31(246).動き出す悪夢
月山最奥にある恐山。
この地域は、許可なき者は排除される場所。
麓では、周囲を取り巻く様に高い城壁が築かれ、兵士が目を光らせる。
1人の兵士は、異変に気付き、同僚に声を投げかけた。
「おい、アレ人だよな?」
「下の奴らは、警告したのかよ?」
「はぁ? 目でも悪くなったんじゃねえか?」
「何もいねぇじゃんかよ。」
「暇だからって遊ぶなよな・・・」
声を掛けた兵士は、首を傾げ目を凝らす。
しかし、先ほどの姿は消えている。
「でもよ・・」
「だったら、隊長にでも報告しとけよ。」
「俺は嫌だからな・・・面倒くせぇ。」
兵士は、ため息をつき、同僚に手を振る。
そして、持ち場を任せ隊長の元へと向かう。
「報告があります。」
「入れ。」
隊長の執務室には、数名の兵がいた。
隊長は、書類に文章を綴りながら、頭を掻きむしる。
「報告は何だ?」
「はい、城門に接近する人影を見かけました。」
隊長は、大きくため息をつく。
それは、その場にいる兵士全てからの報告が同じだからだ。
しかし、範囲が広すぎる。
「お前もか・・・」
「これで7人目だぞ。」
「俺の時期に何で来るかな・・・」
「・・・わかった。」
「持ち場に戻っていい。」
「警戒を続けてくれ。」
隊長に寄せられた情報は、赤い人影の発見だった。
それは、何をするでもなく佇んでいたという。
しかし、視線を外すと、その姿は消え、そこには跡形すらないという。
隊長は、悩みながらも書簡を認め、都へ報告を出す。
それは、3日と掛からず穣都の帝の耳に入った。
「やっかいでありんすね。」
「呀慶は何と申してやすか?」
「彼は、状況が分からない以上、確認してくると・・・」
「先ほど驍宗様を連れ、都を発ちました。」
玉藻は顎を撫で、ため息をつく。
そして、藻を呼びつける。
「藻、呀慶の鍵を連れ、呀慶を追いなんし。」
「彼の感は、悪い方にはようあたりんす・・・」
藻は、女性の言葉に頭を下げ踵を返す。
そこに、投げられる優しい言葉。
「気を付けなんし。」
「ありがとうござりんす、お母様」
彼女は城を後に、アリシアの宿を訪ねた。
そこには、以前より距離の近い二人の姿があった。
彼女は、どこか嬉しくなり尻尾を制御しきれない。
「浴衣の効果はありんしたね。」
「藻は、そういうのが好きなんだな・・・」
「しかし、感謝はしているぞ。」
「・・・なぁ、ルシア。」
僕は、顔を赤らめ視線を外す。
そして、窓の外を眺める。
その姿にクスクスと笑うアリシアと藻。
「で、用事はそんなことではないだろ?」
「えぇ、冒険者の主さん方に依頼がありんす。」
「恐山へ、あちきと共に向かってくれせんか?」
彼女には、どこか焦りがあった。
僕は、彼女にお茶を出し、質問を投げる。
「藻を恐山まで連れて行けばいいのかな?」
「依頼内容は護衛?」
「いえ、この度の依頼は・・・」
「呀慶様方と共に異変の解明になりんす。」
「もしかすると、貴方のお父様が動いたかもしりんせん・・・」
僕は、心臓を掴まれた様に苦しくなった。
握る手は、その制御を離れ、自らを傷つける。
その姿にアリシアは、手を重ね制御を取り戻させた。
「ルシア・・・大丈夫だ。」
「お前には、私がいる・・・」
「ありがと・・・アリシア。」
「藻、その依頼・・・僕が受けるよ。」
「それが、親父なら僕が止める。」
「ここで、全てを終わらせるよ・・・」
その言葉に、頷き返す藻。
そして、金子の入った袋を机に置く。
「先払いに致しんす。」
「・・・あちき 、主達の事信じていんすから。」
僕達は、荷をまとめ用意された馬車に乗る。
それは、寄り合いの物に比べ、幾らか豪華だがそれ以上に足が速い。
それなりに遠い距離をそれは、1日半で駆け抜けた。
しかし、月山までの道のりで2人に追いつく事は無い。
僕達5人は、月山最奥を目指す。
先に出発している呀慶達は、恐山城門の隊長室で話を聞いていた。
兵士達の話す内容は、どれも何処か虚ろで確証のある物ではない。
それでも、呀慶の感は彼に囁く。
「呀慶、赤か影じゃっでといって、彼奴とは限らんじゃろ?」
「いや、心当たりがあるのだ・・・」
「私の記憶も、ここの兵と同じであやふやなのだ・・・」
「嫌な共通点だろ・・・」
「夏は、呆けっちゅうでな・・」
少しボロイ扇子で顔を仰ぐ驍宗に眉を顰める呀慶。
しかし、驍宗の表情は、言葉とは裏腹だ。
「で、見つけたや切ってよかか?」
「あぁ、やってくれ。」
「ここは禁足地だ・・・在る事が悪い。」
彼らは、隊長室から出て目撃が多い場所へ向かう。
その間も、いたるところで目撃される赤い影。
それは、真夏でも大きな帽子をかぶり、マントに身を包む異常な姿。
一見旅の吟遊詩人の様にも映る姿だが、その記憶が虚ろにぼやけるという。
そして、数日経つと目撃者の記憶は消えた。
僕達が、城門へ着いた頃には、上空は闇に包まれ、異変が起こっていた。




