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26(277).反乱の狼煙

風変わりな装いの旅人が謁見の間から2度にわたり追い返された後の事。

王族の態度は、以前にも増して横柄になっていた。

それは、街人へ不安以外は与えない。

子供を持つ親は、兵士を見るなり子を家へ連れ帰る。

酒場さえも、気の知れた兵以外は入店拒否するありさまだ。

街を歩くバルトは、ラトゥールの酒場へ足を急かした。

彼は、少し重い扉を開け、店内に響くドアベルの音に耳を傾ける。

その姿にクスクスと笑う女店主。


「なんだよ・・・たまには、こういうのもいいだろ?」

「・・・気分転換だよ!」


「フフフッ、悪かったわよ。」

「でも、フフッ・・・馬鹿っぽいよ、その顔。」


「もう、やんねえよ!」


他愛も無い会話は、店に集まる同胞たちを和ませた。

しかし、彼らの表情はすぐに戻る。

バルトは、カウンターへと進み店内を見回す。

そして、そこに集う同胞へ声を投げた。


「皆、集まってくれてありがとう。」

「嬉しくはねえが、この時が来ちまった・・・」

「俺は、幼馴染の・・ローエンの仇を取りてえ。」

「俺は、あの女が許せなかったよ・・・」

「だが、調べれば調べる程・・・感情のやり場に困ったよ。」

「ローエンをやった奴も、同胞を攫って行くやつも全て同じだ。」

「何かあれば、出る名はアデライード・・・あの女は牢獄じゃねえのかよって。」

「誰だって、そんな事が続きゃ疑うしかねえよな。」

「皆・・・俺に命を預けてくれ。」

「俺たちは・・・国と討つ!」

「後の世じゃぁ、逆賊と罵られるかもしれない・・・」

「それでも、これじゃ罵る奴も残らねえよ。」


バルトの言葉に頷く者、彼の言葉に失踪した者を想い浮かべる者。

様々な想いは彼らの原動力となり、小さな波を大きくしていく。

そして、開戦のきっかけは簡単だった。

1組の貴族の不注意で、自身の衣服に泥が飛ぶ。

近くを歩くヒューマンに因縁をつけ、彼らは感情のまま罵声をぶつけた。

それは、今までも良くあることだ。

しかし、動かないはずの歯車は、もう動いている。

エルフ貴族を囲むヒューマンの人だかり。

怒号を消し去る様に貴族の首は空を舞う。

残された者は、悲鳴を上げ走り出す。

しかし、それを逃がす程甘い世界ではない。

狩りは始まった。

街では、武器を持たない貴族達が獲物へとなり下がる。

それは王宮で議題に上がるも、頼りはアインとソラスの二人。

互いに意見を交わすも、対立する会話に王はソラスの肩を持つ。


「アイン、お前は儂を守れ。」

「ソラス。お前は暴徒を討て。」

「ヒューマンなど根絶しても構わん。」

「いなくなったら、獣でも連れてくればよい。」


王の言葉に、二人は頭を下げ声を返す。


「ハッ。」


「・・・ハッ。」


しかし、表情は真逆だ。

一方は、唇を噛み眉を顰める。

そして一方は、眉尻を下げ、口元を歪める。

後の世に古代魔法王国戦争と語り継がれる詩歌は山場へと向かっていく。

王国軍の指揮を執るのは、ヴァン・イニューティル。

ソラスの進言で踊らされる男は、それは逆だと言わんばかりに軍を動かす。

王都では、町中の魔力を吸い上げ、集団術式を強制発動。

それは、住民の魂をも吸い上げ、反乱分子を薙ぎ払う。

そこには、同軍の軍師を睨みつける一人の賢者


「ヴァン、貴様・・・何のつもりだ。」

「住民に避難勧告は出したのか!!」


「エーヴィッヒ殿、不意打ちに価値があるのですよ。」

「敵を欺くにはと言うではないか・・・死にはせんよ。」

「ちいと魔力を貰っただけの事だ・・・」

「気になるなら家族の元へ行ったらよろしい。」


エーヴィッヒは、眉を吊り上げ目を細める。

握られた拳は、石壁にひびを残した。


「ひぃ!」


「貴殿、鎮圧が終わったら覚えていろ・・・」


