34(285).アリシア
法王庁の宿舎で、真新しい修道服に身を包む長身の痩せた女性がせわしなく働く。
それを見つめるエイルニルスの表情は明るい。
彼女は未だに記憶が戻らず、その持ち物から"アリシア"と呼ばれた。
「アリシア、アレ取って。」
「はい、これですか?」
「うん、あっ、重いから気を付けて・・・」
「アリシアって、エイルニルス様と同じ位スタイルいいわよね。」
「私なんか・・チンチクリン・・・・羨ましいわ。」
「フフッ、はい、これで良いですか?」
「私は可愛いと思いますよ。小っちゃくってお人形さんみたいです。」
小柄な修道女は、アリシアから箱を受け取る。
しかし、意識は会話に向き、その重さを考量していない。
「もう、お世辞じゃん。」
「わぁあ・・・いたたた。」
「大丈夫ですか?」
アリシアは、不安な表情で倒れ込んだ修道女を見つめる。
しかし、彼女はいつもの事の様に、ばつの悪そうな笑顔で舌を出す。
「アハハハッ、またやっちゃった。」
「私ってドジね・・・えへへへ。」
「フフッ、ほら手を取ってください。」
掃除の時間は予定より少し伸びるも、ケガもなく礼拝の時間には間に合った。
祭壇の前では、気だるそうに礼拝を取り仕切るエイルニルス。
視線だけ、ギリギリ間に合う2二人を捉えるが想う所はない。
あれから、少しずつ法王庁の空気になじんだ彼女の姿に鼻で笑いを殺し口元を緩めた。
更に半月ほど経つと、アリシアの持つ魔力に興味を持ったエイルニルスは彼女を弟子に。
日々の修練は、修道女としての勤めの合間に行われた。
それから半年ほど経ち、アリシアの塞ぎ込まれていた魔力は解放される。
その姿に、ピエトロは疑念を擁いた。
「師匠、"アリシア" は大丈夫なのか?」
「急にどうした枢機卿・・・まぁ、アレは黒エルフの魔力じゃないな。」
「だが、制御は出来ている・・・お前も似た様なもんだろ?」
「僕は・・・しかし、あの音は・・・」
「僕は、制御できなくなった時に何が起きるか心配です・・・」
「それは、"アリシア" ではなく、妹の "アデライード" だから?」
「・・・どちらでも関係ありません。」
「アレだけの魔力は、常世のモノを呼び寄せます。」
「僕は・・・妹が利用される未来は見たくない・・・」
首を強く振り俯くピエトロの姿に、口元を歪めるエイルニルス。
しかし、その表情と裏腹に、そこには慈愛に満ちた声色があった。
「この世でただ一人の大切な年の離れた家族だものな・・・」
「私にも想うところはある・・・大切に想うことは悪い事じゃない。」
「フフッ、クールなピエトロ坊やが熱くなる訳だ。」
そこには、慈愛から悪戯な笑みに飲み込まれた声が残る。
そして、彼女の視線の先には眉を顰めるピエトロ。
続く言葉を予想したエイルニルスは、彼の言葉にかぶせた。
「師匠、僕は・・」
「はいはい、いい子ちゃんは面倒ですね。」
「感情は大事にしろよ・・・まぁ、"アリシア" の事は私が面倒を見る。」
「お前は安心して、上を目指せ・・・他の奴らには関わらせはしないよ。」
「判ったな、枢機卿。」
それから間もなくして、エイルニルスはアリシアを連れ巡礼と称しファルナウム島を後にする。
船の甲板で風を感じるアリシアの頬は以前よりも丸く、見る者に優しい印象を与えた。
しかし、視線を集める二人に寄り付く者はいない。
ひそひそと聞こえる声は、肌の色やその耳で彼女を蔑む者ばかり。
その会話にエイルニルスは、睨みと共に大声で独り言をつぶやく。
「陰でこそこそと情けない。」
「いくら肉をつけて飾っても、心は貧弱ね。」
「まぁ、金と脂肪をぶら下げた豚どもと同じ人種じゃ変わらないか。」
「なんだと、この糞僧侶が!!」
噛みつく男共を軽々と投げ飛ばすエイルニルスは、魔力すら使わない。
その光景を、不安げな表情で祈るように見つめるアリシアは気が気ではなかった。
事が終わると、数名の男は海に転落、また数名は樽に頭から詰め込まれている。
鼻で笑い飛ばすエイルニルスに駆け寄るアリシア。
「お師匠様・・無茶はおやめください・・・」
「フフッ、あんなの大したことないさ。」
「・・でもね、あんたがそんなんじゃ、何時まで経っても舐められるわよ。」
「もっと、シャキッとしなさい。」
「うっ・・・・こ、こうですか?」
背を叩くエイルニルスに合わせ、アリシアは少し猫背気味の背を伸ばす。
その姿に、エイルニルスは、笑顔で笑う。
「フフフッ、アリシアは可愛いな。」
「そうよ、背筋を伸ばせば、それだけで自信があるように見えるの。」
「でも、もっと食べないとダメだな。」
「はい、お師匠様・・・」
彼女達は、旅をし国を回る。
そこで様々な姿を見聞きし、アリシアの記憶も少しずつ回復していく。
島を出て3年もすると、彼女の見た目は昔の面影が戻り、師の口調すら移っていた。
「師匠・・・私は、以前に話していた墓地に行きたい。」
「・・・ダメだろうか?」
「アリシア・・・目的は何だ?」
「あそこは、魔神の祭壇があるのは教えたな・・・」
眉を顰めるエイルニルスに、アリシアは笑みを浮かべその意を伝えた。
「魔神であるなら魔力に関する知識があると思ったんだ。」
「師匠も言っていたではないか。」
「お前は、魔力の制御をしっかり覚えろと。」
エイルニルスは、表情を変えることなく彼女に送る視線を強めた。
しかし、弟子にその圧は効果がない。
ため息をつき、彼女は弟子の意見に乗る。
二人は、旧アルカディア王墓を目指し西へと向かった。




