23(274).三賢人
日の傾きも緩やかになり、旅人の服装は厚くなる。
空に浮かぶ雨雲を睨む旅人達はため息まじりで歩を速めた。
同じように街道を進む3人の女性。
傾斜を増すその道は、彼女達の進みを妨げる。
「アリシア、大丈夫かい?」
「道は、あっているの?」
「ええ、お母様、この先のコウヤまで出れば、後は目と鼻の先。」
「そうよね、アデリア?」
先を行く2人の会話に顔を上げるアデライード。
その表情は、以前よりは明るい。
「・・・あっていると思うわ。」
「でも、この辺りは確か・・・」
アデライードの声に呼応する様に聞こえたそれは、彼女の表情を曇らせる。
警戒心の塊の様な嘶きは、先の森から聞こえた。
その表情に、モーティルは優しく諭す様に声を掛ける。
「二人とも物知りね。」
「ちょっとだけ、通らせてもらいましょ。」
「遠回りでも、森に入らなければ大丈夫よ。」
「乳母様、神獣を侮ってはいけません。」
「フフフッ、元気になった。」
「ちょっと、横を通るだけよ・・・ね。」
「ほら、いきますよ。 アデリア。」
眉を顰め頬を膨らめるアデリアードに笑みを送る二人。
遠くの嘶きを他所に、森を迂回しコウヤの町へと向かう。
森の奥では、魔法による特有の発光と不思議な爆発音。
そして、若者達の怒号と悲鳴。
「嫌ぁーーー!」
「何によ、あの巨大ジジイ。」
「もう帰ろうぜ・・・・お前と俺だけになっちまったしよぉ。」
「赤字でも、命あってのもんだろ?」
正面の森からは、2人の冒険者が生き絶え絶えに走り去る。
それを追う様に地面は揺れた。
そして、森は揺れ彼の者があらわられる。
「イ デセーア ヒドゥン ヒューマ!!」
それは、雄々しい半裸の白髪巨人。
その見た目からは想像させないが、彼は三賢人の一角だ。
それを見つけたアリシアは声を掛ける。
「あっ、トゥーン様!・・・なぜ裸?」
「・・・アリシア嬢か。」
「・・・これはだな、服が汚れると面倒ではないか?」
「・・・さすがに、下は隠さざるえまい・・のう、アデライード姫?」
俯く姫に、声を掛ける笑顔の老巨人。
しかし、彼女は彼の知るいつものアデライードとは違う。
その姿に、ため息をつく巨老人。
「・・・そういうつもりではないのだぞ?」
「・・・悪気はないのだ。」
「・・・して、こんな時期の山奥にどうしたんだね?」
巨老人は、腰に巻くマントで上半身を隠し3人に視線を向ける。
その姿にモーティルは佇まいを正し、成り行きを伝えた。
話を聞く巨老人は、目を瞑り成り行きを理解し、彼女に言葉を返す。
「・・・モーティル殿、話は理解した。」
「・・・それは、難儀だったのぉ。」
「・・・では、家に向かうとするかね?」
「・・・儂は信じるよ。」
「・・・精霊達も、そうしろと煩いからのぉ。」
巨老人に続き3人は彼の家を目指し山を登る。
既に山肌は薄っすらと白く、彼女達の足跡を残すも翌日には消えた。
3か月ほど経つと、コウヤの町にもアデライードの張り紙。
それを真実と受け取る人は、日を追うごとに増えていった。
一方、下界と交流の少ない巨人の小屋では、老人と無駄に笑顔の男が議論を交わす。
「見てくれ。生まれたんだよ。私の娘だ!」
「なぁ、可愛いだろ??」
「・・いや、答えなくてもいい、可愛くない訳がないからな。」
「フフフフッ、可愛いなぁ~♪」
1人だけ無駄に浮かれる男は、その場の5人に紙を見せつける。
それは、水晶に映った風景を鮮明に紙へと転写する魔導技術の産物
数年前にソラスにより開発された技術だ。
