5(293).闇の蠢き
二人の戦士は、森の奥に姿を消す。
それを追う様に傭兵団も進んだ。
視界は開け湖が広がる。
その手前には、巨大な魔物と交戦中の先ほどの戦士達。
エリクは、術士たちに指示を飛ばす。
「二人に加護を!」
「残りは、隙を見てぶち込め。」
「土持は、奴を拘束してくれ!」
「「「はい!」」」
その声に続く様に、副団長は術士の射線を残し、彼らの前に陣を敷く。
目の前では、魔力を帯び加護の光を放つ2人の戦士。
そして、その二人に襲い掛かる異様な生物。
それは、人が獣の様に背を丸め、四肢で地を這う様な姿。
後頭部が長く発達し、目は退化している様に映る。
首元から生える背びれは尾の先端まで伸びていた。
レマリオは、木々を足場に複雑な軌道をとる。
翻弄された魔物の腕は空を薙ぎ払う。
その小さな隙に、僕は魔物の足元に。
そして、舞姫を抜き放つ。
樋鳴りと共に吹き出す鮮血は、地面を焦がす。
僕は眉を顰め、刃を確かめる。
そこには、溶けた形跡はない。
しかし、足元の草花は煙を上げ融解する。
僕は視線をそのままに、レマリオへ声を投げた。
「コイツの血液に触れちゃダメだ!!」
レマリオは、空を駆け矢を放つ。
それは、吸い込まれるように黒い頭部に刺さり、青い酸を噴出させた。
飛び散る鮮血は、木々をも溶かす。
「すまんルシア、かかってないよな。」
「僕は、大丈夫。」
「でも・・・」
刺さった矢は酸により溶け、抜け落ちる。
それは、先ほどの切り傷も同じように表層を溶かし、そして固めていく。
周囲は甚大な被害が出ているが、対象にその効果が有る様には思えなかった。
僕は、エリク視線を飛ばす。
「エリクさん! コイツの口に岩漿を!!」
「窒息を狙うんだ!」
僕の声に頷くエリクは、早々に指揮を出す。
「火と土を使える奴は岩漿だ。」
「アイツの口を狙え!」
「後は、拘束に集中するんだ。」
「傷つけるのは避けろ。」
術士たちは、彼の声に頷き、それぞれの出来る事は開始。
僕達は、魔物を牽制し意識を奪う。
幾度となくっ飛び交う岩漿。
それは、どうにか口を塞ぐも、対象は想定を超えた。
背びれ付近の管は、外気を吸い生命維持を図る。
振り回される腕や尻尾の衰える事の無い力に、僕達は翻弄された。
それでも、レマリオは精霊魔法を駆使し、魔物を押さえつける。
さらに、エリク率いる術士たちは魔物を拘束。
レマリオは、声を上げた。
「ルシア、頼んだぞ!」
僕は、魔物の魔力に同調し発散させる。
それは、予想以上に底が深い。
暴れる魔物の尾は、拘束を引きちぎり僕を襲う。
僕は、鉄錆の匂いを感じつつ、宙に舞った。
侮っていなかったと言えば噓になる。
少しの傲慢が招いた事態は、地上の兵士達を襲う。
魔獣は、押さえつけられたストレスを発散する様に腕を振るう。
その軌跡は紅く染まり、兵士達の悲鳴を煽る。
僕は、地面に叩きつけられ、息が浅くなった。
遠くから聞こえる声に余裕はない。
「ルシア!」
「イ デゼーア アーダ アル フラマ セーラ!」
レマリオから放たれた光は魔物を包み炎の渦へと変化する。
それは、魔物を足止めする。
しかし、外皮のぬめりがその温度から身を守った。
僕は、頭を左右に振り意識を戻す。
そして、再び魔力を装具に流し込む。
「レマリオ、逃げて!」
僕の声に続き、エリクの叫び。
「兄貴、射線を!!」
僕は左に飛びつつ、対象に向かう。
後方から強大な岩漿が燃え盛りながら魔物の足元を覆いつくす。
そこに、レマリオの水魔法が岩漿を固める。
僕は、さらに体制を落とし鞘に手を掛けた。
そして、抜刀と共に走る刃は、樋鳴りを置き去りにした。
空中に舞い上がる魔物の頭。
それをエリク達の岩漿が包み込み湖へと沈める。
残された岩礁に包まれた体は、もう動くことは無かった。
湧きおこる声は、自らの生への喜びだろう。
この戦いで部隊の4分1を失った。
僕は、俯き唇を噛む。
その姿を見つめるレマリオは、僕の肩にゆっくりと手を置く。
「ルシア、お前のせいじゃねえよ。」
「・・・お前がいなかったら倒せなかった。」
「死んだ奴らだって、その覚悟はできてるよ。」
「そうですよ、兄貴。」
二人の言葉が、僕の心を握りしめる。
しかし、その思いもまた奢りだと感じた。
僕は、アリシアを救えなかった事に、後ろめたさを感じているのだろう。
二人の優しさに僕は頷き、彼らと共に階層を制圧した。
その日を境に、他の部隊でも被害が増え始めた。
階層を下る毎に部隊数は減り、集団に見知った顔が増えていく。
ダンジョンの構造も解放型と密閉型を繰り返し、不安と共に認識さえも混乱させた。




