23(238).あしびきの山桜
太陽は、東の空をゆっくりと進む。
雲一つない蒼天から吹く風は、優しく頬をなでる。
緑の香と、遠くから微かに聞こえる滝の音は、僕達の心を癒した。
山道は参道から石段に変わる。そして、赤い鳥居をが見えた。
一行の行きつく先には、荘厳さはないが、美しい神社。
そこには、巫女姿の貴婦人が独り、笑顔で待ち構える。
藻は、貴婦人に頭を下げ挨拶。
「おばあ様、御無沙汰しておりんす。」
「いらっしゃいミクズ。」
「玉藻は、元気でやっていんすか?」
「あい、母様も滞りなく。」
「今年は、丁度見頃でありんすよ。」
「気をつけて行きなんし。」
二人の挨拶が終わると、福達も同じように声を掛け挨拶を交わす。
それに合わせ僕達も頭を下げ、笑みを浮かべる貴婦人を後に境内を進み奥へ。
進むごとに、水の流れる音が大きくなり、目の前には巨大な滝。
そして広がる光景は、僕達の視線を奪う。
「アリシア、すごいね!」
「あぁ、言葉を奪われるな・・・」
「・・・美しい景色だ。」
「ラスティ、見えるか?」
「ピンクの花びら、きれ~・・」
僕達は、山中でひっそりと咲き誇る山桜を新たな思い出に紡いだ。
阿傍一行は、その風景を楽しめる場所に座り宴を始めた。
それは、工房の者達や、それを支える者達がお互いを労う為の場なのだろう。
僕達も、その輪に入り食事を満喫する。
そこは、笑みで満たされ、日常を忘れさせる程だった。
皆、想い想いの時間を過ごし時間は過ぎて行く。
輪の中心では、酒で頬を染める芭紫と驍宗、そして福の姿。
「・・・龍陰様?」
「芭紫様ん飲みすぎじゃ、俺は叔父貴じゃなかど。」
「芭紫さん、驍宗はダメよ・・・」
福は止めてがいるが、その言葉には、何処か感情の矛盾がある。
彼女にとって、二人とは長い付き合いだ。
それだけに、お互いの良いところも知っている。
しかし、友であり妹弟子と我が息子だ。
その福の肩に乗せられる大きくゴツイ優しい手。
「・・・」
「阿傍さん・・・」
「そうね・・・」
二人を残し、福は阿傍と散歩に出かける。
残る二人の間には、不思議な空気だけが残る。
雑な様に見えて、驍宗にも思うところはあった。
それは、彼にとって芭紫は、姉のような存在。
幼少の時は、龍陰と共に先代愛穢土流宗家の元に通い、共に汗を流していた。
そこには、少年が年上女性に抱く淡い恋心が、少なくともある。
「芭紫姉、飲みすぎじゃ。」
「俺も、芭紫姉に好かるったぁ嬉しか・・・」
「じゃっどん、おいに叔父ん姿を見ても幸せにはなれんど。」
「・・・驍ちゃん。」
その姿に視線を流す瀬織と呀慶。
彼らは、静かに酒に口をつけ、山桜に視線を向けた。
「春だね~、ねぇ呀慶?」
「・・あぁ、華は良い・・・心が洗われる様だな。」
「時に、藻の姿がないが・・・」
「ハァ・・呀慶は変わらないね。」
「・・・藻なら法慈様の所に行ったよ。」
「そうか・・・」
呀慶の肩にもたれ掛かる瀬織。
その行動を優しく見つめる呀慶は視線を空へ。
僕達もまた、ゆっくりとした時間を過ごした。
アリシアは僕の手を握り、空を舞う花びらを指さす。
その先には、青い稲妻を纏う薄水色の巨龍の姿。
「ルシア、神獣だ。」
「確か、神鳴と呼ばれる風の龍だったな。」
「良い事があるかもしれないね。」
「フフッ、良い事なら、もう起こっているがな。」
僕は、向けられた視線に笑顔を返す。
そして、ゆっくりと彼女と歩く。
正面の桜の巨木では、ラスティとお金、それを見守る様に兎月の姿。
僕はまた、視線を空へ向け風龍を探すが、既にそこにはいない。
優しい風だけが吹き抜け、アリシアの髪を靡かせる。
滝を見つめる彼女は、振り返り笑顔を投げた。
僕は彼女を追い、共に新しい思い出を作る。
水の流れた先で広がる風景に、その中で溶け合う様に建つ神社。
そして、遠くには月山の街がかすかに見えた。
宴の喧騒は、日が沈んでも変わることは無く、誰一人動こうとはしない。
青い焚火が焚かれ、その光が照らし出す新たな景色。
桃色の花は、別の顔を見せる。
そこには、幻想的な淡紫に浮き上がる山桜。
昼程の喧騒はない宴は、何処か大人びていた。
アリシアは、酒気を帯びるも、昔の様に虚ろではない。
その横顔は、涼し気で笑みを湛えていた。
彼女は、僕の視線を感じ、微笑みを返す。
「・・・どうした、ルシア。」
「顔が真っ赤じゃないか?」
「フフッ、ダメだぞ、子供の飲酒は。」
「フフッ・・・アリシア、綺麗だね。」
彼女は、視線を外し、夜桜へ向ける。
その表情は、闇に隠され判らない。
「・・・そうだな。」
「私は、お前と来てよかったよ。」
「ありがとう、ルシア。」
彼女の、優しい声だけが僕の心に沁みていく。
背後では、同じように静かな宴。
風に舞う桃色の花弁は、滝へと吸い込まれていった。




