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30(281).喪失

牧夫の朝は早い。

東の空に太陽が昇る頃、アリシアはエギーユと共に羊の群れを操っていた。

エギーユは、杖を持つ腕を上げアリシアに指示を送る。

アリシアは、凛と立つ牧羊犬に命令を告げた。


「行きなさいカスター!」


牧羊犬は、返事することなく駆け出す。

それは、羊の周囲を駆け集団を纏め上げる。

そして、1つの塊へと変えた。

その光景に笑みを浮かべるエギーユはアリシアへ声を掛ける。


「上手くなりましたね、アリシア様。」

「カスターも良くなついている。」


「ありがと・・・少しは、役に立ててるといいけどね。」


そこには、以前の様に明るい笑みを浮かべるアリシアの姿がある。

彼女は、群れの後ろに続く。

その表情に狼牧夫は表情を崩す。

しかし、直ぐに表情を暗くした。


「アデライード様も早く元気に戻るといいですね。」

「俺は、あんな姿の姫を見ていられませんよ・・・」


「そうね・・・アデリアも元気になれば・・・」

「ダメね・・・私がこんなじゃ、アデリアだって良くならないわ。」


「アリシア様・・・いつまでの家に居てください。」

「きっと、アイン様も見つかりますよ。」

「また、皆で地蜂の巣を採りにいきましょう。」


「・・・そうね、きっとそんな時間(とき)が来るわよね。」


2人と一匹は羊の群れと共に高地をめぐり牧場へと戻る。

太陽は既に沈み、家には温かい明かりと食欲を誘う香りが漂う。

そこには、小さな影が此方に走ってくる姿があった。


「おとーさーん!」


「どうしたんだミディ?」


「かあさんがね、お姉ちゃんを羊さんの家に隠してって。」

「"りょーしゅ"のおじさんが来てるからって。」


「・・・こりゃ不味いな。」

「ミディ、お姉ちゃんと一緒に羊舎にいってろ。」

「アリシア様、さぁお早く。」


アリシアは、羊の影に隠れる様に羊舎へ向かう。

そこには、布に隠れた母と義妹の姿。

アリシアは、胸を押さえ二人と抱き合う。


「母様、アデリア、無事でよかった・・・」


「アリシア、あなたも無事でよかった。」

「ミディくん、もう大丈夫よ。」

「貴方は、お家に戻りなさい。」

「おばちゃん達が、ここにいる事は内緒・・・」

「そうね、これは "かくれんぼ" 。」

「ミディくんは、私たちを守る騎士様ね。」

「騎士様は口が堅いのよ、誰にも行っちゃダメ。」

「いいわね。」


「うん!」


ミディは、羊たちを搔き分け柵から出る。

そして、羊舎から母屋へ。

数刻が過ぎ、羊舎にローヌが姿を見せる。


「モーティル様、もう大丈夫ですよ。」

「ウチの人が、領主を街まで送りに出ました。」


そこに駆け寄る小さな騎士。

騎士は、小さな枝を片手にローヌの正面に陣をとる。


「ここには、おばちゃんは居ないもん!」

「僕は、おばちゃん達を守る騎士なんだぞ!」


「フフッ、あらら。お母さんもダメかしら?」


「ダメだもん。騎士は口が堅いんだぞ!」


「でも、モーティル様達がここに居る事言っちゃったわね。フフッ。」


小さな騎士は、余る手で口を覆う。

そして、枝をローヌにかざす。


「おばちゃん達は居ないもん・・・」

「僕は騎士なんだぞ!」


後方から優しい手がミディの頭を優しく撫でる。

その温かさに小さな騎士は視線を向けた。


「フフッ、頑張ったわね、騎士様。」

「ローヌ、厄介ごとを任せてごめんなさい。」


「モーティル様が謝ることはありませんわ。」

「あの領主は、税をとる時と、こんな時にしか働かないんです。」

「どうして、アイン様の後釜があんな無能なヒューマンになってしまったのか・・・」


「本当にごめんなさい・・・」


「いえ、謝らないでください・・・」


俯く二人の姿に、ミディは声を掛け、母に枝で切りかかる。

それは、まさに騎士の様な振舞だった。


「おかあさん、ダメ!」

「おばちゃんが泣いちゃうよ。」


「こ、こら、ミディやめなさい。」


その姿に、笑みを溢す二人の黒エルフ。

1人は、布を頭から被る義妹を優しく抱きしめていた。

その夜、エギーユが戻ることは無かった。



翌日、雑に扉を叩く音でローヌは起こされる。


「はいはい、待ってて。・・・あなた飲んできたの?」


鍵を開けるローヌは、腹部に痛みと徐々に力が抜ける感覚に襲われた。

そして、扉から突き出された穂先は、赤い液体を垂らしながら扉に穴を残す。

その場には、力なく倒れ込むローヌの姿。

駆け付けるモーティルに最後の力で警告するローヌ。


「逃げて・・逃げてくだざい・・・」


モーティルは、小さく呟きその場から踵を返す。

その後ろ姿に、笑みを浮かべ薄れゆく意識の中ローヌは呟く。


「ミディを・・・お願いします・・・」


そして、扉が魔法により吹き飛ばされる。

その轟音に、モーティル達は、急ぎ窓から外へ活路を求めた。


「ミディ、お母さんからよ。」

「騎士として、おばちゃん達を守って頂戴って。」

「さぁ、ここから離れるわよ。」


「うん!」


4人は、家を飛び出し、羊舎を横目に山へ向かう。

しかし、家はヒューマンたちに囲まれていた。


「・・・アリシア、二人をお願い。」

「私が声を掛けるまで振り返らないで頂戴。」

「いいわね・・・愛してるわアリシア、アデリア。」


「・・・はい、母様。」


モーティルは、周囲のヒューマンを見据え術式を紡ぎ出す。

それは、彼女の周囲を光らせ周囲に小さな人影を浮かび上がらせた。


「イ デゼーア アーダ アル フラマ ラルジュ!」

「頼むわよ、火の精霊達。」


光は姿を変え、彼女達を中心に炎の渦と変わり外へと広る。

その渦は、ヒューマン達をなぎ倒す。


「さぁ、行きなさい!」


「母様・・・ご無事で・・」


アリシアは、母へ声を残し、振り返ることなく走り出す。

手を引かれ、彼女に続くアデライードと小さな騎士。

3人の姿を見つめるモーティルは小さく呟く。


「イ デゼーア ヨウ フェリキタス・・・」

「あなた・・あの子たちを守ってあげて・・・」

「さぁ、かかってらっしゃい!!」


そして、残るヒューマン達を睨め付け魔力を高める。

その姿を最後にモーティルの姿を見た者はいない。


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