13(264)悪即斬
遠くでは、金属同士がぶつかり合う音。
そして、自身を奮い立たたせる為の叫び声の波。
しかし、その戦場の最奥では、静けさが包む。
先ほどまで高笑いを上げていたアルベルトだが、その重い空気に眉を顰めた。
「おい! お前達、あの者をどうにかしろ。」
「・・・見ていて不快だ!」
「「はっ!」」
王子は、後ろに控える兵士たちに声をぶつけ気分を落ち着ける。
しかし、目の前の異常さに体は言う事を聞かない。
彼は、服を直し椅子に座る。
そして、震える手で用意された酒を持ち、一気に煽る。
酒は、震える手を包み込み、彼の正気を奪う。
そして、もたれ掛かる様に浅く座る王子は、不安を振り払う様にいい気を吐く。
強い酒気は王子を包み、ここ数時間の事を思い出させた。
王子はその内容に表情を崩す。
「イオリアよりも先だ。」
「クフフフッ・・・俺はアイツより先を行った・・・」
「そうだ・・・俺はアイツより優秀なんだよ。」
「フハハハハハッ!」
その姿は、前にもまして歪んでいた。
実の妹を凌辱し、そして殺害。
それは、王の器など何処にもなく、小物にすら劣る畜生以下だ。
彼は、心を落ち着ける様に注がれる酒を煽る。
しかし、再び脚は、ガタガタと落ち着かない。
彼の眼下に広がる景色では、一人の戦士を軍が囲み、その存在を狩ろうしていた。
しかし、その者に向く矢じりは、反りのある刀身のレイピアに弾かれる。
その上、魔法すら効果を成さない。
ゆっくりと進む戦士に、たじろぐ配下達。
そこにアルベルトの声は飛ぶ。
「お前達、一人相手に何やってんだ!!」
「・・・そうだ・・・そいつを殺った者には金貨10枚だ。」
その言葉に、沸き立つ一部の兵士。
それは、元ゴロツキ兵だ。
その後方で、眉を顰める貴族騎士たち。
流れる斬撃は、ゴロツキ達を容易に肉塊へと変える。
無表情の少年は、ダダ歩く様に進むのみ。
その姿恐怖したじろぐ兵士もさらに増えていく。
瞳に映る異常な光景に王子は、眉を顰め唇を噛む。
そして、独りの将の名を叫ぶ。
「ゴリアス、ゴリアスはいるか!!」
その声に、王の盾を呼びに走る兵士。
少し経ち、天幕に呼ばれた巨大な熊は王子の前に跪く。
「ゴリアス、ここに参りました・・・」
「遅いぞ、ゴリアス。」
「あの者を打て・・・良いな。」
ゴリアスは、顔を上げ視線を天幕の先に向ける。
そこには、ゆっくりと此方へ進む少女の姿。
しかし、ただの娘にはないオーラを纏う。
ゴリアスは、視線を地面に落とし、王子へ返答する。
「はっ、ここで進軍を押さえますゆえ、王子は王都へお戻りください。」
「このゴリアス、命に代えても王子の帰路は守りますゆえ・・・」
「その言葉、忘れぬぞ。」
跪く巨大な熊に、王子は笑みを浮かべる。
そして王子は、ゴリアスに言葉を残し、少女に背を向け天幕を後にした。
戦場の匂いは嫌いだ。
いつも僕から大切な物を奪う。
そのせいだろう、感情すらも奪われた様に風景は冷たく映る。
しかし僕は、冷静ではないだろう。
少しの時間だが、年の離れた弟の様に接した友人の子供の死。
僕は、降りかかる火の粉を無意識に払い、正面の歪んだ魔力を目指す。
下種な表情を浮かべ、迫る来る兵士は、進むごとに減る。
そして、逃げ惑いつまずき命を懇願する兵すら現れた。
「か、金なら、いくらでも払う。だから、いい命だけは・・・」
それは、一瞬の後に肉塊へと変わる。
無意識とは言え、惨い事をしたと後で思い返しはした。
しかし、これも戦場の性。
こちらも、命をさらけ出しているのだ。
危なくなったら、ごめんなさいなど話にはならない。
進むにつれ邪魔な肉塊は減っていき、寄り付く兵は消える。
その結果、僕は簡単に天幕まで歩を進めた。
そこに佇む巨大な肉ダルマ。
「待て娘・・・いや、青年か?」