勿論、浮かれ切った男は、先日娘が生まれた賢者エーヴィッヒ。
朝は、いつもこれだ。
ため息をつくドワーフの老賢者は薄くなった頭を撫でる。
「エーヴィッヒ、少しは場を考えんか!」
「お主の娘は可愛いが、今は姫とこの国の行末。」
「我々の身の振り方を考えるべきだ。」
「・・・プランデスよ。主もニコラウスが生まれた時は同じだったぞ。」
「・・・まぁ、茶でも飲んで落ち着け。」
「・・・して、姫は、どうなさりたい。」
「・・・我々は、お主の実母に雇われた身でしかない。」
「・・・言い換えれば、いまの国と縁を切ることも容易いという事だ。」
不意な会議の始まり方に、辺りを見回すアデライード。
それを諫める者はいない。
「・・・」
「トゥーン様・・・私はどうすればいいのでしょうか・・・」
「まだ、国民に受けた恩を返す事も出来ていない・・」
「爺・・・父は私を殺せと世間に公表している。」
「・・・私は・・私は生きていてはいけないの?」
思考を巡らせ、その上で混乱するアデライード。
それを抱き寄せるモーティルは、花畑で舞い続けるエーヴィッヒの意識を引き寄せる。
「エーヴィッヒ、アインの状況はどうですか?」
その凛とした声は、浮かれる男を容易く現実に引き寄せる。
その結果、エーヴィッヒは、父から賢者へと表情を変えた。
「モーティル様。」
「そうですね・・・アインは王の護衛についています。」
「アイツの嫌う異民弾圧にも参加しておりました・・・」
「アイツは馬鹿ですよ・・・融通が利かないというか・・・」
「貴方もでしょ、エーヴィッヒ?」
「似た物同士よね、あの人も2人が生まれた時なんて・・・フフフッ。」
モーティルの弄りに咳払いで応えるエーヴィッヒ。
彼は視線をアデライードに戻し話を続けた。
「モーティル様・・・んっんん。」
「まずは、姫の事ですよ。」
「我々三人は、カタリナ様の依頼で招集された身です。」
「今の状況は、カタリナ様の描く世界ではない。」
「私は、アデライード様をお守りしようと考えています。」
「もう私が言える立場ではありませんが、」
「エーヴィッヒ、王都で家族が帰る場所を守ってはもらえませんか?」
「貴方には、大切な家族がいるはずです。」
「アデリアの話では、才のある者や魔力の高い者は危険だといいます。」
「貴方は、国民を守ってちょうだい。 いいかしら?」
「はい、モーティル様。」
「それでは、王都へ戻ります。」
「トゥーン様、ブランデス様、私はこれで。」
1人の賢者は深く頭を下げ、山小屋を後にアルカディアの街へ帰っていった。
残る2人の賢者は、腕を組み思考を巡らせる。
しかしそれを長く続けられる程、アルカディア王は馬鹿ではない。
日が経てば、罪人の情報にも懸賞が付く様になり、彼女の居場所は減っていく。
ブランデスもまた王都へ戻り、内部から情報を攪乱する。
しかし、姫の教育係の言葉と、気持ちのいい多数の声では、王は後者を信じた。
結果、3人の女性は、さらに北上し法王庁の庇護下に入る。
初めて会う実兄に、不安を感じるアデライード。
それは、予期せぬ形で彼女の心に実母の想いを呼び起こす。
「大きくなったね、アデライード。」
「君は、母様によく似ている・・・心地よい音色だ・・・」
「ゆっくりするといい。」
「できる限りはするよ。」
東の地から戻り、枢機卿の地位を与えられたピエトロ。
とは言え、数人いる枢機卿の中では若輩者でしかない。
権力と金は、聖人さえも蝕む物。
他の枢機卿の意見により、アデライードたちはアルカディアへと送還された。




