04(255).日食
空を見上げる人々は、皆跪き神に祈る。
空にあった太陽は、その殆どを黒く染め上げ、辺りを闇が包む。
ラトゥール第二王子は、パトロンの住む北の街ジュラに滞在中だ。
彼は、空を見上げる人々を鼻で笑う。
「祈っったところで、どうもならねぇのにな。」
「バカ極まれりだわ・・・」
「アンタも馬鹿ね・・・無知だからよ。」
「天文学やら気候学が発達した国なのに滑稽よね。」
「日食・・・あなたにピッタリじゃない太陽の王子様。」
カーミラの笑みに眉を顰める王子。
しかし、その言葉は彼を表すにはピッタリだった。
「相変わらずだな、アンタはよ。」
「・・・で、アンタは祈る先を作って金稼ぎかい。」
「いい趣味してるよ、まったく・・・最高過ぎるぜ。」
二人は、客が多い酒場の個室へと入り落ち着く。
そこには、噂や与太話程度に情報が上がる男がいた。
「王子、こちらはソラス様。」
「今の器は、リューゲだったかしら。」
「知ってるわよね?」
「・・あぁ、随分と面白れぇ結果をくれた御仁だ。」
「しかし、実在したとはな・・・赤い騎士様がよぉ。」
王子は、赤いローブの男に値踏みする様な視線を向ける。
しかし、何処か朧げな男の姿に違和感を覚えた。
それでも、カーミラの提示した話である。
彼は、今までに彼女の提案で損はしていない。
「で、カーミラさんよぉ。」
「このソラス様とやらに会わせて・・・どうしたいんだ?」
その言葉を彼女は待っていた。
氷の様な表情は、微笑を浮かべる。
それは、彼女を知らぬ物なら虜になる程度の代物だ。
しかし、この場にそんな者はいない。
「王子様、魔法について研究なさってるわよね?」
「ソラス様は、その道の権威よ・・・」
「古代魔法王国のソラス・ソラムって知ってるわよね?」
王子は生唾を飲み、朧げに映る赤いローブの男に視線を向ける。
それは、魔導書に乗らぬ事がない程の名だからだ。
王子は、彼女の会話を思い出す。
そこに在った言葉は "今の器" 。
それは、意志の共有か、魂の転移を意味するのだろう。
ただ、現代魔法はもとより、古代魔法ですらそんな都合の良いモノは存在しない。
王子は、乾いた笑うを浮かべた。
「おいおい、ここに来て俺を騙す気か?」
「カーミラさんよ、俺だって馬鹿じゃねぇ。」
「信用しろって方がおかしいぜ・・・商人て奴は詐欺師が多い。」
「アンタ、国相手に喧嘩売ってんのか?」
そこには、悍ましいまでの笑みが溢れている。
しかし、彼女はそういった壊れた表情が好きだ。
「いいわね、その表情・・・」
「|実家と関係作らない・・・私、権力が欲しいのよ。」
「はぁ? なんでお前みたいな糞女と。」
「そもそも、俺の話は終わっちゃいねえよ。」
「俺を騙す気かって聞いてんだろ?」
「頭に蛆でも沸いてんのか?」
彼女は、罵倒に対し恍惚とした表情を浮かべる。
そして、ソラスへと視線を向けた。
紅いローブの男は、小さくため息をつき指を立てる。
そして、術式も詠唱も無く、指先の上の空間に螺旋を描く様に光の線が伸びた。
浮かぶ線は発光し、根元から連続して軽い爆発。
それは、ある程度魔術を齧った者ならば、単純な単属性魔法ではない子著位は判る。
その光景を見入る王子の表情は凍り付いている。
そこには、彼の求める研究の全てがあった。
「・・・おいアンタ、俺んとこで集団術式の研究をしてくれないか!」
その言葉にカーミラは口元を歪める。
そして、王子を諭すように告げた。
「ソラス様は、アンタの下にはつかないわ。」
「アンタが付くのよ王子、ソラス様の下にね。」
「欲しいんでしょ、お金・・・本当は ” 絶対的な力 ” よね。」
王子は、唇を噛み二人に視線を向ける。
そこには、満足そうな表情の女と、表情すら分からない男
彼の想像では、部屋の外にはダッシュウッドが控えている。
そして、ここでの答えはYESしか存在しない。
王子は、全てを受け入れ眉を顰め笑う。
「ハッ、判ったよ・・・好きにしろ・・」
「で、俺は、お前と結婚すりゃいいのかカーミラさんよぉ?」
「馬鹿じゃない?」
「何で私が、アンタとくっつかなきゃいけないのよ。」
「そんな無駄な事こっちから願い下げよ。」
「・・・私じゃなくて、妹よ。」
王子は思考を巡らせる。
その行きつく先は、自身の権力。
そして確固たる力を求め、行きつく先は深淵の扉。
時は進み、ヴァンダベイロンの大商家の娘はラトゥール第二王子へと嫁ぐ。
第二王子の元には、出自を隠す元ラトゥール最強騎士。
そして、国を混乱させ自身の野望を遂行する朧な奇人が集まった。
それは、彼に意志であると錯覚させ、一人の男の思惑通りに事は進んだ。
王子の義姉は、彼に告げる。
「そろそろ、殺しちゃえば?」
「王も王女も邪魔じゃない?」
「国交なんて、お涙すればどうにでもなるわよ。」
「だって、ヴァンダベイロンに不利益は無くってよ?」
太陽の王子は、口元を歪ませ義姉に視線を向ける。
そして、扉を守る男に告げた。
「ダッシュウッド卿、やってくれるか?」
「・・・愚問だ。」
「我が宿主に問い返す・・・好きにしていいのだな?」
「・・・好きにしろ」
そして7日の後に、彼は太陽の王と言われるようになった。
しかし、真実を知る民衆はいない。
新王の涙を讃える国民に、義姉の向ける視線は冷たく歪む。




