20(271).動き出す狂気
ソラスの研究は、一部成功した。
それは、魔力のないモノにその力を与える。
そして、魔術師に戦士と同様の身体能力も。
その結果に王も、局長も表情を崩す。
彼の功績は、王宮の一部の者に伝えられ、彼は称賛を浴びた。
しかし、その功績は表には出ない。
「ソラスよ、素晴らしいぞ。これは我々の為の技術よ。」
「王よ、それは・・・いやしかし・・・」
ソラスは俯く。
それは、彼の名が世間に出ない事だけではない。
この研究は完成してはいるが、彼の望む過程ではないのだ。
「しかし、これは能力の開発や開花ではございません。」
「吸収に近い・・・いえ、それ以上に酷い結果だ。」
「ソラスよ、与える先に被害はないのだろ?」
「・・・今のところ問題はございません。」
「ございませんが・・・・王よ、これは・・・」
懇願するソラスの言葉を遮る様に局長の声が響く。
それは、王の表情を更に和らげる。
「ソラス次長、もう良い・・・下がれ。」
「王よ、これは我々が高みに昇るための技術です。」
「私も、彼に任せた甲斐がありました。」
「これで、アルカディアも安泰ですな。ハハハハハッ。」
謁見の間をソラスは後にする。
そこに残るのは、汚い笑い声だけ。
廊下を俯き進み男の頭には、妖艶な声が響いた様にも感じた。
しかし振り返るも誰もいない。
"ソラス、そろそろお目覚めなさい。"
"妾との契約、違えるなよ異邦人。"
彼の頭には、以前の記憶が鮮明に浮かぶ。
それは、自身がエルフではない女性だった頃の記憶。
その先にあるココとは違う世界で死んだ男の記憶
そして、世迷言と言われた空想の真理。
「そう・・・だったのか・・・」
「3度目か・・・いつも糞共が邪魔をする。」
「糞女神、お前もだ・・・・」
「何が、契約だ。」
ソラスは、いつもは丸まっていた背を正す。
そして、襟をいじり息苦しい首回りを緩めた。
足取りは、いつもの様に静かでは無い。
「あのジジイ共、俺の糧にしてやるよ。」
「待ってろ、糞女神・・・次は俺が笑う番だ。」
ソラスは、研究室に着くと、書類をまとめ始める。
その姿は、いつもとあ、あまり変わらない。
ローエンは、結果について彼に質問する。
「ソラス様、どうでしたか?」
「あぁ、問題ない。」
「ここからが、面白くなるんだ。」
「なぁ、ローエン。」
「お前の出身はどこだ?」
「───────」
ソラスは、ローエンとの話を終えつつ、書類をまとめる。
そして、また研究室を後に、局長の部屋へと向かう。
「ソラス、入ります。」
「ちょっと待て、ソラス!」
部屋からは女性の悲鳴と、うろたえる半裸の局長。
衣服を抱え侍女長は、その場から走り去る。
その姿を名残惜しい表情で見つめる局長は、ソラスを睨む。
「貴様、何のつもりだ!」
「碌な話では無かったら、その首無いモノの考えよ!」
圧をかける局長に、ため息すらつかないソラスは書類を渡す。
そして、口元を歪め彼を讃える。
「これは、申し訳ありません局長様。」
「どうか、このソラスめの提案にお目汚しを。」
「先生のお株は、さらに上がりますよ・・・」
「その先には、王の座だって御座います。」
「どうですか、ヴァン・イニューティル先生。」
讃えられる局長は、悪い気などはない。
ソラスからの称賛など今まで無い事だった。
その上、プライドの塊の様な彼からの礼儀などは今までない。
局長は表情を崩し、提示された書類に目を通す。
そこには、今までのソラスにはない計画が記載されていた。
それは王の求めるモノであり、自身も望む結果がある。
「悪くない・・・順調のようだなソラス。」
「はい、滞りなく。」
「では、私はこれで。」
「うむ、御苦労・・・フフフッ、ハハハハッ。」
ソラスの出た局長室には、気持ちの悪い笑いが響く。
