1(289).世界の異変
ラトゥールの内乱は終わり、その国名は世界から消えた。
しかし、天はそれを祝うことは無い。
空は暗く、重い雲が覆う。
風は乾き、湖水の水量も減っていく。
それは、ファウダ王国の西の空を中心に広がる黒雲の影響だと言われた。
その真下には古くより禁足地とされる土地が存在するからだろう。
それは法王庁が成立した時代に、時の法王たちが侵入を禁じた地域だ。
しかし、女神の教団が侵入していた地域でもある。
そこは、未だに魔力と迷える魂が充満する地域。
とは言えラトゥール内戦以降、日ごとに天候は悪くなる一方だ。
新たに首都となったハーデンベルクでは、4人の首脳を筆頭に数名が集まっていた。
そこに場違いと言える僕は、隣に座る白狼を促す様に視線を送る。
呀慶は咳払いし、王たちに事のあらましを語りだす。
「ううん・・・それでは、状況報告を致そうか。」
「我らは、西の二国の帝より、ある男を討つ命を賜って参った。」
「その者は、お主らの記憶にもあるだろう、赤い衣の男だ。」
「名をソラス・ソランという・・・信じがたいだろうが二千年前の魔導士だ。」
「当初、我々はただのヒューマンだと高を括って事に当たっていた。」
「その結果、後手後手となり事を悪化させてしまったのだ。」
「今の奴は、邪母神・・・そうだな、時の女神カーディアと言えば通じるか?」
「そのカーディアの復活の為、奴はバベルへ向かった。」
「バベルは、禁足地の中心にある最も古き祭壇。」
「我々は、奴がそこで神の顕現する儀式を行っていると考えている。」
「事が為されれば、この世界にカーディアが降臨するだろう。」
「邪母神が降臨したとされる時代は・・・」
「大地が裂け、生物は死に、世界が荒れたと伝えられている。」
「我々は、それを防ぐために動いている。」
呀慶は話を終えると、ゆっくりと席に座り置かれた水でのどを潤した。
僕は、正面座るファラルドに視線を送る。
それは、その隣に控えるファルネーゼにも感じ取られ、彼女は場違いにも手を振る。
それを横目にため息をつくファラルドは、咳払いと共に会議を進め始めた。
「呀慶さんだたよね。」
「報告感謝するよ。」
「ここに居る者は知った顔だから言葉は崩させてもらうよ。」
「僕達の国は、ようやく内戦が終わって他国に干渉する様な王は退位した。」
「これで、ようやく手が結べる様になったわけなんだけど・・・」
「それで本題に移るけど、呀慶さん・・・君たちは人手が欲しいんだよね。」
「目的は、そのバベルって言う場所の攻略かな?」
ファラルドの質問に頷く二国の王とその従者達。
残る法王は、目を瞑り考えを巡らせている様だ。
そこへ呀慶は言葉を返す。
「ピエトロ兄者、何かお考えが?」
その言葉に目を開け、彼は質問を投げかける。
それは、まったく議題に関与するとは思えない言葉だ。
「アレは・・・アリシアは無事ですか?」
眉を顰め質問を受ける呀慶は首をかしげている。
その為、その質問には僕が返すことになった。
「アリシアは、蓬莱で療養しています。」
「僕がしっかりしていれば・・・」
「そうですか・・・」
「では、彼の者の音も小さな雑音のままということですね。」
「はぁ・・・」
僕は、呀慶の様に首をかしげるしかなかった。
しかし、法王は何かを悟り笑顔を返す。
そして、一言告げその場から退出した。
「わかりました、法王庁からは500の聖歌隊を派遣いたします。」
「後方支援は、此方で引き受けます・・・」
「すいませんが、その辺で手を打たせてください。」
「我々には、強い音は奏でられない・・・よろしいか?」
その言葉を聞く各国の王は満足げに頭を下げた。
それは、ただの聖歌隊を意味していないことが窺える。
その発言が引き金となり、各国とは同規模以上の部隊を送ると約束を結ぶ。
そして20日経過し、僕達はファウダから西の荒野を進軍。
砂塵の向こうには、いる筈の無い人の群れ。
そして、その群れに交じり魔獣の姿があった。
各軍は、陣形を組み号令を待つばかりだ。
そこに、司祭たちの歌声の様な呪文の合唱。
それは、術の効果を何倍にも引き上げ、戦士達を強化し士気を高めた。
集団の熱量は、最高潮に高まった。
その空気に、各国の号令が飛び交い、人の波を動かす。
「各部隊、突撃!!」
「「「ウォ---!!!」」」
それは、一つの生き物の様に動き、魂の無い生物を駆逐して突き進む。
飲み込まれた魔物たちは、その力を発揮することなく肉塊へと変わり果てた。
そして残されたモノは、青黒い血だまりと肉塊だけだ。
それでも、目的の地まではまだ遠い。
第一波を終え、第二・第三と立て続けの戦闘で、こちらの兵達は疲弊の色を隠せない。
日は沈み、代わる代わる休む兵は砂漠の厳しさに辟易する者さえあった。
それでも、日が増すごとに空を埋める黒雲。
想い人を案じ心振るい立たせる兵士達は翌日も戦う。
10日ほど経ち、視界には崩れ落ちた塔の残骸。
僕達は、疲弊しながらも目的の地に辿り着いたのだ。
そこは、以前よりも重苦しい空気が張り詰め、絡みつくような怨念が渦巻いている。
僕は、腰にある舞姫の鞘に手を当て心を沈めた。
瓦礫の奥には、地獄にでも導く様に口を開ける地下への階段が僕達を待ち受けていた。




