24(275).絶望
収穫を終え手の入らない大地は寂しい風が吹く。
体温を奪う冷たい風は、アルカディア城の牢獄でも変わらない。
家族と引き離された、アデライードは小さく空いた格子窓を見つめる。
プライバシーなどない牢獄では、薄汚い男達の視線が彼女を苛立たせた。
「王家の姫君が、窃盗で殺人たぁ大した玉だ。」
「ネェちゃんよお、同じ罪人だぁ、仲良くしようじゃあねえか?」
牢獄を監視する兵は、牢屋の格子を強く雑に殴る。
それは、冷たい牢獄に強く響き、罪人たちを静かにさせた。
そこに、見覚えのある鎧の大男。
「これは、近衛兵長。」
「あぁ、気にするな。」
「この状況じゃあ人でも足りんらしい。」
「見回りだ・・・楽にしていい。」
「ハッ!」
アインは、監視兵とアデライードの間には居入る。
そして視線を落とさず、魔力で空間に文字を描く。
それは、余りにも汚い文字だが、彼女には届いた。
アインは、牢獄を一回りし、監視に声を掛けその場を後にする。
そこには、一人蹲りすすり泣くアデライードの姿が残る。
しかし、それは絶望からではない。
「よかった・・・アリシアも乳母様も無事でよかった・・・」
そして数日が過ぎ、彼女は民衆の前に晒された。
彼女の目の前には、傲慢そうな表情の貴族、それを取り巻く様に作られる人だかり。
そこには、嘲笑と暴言だけがあった。
自身の後ろには、実父だった者の姿とその現在の妻と娘。
アデライードに、不快な笑みが突き刺さる。
断罪人は、彼女の横に立つ。
「この者は、研究者たちを殺害し、国より宝を奪った。」
「それは、王家にあるまじき行為。」
「ここに法による裁きを与える。」
その言葉尻にかぶせるように飛ぶ声。
それは、王位継承権を国の為に廃権した第一王子の姿だ。
「それ程の罪ならば、死罪では生ぬるいのでは?」
「・・・そう、その者に永遠の苦痛を与えればよろしい。」
「耳精を切り落としてしまえ。」
「古代より最も重い罪には断耳、これであろう?」
彼の声は、心地よく民衆の耳に入る。
それは、王族も同じ事。
だが、その意を知る者は数少ない。
「何だよ、その ” ジセイ ” ってよお。」
「そうね、私もわからないわ・・・」
騒めく民衆に、エーヴィッヒは声を返す。
それは、抑揚のない説明だった。
「我々黒エルフは、耳の尖った部分、耳介尖で精霊達と交信する。」
「その為、耳精と呼ぶのだが・・ここが無くなれば、交信はおろか属性など安定しない。」
「これ以上は、説明不要だろう・・・」
「今まで、出来た事、聞こえていた声が無くなるというのは・・・言うまい。」
一瞬、時が止まる断罪の丘。
しかし、煽る者は何時の時代にもいる。
「断耳! 断耳! 断耳!」
「「断耳!! 断耳!! 断耳!!」」
「「「断耳!!! 断耳 !!! 断耳!!!」」」
会話さえできない空間で、二人の男は、俯き冤罪人に小さく呟く。
「すまない、アデライード・・・」
止む事の無い声の波は、歪んだ笑みの王が止める。
その姿は、民に様々な想いを持たせた。
「静まれ・・・この罪人は断耳をもって浄化する。」
「執行官、断首は止めだ・・・耳精を飛ばせ!」
王の言葉が終わると、アデライードは頭を押させられる。
そして、両耳からは紅い鮮血が流れた。
人々は、彼女の悲鳴と絶望に恍惚の笑みと歓声を送る。
そして、断罪が終わると、熱狂冷め有らぬままに人だかりは消えた。
冤罪により耳介尖を失ったアデリアードは、牢獄へと引き戻される。
両耳は燃える様な痛みが包み、今まで聞こえていた精霊の声は、もうそこには無い。
冷やそうにも、属性は安定せずそれも叶う事は無かった。
彼女は痛みの中、蹲り傷口に当てられた布を押さえる事しかできない。
その日、街を白い雪が包む。
それは雑踏すらも奪い、彼女を孤独の淵へと追いやった。
小さな窓から吹き込む風は、彼女の体温を奪うのみ。
しかし、耳の熱など引くことは無かった。
痛みと熱で彼女の意識など無いに等しい。
幾度となく意識を失うも、痛みと悪夢に意識を戻された。
最初の頃は、夜間の悲鳴に牢獄からは怒号の嵐。
日が経つごとに、その怒号すらも減っていった。
それは、彼らが寛容になったわけではない。
それと同じくして、国中では人が消え始めた。
静まり返る牢獄で独り蹲りうなされる日々は、彼女から少しづつ感情を奪う。
美しかった流れるような髪は輝きを失くしボサボサに。
水を弾く肌は、カサカサになり光など返さない。
赤黒く薄汚れたボロ布を抱きしめる彼女には感情など彼果てていた。
彼女の口からは、微かに同じ言葉か繰り返された。
「ローエン・・アリシア・・・会いたいよ・・・」
看守さえ消え、食事も減った牢獄には、微かに響く小さな呟き。
そこに希望など在りはしなかった。