「お前の想う処は儂も感じている。」
「しかし、謝ってどうこうとはならんよな。」
「儂も貴族などでなければ、そちらに就きたかったよ・・・」
「しかしな・・・これでも王の盾と呼ばれる家の出身。」
「先々代の王への恩もある。」
「すまぬが、お前を進ませるわけにはいかん。」
正面の肉ダルマは、バイザーの奥から視線を正面の僕へ向ける。
視線の先にある僕の表情こそ怒りはないだろう。
しかし、自分でも判るほどに殺意以外は何一つない。
肉ダルマは、強く息を吸い、僕に言葉をぶつける。
「ゴリアス・トゥアハ・ダナン。」
「先々王の恩と我が領民の為、ここに参る!!」
それは、相手への威圧ではなく敬意と自身への暗示だ。
僕は鼻から息を吐き、それに答える。
「僕はルシア・・・貴方の想い、受け止めます。」
「ライザに変わり、イオリアの無念・・・貴方にぶつける。」
「すまない、ゴリアスさん・・・」
「僕も・・・ただのヒューマンなんだよ。」
僕の尻すぼみの言葉は、彼の叫びにかき消される。
僕の目の前では、大地に両足を穿つ巨大な肉ダルマ。
それは比喩ではなく真実へと変わる。
彼の筋肉は膨れあがり、留め具を軋ませ弾き飛ばす。
そして、強く息を吐くゴリアス。
「ルシアか、古の英雄の名だ・・・」
「小さき英雄よ、全力を持って、その進軍を止める!」
筋肉の巨塊は、一瞬体を落とす。
そして一方の肩を前に突撃。
僕は、軸をずらし円を描く。
それは、闘牛の様にも見えるだろう。
しかし、それ程残酷な世界じゃない。
僕は彼の突進を躱すも、彼の持つハルバートはその勢いのまま僕を襲う。
横払いに振り回されるハルバートは、風を巻き起こす。
しかし、そこに対象はいない。
僕は足取りに変化を加え、円を幾学模様に変えていく。
それは彼を迷わせ、ハルバートに空を切らせ続けた。
僕は、何度となく繰り返される突進を身躱す。
次第に息が上がっていくゴリアス。
その姿は徐々に沈み、ついには膝を着く。
僕はその瞬間、距離をつめ、彼の喉元に舞姫の切っ先を当てる。
「終わりだ・・・王の盾ゴリアス様。」
「戦争を起こす王など不要だ・・・」
その時、聞き覚えのある声が、天幕へと投げられた。
僕は、鳥肌と共に背筋が凍る。
「ダメよ、ルシアちゃん!・・・だよね?」
ファルネーゼは、僕の手を掴む。
その反動で、ゴリアスの首筋に剣先が掠り、血が垂れる。
その光景に、笑うを上げるレマリオ。
「ハハハッ、ファルちゃんダメじゃん。」
「ゴリさん、血ぃ出てるよ。」
僕は、肩の力を抜き舞姫を鞘に納める。
そして、現れた二人とゴリアスに視線を向けた。
しかし彼女は、未だに僕の手を掴んでいる。
「久しいねぇ、ルシアちゃん。」
「っと、それも大事だけど・・・」
「今は、別件ね。」
「ゴリアスさん、連行されてね。」
「・・・私が止めてなかったら死んでたよ。」
「その意味わかるわよね。」
ゴリアスは、大きく息を吐き、その場に座り込む。
そして、投げられた言葉に意を返す様に頷く。
「ファルネーゼ殿、助かった。」
「ルシア殿、イオリアの事は本当に済まない。」
「私がいながら、国をどうにもできんかったよ・・・」
項垂れる巨漢は、大きなぬいぐるみの熊の様だった。
僕は、ゆっくり目を瞑り息を吐く。
そして、目を見ひらき彼をに視線を移す。
「・・・ゴリアスさんが直接やったわけじゃない。」
「だた、もう僕を止めないで欲しい・・・」
「その時は・・・」
「本当に、儂が不甲斐ないばかりに・・・」
「儂は、もうお前の前に立とうとは思わないよ。」
彼は、僕の言葉を遮る様に言葉を重ねた。
その姿からは哀愁がただよい、彼がイオリアの事を想う事が理解できる。
僕は、ファルネーゼに連れられ本陣へと向かう。
そこでは、項垂れその怒りを地面にぶつける男の姿が僕達を迎えた。




