09(260).姉の想い
太陽が昇り、辺りは蒸し暑く陽炎を作りだす。
無風の中で聞こえる虫の囁きは、ストレスを彼らに与えた。
アレキサンドラは、ファルネーゼを伴い、ヴァーミルナの控える王室へと足を運ぶ。
扉を開け中へ入ると、書類に視線を送り気持ち悪い笑みを浮かべる弟の姿。
「どうしたんだい、サンドラ姉さん?」
「公務は、終わったんだよ。」
「一人の時間を邪魔しないで欲しいな・・・」
それは、いつもの会話だ。
彼女は目を細め、彼のテーブルに薬の包みと1通の手紙を置く。
それを、表情を変えることなく横目で眺める王。
「これは、なんだい?」
「お前の字だろ?」
「筆跡も残留魔力も・・・違うか?」
「王殺しは重罪だ・・・王位を退き、罪を償えヴァーミルナ。」
アレキサンドラに視線を向けるヴァーミルナ。
姉の哀愁の表情とは対照的に、嘲笑の表情の王。
彼は、手紙を摘まむ様に持ち、風に乗せる。
そこに放たれる魔力の炎は、手紙を捕らえるも燃え上がらない。
「紙には細工をしておいた・・・簡単には燃えないよ。」
「・・・ヴァーミルナ。」
アレキサンドラの冷ややかな視線に、彼は鼻で笑う。
そして書類を机に強く置き、彼女を見据えた。
「俺は王だ、あんたの言葉なんてどうとでもなる。」
「今じゃ、貴族派閥の半数以上は俺の配下。」
「子の成せないあんたの下には、誰が付くよ?」
「この件・・・忘れんなら、家族のよしみで逃してやる。」
「これ以上、荒立てんなら・・・判ってるよな?」
アレキサンドラは、ため息と共に、姉弟の縁を捨てた。
そして、強い眼差しで彼の告げる。
「そうか・・・」
「考え直す気はないのだな、ヴァーミルナ。」
「あぁ、考えは変わらないね。」
「権力者が誰なのか、考えるのは姉さんの方では?」
「・・・ラトゥール王よ、その薄汚い面、私は忘れない。」
アレキサンドラは、嘲笑する王を残し部屋を退出する。
そして、大きくため息をつく。
「避けられないな・・・」
「ファルネーゼ、世話になる。」
「はい、異母姉さま。」
その日、アレキサンドラは、荷物をまとめ王都を後にした。
馬車は、日の沈む空の下で城下を駆け城門を抜ける。
他種族のいない街には、作られた笑顔だけが残っていた。
それは、作られた太陽の元、真実を知る者などいない為だ。
馬車の中で、アレキサンドラは思考する。
正面のファルネーゼとレドラムは、その姿を憂う。
「異母姉様、直ぐにどうにかなるなんてないわよ。」
「まだ、交渉するんでしょ?」
「・・・アイツの性格だ、逆賊にでも仕立て上げられそうだな。」
「国民には悪いが、アイツは国の膿だ。」
「あの思考は、継承させては不味い・・・」
アレキサンドラは、眉を顰め唇を噛む。
そこには、弟を想う姉の表情があった。
それを見つめる、レドラムはその姿に自分を重ねた。
「アレキサンドラ様、身内の不徳、心中お察し致します。」
「レドラム、気を使わせてすまない。」
「何かに特質する者とは、あんな者なのかもしれないな・・・」
馬車は、重い空気のままラトゥールを横断する。
数日後、アレキサンドラは、ハーデンベルクへと到着。
そこには、ルーファスやギリアム、そして王国軍の隊長数名の姿がある。
ファラルドを中心に会議は執り行われた。
その結果、国中の領主へ真実を記した文は届けられる。
届けられた文を読む領主たちは、それぞれの想いにより身の振り方を考えた。
もたらされた情報が真実であれ嘘であれ、彼らにとって、それは重要ではない。
どちらにつく事が、正解なのかが重要なのだ。
文を届けられたゴリアスは深く頭を抱えた。
「・・・なんですと・・しかし、どうせいっちゅうんだ。」
その言葉に、彼の家族は困惑する。
王都近郊の領主は、昔からの貴族が多い。
それは、ゴリアスの属するダナン家も同じだ。
それゆえ、下手に動くことができない。
彼の中で、私情と世情の乖離は激しい。
彼は、先代や先々代の王に信頼をおき、仕えてきた。
それを、殺されて良い気など起こるはすも無い。
その上、その仇と疑われる者を慕う事など出来るはずもないのだ。
しかし、ヒューマンの民にとっては良い国ではある。
それは、彼の領民にとっても同じことが言えた。
彼は、悩み苦しむも、私事で公事は動かせない。
1人領地を離れ、王の墓の前で跪き目を瞑る。
「王よ、申し訳ありません・・・」
「かの文が真実であろうと、領民の為に私は動きます。」
彼は、立ち上がり、深々と首を垂れる。
そして、静かに踵を返し、ため息とともに呟く。
「私情で動ければ良かったのだがな・・・」
様々な想いは、国中を埋め尽くす。
それは、止まる事の無いうねりへと変わり、掛け違えた歯車を直すことは無かった。
そして、不要な戦へと力を与え、国を進めた。
アレキサンドラとヴァーミルナの不破、王の死の噂は王城の侍女たちから民へと広がる。
その噂は、隣国にも伝わり、2人の王は、ファラルドの使者へ良い返答を返す。
それから数日後、先の戦で一つに戻った国は、また分裂の危機を迎えた。




