15(266).終わりの始まり
静まり返るラトゥール城内。
僕達は、懐かしい中庭を過ぎ、謁見の間を抜ける。
そして、王族の部屋がある空間へ。
先頭を歩くルーファルの表情は、いつに無く厳つい。
彼は、王の部屋であると言うのに前蹴りで扉を蹴破る。
「ヴァーミルナ、死んで詫びろや!」
「ルーファス、待って! 少し落ち着こう・・・」
ルーファスの大剣は、ファラルドの制止を振り切る。
しかし、その太刀筋は大きく揺らぐ。
その結果、対話の準備をしていた王の右腕を切り飛ばす。
「ぐぁあああ・・・てめぇ、王に向かって・・」
「知るかよ・・・ファラルドなんで止めた!!」
怒りに歪む視線に、ファラルドは首を左右に振る。
そのやり取りは、痛みに顔をゆがめ、切り口を血だらけで押さえる王を放置していた。
その二人の姿を諫めるアレキサンドラには哀愁が漂う。
「何で止めんだ!」
「こっちは、息子が殺されたんだぞ!!」
「罪を償わせる為に生かすとでも考えてんのかよ!」
「なぁルーファス、状況だけ確かめさせてくれ。」
「私も兄を殺されたのだ・・・」
「お前に、私の弟殺しには・・なって欲しくないんだよ・・・」
彼女の言葉に我に返るルーファス。
場の空気から殺気が下がり、ルーファスを下がらせるファルネーゼ。
アレキサンドラは、出血に悶える男に声を掛ける。
「ヴァーミルナ、気は済んだか?」
「国は返してもらう。」
「・・・もう、ラトゥールは終わりだ。」
「国は、ファラルドに・・・民に返すことにしたよ。」
「・・・お別れだ。」
アレキサンドラは、剣を貫き弟の首に静かに刃を入れる。
それは、抵抗なく喉に突き刺さる。
彼女は、涙を浮かべ最後に彼に声を掛けた。
「おやすみ、ヴァーミルナ。」
「・・・」
「ルシア、頼む。」
僕は、彼女の言葉に答える。
彼を目標に魔力譲渡を行う。
それは、彼の指を彩る気色悪い指輪を粉に変え、彼を昇天させた。
その姿に、呀慶と藻は眉を顰める。
傷口を押させた男は力なく俯く。
そこには、生気は存在しなかった。
場に残るのは、先王の最後の子供であるアルベルトだけ。
俯き震える青年をアレキサンドラが見据える。
「アルベルト。お前は、王族にあるまじき行為をしたクズだ。」
「父親の殺害に関与し、さらには、公の場で妹を凌辱し殺害した。」
「法に掛ける価値も無い。」
「流刑ですか・・・」
ぽつりと声を出すアルベルト。
それに対し、背を向けるアレキサンドラは続ける。
「生かす価値も無いと言っているのだ。」
「死して悔い改めよ。」
その瞬間、アルベルトは、自分の体が視界に映ったであろう。
空に跳ね飛ばされた頭、そこに舞う赤い血しぶき。
それが、王家を汚した物の末路だった。
僕達は、アレキサンドラたちと共にハーデンベルクへと凱旋。
時期は温かな気候から、恵と災害もたらす梅雨へと変わっていた。
新たな中心地では、華やかな祝賀会が開かれている。
しかし、僕達は氷漬けのイオリアやリーアの兵士達と共に彼らの故郷を目指す。
その中には、ルーファスはいない。
彼には、ハーデンベルクで今後の為の会議があるのだ。
ゆっくりと進む馬車の中は、屋根を打つ雨音だけが静か聞こえる。
それから数日が過ぎ、リーアでは、雨の中彼らの葬儀が執り行われた。
僕は、ライザにイオリアの最後を伝え、藻と共にハーデンベルクへと戻る。
「ルシアさん、此方の空間へ来ておくんなんし。」
「お体を冷やしんすえ・・・」
「・・・藻さん、ありがと・・・少しだけこのままでいたいんだ。」
雨は、僕の表情を隠すが、その背からは感情が漏れていた。
僕達は、ハーデンベルクで呀慶達と合流。
そして、互いの進捗を伝えあった。
その中で呀慶から、事の始まりが告げられた。
「ルシア・・・我々が、甘く見過ぎていた様だ・・・すまない。」
「ヤツの儀式が始まってしまったよ・・・」
「・・・呀慶達のせいじゃないよ。」
「操られた親父が悪い・・・」
「でも、どうしてそう考えるんだい?」
僕は、項垂れる呀慶に声を掛ける。
そこに返されたのは驍宗の声だった。
「叔父達ん封印が、弱うなっちょったんじゃ。」
「ほして、剣も消えちょった・・・」
「それは・・・?」
僕が首をかしげると、藻は口を抑えくすくすと笑う。
その姿に眉を顰める驍宗。
そこに呀慶のフォローが入る。
「お前は、言葉が足りないのだ。」
「ルシアよ、世界樹は、何本かあることは知っておるな?」
「うん、2か所は知ってるかな。」
「でも、それと何の関係があるんだい?」
呀慶は、表情を崩し説明を続けた。
「うむ、世界樹は、一度世界同士がつながりあった場所だ。」
「何もない場所から無理に入るよりは楽に通れる。」
「そこは今でも女神が力を使い、隙があれば、こちらに来ようしているのだ。」
「しかし、もっと通りやすい場所があればどうだ?」
「そっちに行くよね・・・でも封印は強くなりそうなものだけど?」
「そうだな、しかし封印自体は、相手が強ければそれに合わせて強い力がいる。」
「それは、意志がない世界樹も同じだ、強く押されれは強く押し返す。」
「弱く押されられれば、それに合わせて最低限の力が働くといった具合だと言われている。」
「それでな、問題は封印の一部だった剣、お前の刀の兄弟刀だ。」
「それが消えた事が問題なのだ。」
僕は、呀慶の言葉に首をかしげる。
それを見る驍宗は、呀慶を眺め満足そうだ。
しかし、呀慶は驍宗の視線に眉を顰め、僕に視線を戻す。
「ふん、お前の説明とは違うわ。」
「ルシアよ、封印の強弱は判ったな。」
「うん、大丈夫。」
「ただ、剣が消えた事については、何が重要なのか判らないよ。」
「あの剣は、封印に使えるだけの力がある。」
「そして、大山脈にある世界樹からも前回の顕現時に宝剣が消えたのだ。」
「あれは、人に抜ける代物ではない・・・」
「・・・そう、なんだね・・・」
僕の煮え切らない表情に呀慶は真剣な表情で話を続ける。
一方、驍宗は左右に首を小さく振っていた。
「私達は、あれらの剣が顕現に必要な道具の一つではないかと見ている。」
「無理やりかもしれないが、時間が差し迫っていると考えているのだ。」
「準備も大切だが、間に合わぬよりは良かろう?」
「そうだね・・・驍宗の話は繋がったよ。」
「じゃあ、ファラルドに口利きしてもらって西の国々の王を呼んでもらおうよ。」
「僕達個人じゃ、法王庁ですら動かせなかったし・・・」
俯く僕に、藻は優しく声を掛ける。
その表情は、何処かアリシアを彷彿とさせた。
「リヒターは動きんしたよ、英雄さん?」
僕達は翌日、ファラルドに謁見を願い出る。
しかし、その願いは彼に笑い飛ばされ、即座に会議室へと通された。
そして、話は進み10日後、ハーデンベルクに4国の当主が顔を合わせる。
それは後に、百の英雄と呼ばれる詩歌の冒頭を彩り長く語り継がれた。




