、舎弟2人と後方へ。
状況は止まったまま数刻が過ぎた。
出てくる案は碌に無い。
そもそも相手が悪すぎるのだ。
リーファは言う。
「ドッペルゲンガーは、あの状態じゃ何も出来ない。」
「出来ないけど、こっちの攻撃も何も効かない・・・」
「ソラスって奴、相当いい性格してるわね。」
「これじゃ進めないわ・・・」
「で、リーファちゃん、どうすりゃあ倒せんだ?」
レマリオは下心なく質問を投げるも、リーファは嫌そうな視線を返す。
それでも、必要な事である為、ため息と共に答えを返した。
「ハァ・・・ドッペルゲンガーは、擬態する魔人なのは分かるわよね。」
「アイツらは、擬態した相手の能力に変化し、その対象を食い殺すの。」
「それで、対象の知識とか記憶とか、その辺を吸収して成り済ますって言われてるのね。」
「だから、擬態すれば肉体を得るから、どうにかなるんじゃないかな?」
どこか、疑問の残る説明を終えたリーファ。
そこにルーファスは、眉を顰めリーファに問いかける。
「おい、リーファ・・・なんで疑問で終わんだよ。」
「しょうがないでしょ、実際に見たの初めてだし・・・」
「書物だって碌に無いの!」
場の空気は重い。
しかし、一人の男が名乗り出る。
それは、意外な事にエリクだ。
「俺が擬態されれば、他の方々がされるよりはマシですよ。」
「リーファの姉さん、死ぬことはねえんでしょ?」
「そうね・・・悪い案じゃないわ。」
「まぁ、死ぬなんて書物には無かったし。」
僕は、彼を止めることは出来なかった。
話は進み、エリクが擬態される役を任された。
彼はゆっくりと目の前に佇む影の元へと進む。
空間に漂う不思議な影とエリクの距離は無くなった。
苦笑いを向けるエリクがあ鎌を掻く。
「へへッ、な・何も起こらないっすね。」
その瞬間、嫌な空気が場を包む。
そして影は、エリクの形を成す。
そこには、跪き悲痛に叫ぶエリクと、嫌な笑みを浮かべるエリクの二人が存在した。
その姿に、焦り狼狽えるリーファは叫ぶ。
「不味い、あんなの書物に書いてない!」
「なんで大事なところが無いのよ・・・」
「アンタ、逃げなさいな!」
「誰でもいい、アイツを助けて!!」
リーファの叫びと呼応する様に光る二人のエリク。
駆けだす僕達を、あざ笑う一方のエリク。
次の瞬間、滑る様にエリクに重なった。
そこには、異常なまでに膨れ上がった魔力を持つエリクの顔を持つ魔人の姿。
そこから漏れ出す笑いは、不協和音の様に嫌な重なりがあった。




