30(245).華と想い
提灯に彩られ、様々な屋台が賑わう神社の参道。
子供連れの夫婦は、先を行く子の元気な姿に微笑む。
二人連れの男女もまた、笑顔で歩む。
そして、大勢で歩く者達も笑い合い、神社に活気を与えた。
僕達の前を歩く、呀慶達は、すれ違う者に挨拶受け笑顔を返す。
「これは、呀慶様に藻様。」
「今年も良い酒が飲めますよ。」
「それはいい事だ。だが、悪酔いはするなよ。」
彼らは、西でよくある王や貴族に対するのモノは違い、親しみの中に敬意があった。
僕はその姿に、ファラルドの顔を思い出す。
そして、連想されることは、西の国々の行末。
碌な記憶はないが、それでも僕の生まれた国。
俯く僕に、アリシアは声を掛ける。
「ルシア、東の国は豊かだな・・・」
「私もこんな国は好きだが、お前がいればどこでも一緒だ。」
「今を楽しもう・・・考えるのは、それからでも遅くはないさ。」
彼女は、真剣な表情を崩し、笑顔を向ける。
それは、彼女も同じ気持ちなのかもしれない。
それでも、彼女は今を大切にしている。
僕は、唇を噛みしめ、不恰好な笑顔を作る。
「フッハハハッ、何だその顔は。」
「私を笑わせてどうする・・・フフッ、さぁ楽しむぞ。」
彼女は、僕の手を引き駆け出す。
そして、藻に声を掛けた。
「藻、浴衣をありがとう。この服は明日返す。」
「私達は、私達で楽しんでくるよ。」
「フフッ、行ってらっしゃいまし。」
袖を抑え小さく手を振る藻。
同じように見送る一行をしり目に、僕はアリシアに引っ張られる。
彼女の元気な姿は、僕の悩みを振り払う。
「アリシア、あっちから美味しそうな匂いがするよ。」
「ウチも、あっちの匂い気になる!」
「ハハハッ、では行こう!」
いつに無く楽しそうなアリシアに、僕とラスティは、つられて笑う。
歩みを抑え、人の波と共に屋台をめぐる。
そこには、焼きそば、焼きもろこし、そして林檎を飴で覆った菓子。
目を引いたのは、雲の様な飴。
変った所では、一口サイズの丸いフワフワの焼いた玉だ。
中には蛸が入り、外はサクサクとした食感、中はフワフワの生地。
そして、蛸の歯ざわりが面白い。
勿論、かけられた甘しょっぱいタレが食欲を増進させた。
いつもなら、豪快に食事する彼女だが、何処かおしとやかだ。
「ルシア、これは美味しいな。」
「しかし・・・なんでもない。」
「ほら、ラスティ。口の周りが汚れているぞ・・フフフッ。」
「ウチ、この大好き!」
僕は、ラスティの食べる姿を観察。
そこには、蛸ではなく、白い貝が入っている。
僕は、ホッと胸をんで降ろすも、その姿にアリシアは笑う。
「大丈夫だよ、店主もケットシーだった。」
「そうだよね。」
僕達は、境内で踊る人々の姿を眺めながら食事をする。
その姿は、いつに無く静かだが、お互いを感じれる時間でもあった。
僕は、祭りばやしの輪を見つめながらアリシアに呟く。
「家族ってこんな感じなのかな?」
「・・・そうだろうな。」
「私たちも・・・そう見えていると良いな。」
僕は、触れる彼女の手を握る。
そこに小さなフワフワな手がチョコンと置かれた。
「ウチ達、家族だね。」
「ウチ、嬉しい。」
「ルシアがいてい、アリシアがいるの・・・」
「ウチ、みんな大好き!」
彼女の言葉に僕の瞳は涙を滲ませる。
それは、アリシアも同じだ。
頬を伝う涙は、篝火で輝き浴衣を濡らす。
