12(263).業が為す愚案
戦場に広がる狂気は、若将の心を惑わす。
魔力の風に乗った下種な声は、彼をイラだたせる。
若将は、視線を敵軍天幕へと向けた。
そこは、戦場を眼下にとらえる様に開かれた幕。
その奥に2つの人影。
1つは声の主、もう一人は彼の想い人。
同陣営であるはずの彼女は、腕を縛られている。
「イオ~リア! お前は、コイツが気に入っているんだよなぁ・・」
「コイツは、お前の女じゃねぇよ・・・クックックッ、ハハハハッ!」
兄妹のはずの男は、妹の頬を舐める。
その姿は、表情こそ見えないが、想像がつくほど下種極まりない。
イオリアは馬の歩みを止め、それを見つめる。
沸々と湧きおこる感情に、握る手綱に力が籠る。
その感情に呼応する愛馬は天高く嘶く。
感応する若馬は、その場を小さく回り落ち着かない。
公で凌辱されるクローディアの姿に、イオリアは眉を顰め歯ぐきから血が流れた。
彼の後方からは、配下の騎士が声を掛ける。
「イオリア様、気を確かに・・・」
「イオリア様!!」
その声は、彼を制止できず、駆けだす若将を追う事しかできなかった。
1人の若将は、感情のに突き動かされ敵陣に切り込む。
その刃は目の前の敵陣を強引に切り進んだ。
「どけ!!」
「邪魔する奴は、切り捨てる!」
斬り払われるハルバードは、迫る矢を払い道を作る。
主人の意思に呼応する愛馬は、その道を駆けた。
それでも、そこは敵陣の最奥。
突き出される槍は、彼の馬を貫き、その歩みを止める。
彼の瞳には、こちらに向けた視線を外す事の無く、妹を凌辱し続けるアルベルト。
泣き叫ぶクローディアは、兄に懇願する。
「嫌! お兄様、止めて!!」
「・・・イオリア・・見ないで・・」
「・・・嫌ぁーーーーー!!!」
槍は、馬を貫き、イオリアに牙を剥く。
そして、戦場に悲しみの叫びが響く。
その叫びを掻き消す様に下種な笑い。
地面に転がる事すら許されないイオリアは天幕を睨みつける。
「アルベルト・・・貴様!!」
彼の口からは、叫びと共に血が飛び散る。
彼を掲げる様に槍を突き上げるゴロツキ兵士達は、下種な笑いでその姿を眺めた。
「ゲッへッへッ、ウチの王子は、本当にラインハルトの子かねぇ。」
「これじゃヴァーミルナ様と同じだぜ・・・ゲへッへッ。」
「違ぇねえな・・・」
「まぁ、戦場で女を犯す姿を晒すなんざ、いかれた趣向だがな。」
「しかも、妹だぜ・・・ヴァーミルナ様より歪んでらぁ。」
槍に掲げられ揺らされるイオリアには、既に痛みなど感じない。
それ程に彼の視界は紅く染まっていた。
イオリアは、遠い日の思い出に従い、母から教わった言葉を紡ぐ。
「イ デゼーア アーダ セレイ アル フラマ トゥッカ!!」
その言葉は、魔力を具現化する。
魔導の光は、彼を包む様にその周囲を強く燃え上がらせた。
それは、愛馬の命を吸い上げ、その周囲の兵士達を飲み込む。
地面には、血反吐を吐き、立ち上がる力の無いイオリア一人が転がる。
それを見つめる、アルベルトは唇を噛む。
そして、その高台から、ボロボロの妹を捨て飛ばす。
「才能が在る奴は・・・」
「そんなに欲しけりゃ、くれてやる。」
「もう、価値のねぇ残飯みてえなもんだがなぁ!」
「ハッハッハッハッ!」
クローディアが最後に見た風景は、血に染まるも優しく微笑む想い人の顔。
彼女は、彼の胸の中で息を引き取った。
それから少し経ち、狂気渦巻く世界でイオリアの目には国の希望が映る。
彼は、赤い涙を流し、その差し出された手に縋る。
「先生・・俺、ダメでした・・・」
「何も・・・守れなかった・・・」
「リオとの・・約束も・・・」
「母上に・・・ごめんって・・・・・・」
「父上に・・・・・」
イオリアは、小さくも温かい胸に抱かれ、最後の声を紡ぐ。
彼を優しく包む少女の様な漢は、彼から視線を外す事無く後方に控える女性に声を掛けた。
「藻、二人を本陣のルーファスに届けてくれないかな・・・」
「・・・僕は、このくだらない戦争を止める。」
「わかりんした。」
「無用の事でありんすが、ルシア様・・・無理はしないでくんなまし 。」
「あぁ、大丈夫だ・・・」
空から舞い降りた異国の旅人二人は、国王派の兵に囲まれている。
その姿を見据える視線は、生肉でも放り込まれた野獣の様だ。
そこには、殺気と欲望が圧を作る。
しかし、青年を擁く少女は、気圧されることなく周囲を睨む。
その瞬間、辺りを囲む国王派は、一瞬恍惚の表情を浮かべる。
次の瞬間、周囲一帯の兵士は泡を吹き痙攣起こす。
そして兵は沈み、空間は開ける。
それの姿をつめる、テイメソスの女性はため息をつく。
「ルシア様・・・無用な死は、神の思うままでありんすよ。」
「・・・そうだね。」
「さぁ、藻さんは行って・・・君に、この場所は似合わないよ。」
「お気持ち、ありがとうござりんす。」
「では・・・」
藻は式神を召喚し、2つの躯を丁重に運ぶ。
ルシアは、小さくなる背中から視線を外し、天幕を見据える。
そして、敵陣をゆっくりと進む。
彼を目掛け飛び交う矢は、彼の持つレイピアに払われ地の落ちる。
同じ様に向けられる魔力は、彼の持つ盾に打ち消された。
襲い掛かるゴロツキ兵士達は、無慈悲に体を2つに断たれその場に転がる。
その光景は、戦場の喧騒など分からなくなるほどに静かに映る。
それはまるで嵐の前の静けさを彷彿とさせた。




