27(278).苦しめる誓い
アルカディア王都は、反乱軍により占拠された。
それは、王権の敗北に他ならない。
そこにはヒューマンや獣人達の姿があり、どの顔も明るい。
しかし王城では、今だに激しいぶつかり合いが繰り広げられていた。
「アイン、ないごて剣を振っ!」
「龍陰、ここは引け!!」
「俺は、お前を切りたくない!」
一瞬消えた二人の剣士は、その間合いの中心で姿を現し衝撃波を生む。
それは一瞬遅れ広がり、互いの後方を薙ぎ払う。
「王が落ちれば、全ては終わりんす。」
「アインさん、引いておくなんし・・・」
「主さんの守護霊も悲しんでやすよ・・・」
「俺は、約束しちまったんだよ・・・」
「姫が幸せに生きられる世界を守るってなぁ!」
「見えているかの様な言葉を言わないでくれ・・」
刃から放たれる空圧は、樋鳴りと共に宇受愛を襲う。
しかし、白猫剣士がそれを防ぐ。
「アイン様、もうやめてください。」
「僕も、あなたと戦いたくない。」
「いつもの優しいアイン様に戻ってください!」
「奥様だって、お嬢様だって・・・姫様だって、そんな姿見たくないはずだ!」
白猫は、眉を顰めアインに叫ぶ。
それは、剣を振るう男の心を締め付けた。
「カール。男には引けねぇ事もあるんだよ!」
「龍陰、手前は言葉と殺意がめちゃくちゃなんだよ!!」
アインは、頭上より迫る龍陰の斬撃を弾く。
そして、反動を利用し袈裟切りにつなぐ。
しかし、龍陰も同様に次撃を放っていた。
繰り返される衝撃波は、荘厳な謁見の間を廃墟に変える。
「おまんの姉は、望んでしめねえ!」
「こん国は終わりじゃ。邪魔はすっな!!」
「王の首なんざ、くれてやる・・・」
「だがな、勝手に終わらせんじゃねえよ。」
「この国は、姫が立て直す!!」
「邪魔は、他国に干渉するてめぇらだ!!」
その時、謁見の間に3人の影が現れる。
その一人は、両手を枷に繋がれた女性。
その姿は、まるで浮浪者の様に薄汚れ、その瞳には光がない。
「アイン兵長さんよお、これを担ぎ上げようってのか?」
「・・・ハハハッ、馬鹿言ってんじゃねえよ。」
「殺した男の名前を繰り返す糞女じゃねえか!」
その姿を視線にとらえるアインは、歯ぐきから血がにじむ。
そして、彼が内包する魔力は、その空間を包み込んだ。
『貴様ら! アデリアに何をした!!!』
その叫びは、魂を揺らす。
アデライードを引きずる女は、その圧に脳を焼かれ泡を吹く。
「おい。ラトゥール・・・ラトゥール。」
「てめぇ、ラトゥールになりをした!」
アインは、龍陰の剣をいなし、地面へと追いやる。
そして、彼の剣を足で弾きく。
「龍陰・・・邪魔はすんな。」
「親ってのはな、遊びじゃねえんだよ。」
高まる圧は、アインの体を紅紫の炎で包む。
彼は、泡を吹く女に揺するバルドの問いに答えた。
「知るかよ・・・俺の娘に何してくれてんだ。」
「クソガキが調子に乗りやがって・・・」
アインは、バルトを鷲掴みに持ち上げる。
中吊りの男は、目は紅く充血し鼻からは血を流す。
誰も止める事など出来ない程に重い圧が空間を埋める。
しかし、その圧は独りの男により解放された。
「アイン、そこをどけ・・・」
「王の首は俺がとる・・・妻と娘への手向けだ。」
視線はエーヴィッヒへと集まるが、彼らの想い描く賢者はそこには存在しない。
廃墟と化した謁見の間は、物理的な熱量も増し、その名残すらも灰に変える。
そこでぶつかり合う視線には、殺気しかない。
「何度も言わすな。」
「アイン、そこをどけ。」
「エーヴィッヒ、何故貴様がここに居る。」
「貴様は、姫と俺の家族を解放する役目のはずだ・・・」
「そこにきて、こいつらは何だ・・・・」
「反乱軍が、こうも暗躍できるなど・・・・」
「国の不信が呼びこんだだけの事。」
「私が、どちらに付こうと関係ない。」
「ある事実は、我が家族の・・無残な姿のみ・・・・」
「そこをどけぃ!!」
賢者は腕で空を薙ぐ。
彼の視線はその強い意志を乗せ、正面のアインへとぶつかる。
アインは、エーヴィッヒ越しにアデライードを見つめた。
そして、剣を握る手を血でにじませる。
「そうか・・・貴様が内通者・・・裏切ったのか・・」
「エーヴィッヒ・・・貴様が・・・貴様が俺の家族を!!」
アインの居た場所は、足型を残し、その周囲にひびがはしる。
そして刹那、衝撃波と共に大きな音。
エーヴィッヒは、音の先に視線を向ける。
その瞬間、意識の外から首筋に向け刃が奔った。
しかし、魔防壁がそれを拒む。
その結果、賢者は魔防壁ごと壁へと弾き飛ばされる。
アインは、剣を鞘に納めず、残る手で刃を掴む。
そして、静かな呼吸と共に体勢を沈める。
その姿に龍陰は声を上げた。
「賢者、下がれ!!」
それは、引き金となり剣士は消える。
次の瞬間、白熱した刃が賢者の首を襲う。
しかし二度目の襲撃は、龍陰と賢者の杖、そして強化され重ねられた魔防壁に阻まれた。
「龍陰、貴様!!」
「けねの安全は、おいが保証すっ・・引けアイン!!」
3つの金属が交錯し、3人の動きは止まる。
それでも、一方の二人は、徐々に力負けを始めた。
彼らの前に立ち塞がる男は、さらに魔力を高め赤黒い魔力の炎に包まれる。
その瞳に宿る炎は、自らの目すら焼き尽くした。
その姿に宇受愛は、悲痛の声を上げ、必死に彼の意識を呼び戻す。
「アインさん、力を押さえておくんなんし・・」
「そのままでは、主の体が持ちんせん。」
「そんな結果、どなたも望んでいんせん!!」
魔力の炎に飲まれるアインは、エーヴィッヒを睨む。
そして、邪魔な2つの金属を素手で掴み、強引に薙ぎ払う。
「エーヴィッヒ・・・貴様だけは許さねぇ。」
「俺の家族を・・・俺の家族を・・・」
彼の目に映る世界は、龍陰達には想像することは難しい。
しかし、その感情は伺い知れた。
宇受愛は、エーヴィッヒに指示を出す。
「賢者殿、王は私達が討ちんす。」
「主は、魔力を高めアインさんを誘導しておくんなんし。」
「出来るだけ遠くへ・・・」
感情の渦から解放されたエーヴィッヒは、宇受愛の指示に従う。
それは、彼を歴史の表舞台から一時的に消す事となった。
魔力に飲まれた剣豪は、ただ一つ認識できる魔力の色を追う。
それから幾時が過ぎ、男はボロボロになりながらも魔力を追い続けた。
しかし願いは叶わず、遠ざかる魔力に悲しき咆哮を上げ涙を流す。
1人の剣豪は、光を失い帰る道すらも失う。
全てを失った男は、深い闇の中で家族の温もりを求め彷徨い嘆いた。




