19(270).歪む世界
街頭では、商人に昇華したヒューマンが演説する姿があった。
そこには、ヒューマン達の輪が囲み活気づいている。
しかし、その輪を遠目に眺めるエルフは、彼らに聞こえる様に呟く。
「金があるだけの豚が、何をいきり立ってやがるか。」
「フフッ、豚がお吠えあそばれても狼にはなれませんわね。」
「ハハハッ、まったくだ。」
着飾った男女は、嘲笑の後その場を後にした。
それに対し、商人は声を上げる。
「あれが、現状ですよ。」
「私達は、獣ではない!」
「人権が今はあるんですよ!!」
「皆さん、私と共に立ち上がりましょう。」
「獣人の様に蔑まれるこの状況を打開しましょう!」
活気には、何処か棘がある。
それを肌に感じながら侍女アリシアは姫の用を足す。
彼女の贔屓にする店の扉を開け中に入る。
それは、耳触りのいいドアチャイムの音を店内に響かせた。
反応する店員はアリシアに笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ。」
「フフッ・・アリシア様、今日も姫様の?」
「ハァ・・・そうよ。」
「どうして、太らないのかしら・・・」
「アレだけ食べて、おかしくない?」
ため息に乗る皮肉は、彼女の視線の先の脂肪だ。
気持摘まめる程度に付いたそれは、アリシアの母の目に留まる。
そして、その会話に入る父にはデリカシーがない。
話は、暴食の姫君にも伝わり笑い話に。
彼女は、もう一度ため息をつき、店員の女性に注文をする。
「今日は少し暑いから、酸味のある物がいいわね。」
「・・・そうですね、新鮮な木苺が取れたので、これなんかどうですか?」
「そうね・・・いいんじゃないかな。」
「貰っていくわ。4つほど包んでちょうだい。」
「はい、畏まりました。」
侍女アリシアは、店員に送り出され城へと戻る。
その道すがら、未だに力説する商人の作る輪。
声は同類を少しづつ増やしていた。
アリシアは姫の部屋に向かい、姫の作った魔導具へケーキを収める。
そして、備え付けられたスイッチを押す。
魔導具は、冷気を薄っすらと放ち箱内部を適温に冷やし始める。
「あの子、こんな才能も在るのね。」
「フフッ、昔から人形作るのも好きだったし、あの子らしいか。」
部屋を整え、吹き込む優しい風に視線を向ける。
それは、彼女の視線を窓の外へと導いた。
その先では、釣りを楽しむ本の虫。
「あっ、またさぼってる・・・」
「ひ~め~さ~ま~!」
その声に背筋をびくつかせる女性。
表情は容易く分かる。
しかし、本の虫は白を切る様に反応しない。
アリシアは、眉穂潜め口調を強めた。
「こら~!アデライード!!」
「今は古代語の勉強があった筈ですよ!!」
彼女は、そそくさと釣り具を片付け、その場から姿を隠す。
侍女アリシアは、腕を組み彼女の行動を考える。
その結果、開発局へ身を寄せたと理解した。
「まったく、好きな事には没頭するのよね、あの子。」
「あそこなら、ソラス様もローエンもいるから大丈夫か。」
彼女は、姫の部屋を後に、洗濯場へと足を進める。
一方姫は、彼女の想像通り開発局に身を隠していた。
相変わらずのソラスをしり目にローエンにちょっかいを出す姫。
「ローエン、何してんの?」
「その辺の分析なら、あっちの戸棚にしまってあるわよ。」
「えっ・・・本当だ、ありがとうございます姫様。」
彼女は、得意げに鼻を天井に向ける。
その姿にクスクスと笑うローエン。
彼は、彼女に紅茶を出し、自分手持ちの作業へ戻る。
差し出された紅茶を啜りつつ、彼の隣で本を読む姫。
そこには、ローエンの想い描く種族の垣根はない。
彼は、アデライードに声を掛ける。
「姫様、街の声は聞いた事はございますか?」
「んん・・・?」
彼女は、本を閉じ彼に視線を向ける。
そして、腕を組み自身の頬をさすり、少し考え込み言葉を紡ぐ。
「活気がある事はいい事よね・・・」
「でも、良い傾向じゃないわ。」
「・・・父もその取り巻き達もダメ。」
「両方、嫌な動き・・・怖いわ。」
「姫様・・・」
ローエンは、作業を止め彼女に視線を移す。
そして笑顔から、凛とした表情に変る。
「そんなことは起きませんよ。」
「僕も、姫様の考える世界を望んでいます。」
「皆もきっと・・・」
自信を失う声は、机にぶつかる。
その姿に、姫も眉尻を下げた。
空間は、静かに時を刻む魔導具の音だけが聞こえる。
そこに、奇声を上げる男の声。
「キターーーー! キタぞこれは。」
「ローエン、ちょっと来なさい。」
「これで、人類を超越できる。」
「フフフッ、ハハハハッ。」
「ど、どうされましたか、ソラス様。」
ローエンは、姫を席に残しソラスの元へ。
そこには、何処か野望を完成させた悪役の様な笑い。
「私は思い出した・・全ての真理だ。」
「そして、その心理を完成させたのだ。」
「ローエン、君は人の特異点だ。 判るかね?」
「・・・ソラス様、お気を確かに。」
「私は、ただのヒューマです。」
ソラスは、彼の肩を強く握る。
そして、万遍の笑みで彼に告げた。
「君は、国の馬鹿どもとは違うだろ。」
「だから私の隣にいる。」
「そうだ、姫も同じだ。」
「魔力、そして身体能力。」
「この相対する能力は、普通両立できない。」
「だか、君たちは違う。」
「そう、なのですか・・・」
ソラスの感情は、何処までも高く上る。
それでも、気が違っている様には見えない。
彼は、ローエンを置き去りに話を続けた。
「この装置は、その力の両立を可能にする。」
「それは、魔力のないモノにも魔力を与える事が出来ると・・」
「あぁ、その通りだよ。ローエン君。」
「君は優秀だ・・・僕が買っただけのトコはある、フフフフフッ。」
ソラスの高笑いの裏で、ローエンは彼の研究の先を想い浮かべる。
そこに、彼の求める世界の手がかりはあった。
「・・・すごい、すごいですよソラス様。」
「これで、格差なんてなくなりますよ。」
「フフフッ、世界の価値観が終わるんだよ。」
「素晴らしいではないか。」
二人の男は、熱く語り合う。
それを、眺めるアデライードは、静かに紅茶を啜る。
その視線の先にある、二人の男は輝く瞳に国の未来を描いていた。




