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33(284).蘇る意識

部屋に差し込む光に目覚め、窓の外を無気力に眺める日々。

自分が何者かも判らず、呼びかけが雑音に感じられた。

しかし、優しくかけられた言葉よりも彼女の意志を引き戻した感情は違う。

エイルニルスは、頬を押さえる女性にため息を落とす。


「アンタ、何時までそうしていいるの?」

「同じ様に全てを失った者なんて、どこにでもいるのよ・・・」

「ほら、食べなさい!」

「貴方を想う人の気持ちを無下にしないで。」


部屋の空気は、彼女が立ち去ることで温かく変わるが、虚しさだけが残った。

頬を押さえ殴られた意味を考える女性に掛けられる言葉は中身の無い優しさ。

日が沈み他者が立ち去った後も、彼女は頬を押さえ虚空を呆然と眺めている。

しかし、本人の意志とは裏腹に目覚めた体は正直だった。

視線は、無意識に冷えきった皿へ向かい手は伸びる。

そして彼女は、睡魔に意識を奪われた。


「私・・・アリシア・・・忘れないでね。」

「大切な私の・・・」


闇の奥に小さく消えていく、優しい声の女性。

すると、代わる様に強い声が聞こえ始めた。


「よしよし・・・ちゃんと食べたじゃないか。」

「あら・・・目が覚めたのね。」

「さぁ、これに着替えて。」

「名前は・・・・アリシアでいいのか?」


大きな女司祭は、髪留めを彼女に手渡す。

それを受け取る女性は、無意識に髪留めを強く抱きしめる。

その姿に、眉を顰め、空の笑みを浮かべる女司祭は彼女に声を掛けた。


「私は、ここの古株の修道女でエイルニルスってんだ。」

「ここでは、司祭と呼ばれちゃあいるが、一応は大司教なんだがね。」

「お前は、私が拾い上げただけだ・・・ここから出て行っても問題ない。」

「それは、修道女の服だが今のボロよりはマシだろ?」

「着替えたら、隣の部屋に来い。」


「・・・」


未だに髪留めを抱きしめる女性の姿に、エイルニルスは頭を掻く。

そして、ゆっくりと部屋を後に言葉を残した。


「取って喰ったりはしない・・・殴って悪かったな。」


髪留めを抱きしめる頬の扱けた女性が部屋を出たのは、日が西の空に移った頃だった。

珍しく書類整理に精を出すエイルニルスは、扉を叩く音に視線を向けた。

扉を隔てた先にある魔力は、何処か弱々しい。

エイルニルスは、表情を緩め声を掛けた。


「入れ。」


そこには、修道服を着た女性の姿。

エイルニルス同様に上背はあるが、骨ばった黒エルフの様な見た目。


「・・・もう少し食った方が良いな。」


「あの・・・ありがとう・・ございます。」


彼女は俯き、発せられる声は弱々しい。

その姿は、全てにか自身が無い様に感じられた。

軽いため息の後、エイルニルスは優しく応える。


「気にするな。人助けも仕事のうちだ。」

「・・・修道服も、なかなか様になっているな。」

「お前は、これからどうしたい?」

「どうして、ここに居るのかわかるか?」


「・・・私・・・・わかりません・・・」


エイルニルスは、紅茶を注ぎ彼女に差し出す。

そこには、優しい笑顔しかなかった。


「ほら、飲んでみろ・・・甘いもんは、体にいいぞ。」


「・・・ありがとう・・・・んっ。」


「ハハハッ、美味いだろ。」


エイルニルスは、彼女の反応に口元を緩め豪快に笑う。

その姿とは対象的に、涙を浮かべ床に座り込む女性。


「おい・・大丈夫か?」

「変なモンは、入れて無いんだが・・・」


席を立ち座り込む女性に駆け寄るエイルニルスは、彼女を椅子に座らせる。

その時、触れた肌の冷たさに、エイルニルスは彼女に毛布を与えた。


「お前・・・内に塞ぎ込んでいるより、話した方が楽になる事もある。」

「私は、仕事をしているが、気が向いたら話してみろ。」

「・・・ゆっくりで構わない。」

「ほら、髪留めを留めてやる。」


エイルニルスは、彼女の髪を軽く梳き、髪留めで髪をまとめた。

そして紅茶を見つめる彼女を残し、机に向かい書類に視線を向ける。

俯く女性は、受け取った紅茶を両手で包みゆっくりと口を付けた。

部屋には、時を刻む魔導具の歯車の音が静かに聞こえる。

窓から差し込む日は、燃える様な赤に変わりっていた。

俯く女性は、空のカップを包む様に両手で持ち、視線を落としている。

しかし、ゆっくりと小さな声がエイルニルスに向けられた。


「ありがとうございます・・・私は・・・」

「私は、自分の事がわかりません・・・」

「覚えているのは、私を大切に想う人が消えて行く記憶だけ・・」


「・・・そうか、ゆっくりでいい。」

「急いで思い出す必要もないんだ・・・」


赤く染まった空は徐々に青黒く変わる。

優しく静かに時を刻む空間に、女性のお腹から小さな音。


「フフッ、体は正直だな。飯を用意しよう。」


「・・・ごめんなさい。」


エイルニルスは、席を立ち部屋を離れた。

残された女性は、人は何温まったカップを強く抱きしめる。

静かな空間に響く魔導具の音は、彼女の気分を少しずつ暗くさせた。


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