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29(280).旧知の優しさ

静かな森は、3人の家族を優しく包み隠す。

月が西の空に移る頃、モーティルは2人の娘に声を掛けた。


「アリシア、そろそろ移動するわよ。」

「ここからは、あの川に沿って西に進むわ。」

「次の目的地は・・・ここ。」


地図を指をさす母の指先を見つめるアリシアは、うつろに月を見つめるアデリアに視線を向ける。

その姿に憂い、彼女の頭を軽く撫でた。


「アデリア、また山道ね。」

「昔、父様が山で蜂蜜とりだって、皆で山にいったよね。」

「あの時は、父様もハチに刺されて大変だったけど、貴方も口の周りべちゃべたやにしてたわよね。」

「フフッ、懐かしいわ・・・」


「フフフッ、あなたも服を汚してたの覚えてる?」


表情を緩め、二人に視線を送るモーティル。

その言葉に頬を膨らめたアリシアは反発する。


「そんなことは無いわよ・・・たぶん。」


「はいはい、お姉さんですものね。」

「さぁ、お姉さん先に進むわよ。」


アリシアは、モーティルの声に押されるよに一行の先頭を進む。

湖畔には3人の姿が映るほど静かな夜。

森の奥から聞こえる声は、夜鳥の低い声だけだ。

川の潺々(せんせん)と砂利の擦れる音は、雑踏を進むより幾分心を軽くする。

少しずつ傾斜を増す河川敷は、3人の足取りを重くさせていった。

空が白む頃、3人はバーミル高原へとたどり着く。


「母様、そろそろ夜が明けるわ。」


「そうね、街道からは離れてると思うけど・・・」

「人目がない場所がいいわね。」


「この辺りだと、出入りのスコルがいなかったかしら?」


モーティルは、腕を組み首をかしげる。

そして、出入りの商人達の顔を思い浮かべ手を叩く。


「アリシア、そうよ。」

「羊飼いのエリスだったかしら、いたわね。」


「母様・・・エリスは牛飼いのコボルト。」

「羊飼いは・・・エギーユよ。」


眉を顰め母にため息を送るアリシア。

それに笑いで返すモーティルは、彼女の背を押した。


「頭文字は、あってるじゃない。」

「だいたい合ってれば、会話なんて成立するのよ・・・」

「ほらほら、日が昇る前に彼に会いましょ。」

「羊小屋ぐらいなら貸してくれるわ。」


3人は、高原を越え、遠くに見える街を横目に山間部へと歩を進めた。

そこは人里から離れ、慎ましい佇まいの山小屋と少し大きめな羊小屋がある。

モーティルは、山小屋の扉を叩いた。

すると、扉が開き、小さなスコルの少年が姿を見せる。


「こんにちは、僕はミディ。」


生まれたての子羊の様に小さく震える狼獣人の少年。

モーティルは、膝を屈め少年と視線を揃える。

そして、表情を崩し優しく声を掛けた。


「おばちゃんは、モーティルよ。ミディくんのお父さんの友達ね。」

「ミディくん、お父さんたちは、お家に居ないの?」


小さな獣人は、への字に閉じた口を緩め、優しい視線に声を返す。

それを受ける女性の表情は、母の様に優しい。


「お父さんとお母さんは、羊さんとお散歩だよ。」

「僕は、お家を守ってるんだ。」


「そっか、ミティくんは、お家の騎士様なのね。」

「じゃあ騎士様、お父さんたちがいつ戻ってくるかわかる?」


「うん!」


震えを止めた小さな狼騎士は、優しい笑顔に胸を張る。

幾度か繰り返される問答では、モーティル達の欲しい情報は少ない。

それでもモーティルの表情は変ることは無かった。


「ありがと、騎士様。」

「おばちゃんは、お父さんたちを探してくるわね。」

「そうね、騎士様は、このままお家を守って頂戴ね・・・大切な事よ。」

「・・・ダメよ、外に出ちゃ。」


「うん!」


3人は、ミディの説明を元に山岳地帯を進む。

そして、羊の群れとその主を見つける。

そこには、追う者の表情を見つけることはなかった。

笑顔で手を振る女性と、その横から聞こえる優しい大らかな声。


「モーティル様じゃあ~ありませんか~!」

「どーしてこんな山奥に~?」


2人の狼獣人は、3人のエルフを優しく迎え入れる。

辺りには、独特の獣臭が鼻をつつくも、山を流れる風がそれを優しく片付けた。


「エギーユ、ローヌさん、急に訪ねてごめんなさい。」

「色々あって・・・お願い、今日だけでいいの・・・泊めてもらえないかしら?」


眉尻を下げ嘆願するモーティルに、二人はその行動を制止する。

それは、拒否する行動ではない。


「モーティル様、おやめください。」

「私達の生活が苦しい時に助けてくれたのは。モーティル様とアイン様だけでした。」

「今日と言わず、落ち着くまで泊って行ってくださいな。」

「ねぇ、あんた。」


「あぁ、俺達が無下に出来る訳がありませんよ。」

「そんな事したら、我らの祖先に顔向けできません。」

「俺たちは、あなた方が罪人だなんて何かの間違いだと思っています。」

「ローヌ、モーティル様たちを家にお連れしてくれ。」

「羊たちは、俺とカスターでどうにかする。」

「粗相のねえようにな。」


女性の狼獣人は、ため息と共の旦那の肩に手を軽く乗せる。

そして、残念そうな視線をお送る。


「ハァ、あんたじゃないよ。」

「エギーユを頼んだよカスター。」


「ワン!」


ローヌは、足元の牧羊犬を軽く撫で表情を戻す。

そして、眉を顰める旦那に笑顔を送り強く背中を叩く

その衝撃でエギーユは堰込んだ。


「気を付けて帰ってきてね、あなた。」


「ゴホッ・・・あぁ、任せとけ。」

「今日は早めに戻るよ。」


モーティル達は、エギーユの元で心安らぐ時間を過ごす。

そして数日経ち、エギーユから町で流れる噂を聞く事になった。


「モーティル様、お気を確かに聞いてください。」

「町の噂で、アイン様の死んだと・・・」

「俺は信じてはいませんが、行方が分からないのは事実らしいです。」

「王都の方じゃあ、ヒューマ達の黒エルフ狩りが活発化してますが・・・」

「まぁ、ここは山ん中です。安心してください。」


「ごめんなさいね、エギーユ。」

「あなた達には、迷惑を掛けます。」


俯くモーティルにローヌは優しく声を掛ける。

それは、大切な主人への振舞にも見えた。


「おやめください、モーティル様」

「私達は、恩が欲しくてやっているわけではありません。」

「苦しい時は、お互い様です。」

「そうおっしゃってくれたのは、モーティル様ですよ。」


「ローヌ・・・ありがとう。」


3人の会話の外で、ミディと遊ぶ娘とそれを意思無く見つめるもう一人の娘。

夜の闇は、赤い空をゆっくりと青黒く染めていく。


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