22(273).明けぬ闇
霧立ち込める早朝のアルカディアの街
静まる街を大男が3人の女性を連れ墓地へと向かう。
その装いは、さながら夜逃げに近い。
「ごめんなさい・・・私のせいで・・・」
俯きトボトボと列に続くアデライードの表情はフードに隠れ伺うことは出来ない。
しかし、その力の無い声は、聴く者の心に訴えるモノがあった。
アデライードの後ろに続く年上の女性は、横に並び、彼女の肩を抱きしめる。
「いいのよ、アデリア。」
「親はね、子供が安心できれば、それでいいの。」
「ほら、乳母さんに顔を見せて。」
モーティルは、俯くアデライードの頬を優しく撫でる。
そして、彼女の震える視線に優しく微笑む。
「・・乳母様・・・」
「・・・アデリアなんて、私もうそんな歳じゃあリません。」
「フフッ、アデリアは、そうでなくちゃ。」
「ほら、遅れてしまうわよ。」
「ほら、ほら。」
少しだけ、表情を明るくしたアデライード。
そして、その背中を押すモーティは、現状とはかけ離れた空気を放つ。
その光景に、先頭を歩くアインは、笑顔を浮かべ、踵を戻し墓地へと向かう。
その後方を歩くアリシアもまた同様だ。
「やれやれね、アデリアったら・・・」
「お父様、私たちは墓地の抜け道から賢者様の元へ向かいます。」
「ですが、お父様は、本当に大丈夫なのですか?」
眉尻を下げたアリシアは、アインの背中に答えを求める。
その回答は、時を置くことなく返って来た。
「どうだろうな・・・俺にもわからん。」
「だが、姉との約束もあるしな・・・」
「死者に安請け合いはするもんじゃあねえな・・・ハハハッ。」
アインは、軽い笑い声の後ため息。
そして目的の霊廟に付くと、アリシアに向き返る。
「アリシア、本当にすまない。」
「俺が、最後まで一緒に居ればいいのだが・・・すまん。」
「お父様・・・大丈夫よ。」
「私は、アデリアのお姉ちゃんよ。」
「今まで楽に生きてこれたのも、こうなった時の保障でしょ?」
「王家に属する者の務めだもの・・・受け入れるわ。」
「・・・必ず、姫は私が守るわ。」
アリシアの悲し気な笑顔は、アインの心を抉る。
それが、最後の別れになる事など、お互いに知る由はない。
アインは、アリシアを抱きしめる。
「アリシア・・・俺は、お前が娘で本当にうれしいよ。」
「アデリアを・・・姫を頼む。」
「呪うなら、俺を呪ってくれ。」
「お父様・・・言葉には魂が籠るて言うわ。」
「無用な言葉はダメ。」
「お父様も御武運を・・・」
アリシアは、父から霊廟の鍵を受け取り、先へと歩を進める。
後方からは、母と義妹がそれに追いつく。
アインは、アリシア同様に二人を抱きしめる。
「アデリア・・・お前は何も悪いことはしていない。」
「これは、父親の務めだ・・・気に病むなよ。」
「お前たちは、命に代えても俺が守る。」
アインは、胸の中で俯き涙を流す義娘の頭を撫で強く抱きしめる。
そして、妻へ視線を向けた。
そこには、いつもと変わらぬ気丈な愛妻の表情。
「お前には、いつも苦労をさせる・・・」
「この件が・・無事に終わったらゆっくりと休みを取ろう。」
「その時は、カールと共に釣りでもしたいよ。」
「フフッ、言質はとったわよ、あなた。」
「二人は、私が守るわ・・・」
アインとモーティルは影を重ねる。
そこには、お互いの想いが感じられた。
永遠の様な一瞬が終わり、モーティルはアインを見つめる。
「生きて帰ってらっしゃい・・・アイン・グランディアートル。」
「任せておけよ。」
モーティルは、アインから視線を外し、アデライードの背を押す。
そして二人は、霊廟の前で待つアリシアに合流。
3人の女性は、霊廟へと吸い込まれていった。
その後ろ姿を見つめる男は、朝日に包まれた王城を睨む。
「姉貴・・・あんたの愛した男はもういないのかもしれないな。」
「それでも、姉貴との約束は違えやしない。」
「だからじゃねえけど、3人を守ってやってくれ・・・」
アインは、姉眠る霊廟に手を合わせ、来た道を戻る。
それが、己の意に反する行為でも、彼は唇を噛み歩を止めない。
掲示板には、義娘の顔絵と真実の無い罪状。
自宅には、憲兵たちが押し寄せ、人権など無い様に思えた。
「近衛兵長、状況をお聞かせ願っても?」
「・・・そこに拒否権はないのだろ?」
「それと・・・これ以上、家を荒らすのは止めてもらえないか?」
「こんなあばら家でも、大切な家族の家なんだよ・・・わかるよな?」
アインの、鷹のような視線に憲兵達はたじろぐ。
それは、彼の声にも垣間見えた為だろう。
「・・い、威圧など・・・まあ良い。」
「連行するが構わんな。アイン・アイン・グランディアートル。」
「け、剣は抜くなよ・・・」
「剣など抜かんさ・・・話してやるから連れて行け。」
逆光の朝日は、彼の影を大きく伸ばした。