賢者の足音は、無作法に廊下に響き渡る。

彼の後ろ姿を伺うヴァンは、集められた兵士達の視線に怒声を返す。


「えぇい、何を見ておるか!」

「さっさと、次の準備だ。」


「「・・・はい、総司令殿」」


風を切って廊下を走る賢者。

それを諫めようと思いう者はいない。

彼の表情は鬼ガワラの様な憤怒。

その上、洩れる呟きは地獄の門すら開きそうな程だ。

賢者は、我が家をその視界に移すと、表情からは怒りが消え、不安へと変わる。

扉を開くと共に響く声には悲壮感が漂う。


「帰ったぞ・・・」

「レイチェル・・・」

「リリティア・・・」


「・・・あなた・・・・」


「レイチェル・・・おい、レイチェル!」


エーヴィッヒは、力なく横たわる妻を強く抱きしめる。

そして、頬をよせ咽び泣く。


「あなた・・・うるさいし痛い・・・」


「レ、レイチェル・・てっきり・・」


「勝手に殺さないで・・・」

「でも、これが無かったら危なかったかもしれないわ。」


レイチェルは、抱いた赤子の涎掛けを見せる。

それは、アデライードから贈られた出産祝いだ。

それを眺めるエーヴィッヒは、涙を流し二人を抱きしめる。


「どうしたのよ、あなた・・・リリティアは無事よ。」


「・・・そうだね、さぁ、避難の準備をするんだ。」

「この国は、私の手には余り過ぎる・・・・」

「君たちだけでも逃げてくれ。」

「戦争が終わったら、必ず迎えに行く。」

「いいね。」


「あなた、無理はしないでね。」


二人は、お互いの温もりを唇で感じ合う。

その間で幸せそうな寝息を立てる赤子。

一つの家族は、互いの為に距離を置く決意をした。


「じゃあ、トゥーン殿によろしく頼む。」

「必ず追うよ・・・レイチェル。」


「待っているわ。エーヴィッヒ。」


荷物をまとめた賢者の夫人は、夫に見送られ城門へと向かう。

振り返ると、未だに手を振る夫の笑顔。

その瞬間、リリティアが堰を切った様な声を上げる。

睨む様な周りの視線に困惑するも、優しい笑顔であやすレイチェル。

そこに掛け寄るエーヴィッヒは、リリティアに笑顔を向けた。


「イ デセーア セレイ エンドレ ウゼグ フロリ クレト」


彼の手には綺麗な花が現れる。

それを小さな手に彼は握らせた。


「イ デゼーア ヨウ フェリキタス」

「リリティア、私は必ず君を迎えに行くよ。」

「レイチェル、苦労を掛けるね。」


頷く妻を抱きしめ、城へ踵を向ける賢者。

だが、それが最後の抱擁になる事は、賢者の知識をもってしても気付き様がなかった。

何も知らぬまま東の鬼達と相まみえ、街へと戻る。

そして知らされた全ての事実は賢者を鬼へと変えた。

彼の進む廊下は、放たれる熱により溶け出し元の形状を残さない。


「ヴァン・・貴様。」


「ひぃ・・な、なんだ、賢者殿か。」

「フン、な、何のつもりか知らぬが、私は認知していない。」


「総司令の貴様が認知していない・・か。」

「ならば、この先も認知できぬ体にしてやる・・・」

「詫びる必要はない・・・死ね。」


ヴァンは、顔を鷲掴みに壁に押し込まれる。

押し付けられた皮膚は焼けただれ、衣服と共にその熱量で燃え上がる。

叫び声が響く廊下には、侍女長が腰を抜かし汚れた湖を作り出す。


「嫌ぁーーーー!」

「ヴァン様が・・・・・」

「おのれ、たかが一教師の分際で!!」


「・・・うるさい売女。」


賢者は、視線を落とすことなく手を翳す。

それは、魔導の術式を呼び起こし、先に佇むエルフを消し炭に。

彼の進む廊下には、彼の足跡だけが残った。

未だに白熱する地面からは、蒸気が上がり空間を歪めている。

その進む先では、東の同胞と親友ともいえる男が刃を交えていた。


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