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01(252).雨の中

リーアの街の墓地に集まる人々の姿。

シトシトと降り続く雨は、参列者たちの涙を隠す。

そこに在る感情は、これからも彼らに付きまとうだろう。

すすり泣くな者達は、鐘の音と共に祈り故人の冥福を願った。


「お兄ちゃん、どうして起きないの?」

「リオね、お兄ちゃんが起きたら、いっぱい遊んでもらうんだよ。」

「お兄ちゃんが約束したんだよ。戻たら遊ぼうねって。」


その少女の言葉は、手を引く女性の心を握りつぶす。

その感情は、どこにぶつける事も出来ない。

ライザは、口に手を当て声を殺す。

しかし、涙を抑える手立てなど何処にもなかった。

その姿に、彼女の侍女は少女に手を差し出す。


「リオちゃん、奥様はこれから、大事なお仕事ですので私と行きましょうね。」


「は~い。」


ワイズマン家の使用人は、彼女に式の進行を願う。

それは、まだ戻らぬ領主に代わる代理の務めだからだ。


「奥様・・・心中お察し致します。」

「しかし、これも領主の務めです。」

「行軍し亡くなった者への最後の手向け・・・どうか。」


「判っているわ・・・」

「判っていますとも。」


彼女は、空いた出て涙を拭い、告別式を執り行う。

その場には、リーア領全ての者が集まり、失われた家族を見送った。

静かな雨音とすすり泣く声に包まれた場に凛として響くライザの声が響く。


「長く苦しかた戦争は終わり、平和な日々が訪れました。」

「あなた方の命の上にある平和を私たちは守っていきます。」

「私達は、あなた方の事を忘れはしません・・・」

「それは、私達は大切な家族が与えてくれた日常だから・・・」

「うぅっ・・・・」


壇上では、言葉が止まり俯くライザ。

それを見つめるリーアの人々からは声が飛ぶ。


「ライザ様、頑張って・・」


「私らも同じ気持ちだよ!」


彼女は、涙を拭き咳払い。

そして、震える声を張る。

そのいたたまれない姿は、戦争の悲惨さを訴えるのには十分すぎる程。


「どうか、安らかに私達を見守ってください。」

「リーア領民戦死者251名に贈る。」

「領主代行、ライザ・・・ワイズマン。」


そこには、民衆の悲しみの声と彼女を称賛する声。

そして、嗚咽から慟哭へ変わる声があった。

雨は、それを優しく包むように静かにシトシトと降り続けた。

僕は、戦争の裏にあるソラスに怒りを覚え、強くこぶしを握り締める。


「アイツを止めなければ、死んでも死にきれないよ・・・」


「そんなことは、言わねえでおくんなんし。」

「アリシアさんへの言い訳は嫌でありんす。」


僕を諫める(みくず)は、ため息と共に僕を見つめる。

これは、アリシアに諫められるよりも精神に響く。


「すまない、藻さん。」

「僕は、アリシアの帰る場所を守らないとね。」


僕は、翌日リーアを出て、ハーデンベルク王国の王都へ向かった。

その日も、雨はふりつづけ、空を進む僕達を濡らす。

それは、西に戻ったあの日の事を想い出させた。



それは、東西を分ける大山脈を越えた後のことだ。

僕達は、手始めに南西の島国リヒターへと向かった。

そこは、西では見慣れ過ぎた猫や犬、狼の獣人が暮らす場所。

そして、舞姫の元の保有者であり、僕の大切な恩人の眠る場所だ。

僕は、カール領主に話を通し、墓地の小高い丘へ向かう。

そこで、彼女の墓標に手を合わせ、蓬莱の酒を備える。

そして、蓬莱でラスティを虜にしていた干物を沿えた。


「ひさしぶり、ミーシャ。」

「アレから、大分経っちゃったね。」

「僕は、西に行って来たんだ・・・」

「今、アリシアは意識がないだ・・・」

「また守れなかったよ・・・」

「でも、親父だけは必ず止める。」

「・・・また、三人で来るね。」


リヒターの風は、僕を中心に優しく渦巻き、そして東の空えと流れていく。

僕はもう一度手を合わせ、彼女の墓を後にした。

そして、先にリヒターの首都スキュレイアに向かった藻と合流する。


「お墓参りは、どうでありんしたか?」


「独りよがりかもしれないけど、元気そうだったよ。」


「それは良かったでありんすね。」

「ルシアさんに笑顔が戻りんしたし、ここに来て正解でありんしたね。」


彼女は、口に手を当て微笑む。

それは、何処か女帝染みていた。

僕は、頭を掻き彼女に状況を確認する。


「先行してくれて、ありがとね。」

「で、スキュレイア王はどうだった?」


そこには、笑顔の姿のままの藻。

彼女は口から手を離し、長話になると椅子を勧めた。

僕は、荷物を置き部屋の椅子へ腰かける。

その姿を確認すると、藻は話を続けた。


「スキュレイアでは、軍の派遣も出来るとのことでありんす。」

「しかし、ラトゥールがアレではと・・」

「彼らはラトゥールの内戦が終われば、喜んで参加するそうでありんす。」


「藻さんは、交渉できてすごいね。」

「フフッ、僕なんて最初に剣を向けられたよ。」


僕は藻を称賛しながら、昔の記憶を思い出す。

ミーシャに動かれたとはいえ、悪い思い出ではない。

その事に彼女は触れず、悪戯な笑みを漏らす。


「スキュレイア様に、ルシアさんのお名前を出したら即答でありんしたよ。」

「国母の守人ですって、素敵ではありゃせんか・・フフッ。」


「・・知ってたんだね。」


「聞きんしたよ、国王からも、ラスティちゃんからも、フフッ。」


僕の脳裏には、講談師の様に仰々しく語るラスティの姿が浮かぶ。

それは、大体の者からは評判だが、僕は止めて欲しい。

誇張されてはいないが、限りなく恥ずかしいのだ。

僕は、藻の微笑みに照れならが紅茶を啜る。


「そういえば、呀慶達はどうかな?」

「連絡あった?」


僕の問いかけに、首を傾げ、窓の外に視線を投げる藻。

それは、判らないのではなく考えをまとめている時の仕草だ。

暫く、彼女は彼女の時間を過ごし元の世界に戻る。

そして、僕の問いに答えを返した。


「結果だけ言うと、スキュレイアと同じでありんす。」

「ただ、ファウダは、ラトゥール内戦に参加していんす。」

「協力している側は、女王派閥でありんすね。」

「戦況は、あまりよくありんせん・・・」


「そうなんだね・・・女王派か、誰だろうね。」


彼女は、大きな尻尾の一本を持ち、毛先をいじる。

そして、僕の言葉に質問で返した。


「調べさせんすか?」


僕は、口に手を当て悩むも、次に向かう街で、それがわかる気がした。

そのためか、僕は笑顔で彼女に答えを返す。


「いや、必要ないよ。」

「明日は、リーアに行こう。」

「あそこなら信頼のおける情報もあるし、湯舟にも浸かれるよ。」


最後の言葉に耳を立てる藻。

僕は、彼女の笑顔を残し、彼女の部屋を後にする。

戦火の届かない街ですら、人々の怯えは僕達の心に語り掛けて来ていた。


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