21(272).賢者の石
いつもと変わらない夕暮れ。
少しだけ変化した街の話題は侍女に不安を与える。
仕事を終えて歩く石畳は、ヒールに絡みつく。
「きゃ・・・もぉ~最悪ね。」
「ヒール折れちゃったじゃない・・・」
「・・・アデリアどうしちゃったんだろ。」
侍女アリシアは、背後に佇む城に視線を向ける。
しかし、視線の先の一室は、今も光は灯っていない。
彼女とは、午後から会っていない。
アリシアは、壊れたヒールを後ろ手に持ち、トボトボと歩く。
目の前の自宅からは食欲を誘う香りと温かい光。
「だたいま、母さん聞いてよ~。」
「ヒール折れちゃったんだよ~。」
騒がしい玄関へ、良い年の取り方をした女性が笑顔で迎える。
そして、彼女を確認するとmため息と共に窘めた。
「あらあら、ダメじゃない裸足じゃ。」
「洗ってきなさい、父さんじゃないんだから。」
少しだけ膨れるアリシアを確認すると母は魔手を顰める。
そして言葉を続けた。
「いいの? 同じだなって言われても。」
「それは嫌・・・」
「それより、ヒール!」
「明日は、私のを使えばいいわ。」
他愛も無い会話は、彼女の疲れを和らげる。
母の言葉に従い、アリシアは井戸へと足を運ぶ。
そして、冷たい井戸水で汚れを落とす。
その時、轟音と共に西の空に煙が上がる。
「ブランデス様かしら・・・」
「な~んてないか・・・んっ、冷たっ!」
彼女は、脚の汚れを落とすと、そそくさと家に戻る。
家の中では、母が食事を用意している。
そして、少し古いデザインのヒールが置いてあった。
「コレ、大事なやつじゃん。」
「サイズ同じじゃなかったかしら?」
「素足よりはマシでしょ?」
「そうじゃないわよ。」
「これって、アデリアが贈ってくれたモノじゃん。」
「借りられないよ・・・」
母モーティルは、アリシアの前に夕食を出す。
そして、笑顔で彼女の正面に座った。
「でも、ないんでしょ?」
「アデリアが悲しむわよ。」
「アリシアがーって。」
「フフッ、何よそれ。」
「でも、言うかも・・・・」
アリシアは、スープに口をつけながら、彼女の事を想い出す。
しかし、それを話題にするべき悩む。
その姿にモーティルは苦笑した。
「また、アデリア問題起こしたの?」
「・・・そうよ。」
「帰ってこなかったのよ。」
「明日は、休みだから心配だよ。」
指を使いパンで遊ぶアリシアに、苦笑交じりで笑顔を向ける母。
そして、小さくため息をつく。
「心配ね。アデリアは内向的だから・・・・」
「いつの話よ。」
「もう、昔のあの子じゃないわ。」
「お転婆よ。アデリア何て呼んでみなさいな。」
「きっと、悪戯するわよ。あの子。」
「ならいいじゃない、元気な方が笑顔が増えるでしょ?」
「ほら、遊んでないで食べる。」
「は~い。」
ため息をつくアリシアに母は食事を進めさせる。
その光景は、仕事明けの彼女の日常でもあった。
それでも、彼女の落ち込む表情に母もため息をつく。
すると、扉を静かに叩く音。
モーティルは、時を告げる魔導具に視線を向け目を細める。
そして、警戒しつつ扉へと足を向けた。
「どなた~? アインじゃないわよね?」
その言葉に返る声は弱々しい。
しかし、彼女の表情は明るくなる。
「モーティル、アタシよ・・・アデライードよ。」
モーティルは、鍵を開け彼女を中へ迎え入れる。
そして、アリシアにスープを用意させた。
「どうしたの、こんな時間に?」
「まぁ、ここ怪我してるじゃない・・・アデリア、話してはもらえる?」
彼女は、アデリアードの隣に座り、少し湿った髪を撫でる。
それは、彼女に少しづつ落ち着きを与えた。
「皆、消えちゃった・・・」
「ローエンも・・・」
「何の事?」
「アリシア、わかる?」
モーティルは、アリシアに視線を向ける。
その先では、スープと傷薬を机に置く娘の姿。
彼女は、首を左右に振る。
そして、アリシアはアデライードに声を掛けた。
「アデリア、何があったか教えてくれる?」
「王様と一緒に何処かへ向かったわよね?」
