24(239).花細し、桜舞い散る時の後
美しく咲き誇る山桜の群れは、人々の心を躍らせた。
二人の少女は、花びらを追い駆けまわる。
それを追う、レプスの少女も何処か嬉しそうだ。
「ラスティ、遠くに行っちゃだめだよ~。」
「大丈夫、ウチは冒険者だよ。」
小猫を追う少女と、それを追う少し年上の少女。
彼女達は、春の陽気に誘われ、奥山へと踏み入る。
そこは、辺りより少し涼しく、何処か厳格さがある場所だ。
彼女達は、ゆっくりとその中心にある枯れた巨木へと向かう。
「ラスティちゃん、大きいね!」
「すごいね! 世界樹みたい。」
二人は、巨木を仰ぐように視線を送る。
少し遅れ、息を切らせ到着する兎月。
「・・・すごい。」
彼女の声に視線を向ける二人は、声の元へと駆け寄る。
そして、その場に座り込む。
「兎月、少し休も。」
「ウチの背嚢に、水筒あるよ。」
「ありがと、ラスティ。」
彼女も腰を下ろし、手渡された水筒に口を付ける。
それは、火照り疲れた体を癒し、新たな活力を与えた。
彼女は、辺りを見まわし、1つの社に目を止める。
「ラスティ、お金ちゃん、あそこに社があるね。」
「行ってみよっか?」
彼女の言葉に、二人は頷き意を返す。
3人はゆっくりと腰を上げ、社へと足を延ばした。
近づくにつれ、その姿の無残さに彼女達は心を痛める。
そこにある姿は、苔が生え原形を辛うじて残すモノ。
忘れ去られ、尚も人を見守り続けるそれはどこか物悲しい。
気持を沈める二人だったが、ラスティは少し違った。
「かわいそうだね。」
「ウチ達で、綺麗にしてあげよ。」
「このお家の精霊も喜ぶよ。」
その言葉に、二人は同意する。
そして、彼女達の掃除は始まった。
小さいとはいえ、それはラスティよりも大きい。
彼女達は、花見を忘れて掃除に励む。
三人は、社の周りの草を取り、背嚢に入っていた布で社を拭く。
天辺に在った陽は、西の空を染め始めた。
「ふぁぁー、きれいになったね!」
「アタシたち頑張ったね!」
ラスティの視線に、お金は笑顔を返す。
二人の笑顔に、兎月も同じように笑顔を溢す。
3人は、持ち合わせた宴の料理を社に備え、一緒にソレを食べた。
そこには、星霜の彼方にあった社への敬意の様な空気はない。
しかし、活気だけは戻った。
「おいしいね、ラスティちゃん♪」
「うん、ウチこのニモノ好き!」
「アリシアが作ったのなんだよ。」
会話を楽しみながら食べる食事は、何ものにも代えがたい。
彼女達の笑顔が、社にとって何よりも嬉しい供え物だ。
そんな中、普段は無い音に興味を持つ獣。
静かに忍び寄るソレは、彼女達の頭上の枯れ枝に腰を据える。
笑い合う3人は、食事を終え一息つく。
「精霊さん、元気でね。」
「ウチ達、皆の所に戻るよ。」
小さな淑女は、社に淑女然とした振る舞いで頭を下げる。
そこには、静かだが優しい声が聞こえたというが定かではない。
『有難し、心美しき童らよ・・・』
彼女達は、一瞬振り返るも、更ける夕焼けに後押しされ、足を速めた。
しかし、そこは初めて来た山の中。
彼女達は、記憶を頼りに右往左往。
迷った事に気が付く頃には、月明かりが冷たく微笑んだ。
「どうしよう、ラスティちゃん。」
「あたし達、迷ったかも・・・芭紫さまに怒られちゃう・・」
涙ぐむお金に、ラスティは歩み寄る。
そして、その細い足に体を寄せ優しく声を返す。
「大丈夫だよ・・・きっと。」
「兎月、"まりょくたんち"ってできる?」
彼女は、兎月に視線を投げ、彼女の表情を伺う。
兎月は腕を組み俯き唸る。
そして、3人の師に習った様に魔力探知を始めた。
しかし、結果は最悪だ。
彼女達の後方に大きな魔力。
それは風上の為か、彼女達の鼻に存在を感じさせなかったのであろう。
「ラスティ、お金ちゃん、走るよ。」
「なんかヤバいのがいる・・・」
彼女達は、手を取り合い走り出す。
それを理解したのか、後方からは、笑い声にも似た咆哮。
生臭さ漂う獣臭は、彼女らの頭上を越え正面に。
そして、口笛の様な冷たい音が闇から冷たく聞こえた。
「不味いよ・・・」
「ラスティ、お金ちゃん・・私の後ろに。」
兎月は、2人の前に立つが脚は震えている。
ラスティは、足の間から闇の奥を覗く。
そこには、複数の獣を増せたような姿があった。
「・・・キマイラ?」
彼女の言葉には違和感しか残らない。
実際にキマイラなど見たことは無いが、どこかおかしい。
確かに尾は蛇だが、頭の数は一つだ。
そして、顔は猿に似ている。
そんな他愛も無い事に思考を逃避させるラスティ。
その後ろでは、泣き叫ぶお金。
二人に比べ、少しだけ年上であろう兎月は唇を噛む。
そして、彼女は魔力を高め術式を紡ぐ。
「根源たる魔力よ・・・」
「私の名のもとに・・だっけ・」
「汝の力を示せ・・でよかったよね・・・」
「あーーめんどくさいなぁ!」
「もう、どうにでもなれ!」
「大地の鎖よ、あいつを縛り上げて!!」
『土の守り人よ、汝同輩が為に契約を示せ・・・』
それは、社の主によって形が成された。
地面からは、根の様に伸びる蔦が獣に絡みつく。
獣も、予想だにしない魔力に、焦りもがくも足止めされる。
その間、兎月はその発動に呆然とするも、ラスティの声で我に返る。
「兎月! 逃げなきゃ!」
「お金ちゃんも行くよ。」
ラスティは、彼女達を先導し、拘束された獣の横を駆け抜ける。
そして、闇を掛ける彼女達には、小さな明かり、そして心待ちにした声に辿り着く。
「ラスティー! 何処にいるんだ!・・・そこかー!」
1人の少女の様な男が、彼女の元に駆け付け、彼女を抱きしめる。
それに続く様に現れたのは、長身の浅黒い女性エルフ。
「ラスティ、ダメだろ!」
「心配したじゃないか・・・」
「ルシア、獣だ。」
「この辺りだと、鵺というキマイラモドキがいるそうだ。」
「わかった、追っ払って来る。」
彼女達の小さな冒険は終わった。
アリシアに抱かれた小さな淑女は、笑顔で彼女に視線を送る。
「勝手してごめんなさい・・・」
「心配したぞ。」
「今度は、一言言ってからにしてくれよ。」
「・・・冒険は楽しかったか、小さな探索者さん?」
ラスティは、向けられた笑顔の女性に冒険の話を伝える。
それを聞くアリシアは、何処か嬉しそうだった。
それからは、奥山の聖域には巨大な枝垂桜が蘇ったという。




