25(240).封印の鬼
里の桜が散った頃、工房から阿傍と驍宗の姿が消えた。
とは言え、昼間の金属を叩く音は消えることは無い。
僕は、朝の鍛錬をいつも通り行う。
そこには、1つの新たな視線が増えていた。
「なぁ、瀬織・・・」
「ルシアん動きをどう思う。」
「そうね・・・水みたいね。」
「良くも悪くも、変化するわよね。」
「水か・・・確かに炎じゃなかよな。」
「親父ん考えと同じになったぁしゃくじゃが・・・」
「とは言え、使い手に合わせたんじゃろうな。」
「よし、仕上げも終わら手て来っか。」
驍宗は、腰を上げ、太ももを軽く叩く。
そして、頭に柔らかい布を播き、工房へと入る。
彼らとは関係なく、僕はどこか寂しさを感じつつ舞を舞う。
少し経つと、アリシアの声と共に僕の鍛錬も終わる。
僕は、汗を井戸の水で洗い流し、アリシアに呼ばれるがまま朝餉の席へ向かう。
その日も、食事の後片付けを工房の者達と共に行った。
その際に、工房の副頭が僕に声を掛ける。
「よぉルシア、芭紫姫様んとこで腕はあがったんだろ?」
「剣技は、よくみるけどよぉ。」
「盾使ってるとこ見た事ねえけど、どうなんだ?」
「そうだね・・・何か掴めたと思うよ。」
「でも・・・」
僕は、食器を洗いながら俯く。
その姿を見ながら、瀬織は茶化す。
「あらら・・あんた、ルシアちゃんを泣かすなよぉ。」
「フフッ、ほーら、ルシアちゃん、おリボンつけましょうね。」
「瀬織さん、何やってんすか・・・」
「ルシア本気で泣きますよ・・フフッ。」
「しかし、こう見ると可愛いよな、こいつ。」
会話の外で悪戯をする瀬織達外野。
そこで僕の悩みに聞き入る工房の副頭。
「でも、どうした?」
「刀は、もうすぐ上がって来るぞ。」
「ありゃ、すげぇ刀だわ・・・」
「先生も驍宗も本気だな。」
「そうなんだよ・・・」
「きっと、すごい剣だろうなって思うよ・・・」
「そうなると、盾なんて使う必要なくなるんじゃないかって・・」
さらに、暗くなる僕に、副頭はため息。
そして、一つ興味深い話をした。
「ルシア、月山は連峰なんだぜ。」
「ここの月山てのは通称がいつの間にか正式名称になっちまったらしくてな。」
「この月山の街がある剣ケ峰、花見で行った聖岳」
「そして、最奥の恐山の3つが纏まっているんだ。」
「副頭は、山に詳しいんだね。」
僕は、話の先が分からずも、返事を返す。
それの言葉の意を感じ彼は、苦笑い。
「そうじゃねよ・・・」
「まぁ、話は最後まで聞けな。」
「話は、お前らの言う遠い昔ってトコだな。」
「ある時、二つの顔を持つ種族が国を荒らしていたんだよ。」
「なんつったかな・・・」
「宿儺だよ、副頭。」
そこに、リボンを結び終えた瀬織が入る。
その言葉に、軽く頷く副頭。
「そうだ、宿儺族だな。」
「彼らを当時の帝は、問題視して戦争になったんだ。」
「だが、彼らは恐ろしく強かった。」
「・・なんせ頭は二つ、魔力の適性がある奴なんて、二重詠唱当たり前だぜ。」
「それって、勝てなくない?」
僕は、乾き始めた皿を拭きながら棚へ納めていく。
洗い場から、僕の横に作業を移す副頭。
「そうなんだよ。能力のある奴じゃ、複合属性。」
「そこに瀬織や驍宗みてぇな奴がいてみろよ・・・地獄だ。」
「・・・帝の軍は負けたのかい?」
僕は、副頭に視線を向ける。
その先には、副頭の笑み。
そして副頭は、焦るなと手で視線を遮る。
「ここからが本題だ。」
「阿傍先生の爺さんが、とある盾を作ったんだよ。」
「盾・・・」
「ああ、すげぇ奴だ・・・」
「属性なんて全て抑え込んじまうんだぜ。」
「だけどな・・・魔力持ちには、扱えねぇ厄介なヤツだがな。」
「詳しく教えてよ。副頭!」
僕の目は輝いているだろうか。
その姿を見る副頭は笑みを浮かべる。
「元気になったなルシア。」
「瀬織に聞きな・・・こいつの曾爺さんの作だ。」
そこに、副頭を呼ぶ声が彼を連れていく。
彼は、僕の肩を軽く叩き、激励を残す。
「武具の事は、月山鍛冶ってな。」
「まぁ、悩んだ時は声かけろよ。」
僕は、調理場に残る者達と共に食器を片付け、居間へと戻る。
そして、縁側でお茶を飲む瀬織達の元へ。
「瀬織、聖岳の盾について教えて欲しいんだ。」
「どんな盾が納められているんだい?」
その声に、振り向く彼女達。
笑いと共に返る声は、僕を赤面させた。
「ハハハッ、ルシアちゃんだな。」
「私は好きだぞ、ルシア・・・だが誰にやられたんだ?」
アリシアの視線は、僕の頭に結ばれたリボンに向けられている。
僕は、その事を忘れ、鬼気迫る表情で瀬織に声を掛けていた。
その相手は苦笑い。
「ルシア、まだ付けていたんだ・・ごめんな。」
「まぁ、盾の事は教えられるよ。」
「だけど、お前は魔力持ちだろ?」
「使い物にならないんじゃないかな・・・封魔の鬼盾。」
「それは、どんな盾なの?」
笑いが収まり、視線の集まる瀬織は腕を組み悩む。
しかし、答えは変わらないととばかりに、声を返す。
「そうね、属性を全て封じるんだよ。」
「触れるもの全ての・・・」
それは、芭紫や藻、兎月の表情を暗くする。
しかし、アリシアとラスティの表情は明るい。
そこに、疑問を投げる瀬織。
「魔力の価値が、無くなっちゃうんだよ?」
「ルシアは、魔法使いだろ?」
「それじゃ、それなりの腕の剣士ぐらいにしか成らないんだよ・・」
不安げな表情の瀬織に、アリシアは何処か自慢げな表情を浮かべる。
「瀬織、コイツには属性なんて元からないよ。」
「コイツは特別だ・・・特別で最高な私の弟子だ。」
アリシアの表情は、何処か誇らしく嬉しそうだ。
僕は、視線をアリシアから瀬織に戻す。
「瀬織、その盾を僕は扱ってもいいのかな?」
「そんなすごい盾なら・・・」
「大丈夫じゃないかな・・・なぁ親父。」
その声の先には影を潜め、日向で日を浴びる巨漢の姿。
どこか、ほのぼのとする姿だが、表情には威厳が残る。
「爺の盾か・・・」
「あそこは、大分深いからな・・・悪霊だらけだ。」
「取ってこれるなら、くれてやる。」
「そもそも、使えるモンがいねえからな。」
「まぁ、材質だけは、幻魔と同格。」
「爺の作なら、盾としても逸品だ。」
「刀が上がったら行って来い・・・」
「戻ったら刀も盾も調整してやる。」
言葉を残すと巨漢は、陽の光に視線を戻す。
その姿は、太陽と会話でもしている様だった。
僕は、彼の視線の先に光を見い出す。
少しずつ暑くなる陽気は、若干の湿気が混じり始めていた。




