17(268).研究の日々
魔法都市と呼ばれるアルカディア。
そこは、数千年後に生まれる都市においても、その生活水準は揺るがない。
魔力を持たない者ですら利用できる魔導具は、彼らの生活を豊かにした。
その発展に必ずと言っていいほど謳われる名は、開発局長ヴァン・イニューティル。
彼は皇族の血を微かに継ぐ家系の出身。
その口の上手さと立ち回りで現在の地位に付いた無能。
それは、ソラスにとっては目の上のたん瘤以上で、ただの癌でしかない。
実際、この国の発展を担ているのはソラスの発想と技術力だ。
彼は、世間から世迷言と揶揄されようと、そこに真実が見えているかの様に突き進む。
その結果、魔法使いが全てを司っていた国から、魔力を有効活用する国へと変化させた。
馬車馬は貴族の戯れになり、引く駆動力は鉄の獣に変化する。
会議の為の登城も、魔導具により場所を選ばなくなった。
しかし、その全てに謳われる名はソラスではない。
だが、全ての国民がその虚偽に踊らされてはいかかった。
その一人は、毎日の戯れを終え、小気味良い足音を廊下に響かせる。
「姫様、何度言えば分かるんじゃ!!」
「もっと、恥じらいを持ちなされ!」
「爺、頭の中まで乾いたパンみたいよ。」
「フフッ、そんなんじゃ、血管が破裂しちゃうわよ~♪」
「神野の賢者様を見習いなさいな~♪」
怒鳴り声を笑い飛ばす元気な声。
頭を下げる侍女たちの表情も明るい。
彼女は、昼食を終え午後の習い事へと移っていた。
その足の進む先は魔導技術研究局。
彼女は、局長をあしらい、次長とその助手の元へ。
「ソラス、ローエン。ごきげんよ~♪」
「姫様、いらっしゃいませ。」
「昨日の実験成果が出ておりますよ。」
ソラスは、死んだ目を元に戻し、姫の成果を讃える。
そして、彼女のやる気を高める様に次の作業へと導く。
「姫様には、魔導の才がお有りで御座います。」
「私も姫の考え方には良い刺激を受けますよ。」
「引き続き、お願いしても?」
「フフッ、ソラスは、調子がいいわ。」
「私を煽てても、影響力はないわよ。」
ソラスは、彼女の言葉に笑顔を返す。
そして、恭しく頭を下げ、彼女を実験室へと誘う。
「では、昨日の続きをお願いします。」
「フフッ、いいわよ。」
「じゃぁ、今日もお願いね。」
ソラスに続き、同じように頭を下げるヒューマン。
彼女は、二人に向け笑顔を投げる。
それに対し、二人は上司が向ける称賛以上の反応を見せた。
彼女は、万民が豊かに生きる世界を夢見て魔導研究を続ける。
それは、3人の賢者の教えであり、目の前の魔導の師の考えでもある。
また、同じように師を手伝うヒューマンの願う世界でもあった。
そして数年経ち、彼女の趣味は仕事の一つへと変わる。
ソラスは、姫の能力とその膨大な魔力を称賛し、彼女を助手の一人とした。
その影響か、昔に比べ彼の名を目にする事が増える。
それは、ソラス達の死んだ目に生気を与える代わりに、貴族からの評判を集目る事になった。
その評判に笑みを浮かべるヴァン局長は、回りくど言い回しで彼を擁護し自分を立てる。
そんな男の取り巻き貴族達は、無名の次長を称賛した。
ただ、彼ら二人のやる気を止めおく者は、賢者たちとに姫の言葉。
「爺たちも、ソラスの事は理解しているわ。」
「あなたは、天才だってね。」
「それに、あんな調子のいいモノの言葉なんて気にすることは無いわ。」
「世間の称賛の言葉なんて飾りよ。」
「ハハハッ、そんなものですかね。」
苦笑するソラスは、彼女の笑顔に癒される。
それは、隣の助手も同じだ。
彼の功績は、ソラス以上に讃えられることは無い。
「そうよ。世間が笑顔になればいいじゃない。」
「そうね・・・貴方なら、あんな上司手玉に取れるんじゃないかな・・なんてね。」
「そう思うわよね、ローエン。」
「はい、姫様。」
彼女は、頭を下げる二人を優しく見つめる。
そして、自分の両頬を軽く叩き気合を入れた。
「さぁ、皆の幸せを作るわよ!」
彼女は椅子に座り、ソラスの開発した顕微鏡と呼ばれる器具を覗く。
そこには、人の目では見えない世界が広がった。
当初は、見とれる事もあったがそれも昔の事。
彼女は、魔力を対象に与え反応を確認する。
そして、予測との違いを表にまとめていく。
近年の彼女の進める研究は、魔力と身体能力の変化だ。
それは、魔導の先にある研究。
全ての民が魔力を扱える様になる事を目的としていた。
そして、その可能性を秘めた存在が、準備していたかの様に目の前にある。
アデライードは、サンプルを探す。
「ローエン、また採血してもいいかしら?」
目の前で同じ様な研究をするヒューマン男性は、笑顔を返す。
そして、彼女に腕を差し出した。
「大丈夫ですよ。私はソラス様に買われた身。」
「ソラス様の研究の為であれば、それに同意しない訳がありません。」
「相変わらずね・・・貴方は貴方よ。」
「ソラスだって、あなたの能力を買っただけ。」
「ねぇ、ソラス?」
彼女は、奥で何かを設計する男に声を掛ける。
その背中は、集中しているせいか返答はない。
アデライードは視線を戻し、ローエンの腕から採血する。
「ッ・・・」
「・・・痛いわよね?」
「いえ、刺さる瞬間は、慣れないものです。」
「フフッ、何事も恐怖は拭えないものなのですね。」
「そうね・・・」
「フフッ、ソラスも変わってるけど、貴方も相当よ。」
彼女ら3人は、他愛も無い会話と研究の進行を楽しむ。
その研究は、他種族の身体能力すら圧倒する力をエルフ達に与えた。
その結果、アルカディアは、大山脈西側を手中に収め、魔法王政時代を築き上げる。
しかし、その大きな光は、闇を生み暗躍させた。




