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27(242).怨恨の魂

静かな魔窟は左右に部屋を成し、既に生活感の失われた生活の跡を残す。

階層が増すごとに温度が高くなる空間に、服装は薄着へと変わっていく。

先に広がる空間は、進む者達の足音だけを響かせた。


「ラスティ、甚平に着替えようか。」


アリシアは、ラスティを呼び、個室へと入る。

僕は、扉の前で彼女達を待った。

流石に着物では、この暑さは辛い。

僕も、袖をめくり紐でくくる。

そして、袴もたくし上げる。

その姿は何処か脆く映る。


「ルシア、待たせたな。」

「フフッ、少年の様だな。」


「アリシアは大丈夫?」

「服装は、変わってないけど・・・」

「暑いでしょう?」


彼女は、何処か自慢げな表情だ。

僕に視線を向けた視線をそのままに答えを返す。


「実はな、福さんに涼しくなる肌着を貰ったんだ。」

「魔力を与えるとな・・・ほら、涼しくなるんだよ。」

「私だけ快適で、すまんな。」


「そうなんだね、良かった。」

「心配だったよ・・・」


アリシアの涼しそうな表情に、抱き着く小猫。

彼女は、少しだけ冷たくなった着物の温度を味わう。


「アリシアずるい。」


「だったら、一緒にいるか?」

「私は、構わないぞ。」


「ウチは、仕事あるもん・・・」


彼女は俯き、時折僕に視線を送る。

そこには、被毛を纏う種族の悩みがあるのだろう。

僕は笑顔で、彼女に声を投げた。


「ラスティ、もう明るいから大丈夫だよ。」

「君は、アリシアの後ろを警戒して。」


「うん、ウチ、後ろケーカイする!」


僕達は、少しだけ環境を整え、洞窟の奥へと進む。

進むにつれ、温泉の様な香りが鼻に付く。

闇は完全になくなり、赤く流れる岩漿の川が辺りを明るくする。

目の前には、盾と共に封印された双頭の鎧武者。

それを囲う様に、張り巡らされる綱と札。


「アリシア、あれ大丈夫かな・・・」


「封印されて尚、あの魔力だ・・・」

「だが、お前には必要だろ?」

「ラスティ、しっかり掴まっていろよ。」


彼女は魔力を高め、間髪入れずに術式を発動させる。

それは、彼女自身とラスティ、そして僕を包む。

鎧の上に何処か温かな魔力の層が体を守る。


「アリシア、行くよ!」


僕は、綱を飛び越え、盾の元へ。

そして手を掛ける。


「この盾が必要なんだ。」

「宿儺さん・・・貰っていくね。」


『『口惜しい・・・口惜しいぞ、大鷦鷯(おおさざき)!』』


洞窟に響き渡る地響きの様な低い声は重り不調和を起こす。

それは、重く苦しい声で、大気を震わせ、肌から圧を感じる程だ。

そして、脳裏にも同じように響くそれは、僕をのがなさい。

僕は、眉を顰めつつも、盾をはぎ取る。


その瞬間、黒い煙が宿儺を包む。

そして、煙は乾いた体に潤いを与えていく。


『憎い・・・憎いぞ、大鷦鷯!』

『国の無念・・・口惜しい・・・憎い・・・憎いぞ!』


立ち上がる巨躯は、驍宗すら小さくかすむ。

僕は、すぐさま後方へと跳ぶ。

目の前のそれは、二対の腕。

一対は一振りの薙刀、残る手で術式を描く。

正面からは、岩漿と氷刃の嵐。

それは殺意しかない。

後方からは、同じよう氷刃、そして少し遅れ岩漿が飛ぶ。

それは、空中でぶつかり、空間で爆発し霧を残す。

僕は、正面の魔力へと走る。


『大鷦鷯!』


恨み染みた低い声と共に、樋鳴りが横切る。

それは、相手を狙ている様には見えない。

僕は、鎧に魔力を喰わせ、舞姫に魔力を乗せた。

