18(269).知恵が与えた借り物の力
アルカディア国民は、皆顔を上げ歩く。
それを誇らしく思う王とその隣を歩く技術開発局長。
その姿は、国民にとって幸せを築いた物の姿。
しかし、この二人の幸せは、国民の幸せではない。
局長は、手をもみ心地よい言葉で、国王を祀りたてる。
そして、局長は、周りの貴族に根回しをする。
ソレが、彼の日課であり、魔導の知識など研究員助手の爪の垢程も無い。
その姿に軽蔑の視線を送るソラス。
彼は、同僚二人の研究を昇華させ、独自の仮説を立てた。
それは、同僚の知らぬところで進む研究だ。
光あふれる国の影で、動く男は彼だけではない。
エルフの元で蔑まれ生きる存在は、その恩恵で力を得ていた。
それは、何時の世にもあらわれる増長に繋がる。
最大数の存在が、借り物でも力を得れば、成らざるを得ない。
業が招く結果は、新たな差別を生む。
寂れた町や路地裏では、ヒューマンが獣人を襲う。
それは、虎の威以上に悲劇を生んだ。
増長は続き、その主へ刃が向く事も時間の問題となる。
ローエンは、齢も二十歳になるとその功績により、主人から自由が与えられた。
彼は、街を歩き風景を眺める事が好きだった。
しかし、月日が流れる毎に目に余る光景が彼の心を蝕んだ。
そんなある日、いつもの様に町へ向かう彼に声がかけられる。
「あら、ローエンじゃない。」
「お散歩かな?」
「これは、姫様。」
彼は、深く頭を下げ彼女の地位とその性格に敬意を表す。
それを見つめる視線は、死んでいる。
「相変わらずね・・・他の人と同じ。」
「でも、ローエンらしいわね。」
「っと、私急いでいるのごめんね。」
「アリシアが来たら、あっちに行ったって言っておいて。」
「・・・これは偽証じゃないの、私からの命令ね。」
笑顔で手を振るアデライードを苦笑で見送るローエン。
そして、息を切らし彼女の予言を現実にする女性の姿。
「あっ、ローエンね。こんにちわ。」
「ねぇ、姫がこっちに来なかった?」
「これから、ブランデス様の講義なのよ・・・もう。」
「姫、エーヴィッヒ様の講義を調子のいいこと言って逃げたのよ。」
「小言を言われるの私なんだから・・・」
ため息とストレスを吐き出す侍女アリシア。
その言葉からは、怒りの中に姉の愛情があった。
「それは、困りましたね・・・」
「姫様なら・・ほら、あそこの店でケーキを食べてますよ。」
侍女アリシアは、眉を顰め目を細くする。
そして、じっとりとした視線を送った。
しかし、返る表情に嘘はない。
「そっ、わかったわ、信じてあげる。」
「じゃあね、ローエン。」
「はい、アリシア様。」
その言葉から数分後、ローエンには痛い視線が突き刺さる。
侍女の様にジットリとした視線を向ける姫は、未だにケーキを頬張る。
スポンジでくごもった声は、怯むほどの圧はない。
「うそつき・・・ローエンなんか知らないんだから。」
「採血の時、痛くしてやるんだからね。」
「姫が悪いんですよ。」
「気にしないでね、ローエン。」
引きづられる様に連行されるアデライード。
死んだ目とケーキのギャップは彼に苦笑を与えた。
その姿に視線を送るヒューマンは、彼に声を掛ける。
「ローエン・・・じゃねえか、久しいな。」
「おい、元気だったか?」
「・・バルト・か?」
ローエンは、どことなく幼馴染に似た男に言葉を返す。
その探るような表情に、万遍の笑みを返す男は彼の肩を叩く。
「まじでローエンじゃん。」
「懐かしいな、飯行こうぜ飯。」
「お前、何で自由なんだ?」
「奴隷じゃないのか?」
眉を顰めるローエンに幼馴染は、顔を近づける。
そして耳元で、彼に言葉を返した。
「雇用主を監禁してんだよ。」
「ヴァン様々だよな・・・手前の開発した力が、手前らの首絞めんだぜ。」
「なぁ、ローエン俺について来いよ。」
「アイツらにヒューマなんて蔑まれてんだ。」
「溜まった感情は、転機がくりゃ溢れ出さねぇ訳ねよな。」
「・・・そうだな。」
ローエンの背を軽く叩き彼を導くバルト。
彼は、路地裏に進み重い扉を開く。
そこは、エルフの国の首都だというのに、エルフは1人もいない。
「・・・いらっしゃい。」
「あれ、バルトじゃん、忘れ物?」
「ちげーよ、相変わらず抜けてんなお前。」
「なぁ、ラトゥール、コイツ誰だかわかるか?」
「誰よ・・・」
口を尖らせそっぽを向く女性はグラスを磨く。
そして、いつもより強い力でカウンターに並べた。
その姿に、苦笑も浮かべるバルドは、優しく声を掛ける。
「そんなんじゃねえょ、悪かったよ。」
「そもそも、吹っ掛けたのお前だろ?」
「・・・私だって。」
「・・・わ、分かればいいのよ、分かればさ。」
「で、誰それ・・・ダメよ恐喝とか。」
痴話喧嘩が静かな酒場を包むも、互いの心が優しく書き消す。
カウンターで作業を続ける女性は、作業を終え視線を向ける。
その視線は、場違いな服装の男に突き刺さるも彼女の興味は起こらない。
「相変わらず、顔覚えるの苦手だよな、お前。」
「ローエンだよ。」
「一緒に買われたじゃねえかよ。」
ラトゥールは、腕を組み首を傾げ記憶を探る。
しかし、その表情は無へと変わった。
ローエンは、進展の無い状況にため息と共に声を掛けた。
「久しぶりだね。ラーちゃん・・・覚えてないかな?」
「ラー?・・・・・・・あっ、ローエンだ・・ごめん。」
「なんか、何処ぞの貴族みたいな服装だから、わかんなかったのよ。」
3人は時間の許す限り、昔話に花を咲かせた。
しかし、その内容は、楽しい記憶ではなく主人への皮肉や罵倒だった。
それは、低魔力者と蔑まれる彼ら種族の良くある会話だ。
しかし罵倒するだけで、実際目の前で言える程、地位を手に入れた訳ではない。
そこには、低魔魔力者たちの燻る煙が昇り始めていた。