それから半月も過ぎると、ローエンや能力の高い者達の故郷は消えた。
その事は、天災による被害とされ公表されるも、真実は技術局ですら情報はない。
町では、妙な噂もささやかれるが、噂は噂で収まった。
研究室では、落ち込むローエンに声を掛けるソラス。
しかし能面の様に表情は読めない。
「ローエン、神も惨いことをするな。」
「どうだ、気晴らしに新しい研究室にでも行ってみないか?」
「ヴァンの糞を祀ったら簡単にできたよ。」
「ソラス様・・・」
「大切な故郷だ、忘れろとは言わん。」
「しかし、お前の落ち込む姿は堪えるモノがある。」
「・・・はい、ご一緒します。」
ローエンは彼の言葉に促され、新たに建てられた研究所へと足を運ぶ。
そこは、見た事の無い構造の施設。
ソラスは、一瞬表情を緩めるの直ぐに戻す。
「ローエン、あの部屋にアデライードもいるぞ。」
「一緒に見ると良い・・・私は上の階に行く。」
「ゆっくりでいいぞ。」
「はい、ソラス様」
ローエンは、ソラスの言葉に従い姫の元へと足を運ぶ。
そこは、周囲を強固なガラスで作られた部屋。
現在の技術でどうこうなる加工ではない。
そこでは、腕を組み興味深く設備を眺めるアデリアードの姿。
「姫様、ご機嫌麗しゅう。ここはすごいですよね。」
「あら、ローエンじゃない。」
「なにここ、すごいわね。」
「でも、ここに呼ばれたのって、どんな基準なのかしら?」
「そうですね、技術者だけってわけじゃなさそうですが・・・」
「判りませんね・・・」
その部屋には複数人が空間を興味深く観察していた。
中には座り込み何かを待つ者も。
すると、閉じた扉は重い音共にその機能を失う。
扉に手を掛け、動かそうとする者もいるが開くことは無い。
アデライードは、ローエンに視線を向ける。
「ねぇ、何の余興かしら・・・」
「これって、ダメな感じかな?」
不安を浮かべ、苦笑いの彼女にローエンは応える。
しかし、彼の表情に確証はない。
「大丈夫ですよ。」
「姫様は、僕が守ります。」
「・・・大丈夫です。」
その部屋は、次へと動きを見せる。
空間は、どこか重苦しいく、次第に彼らの膝は地面に落ちる。
魔力のある者は、それを高め抗う様に動くも発動などしない。
徐々に吸い取られ魔力そして意識。
中には、既に泡を吹き倒れる者、その姿を液体のように変化させる者すらあった。
ローエンは、アデリアードを包み込む様に抱きしめ、彼女を守るように叫ぶ。
「姫、僕の命に代えても、貴女だけは守る!」
「貴女は、僕の希望だ・・・」
「どうか世界を笑顔で満たしてください。」
「差別の無い世界を・・・」
「姫、僕は貴方の事が・・・」
「ローエン、止めなさい!」
「貴方の命が ─── 」
ローエンが彼女を強く包み込む。
そして、自身を鼓舞する様に叫び、力を魔力を最大まで込める。
それは、彼女の声を掻き消した。
「神よ、彼女を守りたまえ!」
「ぬうぉおおおおおおおお!!」
アデリアードの意識は、その叫びを最後に途切れた。
そして、次に目を覚ますと、世界は煙に包まれていた。
「ローエン!」
言葉だけがむなしく響く。
そして、徐々に表れる世界は濡れた衣服が散乱し誰一人いない空間。
アデライードは扉へと走る。
そして開く事を祈り扉の裏に隠れた。
静かな空間は、彼女に孤独感と怒りを植え付ける。
少し経つと重く閉じられた扉がゆっくりと開く。
そこには、仰々しい服装の見知らぬ兵士。
アデライードは、質問することなく魔力を放つ。
それは彼女の想像を超える破壊力を見せ、施設の壁ごと兵士を消し去る。
姫は、兵士達に違和感を感じ、城へは戻らず乳母の家へと身を寄せた。
そこには、いつもと変わらない乳母の笑顔と、心配そうに怒るアリシアの姿があった。




