37(288).静かな声
涙を拭い古代書を読み漁る日々。
そこには、身だしなみなど気にする素振りは一切ない。
何かに取り付かれたかの様に古書を漁る女性は、一人ブツブツと囁く。
「もう・・・一人は嫌・・・・・」
食事など日に一度摂るかすら怪しい彼女は徐々に痩せていく。
それは、表情も同じだ。
先の見えない探究に表情は暗くなっていった。
しかし、壁の向こうで聞こえた会話の記憶は彼女を後押しする。
そこには、死んだ者の復活を暗示させる言葉があった。
彼女は、時折垂れる涙を拭い、師の蔵書を紐解いていく。
そして食料が尽きかけた頃、答えは見つかった。
「・・・これなら、皆に会える。」
「もう・・・一人は嫌・・・・」
彼女は、祭壇へと向かう。
そして、淡い紫の魔灯が揺らめく祭壇で、儀式の準備を始める。
古代語とは違う特殊な文字の術式を地面へ描く。
それは赤く、彼女が生命を削り作られていった。
意識も薄れゆく中でそれは完成。
アリシアは、古書に従い呪文を唱える。
それは、言葉とも思えない音の羅列だ。
静まり返る祭壇の炎は、呪文に呼応し燃え上がる。
そして、空気は重く圧し掛かった。
跪き願う彼女は、頭を抑え込まれる様に地面に沈む。
それでも止むことない音の羅列。
巨像からは重苦しい声が聞こえ始めた。
”力を欲するか、創父の子よ・・・”
彼女は、古代語で願いを告げる。
それは、重苦しいく頭に響く声に届き叶えられた。
しかし、告げた言葉には、幾つか現代語と交わらない物がある。
それは、彼女ら血族の魂の時を止め、意図せぬ永遠を与えた。
そして、輪廻する最愛の魂に傷をつけ属性を奪う事に。
だが、そんな事を知る者は、願いを叶えた魔神だけ。
彼女は、長い時を孤独と過ごし、輪廻する存在を探した。
しかし、新たな器に輪廻した存在は、記憶を失い彼女の事など覚えていない。
それでも次はと探す彼女だが、繰り返される絶望に、彼女の心は希望を失う。
次第に薄れていく想い人達の声や記憶。
その中で、彼女は義姉の言葉を想い出す。
”アデライード、あなたはもう姫じゃなくていいの。”
”あなたは、私の大切な妹よ。”
”忘れないで、私の事。”
大切な記憶は徐々に薄れ、二百年も経てば認識程度に落ちぶれる。
それでも忘れない為に、彼女は姉の名前を口にする。
そして残された想いに、彼女は実母から貰った名を捨てた。
老衰する事も出来ない自身を呪い、酒におぼれる日々は始まる。
残されたモノは、姉の名を刻む髪留めとその名前だけ。
過ぎていく時間は、無情にも空腹を与える。
彼女は、空腹を払う為、弟子を取り新しい生活を試みた。
それでも虚無は変らず、長い時間だけが過ぎる。
百年経ち、五百年経ち、千年経ち、それからは数える事を止めた。
そしてある時、悔む事さえ忘れた彼女のもとに変わった少年が訪れた。
彼は、何故かランジェリーを身に纏う。
小さな少年は、彼女のお尻にぶつかった。
「ごめんなさい。僕、ルシアって言います。」
「今日からここで働くことになったんだ・・・」
その少年の魂は、何処か懐かしく温かい。
しかしその魂は傷つき、その能力を発揮できなくなっていた。
アリシアは、おぼろげな表情で彼の頭を撫でる。
「少年、怪我はないな・・・」
「気を付けるんだぞ。」
「ありがと、お姉さん。」
その日から二人で接客することになる。
そこで彼女は、いつもの様に客を至らせ(←上に点々)時間を潰す。
少年は、彼女を羨望の眼差しで見つめ問いかける。
「お姉さん、何をしたの?」
「至らせたんだよ・・・お前も・・やってみるか?」
酒場で過ごす日々は、ちょっとしたボタンの掛け違いで幕を閉じる。
少年は別の街へ、アリシアは奴隷から解放され街を出た。
そして、何故か心が休まる湖のほとりの家に帰る。
寂しさなどいつからか消え、その意味すら忘れて泥の様に眠った。
眠りの中で、遠くから聞き覚えの無い声が彼女に囁く。
”ねぇ、起きて・・・ルシアには、あなたが必要なの。”
”アリシアさん、起きて・・・ルシアをお願い。”
それは、いつも眠りの中で聞こえていた声だ。
今だから判るルシア(←上に点々)という名前。
そう、あのランジェリーの少年だ。
アリシアは、眠りから引き戻される。
「・・・濡れているな。」
「ここは・・・・」
顔に置かれた少し絞り切れていない布をどける。
首元には、温かい毛玉。
そこは知らない天井だが、何処か温かみのある風景。
頭の中に響く声は、まだ続いていた。
”アリシアさん、ルシアをお願いします。”
”どうか幸せに・・・”
アリシアは、窓の外に視線を送る。
それは、彼女の髪を撫で空えと昇る優しい風に思えた。
ゆっくりと目を瞑り、口元を緩めるアリシアは想いを乗せ呟く。
「ミーシャ嬢。こちらでは、そうさせてもらうよ。」
「イ ヴィオーテ ヨウ ラオム ・・・」
アリシアは空に輝く月に、まだ見ぬミーシャを想い重ねた。
そして、枕元で丸くなるラスティを優しく撫で言葉を掛ける。
「心配かけたな、ラスティ。」
「今は、ゆっくり休めよ。」
アリシアは、ゆっくりと布団に入る直し、ラスティを抱きしめる。
少し束縛感を感じた様に動く小猫。
懐かしいその感覚に目覚めることなく満足そうな表情を浮かべた。
静けさを保つ部屋で、月明かりが優しく二人の寝顔を照らす。
遠い地で二人と同じ月明かりを浴びる少女の様な男の娘は、二人を想い戦いに身を投じる。
少年の持つ刃は、風を孕み静かな樋鳴りと共に妖艶な輝きを讃えた。




