2(290).嵐の前のひと時
何もない砂原に突如現れる廃墟。
そこは、焦げた肉の臭いと錆びた鉄の臭いが蔓延している。
それでも唯一ともいえる砂原における広い平地だ。
各国の天幕が作られ拠点としての設備が揃いつつあった。
その中心には、最前線であるにもかかわらず、各国の代表が顔を見せる。
会議の主導を握るのは、若輩のファラルドだ。
彼は、今まで経験を元に話を進める。
その内容は、目の前に口を開ける天然洞窟の攻略。
「僕は、大人数で攻めるのは無駄だと考えているよ。」
「法王庁の術士隊がいる事だし、少数精鋭で攻め落とす方が安全だ。」
「いつも通りのダンジョン攻略でいいんじゃないかな?」
その発言に同国の魔導部隊長リーファは、同意を示し補足する。
「ダンジョンの制圧であれば、我が国は実績があります。」
「ファラルド様のおっしゃる通り、少数精鋭で動くのが安全かと。」
「残る兵は、攻略後の戦線を引き上げる為に配置するべきです。」
「補給線を確保することは攻略の安全に繋がります。」
そこに、ダファの声が飛び話をさらに進めた。
「俺は、ヒューマンの嬢ちゃんの考えで良いと思うぜ。」
「だが、どんなダンジョンか分からないんだよな?」
「先陣は・・・何処が担うんだ?」
「俺達じゃ、闇は見えねえぜ?」
「なぁ、スキュレイアの若旦那、アンタらが先陣切んのかい?」
ダファは、自身の城主に視線を向ける。
その先に控える若輩のスキュレイア王は戸惑いを隠せない。
しかし、オルハウルの息子は無能では無かった。
「ダファ、私達だけでは魔力面が心もとない。」
「私は、混成で組む事を提案するよ。」
「私達は、フェンリルの眷属・・・夜目が効く。」
「しかし、魔力と体格を両立する者は、ヒューマンほど多くない。」
「魔力では、ヒューマンやドワーフ、もちろんエルフにはかなわないからね。」
「どうだろう、ファラルド王、ヴィシュヌバ王・・・法王様は?」
円卓を見回すスキュレイア王の視線の先に、先日まで在った顔が一つない。
しかし、その席には眉を顰めため息をつく枢機卿の姿。
「申し訳ありません、法王は自由人の為、私が代わりを・・・」
「私どもは、戦力を持ちません。」
「繰り返し謝る事しかできませんが、後方支援をとらせて頂きたく考えております。」
「ただ、代わりではございませんが、有力な冒険者達を同行しました。」
「彼らは、ダンジョン攻略のプロです。」
「ここからは、彼らとの商談となりますが、概ね問題ありません。」
「先陣は、彼らを含め状況に対応できる者で構成する事を提案致します。」
「いかがでしょうか?」
「───────────」
会議は昼から始まり、月が西に傾く頃に天幕の灯は落ちた。
僕は、ひと眠りし、まだ肌を刺す空気の中、毎日の鍛錬を行う。
静かな砂原は、樋鳴りを遠くまでと届ける。
僕は一通りの動きを確認し、舞姫を鞘へと納めた。
そして、途中から感じた視線に意識を向けた。
そこには、小さな修道女の姿。
「ええと・・・ナナイちゃんだったよね。」
「まだ早いけど、眠れないのかな?」
「お兄ちゃん覚えてくれてたんだ・・エヘヘ。」
「眠れないんじゃなくて、朝のお勤め中だよ。」
ナナイは、僕の言葉に胸を張り鼻を天へと向ける。
しかし、ある程度長い時間、彼女の視線は感じていたはずだ。
僕は膝を折り、ナナイと視線を合わせる。
「ナナイちゃん、時間は大丈夫?」
「・・あっ・・・内緒だよ!」
小さな修道女は、空のバケツを片手に走り出す。
その後ろ姿に、遠方に残した小猫の姿が重なった。
「足元! 気を付けるんだよ~!」
僕は、小さくなる彼女の影に声を送り天幕へと戻る。
誰もいない天幕で、僕は装備を整えた。
僕は、第一陣で先陣を切る事になっている。
そこには、呀慶や驍宗は居ない。
彼らは第二陣、戦線を上げた後、そこから攻略を開始する。
交互に洞窟に道を通し、最奥を目指すのだ。
早朝の食事は、昨夜に比べ緊張の糸が張り詰めていた。
しかし、冒険者達の空気はどこか柔らかだ。
「エリックさん、ファウダのパンめちゃ柔らかいっすよ。」
「パンじゃねえよ、ナンだよ・・・」
「ウヌスお前、喰い過ぎじゃね?」
「中でぶちまけんなよ。」
「でもですよ、エリックさん。」
「生きて帰りゃあ、何時でも食えんだよ。」
「デュオを見習えよ・・なぁ。」
エリックが視線を向ける先には、いつもの様に食事をとる舎弟の姿。
しかし、どこかおかしい。
エリックは、彼の肩を軽く叩く。
「なぁ、ディオ。」
「エリックさん、俺・・・少しビビってます。」
「こんなダンジョン・・御伽噺とばかり・・・全々喉通らねえっすよ。」
「はぁ・・・おまえらな・・・」
エリックの視線は、地面を舐める。
しかし、他の同業者達も同じような状況だ。
それでも士気を上げようと声を張るのは、同じようにパーティーを率いる者。
しかし、1つの集団だけは違った。
「レマリオの旦那・・・今回は、すげえ支給ですな。」
「ハハハッ、まったくだね。」
「ファルちゃんが、口利きでもしてくれてんのかな?」
「旦那、あんまり気安く声かけるのは止めた方が身のためですぜ。」
「後で凹んだ旦那に付き合う身になってくだせえよ・・・」
「ハハハッ、それはそれだろ。」
「その時は、浴びる様に酒を飲むだけさ・・」
「でもね、あのゴミを見るような眼がたまんないんだよ。」
「・・・雑に扱われる快感って言うのかな。」
「何時からだろ、今感覚・・・」
「あっ・・・お~い! ルシアじゃんか!」
レマリオは、ため息をつく傭兵団の仲間をしり目に米粒台の人影に声を送る
その先の僕は、優しい風を感じた後、懐かしい声を耳にした。
不思議な響きの声を探すが、それらしい姿は無い。
朝の勤めを終えたナナイは、チョコンと僕の隣に座り食事を始める。
砂原の真ん中で、日常が繰り広げられる異常。
各国の兵士達は、彼らの姿で不安を振り払った。