「・・・父もソラスも・・・ただの人殺し・・・」
「私達は、父達の糧にされたんだ・・・」
「もうローエンは、この世にいないわ・・・」
少しずつ、いつもの表情に戻るアデライード。
その姿に胸を撫で降ろすモーティルは、手当を終え彼女に声を掛ける。
「大変だったわね・・・今日は、ここに居なさい。」
「ほら、スープが冷めるわ。 食べちゃいなさい、アデリア。」
そこには、母の様な慈悲深い笑顔がある。
それは、絶望の淵にあったアデライードの心に、ひと時の安らぎを与えた。
「ありがと、モーティル。」
「あたし、モーティルのスープ好きよ。」
一方研究所では、予想外な状況にうろたえる王とヴァン。
彼らは、手に入る予定の物を得る事ができず、さらには設備も破壊された。
苛立ちを隠せない王は、ヴァンにその怒りをぶつける。
「なんだ、このざまは!!」
「王女を差し出せば、神すら超えられるとはなんだ!」
「こ、これは・・・」
「ソラス、どういうことだ!」
ヴァン局長は焦りをソラスにぶつけるも対象はどこ吹く風。
此方に視線すら向けない男は、その背が震えるように動く。
そして、高笑いが廃墟と化した研究所に響き渡る。
「フフフフッ、すばらしい・・・ハッハッハッハッハッ!!」
「貴様ら、見たか?!」
「あの力は素晴らしい!!」
「あの女は、結晶化前のエネルギーを吸収したのだよ。」
「人類の特異点である彼女は、複数のモノから力を吸収した・・・」
「すばらしい・・・成功じゃないか。」
王は、その姿に怒りすら忘れた。
そこには、純粋な狂気があるからだ。
それでも王は、その狂気に状況を説明を求めた。
「ソラスよ・・・成功は判った。」
「貴様を咎める事は止めよう。」
「して、現状は何を意味しておるのだ?」
「そうだぞ、ソラス。」
「私と王に説明をしろ!」
王の言葉尻に続く様に、ヴァン局長は言葉を乗せる。
その雑音に眉を顰めるソラスは、能面のような表情に戻り、王へ視線を向けた。
そして、手に持つ赤黒い宝石を見せた。
「これは、先ほどと同じ手法で生成された物質です。」
「鉱石の様に見えますが、そう見せているだけの物・・・」
「そう存在しているとでもいうべきか・・・本当に素晴らしい。」
「これは・・・そうだな・・・賢者の石とでも名付けますか。」
「持ち主に力を与える・・・薬の原料です。」
ソラスは、王の視線に言葉を濁す。
そして、賢者の石を袋に入れ、王への説明を続ける。
「これを作る為に、才能ある者の魂とその肉体が十人程度必要です。」
「まぁ、凡人でも街単位で使えば作れますがね。」
王は、目を輝かせ袋に視線向ける。
そして口を開くが、それを制止する様にソラスは続けた。
「王よ。このままでは効力はありません。」
「さらに、妙薬に生成する必要があります。」
「今しばらく待ってください。」
「フフフッ、この世界は貴方の物だ。」
「たかが、数日位は待っても損は致しませんよ。」
奇術師の言葉に生唾を飲み頷く王は、ヴァンに指示を飛ばす。
対するヴァンは、作り笑顔で手もみし受ける。
「ヴァンよ、ソラスに支援を惜しむなよ。」
「フハハハッ、儂は城に戻る。」
「良い結果を待っておるぞ。」
気を良くした王に、ソラスは質問を投げる。
それは、彼の行動をさらに過激にする要因だった。
「王よ、石の生成には人が消えます。」
「ほら、見てくださいよ・・・この施設もひどい有様だ・・・」
「誰が責任をとればよろしいでしょうかね・・・」
「私でも構いませんが、それでは生成計画が遅れてしまう。」
王は、視線を向けずその言葉に意を返す。
それは、王とも父とも思えない発言だった。
「生成物を奪った者など我が娘ではない。」
「あれに、罪を持たせよ。」
「・・・あれも材料になるのだろ?」
「儂は忙しい・・ソラス、貴様に任せる。」
「必要な報告は、価値のある成果だけだ・・・」
数日すると、街には第一王女の手配書が出回ることになる。
そこには、開発局の助手ローエンの殺害と一文が加えられていた。




