34(249).解放される魂
巨大な炎の魔鬼は、風龍を押さえつける。
その間に僕と藻は、呀慶と合流。
呀慶の発言も彼女の言葉と同じだった。
「ルシアよ、あれば風龍などと呼べる神聖さはない。」
「私には、邪悪な大蛇に映る・・・」
「しかしな・・・」
彼は眉を顰めるも、目の前の状況に意識を戻す。
そして、言葉を置き戦闘に復帰する。
「ルシアよ、目に映る者は人それぞれ変わる。」
「それは、文化や生活でも様々なモノだ。」
「今は、目の前の問題を解決しよう。」
「藻よ、斉唱を頼む。 驍宗に託すぞ。」
「あい、呀慶様。」
僕も彼らに続き戦線へ。
2人とは距離を取り、驍宗のサポートに回る。
「驍宗、僕が前に出る。」
「君は、備えてくれ。」
「言ごつなったじゃらせんか。」
「頼んだぞルシア。」
僕は、盾を叩き大蛇の気を引く。
それは、炎鬼のサポートにもなった。
絡み合う大蛇と炎鬼は、原始的にも見えるぶつかり合いだ。
だが、その姿がむしろ神々しくも思える。
僕は、気を散らす大蛇の隙をつき、鱗を跳ね飛ばす。
それは、大蛇の気を引くのには十分すぎる。
虚空から現れる尾撃は、容易に僕を宙に浮かせた。
しかし、その度に少しずつ魔力を失う。
後方では、驍宗が、魔力を高め体勢を低く沈ませた。
その姿は、魔力の流れが肉眼でも判るほど強くなる。
そして巨大な大太刀を、鞘の上からでも判るほどで光らせた。
「終いじゃ・・糞大蛇・・・」
眼光鋭く、舌なめずりする驍宗。
それに呼応する様に咆哮する青龍。
その後方からは、低く抑揚のない呪言。
それは、藻の声も乗り斉唱となった。
魔霧は深く場を包む。
その中で抑揚のない呪言は、一人の男に力を与え、その者の守りを奪う。
諸刃の剣と化した鬼は、言い聞かせる様に呟く。
「行っか・・・」
僕の目の前では、その異常な力場に反応する大蛇。
その瞳は、炎鬼や僕から離れ、その根源に向けられる。
僕は、盾に溜まった大蛇を包む雷嵐から得た魔力を、一連の斬撃の締めに繰り出す。
そのねじり込まれた盾突きは、青龍の魔力を払い無防備させた。
瞬間、沈んだ鬼は、ため込んだ力を解放する。
僕の目に映ったのは、青龍のはるか後方で抜き放たれた大太刀を華麗に鞘へ納める驍宗の背中。
風は止み、霧は次第に晴れ始めた。
だが、そのタイミングは、どこかチグハグだ。
空は、青龍の血しぶきで紅く染まり、その場には赤い雨が降り注ぐ。
切り口は綺麗なモノではない。
目の前に横たわる巨体は、その真実を彼らに告げた。
僕は、その光景に眉を顰め唇を噛んだ。
目の前の相手は、この禍々しい魔霧の影響でその姿をゆがめられていたのだ。
「なんてことだ・・・」
「まさか、神鳴の眷属とは・・・」
呀慶は、膝を着き首を垂れる。
状況から来る過失ではあるが、回避できたかもしれない状況だった。
それでも過ぎた事でしかない。
その姿を山頂の社に佇む、赤い吟遊詩人が静かに震え、気持ち悪い笑みを浮かべる。
彼は、僕達に侮蔑な視線をながし、踵を返す。
そして、社に宝玉を捧げ、古代語の様な呪文を唱え始めた。
「あなたが! 行きなんし、炎鬼!嵐鬼!」
藻は、魔力を高め、再度嵐鬼を呼び出す。
その言葉に、2人の魔人は呼応する。
しかし、その力は新たに舞い降りた存在に打ち砕かれた。
そこには、何時か空へ消えた魔人姿。
大きな振動と共に舞い降りたそれは、炎鬼を圧さえ込み消滅させる。
その禍々しい姿は、以前よりも巨大だ。
「何故、ダッシュウッドが・・・」
僕の呟きに、視線を投げるカイナラーヤ。
それは、ごみでも見るかのような視線だ。
「会話すら覚えられぬ程愚かとは・・・」
「器の血族など気に掛ける価値は、皆無という事だな。」
魔人は、仰々しく振る舞い語るも、そこには、十分に戦闘できるものなどいない。
それでも僕は、舞姫に魔力を込める。
そこに、呀慶の叫びが力なく響く。
「無茶だ、ルシア!」
「アレは、先ほどの龍と同格だ。」
僕は、止まることなく魔人に刃を向ける。
その突きは、容易く魔人に突き刺さった。
しかし、その表情は無情しかない。
「小僧・・・」
「これより、ソラス様が復活なされる。」
「少しは、静かに見ていられないのか?」
魔人は、手の平を貫く刃をものともせず、僕の手を舞姫ごと掴む。
そして、膂力のみで僕を払い飛ばす。
宙を舞う僕の視線の先では、古代語を唱え続ける赤い吟遊詩人。
そこに突風が吹き、大きな羽帽子を舞い上がらせた。
「やはり・・・親父・・」
「親父! これ以上止めてくれ!!」
その叫びは、誰も捕らえる事が出来ない。
僕の言葉に反応する事の無く、淡々と詠唱を続ける声。
それは、思い出の中の父のモノとは違った。
空には、また暗雲が立ち込め、赤い稲光が雲から雲へはしる。
社の前で詠唱する声は、一人の声とは思えない程に耳障りに重なっていた。
目の前に立ちふさがる魔人は、人並みの笑みを浮かべ呟く。
「魂は解き放たれた。」
「戻られるぞ!」
僕は、立ち上がり装備に魔力を込めた。