そこには、美しい赤黒い揺らぎを纏う赤い宝刀。


『そこか!』


「不味い・・・!」


紅くい揺らぎを中心に、間髪入れず魔力の爆発が起きる。


「ルシア!」


僕は、アリシアの声に意識を繋ぎ止める。

しかし次の瞬間、僕は同じ魔力の動きを感じた。

その時、僕の脚は導かれるように走る出す。

憎しみを孕む声と共に空間は収束。

僕は盾を拾い上げ、宿儺に向け盾を突き出す。

瞬間、光が辺りを包む。


「「ルシアー!」」


二人の叫びが光に飲み込まれ、視界は光に包まれた。

二人は、目を背けそれに耐える。

それでも光の中心からは、蠢く声が詠唱を続けていた。

終わるとは思えない様に、岩漿と氷刃の嵐は続く。

アリシアは、唇を噛みながらも、巨大な岩の壁を地面から呼び出す。

それは、視界の先にある世界を隠した。


「クソ・・ルシア・・・」


怨恨は悔恨を呼ぶ。

彼女の握る手には、血がにじむ。

鳴り続ける衝突音は、彼女の精神を蝕んだ。

しかし、続くはずの衝撃音は、急に鳴り止む。

そして、壁の先から聞こえる二人の叫び。


『憎い・・・憎いぞ、大鷦鷯!』


「宿儺、成仏しろ!」




僕は、封魔鬼盾に救われた。

それは、全ての属性を否定し、衝撃だけを残す。

消えた事象は魔力へと変わり、それを盾が吸収。

僕の上空を宿儺の憎しみに満ちた砲撃は続く。

僕は、息を大きくは吐き、肺の空気を入れ替える。

目の前には、憎しみの塊が牙を剥く。


「宿儺、もう終わったんだよ・・」

「もう、戦わなくていいんだ・・・」


僕は、舞姫に魔力を更に与える。

それは、上限無く吸い続け、刃を紅い光へと変えた。


『大鷦鷯! 家族を返せ・・・』


「家族の元へ還れ!」


僕は砲撃の中を走る。

飛び交う岩漿と氷刃の嵐を鬼盾は否定する。

僕は、間合いに入り体勢を沈める。

そして、ため込まれた力を解放。

しかしその突きは、宿儺の片腕を飛ばすのみ。

切断した切り口からは黒い煙が漏れ出すだけだ。

痛みなど在りはしないと言わんばかりに、薙刀は大上段から音を越える。

それは、吸い込まれる様に舞姫の刃へと誘われ、僕の後方へと薙刀を反らす。

残る一対の腕は術式を描くが、もはや手遅れだ。

僕は、盾を宿儺の脇へとねじり込む。

それは宿儺に衝撃を与えた瞬間、溜まった魔力を炸裂させた。

体を突き抜ける魔力は、宿儺の魔力を衝撃と共に吹き飛ばす。

発動を待つ術式は消え、その主は膝から崩れ落ちる。


『口惜しい・・・口惜しい・・・』


僕は、宿儺の胸に手を当て魔力を発散させた。

そこには、もう憎しみの魔力はない。

しかし、虚しさだけが空間を包む。


「ルシア、大丈夫か・・・」


「うん、アリシア達は大丈夫?」


彼女はラスティを抱きかかえ、笑顔を向ける。

そして、視線を盾に向けた。


「私が贈った腕輪に似ているな・・・」

「上位互換というべきか・・・すごいモノだな。」

「しかし、以前の帝は、こいつ等に何をしたんだか・・・」


「苦しそうだったね。宿儺さん。」


僕達は、綱を払い、小さな石で墓石を作る。

そして、膝を着き手を合わせた。


「家族の元へ帰れるといいな・・・」


「そうだね・・・宿儺さん。」


僕達は、静かになった洞窟の入口を塞ぐ。

そして最奥と同じように社を立て、祈りを残し後にする。

心なしか、森には鳥の声が賑わい、来た時よりも明るくなった様に思えた。

僕の右腕には、禍々しい意匠の盾が光を吸い込む様に静かに佇む。


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