3(291).先陣の王
部隊後方では吟遊詩人たちが羊皮紙に言葉を綴る。
その顔触れには獣人が極端に少ない。
彼らは、自身の想いを乗せ文字をしたためる。
それは、各国の王の依頼では無い。
依頼主は、金で安全を買う商人達だ。
どんな叙事詩でも、先陣を切る王の詩など心躍らない訳がない。
しかし、描かれる者は、ため息を浮かべる。
ファラルドは、天幕で身支度を整えられ、苦笑いを浮かべた。
しかし、鎧を身に着け整うにつれ、その表情は王から戦士へと変わっていく。
「じゃぁ、行こうか。」
「皆、ありがとね。」
「いえ、ファラルド様・・・御武運を。」
数名の侍女は、両手を前に深く頭を下げる。
その姿に背を向け手を振る男。
天幕は開かれ、眼下には多くの戦士の姿が映る。
既に、2人の王は彼らの前に凛と佇む。
「遅れたね・・僕は、あんまりこう言うの好きじゃないんだよ。」
「・・・じゃあ、始めますか・・・神の討伐をさ。」
ファラルドは、笑顔を向ける二人の王の横を過ぎ、彼らの一歩前に立つ。
そして、瞑った瞳を見開き声を高々に士気をとる。
「各国の戦士達、これから世界の運命を駆けた戦が始まる。」
「私達は、神を打つ・・・」
「どんな戦より辛いものになるだろう。」
「だが、君たちは、なぜここに居る。」
「・・・」
「そうだ、国に残した者の為だ!」
「私達は、英雄になる。」
「戦士達よ・・・お前たちの命をくれ!」
「神を打ち、家に帰るぞ!!」
「「「ウォーーーー!!!」」」
叫びは叫びを呼び、声の波を起こす。
それは今まで見た戦の中で、どんな声より大きく、そして強く感じた。
僕は、自分の服の裾を強く握る小さな修道女の頭を撫でる。
「ナナイちゃん。君は、法王様の傍にいるんだよ。」
「安心して・・・君たちは僕が絶対に国に返す。」
「・・・お兄ちゃん。」
「イ デゼーア ヨウ フェリキタシュ・・」
そこには、少し俯き顔を紅くする幼女の姿。
僕は、彼女の視線に合わせ笑顔を返す。
「ありがとう、ナナイちゃん。」
「イ デゼーア ヨウ フェリキタス。」
「必ず帰ってくるよ。」
僕は、洞窟に飲み込まれる様に進む集団に続いた。
洞窟中は、奥へ進むごとにその温度を下げていく。
砂だらけで風化した入口に比べ、奥はゴツゴツと殺意のある岩が突き出す。
進む中、集団の中間付近で魔力探知する術師達は表情を崩し始めた。
「大した事はないのかもな・・・碌な魔力はねえよ。」
「・・・確かに、ってもまだ第一層だろ。」
「前の冒険者たち見てみろよ。」
「えらく硬い表情だぜ?」
「なぁに、言っても市井の魔術士だろ?」
「そんなもんなんだよ、ハハハッ。」
洞窟の湿気は、攻略者たちにストレスを与え私語を増やす。
しかし、先頭を進む冒険者達の耳に入ることは無い。
レマリオ達は、眉を顰め辺りを見回していた。
「おい、装備を見直しておけ・・・」
「第一層から、これじゃ先が思いやられるぞ。」
「へい、旦那。」
「・・・おい、手前ら、警戒を強めておけ!」
「探知に頼んなよ!」
何事も起きない空気が、逆に恐怖をあおる。
ざわざわと小さな私語を成す群れは若い兵士達。
その姿に、眉を顰めるファラルドは声を上げた。
「ここはダンジョンだ! 常識でモノを図るな!」
「見誤れば命はないぞ!!」
統率を取り戻した集団は、奥へ奥へと進んでいく。
そして、静けさは悲鳴へと変わる。
僕は最後尾を進む中で、魔力の増大を感じた。
それは天井を覆いまわり魔力を放ち、魔力探知など無意味に。
「・・・来る。」
左右の壁際から兵士達の悲鳴。
飛び散る生暖かい液体は、壁面を紅く染めていく。
僕は盾を構え、舞姫の柄に手を掛ける。
周囲の存在は、地面から天井へ向け風を切る。
「上か。」
僕の視線は、天井の闇を捉えた。
そこには、重力を無視し張り付く生物。
それは、トカゲの様で人の様な姿。
長い舌を使い、兵士を天井へ引き上げる。
そして間を置き、兵士の声。
「上よ・・・何かいるわ・・・」
混乱の中で、騎士達は統率を取り戻そうと指示を待つ。
しかし、部隊長らしき仕立ての良い鎧は、天井からぶら下がる。
僕は、眉を顰め唇を噛む。
「魔術師は、炎は使うな!」
「光源を天井に!」
僕の声は、ざわめく騎士たちの意識を纏める。
詠唱を切り替え光を飛ばす若い魔術師達は、術を成功させるも震えていた。
指示の無い剣士たちは、武器を構え、天井の魔物を見据える。
天井からは、急な光に反応した魔物は地上へと跳び掛かる。
僕は、装備に魔力を与え、魔物の前に立つ。
周囲では、悲鳴と魔物の咆哮が聞こえた。
それは遠くでも小さく響く。
僕は、盾を突き出し魔物を闇へと押し込む。
そして、バランスを崩した魔物の首を舞姫で飛ばした。
飛び散る液体は、天井を青黒いく染めあげる。
そして地面に転がる黒い肉塊。
その口からは、血と共に粘度の高い唾液が漏れていた。
集団は、第一階層の最奥に到着する。
そして、4つに別れ階層を制圧していった。
数刻もすると、支援部隊が第二階層へ向かう階段の前に陣を張る。
その頃には、空間を覆っていた魔力は消え、各自の魔力を感じる事が出来るまでに戻る。
その夜、兵士達の会話は、先陣で指揮をとり魔物を狩る若き王達の話で持ちきりになっていた。




