08(259).公務
ラトゥール王都は、深い悲しみから覚め三カ月程が過ぎた。
先日から降り続いた雨は止み、嘘の様に晴れた空は、無駄に太陽が主張。
そして、雨上がりの湿気を無駄に温める太陽が不快感を掻き立てた。
目抜き通りを歩くハーデンベルクの2人の騎士は、太陽を見つめ汗を拭う。
前を歩くファルネーゼは、視線をそのままにレドラムに言葉を投げた。
「私は、このままサンドラ異母姉さんの所に向かうわ。」
「あんた、裏通りで情報収集をお願い。」
「ハァ、ヴァーミルナ様の噂って何もないわよね・・・気持ち悪い。」
「ファルネーゼ様、人目がります・・・お控えを。」
レドラムは、気だるそうに歩く彼女を諫める。
その姿は、同じ様に気だるそうな上、ため息交じりだ。
表向きはアレキサンドラの警護だが、目的はラインハルトの死に対する真相調査。
彼女達は領主の命により、朝から情報取集に奮闘していた。
しかし、調査内容がジメジメとしているだけに、気候と相まって彼女のやる気を奪う。
ファルネーゼと別れたレドラムは、さらに湿気の溜まる裏通りを進む。
そこは、昔、点在していた難民の姿はない。
それを気に留める者などいないが彼は違う。
入り組んだ路地を、闇深い方へと足を進める。
少し前ならゴロツキが屯していた酒場の入り口は、人気すらない。
レドラムは、少し重い酒場の扉をゆっくりと開く。
店内には、呼鈴が鳴り響き、鋭い視線が彼に刺さった。
「開いているな?」
そこに返答はないが、カウンターの奥にはグラスを拭くオヤジの姿。
薄暗い店内には、数名の身なりの良いゴロツキ。
レドラムは、表情を変えずカウンターの席に掛ける。
「オヤジ、久しいな・・・」
「レドラムか・・・久しぶりじゃあねぇか。」
「まだ、バスタードの子守りか・・・」
レドラムは、眉を動かすも表情こそ変わらない。
声色をそのままにオヤジの会話に合わせる彼は、小一時間世間話を続けた。
その中で、街の変化を理解し現状を分析する。
どの話も行きつく先は、太陽の王だ。
彼の施策により、難民や獣人は、表向きは労働として他国へ派遣。
彼にとって使いやすいゴロツキは、新設された部隊へ。
それは、前王であるラインハルトが難色を示していた案件だ。
愛想笑いで場を凌ぐレドラムだが、カウンターの下では拳を震わせていた。
その感情を抑えるべく、レドラムはオヤジに出された気の抜けたエールを飲み干す。
そして、酒代に色を多分に付け、オヤジに依頼する。
「オヤジ、今も仕事はしているな?」
「なんだい・・・こうして励んでいるじゃあないか・・・」
オヤジは、目を細め置かれた金子と差し出された紙を遠目に眺める。
そして、視線をレドラムに向けた。
「・・・倍だ。」
「吹っ掛けてるわけじゃねぇ、てめぇがダッシュウッドだからだ。」
「じゃなきゃ、受けねえ事ぐらいは判ってんだろ?」
「・・・」
「それでいい。」
レドラムは、1年は王都で暮らせる程の金額をオヤジに支払う。
それはオヤジの命の保証としての対価。
高い様でいて、想定していた額よりは2割ほど安い。
レドラムは、難色を示す表情だけはするが、内心ほっとしていた。
それから数日が経ち、オヤジから情報が届く。
それは、彼の感情を逆なでる物でしかなかった。
彼は、王都にあるハーデンベルク家の屋敷の一室にいる。
そこには、2人の女性と彼の上司が椅子に座り眉を顰めていた。
「レドラム、お前はどう考える?」
「はい・・・」
彼は、同席するアレキサンドラを横目に眉を顰める。
その表情に口元を緩めるアレキサンドラの瞳には哀愁が漂う。
「私の事は気にするな・・・そんな感情などとうに無い。」
「王族などそんなものだ・・・」
「では・・・」
「状況証拠こそ完全に残ってはいませんが、ファルネーゼ様の調査内容と合わせほぼ黒かと。」
「必要とあらば、お抱えの薬師の口など、どうとでもできますがいかように?」
彼は、腕を組み眉間をもむファラルドに視線を飛ばす。
その意に、ファラルドは、ため息と共に仕事を振る。
「・・・やってくれ。」
「金は不要だ、手段は任せる。」
「何かあっても、責任は僕がとるよ・・・」
「畏まりました。」
「レドラム、汚れ仕事をすまんな。」
「サンドラ異母姉さんは、どうする?」
「証拠が挙がった所で、彼の政権は変わらないと思うんだけど・・」
ファラルドの視線に、変わらない表情の彼女もまた、ため息がうつる。
彼女は、ひじ掛けに頬杖をつき、視線を机の蝋燭へと移す。
「今度は、政戦か・・・碌な時代ではないな。」
「しかし、王殺し・・・それでは、すまないかもしれないか・・・」
「ファラルド・・その時は、お前が先頭に立て。」
「私がお前に付けば、数こそ少ないが、有力な者は引きこめる。」
「なぜ、サンドラ異母姉さんが立たないんだよ?」
「僕は、継承権を廃権した身だよ・・・名目が良くないんじゃないかな?」
ファラルドは、目を細め彼女を見つめる。
そこにアレキサンドラは、笑みを溢し言葉を投げた。
「巷でお前らは、月の王族なんて呼ばれてるんだ。」
「太陽と月なんて、いい取り合わせじゃないか。」
「ちょっと、サンドラ異母姉さん・・・遊びじゃないんだ。」
「フフフッ、そうじゃないさ。」
「お前は、国民に期待されてるってことだ。」
「問題があれば、私がどうにかする・・・これでも王の姉だ。」
「癇癪持ちの駄々っ子を止めるのも、姉の務めさ。」
「答えになってないけど・・・」
笑う彼女の声は、場の空気を軽くする。
それでも、議題の結果は重く、彼らに苦渋の決断を迫る物となった。