「ほら、アリシア。」
僕は、柔らかい布を彼女に渡す。
それを受け取る彼女の表情は、優しさに溢れていた。
「ああ・・・ありがとうルシア。」
「・・・私は、母親でもいいのかな?」
「こんな私でも、母親になっていいのかな?」
そこには、いつもの彼女の姿は無い。
しかし、自らを卑下する姿でもない様に思えた。
僕は、彼女の手を強く握る。
「君なら、大丈夫だよ。」
「ラスティだって、君に似て聡明じゃないか。」
「悪戯な所も似てきたし、何より君に似て優しいよ。」
「・・最近は、寝坊は無くなったけどね。」
「フフフッ、そうだな。」
「ラスティは、賢いな。」
「・・・」
「ありがとう、ルシア。」
彼女は、涙を拭い、りんご飴を齧る。
その表情には、先ほどの張り詰めたモノはない。
優しく、何処か少女のような姿だ。
「このリンゴは酸っぱいな。」
「フフッ、そうだね。」
「僕のも酸っぱいや。」
祭りばやしも終わり、人々は何処か落ち着きがない。
僕達は、立ち上がり、人波にに乗り開けた場所へ足を向ける。
そして、海の見える高台に到着した。
そこは、潮風と緑が調和する不思議な風が渦巻く。
誰一人として、騒ぐ者はいない。
だが、一人の調子のよさそうな声が耳に入る。
「そろそろじゃあねえか?」
「じれってぇが、それもヨシ!」
「さぁ、見せてくれ、今年の華をよぉ!」
そして、少し経つと世界が一変する。
大きな炸裂音と共に闇夜を彩る光の華。
それは、空を見つめる人々の言葉を奪い、そして歓喜へと変えた。
「きれ~。」
「最高だな、これでこそ夏だぜ!」
繰り返し夜空を彩る光の華は、その原理から煙を生み出す。
それは、煙撤去の時間を必要とする。
一部の観衆は、すでに腰を下ろしていた。
僕達もそれに倣い、土手に腰かけ空を眺める。
目の前の空は、煙が海風に流れ、月明かりが優しく微笑む空間江と変わっていた。
そして、新たな花が美しく咲く。
花火は夜空を染め、街人に活気と勇気を与えた。
小さな子供は、昼間からの興奮に疲れ船を漕ぐ。
僕の膝の上では、空の掃除を待つ中で睡魔と遭遇した小猫。
その姿に笑顔を溢すアリシア。
「フフッ、ラスティは・・・」
「こんな風にいつまでも過ごせると良いな。」
「過ごせるよ。」
「僕は、アリシアと約束を守る。」
「今日だって、素敵な記憶になるよ。」
「ルシア・・・」
小猫は、睡魔に負けコテンと倒れ丸くなる。
再会した炸裂音は、小さな淑女を起こすことは無かった。
僕は花火を見つめ、先の未来を考える。
それは何処か幸せだった。
「アリシア・・・」
「んっ、どうした?」
僕の耳には少し小さく聞こえる花火の音。
それでも、僕に勇気を与えた。
「僕は、アリシアの浴衣姿を観れて嬉しかったよ。」
「すごく綺麗だ・・・」
「ルシア・・・恥ずかしいな。」
腰かけた土手は、彼女との身長差を少しだけ埋めた。
僕は、彼女の笑顔を真剣に見つめる。
夜空には、大きな音と共に大輪の花が咲く。
「アリシア、大好きだよ。」
「僕は、アリシアと一緒に生きたい。」
「いつまでも・・・」
アリシアは、そっと体を預ける。
僕は、目を瞑る彼女の手を取り、影を重ねた。
光に映る1つの影、その瞬間が僕には永遠にも感じられる。
僕は、彼女との時間に幸福を感じた。
それは、僕に強い決意を与える。
1つの家族は、人波が引けるまで、共に寄り添い空を見つめていた。




